第四話_劇場の崩壊
きらびやかな大夜会会場。国王の承認を得ず、王太子が独断で立ち上げた未承認の「婚約内定パーティー」の会場は、不気味なほどの静寂に包まれていた。
並べられた高級な料理、注がれた最高級のワイン。
しかし、広大なホールには、招待客の姿がただの一人も存在しない。
「な、何故だ……!何故誰も来ない!?招待状は確実に送ったはずだぞ!」
髪を振り乱してガタガタ震える王太子殿下。その隣ではカトリーヌが「そんな、嘘よ、みんな私を祝福しに来るはずなのにぃ!」と現実を受け入れられず絶叫している。
大扉を開け、最高級のドレスをまとい、私は会場に踏み込んだ。
コツン、と静まり返った会場に。軽やかなヒールの音が響く。
(当然ですわ、お兄様が、予算口座の合法的な凍結と、さらに隣国へ通じる流通基盤を遮断することを打診しているのですから。それでも忠誠を持つ方々はいるかもしれない。だからこそ、その上――)
私の隣には、レイド――彼らにとってはこの国で今最も無視できない、圧倒的な人望と人脈を持つ同盟国の王弟が、わたしの手を引き不敵にたたずんでいる。
「エ、エリノア……!お前、お前が裏で手を回したのかぁぁ!!」
往生際悪く、顔を真っ赤にした王太子が私に向かって、掴みかかろうと、狂ったように足を踏み出した。
(……あぶなっい……!)
身構えようとした私の前に、ひらりと、巨大な影が割り込む。
「おい」
どすの利いた、だけど低く飄々とした声。
レイドが、突っ込んできた王太子の襟元を、片手で軽々と掴み上げて、その場に縫い付けるように固定した。
碧の双眸は一切笑っていない。レイドが王太子を完全に威圧する。
「やれやれ、お目汚しだねえ。その汚ねえ手で、俺がやっと鎧脱がせたやつに触ろうとしてんじゃねえよ。エリスのこのドレス姿も本当に美しいな」
そう言って、レイドは、殿下の固定を解き、私を片手で肩に寄せる。
「王弟殿下っ……!場所を考えてくださいませっ……!」
(そう、口で言いながら、胸の奥がぎゅっと熱くなる。最悪な場なのに、安堵が漏れ出してしまう)
王弟にゴミのように床へ抛り捨てられた結果、しりもちをついている王太子。
「ああ、言っとくが、エリスは何もしてないぜ?俺は、仲間たちに『あんなふき届きものの集まりに行く価値ないぜ』って言っただけだ」
「……それでっ、全貴族がボイコットしたとでもいうのか!」
「全貴族……まあ、そうとも言うな?」
わたしたちは哀れな二人を見下ろしていた。
「ん?そんな顔、しなくてもいいだろ?お二人とも、お幸せに」
レイドは痛快と言わんばかりだ。
「なっ、わたしたちが羨ましくてそんなことをしたんでしょお!?回りくどいですよぉ!」
「カトリーヌ様……」
「なんですか、また、嫌がらせですか?!」
「いえ……」
わたしは、公爵令嬢としてでもない私は、ガタガタとプライドを崩壊させているカトリーヌの耳元へ。静かに身をかがめて囁く。
「カトリーヌ様。わたしを観客席に座らせて人からとった一番上の存在――王太子殿下との幸せの証人にすること、それが、あなたのしたかったことでしょう?あなたの幸せはそうしないと形を失ってしまうのでしょう?いくらでも、みて差し上げますわ。さ、遠慮なんていりません。どうぞ永遠に舞台に立ち続けてくださいな」
「ひっ……あ、ああああ!」
カトリーヌが悲鳴をあげてへたり込む。
そして、絶望で完全に心が壊れしまったかのような、泡を吹かんとばかりの王太子殿下に向かって、わたしは魔導扇子を開き、魔導契約書を開き、破壊の呪文を突きつけた。
「――それでは殿下。ご所望の『婚約破棄』、しかと承りましたわ」
公爵家の承諾印が魔導扇子から投影される、魔導契約書に印字される。
引導が、渡される。
直後、バァァァン!!と会場の正面扉が乱暴にぶち破られた。
お兄様からの完璧な告発状を受け取った国王陛下が、激怒し、この絵騎士団を引き連れて突入してきた。
「不届きな内輪揉め、および国家機密の漏洩の罪により、王太子を即座に拘束する!廃嫡だ!」
「そんな、嘘だ!僕は次期国王――っ!!」「私は悪くありません、この男にやらされたんですぅ!」
醜く引きづられていく二人の背中を、私はただ、静かに見つめていた。
(王太子殿下、カトリーヌ……わたしも、あなたたちも弱かった。ありのままの弱い無力な自分におびえて、何かの役割に適応しなければ生きられないと思うしかなかった。あなた達は、甘えに逃げ、私は論理という城にこもった。でも――)
私はもう、完璧な人形のわたしにさよならしたから。
「おい、いつまで突っ立ってんだ。帰るぞ」
となりから、ぶっきらぼうで、だけど最高に心地いい声が降ってくる。
差し出されたレイドの武骨な大きな手を、私は、今度はもう迷わずに、握りしめる。
「ええ、帰りましょう」
完璧な計算ずくの公爵令嬢の作り笑いではない。
そこには、きっと、一人の少女としての、曇りなき「ありのままの生身の笑顔」が咲き誇っていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。次から、おまけの後日談がはじまります。




