第7話 Kの告白
次の日の夕暮れ、私は二人を、図書室の隅へ呼んだ。
西日が、書架のあいだに、長い影を落としていた。埃が、金色の光のなかを、ゆっくり舞っていた。古い紙の匂いが、ここでもやはり、濃く立ちこめていた。
桂木が先に来た。眼鏡の奥の目が、警戒で固まっていた。遅れて、真白が入ってきた。二人は、互いを見て、すぐに目を逸らした。長いあいだ、避けあってきた二人だ。同じ部屋の空気を吸うことさえ、痛みを伴うようだった。
「久遠さん。何のつもり?」
桂木が低く言った。
「お二人に、話をしてほしいんです」
私は言った。
「避けあったまま、すれ違ったまま、終わらせないでほしい。本当の気持ちを、相手の前で、声に出してほしい」
「そんなもの、もう」
桂木が、首を振った。けれど、その視線が、ちらりと真白を捉えた。捉えて、また逸れた。こらえている目だ。あの、礼拝堂の裏で見た目。
真白は何も言わなかった。けれど、その手が袖口を握っていた。昨夜、私の前で泣いた人が今、必死に自分を保とうとしていた。
沈黙が長かった。西日が少しずつ傾いていく。
先に口を開いたのは、桂木だった。
「私は……」
声が、震えていた。
「私は、ずっと、あなたが好きでした。静宮先生」
真白が、息を呑んだ。
「この気持ちを、ずっと、捨てようとしてきました。修行の妨げだと。断つべき煩悩だと。あなたに、こんな想いを向けるなんて、許されないと。だから、自分の心を……殺そうとしてきた」
桂木の頬を涙が伝った。眼鏡を外し、手の甲で乱暴に拭った。
「でも、できなかった。あなたが、御影さんを選んだと聞いたとき、私は、いっそ、消えてしまおうとさえ、思った」
真白の顔が、青ざめた。
「だけど」
桂木は、まっすぐに真白を見た。今度は、目を逸らさなかった。
「あの人が、止めてくれた。消えたら、丸くおさまるものなんて、ひとつもないと。だから、私は、ここにいます。今、生きて、ここに立っています」
桂木は深く息を吸った。
「先生。私はあなたに選ばれたいわけじゃない。御影さんと、どちらかを選んでほしいわけでもない。ただ……」
声が詰まった。それでも桂木は言いきった。
「ただ、あなたに、死んでほしくない。生きていてほしい。それだけなんです。あなたが、誰を想おうと、誰の隣にいようと、ただ生きて、この世界にいてくれたら、それで」
図書室が静まりかえった。
西日が桂木の濡れた頬を橙に染めていた。
真白は立ち尽くしていた。その目からぽろぽろと涙がこぼれる。声もなく。ただ、流れるにまかせて。
「桂木さん」
真白の唇が震えた。
「私は、あなたを、想っていました」
桂木の目が、見開かれた。
「ずっと、想っていた。だから、御影さんを盾にしようとした。あなたへの気持ちから、逃げるために。そんな自分が、醜くて、許せなくて、いっそ消えてしまおうと――」
真白はそこで言葉を切った。私のほうを、ちらりと見た。
「でも、消えるのは、まちがいだと、教わったの。墨に書くしかなかった言葉を、本人に言いなさいと」
真白は桂木に、一歩近づいた。
「だから、言います。桂木さん。私も、あなたが、好き。ずっと、好きでした」
二人は、見つめあった。
長い、長い、すれ違いの果てに、初めてまっすぐに。
西日が沈み、書架のあいだに夕闇が満ちはじめた。
けれど、二人の輪郭はまだ、はっきりと見えた。涙にぬれた頬も、震える手も、ようやく交わされた視線も。
私は、そっと後ずさった。
ここから先は、私のいる場所ではない。二人が、二人だけで、確かめあうべき時間だった。
図書室を出る前に、もう一度、振り返った。
桂木が、おそるおそる、手を伸ばしていた。
真白が、その手を、握り返していた。
あの、礼拝堂の裏で、伸ばせなかった手。
舎監室で、見もせずに引き出しにしまわれた書類。
すべて、すれ違いの果てに、二つの手がようやくつながっていた。
あと、二日。
私は扉を静かに閉めた。
廊下に夜の匂いが満ちていた。白百合の匂いだった。けれどもう、葬列の匂いではなかった。
生きている人間の、息づかいのような、温かい匂いだった。




