おまけ3_近衛騎士団長と取り合いしないでください
「エリノア・レガレイア様。あなたのその高潔な盾を、これからは我が剣で守らせていただけないか。あの、乱入騒ぎの時に見かけたあなたの美しさが頭に焼き付いて離れない。そして、その聡明さに惹かれてやみません」
王太子の不祥事に伴い、新しく公爵家との連絡調整を任された近衛騎士団長。規律の塊のようなカタブツな彼は、私の「規律を重んじる完璧な実務」というものに最大級の敬意を抱いたらしく、大真面目にそう言って私の手を取った。
(規律を感じるルールで会話ができる、とても居心地の良い方だと思っていましたが、この展開は予想外過ぎます!)
私はあくまで公爵令嬢の鉄仮面で応じようとした、その瞬間だった。
「──おい。その汚え手で、俺がやっと鎧を脱がせたもんに触ろうとしてんじゃねえよ」
どすの利いた、だけどいつもの余裕を完全に失った低い声。
ひらりと巨大な影が割り込み、レイドが騎士団長の手を強引にはねのけた。
碧の双眸は一切笑っていない。レイドの「腹のうちを見せない」はずの飄々とした仮面が、一撃で粉砕されている。
「レイド王弟殿下、これは公務の調整で──」
「公務だあ? 上等だ。おい近衛騎士団長、そいつのお堅いところは俺が全部買い取ったんだよ。お前みたいなカタブツの入る余地はねえ。不満があるなら、今すぐ裏の連隊を率いて『野戦』で決着をつけようじゃねえか」
「レイド殿下!?」
わたしは何度戸惑いで彼の名を呼ぶのだろう。
「エリス、こればかりは譲れない」
(もしかして…)
(嫉妬だけで!?)
「わかりました。私の騎士道精神にかけてお受けします」
「騎士団長も!?」
こうして、何の大義名分もない、男のプライドの戦いが幕を開けた。
◇◇
広大な公爵領の演習林。
「規律の城塞」たる騎士団長は、基本に忠実な堅牢な陣形で迎え撃つ。まさに私の論理の鎧の暴力版。
対する「侵略の嵐」たるレイドは、同盟国の精鋭を率い、地形の利をゲリラ的に使い倒すルール無用の力技で、騎士団長の完璧なシステムを外側から削り取り、解体しにかかった。
私はお兄様と共に、安全な観戦台からその光景を眺めていた。
「それで、この戦いの達成目標はなんなんだい?エレノア」
「それは、私からは申せません……」
最初は戸惑いながらも優勢を冷徹に分析していた私だったが、レイドの無茶苦茶な進軍を見た瞬間に、私の算盤は論理の例外を弾き出した。
(──待って。レイド殿下のあの進軍、戦術の合理性が1ミリも存在しませんわ……)
(あれはただの……『猛獣の包囲』……っ!)
(そいつのお堅いところは俺が全部買い取ったんだよ)
レイドの言葉を思い出す。
この国最強だと自分で自負しているはずのレイド。自分のプライドもスマートさも全部ぶっ壊して、泥にまみれて剣を振るっている。
「レイド様……それはあなたが一番望まないことではなくて……?」
男にとって一番見透かされたくない「本気の自分」を、野戦の土煙の中でこれでもかと晒しているのだ。
(お前を渡さない)
レイドは戦いの前にわたしの耳元で囁いていた。
(ただ、そのエゴのためだけに……!?)
結果は、レイドの圧倒的な力技による論理的布陣の解体。
模擬戦が終わり、息を切らせたレイドが、泥を拭いもせずに観戦台の私の元へ直行してきた。
近衛騎士団長に圧倒的な敗北を突きつけたその足で、私の腕を無骨に掴み、自分の熱い胸板に引き寄せる。
「見たかよ、エリス。あんな四角四面な男に、お前の隣の特等席は絶対に譲らねえ」
わたしはあなたの隠したいことを見てしまったのに、それでも不敵に笑おうとする、最高に格好悪くて愛おしい暴君。
私はもう完璧な作り笑いではなく、少し呆れたような、でも極上の「生身の苦笑」を浮かべて、その泥だらけの手を柔らかく握り返した。
「……本当に、費用対効果の計算ができない、無茶苦茶な馬鹿レイドですわね」
「レイド王弟殿下、まだ公爵家での契約は決済されておりませんが」
お兄様が眼鏡を光らせて言う。
「エリノア様、わたしはあなたへの想いは捨てることはできません。国を守るという形で……」
騎士団長の言葉を遮る暴君。
「今、そこじゃないだろうが!行くぞ!エリス!」
彼は繋いだ手を引っ張ってどこかへ行こうとする。
「え!?どこへ!?」
「誰もいないところ!いい場所知ってんだ!」
「本当に……暴君ですわね」
でもわたしの笑顔は、計算していないものだった。
きっと。
(『婚約破棄されたら、世界一自由な「国の裏ボス」に、私のすべてを囲われています』――これにておしまい)
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