表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【全員女性化日本文学】悲劇の主人公たちを百合で救っていいですか? 〜文学オタクの私だけが彼女たちの破滅エンドを知っている〜  作者: lilylibrary
第2章 『舞姫』 赤い靴の踊り子は、置き去りにされるために恋をしたのではない
PR
16/18

第16話 告白は舞台の上で


 劇場の扉を押し開けた瞬間、詞乃は立ちすくんだ。


 無人だったはずの客席が、人で埋まっていた。


 ガス灯がいつのまにか灯され、ざわめきが満ちている。帝国の徽章をつけた留学生たち。豪奢な洋装の貴族令嬢たち。そして最前列に、天方院眞璃が座っていた。扇を手に、舞台を冷ややかに眺めている。物語が観客を呼び寄せていた。最後の幕を見届けさせるために。


 舞台の上では、エリゼがまだ踊っていた。


 赤い靴が床に赤い円を描いている。その動きは、もう踊りというより痙攣に近かった。笑みを貼りつけたまま、息も絶え絶えに、それでも止まれない。観客たちは、その異様な美しさに声もなく見入っていた。


「エリゼ!」


 豊乃が客席を駆け抜けた。裸足の足が絨毯を蹴る。観客がどよめいた。眞璃の扇が、ぴたりと止まった。


「豊乃。おやめなさい。みっともない」


 眞璃の声が鋭く飛んだ。


「踊り子のために、帝国の令嬢が裸足で走るなど。あなた、自分が何をしているか分かっているのですか」


 豊乃は足を止めなかった。舞台へ駆け上がり、踊るエリゼの前に立った。


「エリゼ。私を見て」


 エリゼの目が豊乃を捉えた。けれど、その瞳には焦点がなかった。


「豊乃さま……?  いいえ、ちがう。豊乃さまは、もう来ない。これは、まぼろし」


 くるりと回って、エリゼは豊乃をすり抜けた。


「手紙をもらったの。過ちだったって。忘れてって。だからわたし、踊っているの。豊乃さまのことを忘れられるまで」


 豊乃の顔が歪んだ。


「あの手紙は、私が書いたものじゃない。玲が、私の名で。私は、あんなこと思っていない」


「うそ」


「うそじゃない!」


 豊乃の声が劇場に響きわたった。観客が息を呑む。眞璃の眉がつり上がった。


 豊乃は、エリゼの前に膝をついた。帝国の令嬢が、衆人環視の中で、踊り子の前に跪いた。観客がいっせいにどよめいた。


「エリゼ。私は、あなたに謝らなければならない」


 豊乃の声は震えていた。けれど、はっきりと劇場の隅々まで届いた。


「私はあなたを愛しています。ずっと愛していた。けれど、それ以上に、まず謝らせてください。私はあなたの人生を、私の覚悟のなさで壊そうとしました」


 エリゼの足が、わずかに緩んだ。


「私は、帝国が怖かった。家が、世間が、玲の正しさが怖かった。あなたを選べば、すべてを失うと思った。だから逃げた。あなたを盾にされても、何も言い返せなかった。あなたを見捨てようとした」


 豊乃の目から涙がこぼれた。


「ごめんなさい。あなたをこんなになるまで一人にして。ごめんなさい」


 エリゼの動きが、止まりかけた。赤い靴が、それでもまだ足を引きずろうとする。とん、と弱く床を打った。


 そのときだった。


「エリゼさん」


 詞乃が舞台に上がった。エリゼと豊乃のあいだに立った。


 観客が、見知らぬ少女の登場にざわめいた。眞璃が苛立たしげに扇を鳴らした。けれど詞乃は、誰も気にしなかった。エリゼだけを見ていた。


「豊乃さんを許すかどうか、この手を取るかどうか、あなたが決めていいんです」


 エリゼの、焦点の合わない目が、詞乃を捉えた。


「わたしが……決める?」


「そう。今まであなたは、選ばれるのを待っていた。豊乃さんに選ばれたら、ここにいていい。選ばれなかったら、消えるしかない。そう思っていた。でも、ちがう」


 詞乃は、エリゼの目をまっすぐに見た。


「許すのも許さないのも、あなたの自由。豊乃さんのもとへ行くのも行かないのも、あなたが選ぶこと。あなたが生きるかどうかを、豊乃さんにも、その靴にも決めさせないで」


 エリゼの瞳に、初めて焦点が戻った。


 貼りついていた笑みが、はがれ落ちた。かわりに、くしゃりと泣き顔になった。本物の、エリゼの顔だった。まぼろしの踊りの中から、彼女自身が戻ってきた。


「わたし」


 エリゼの唇が震えた。


「わたし、ずっと待っていただけだった。選ばれるのを。誰かに、ここにいていいって言ってもらえるのを」


 赤い靴が、なおも、とんと床を打った。最後の力で、エリゼを引きずろうとする。


 けれどエリゼは、その足を、初めて自分の意思で止めようとしていた。


「でも、もう」


 エリゼの目が、足元の赤い靴へ落ちた。


 その瞳に、これまでなかった光が宿りはじめていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ