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世界最強ヒーラー、サービス終了したゲーム知識で現実ダンジョンを攻略する ~伝説のギルド《Aegis》復活~  作者: PeterP4n
第六章 失われた文明

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第97話 隠された魔法陣

# 第97話 隠された魔法陣


 巨大な魔法陣は、隠し空間の床を埋め尽くしていた。


 幾重にも重なった円が、焼けた石の上へ沈み込むように刻まれている。


 外周から中心まで、細い線が蜘蛛の巣のように絡み合い、ところどころで古い文字列を抱え込んでいた。


 欠けた石の隙間には黒い煤が溜まっている。


 壁の奥からは、まだ熱を含んだ乾いた匂いがした。


 百年前から閉じ込められていた空気が、砕かれた入口からゆっくり押し出されていく。


 Arcは中心へ踏み込まない位置で足を止めた。


 見つけたからといって、近づいていいとは限らない。


「Garmは入口、Crowは後方。Siaは外」


 返事を待たず、Garmは砕けた入口の前へ盾を置いた。


 Crowは通路側の影へ身を寄せ、崩れた岩肌と奥の暗がりを同時に見る。


 Siaは弓を下げないまま、外から流れ込む熱気の揺れに耳を澄ませた。


「CainとRainは左右。Mistは待機」


 Cainは戦斧を肩に乗せ、魔法陣の外周から一歩離れた場所へ立つ。


 Rainは床の線を踏まないように、軽い足取りで反対側へ回った。


 Mistは薬品ケースを開き、全員の顔色と耐熱薬の残りを確かめている。


 役割が決まると、空間の温度が少しだけ変わった。


 ただ眺める場所ではない。


 攻略する場所になった。


 最後にArcが視線を向けると、Lunaはすでに端末を構えていた。


「触らない。記録だけ」


 先にそう言ったLunaは、魔法陣の縁に膝をつく。


 指先は床の寸前で止まり、端末の淡い光だけが焼け焦げた紋様をなぞり始めた。


 Novaも隣へ立つ。


 杖の先は床へ向いているが、魔力は流し込まない。


 読むだけ。


 それを全員が理解していた。


 端末の光が、外側の円をゆっくり滑っていく。


 焼け残った文字列を拾い、中心へ伸びる流路を追い、途中で途切れた細い線の先を探していく。


 Lunaの表情から、いつもの余分な動きが消えていった。


 魔法陣は、外側ほど目的が見えやすい。


 攻撃用なら、力を外へ放つための切れ目がある。


 炎を広げるなら、熱を逃がす出口が必要になる。


 結界なら、外からの侵入を拒む閉じた線が強く出る。


 だが、この外周は、そのどれとも違っていた。


 外へ開いていない。


 かといって、完全に拒んでいるわけでもない。


 内側に置いた何かを逃がさず、形を崩さないために包み込んでいる。


 そう見えた。


「封印か」


 盾越しにGarmが漏らす。


 Lunaは答えない。


 端末の光だけが、焼け焦げた文字列をゆっくり追った。


 数秒。


 誰も口を挟まない。


 やがてLunaは、小さく首を横に振った。


「……違う」


 それ以上は言わない。


 彼女の目は、すでに二重目の円へ移っていた。


 中層の線は、外周よりも細かい。


 線の幅はほとんど揃い、交差する場所には小さな節がある。


 魔力が通った時、そこで流れを分けるための作りだ。


 ただし、流れ方がおかしい。


 外へ向かった線が、途中で枝分かれし、また中心へ戻っている。


 外へ逃がすのではない。


 一度広げた魔力を、もう一度内側へ集め直している。


 火属性の魔力は残っていた。


 床材にも、壁の奥にも、空気の熱にも、イグニシアという都市の名残が染み込んでいる。


 だが、それはこの魔法陣が火を生む証拠ではなかった。


 Novaが杖をわずかに引いた。


「火の流れじゃない」


 彼女の声は低い。


 目で見ているというより、床の奥に残った薄い魔力を聞いているようだった。


「熱は残ってる。でも、この陣が作ってる熱じゃない」


 Cainが眉をひそめる。


「じゃあ、何の陣なんだよ」


 その問いに、すぐ答えられる者はいなかった。


 Lunaは中心部を見る。


 円の真ん中には、大きな空白があった。


 ただの余白ではない。


 周囲の線が、その場所へ向かって集まっている。


 空白そのものが、何かを待っているように見えた。


 人か。


 物か。


 魔力の塊か。


 そこまでは分からない。


 だが、中心に置かれたものを外周が保ち、中層の流路が包み、もう一度中心へ戻す。


 魔法陣全体が、その一点を扱うために作られていることだけは分かる。


 Arcは中心の空白を見つめた。


「対象を置く場所か」


 漏らす声にも、Lunaは端末から目を離さない。


「たぶん」


 短く返した彼女は、別の図を呼び出した。


 シルヴァリアの通信塔で記録した回路図だ。


 端末の光に、二つの構造が並ぶ。


 一見すると似ていた。


 線があり、節があり、魔力の流路がある。


 だから最初に疑うなら、通信系だった。


 しかし、重ねてみると違いはすぐに浮かび上がった。


 通信塔の回路は細い。


 声や映像を魔力信号へ変え、軽く、一方向へ流すための構造だ。


 送るものは情報であって、そこに形を保つための中心部はいらない。


 目の前の魔法陣は違う。


 線が太い。


 節も重い。


 必要とする魔力量が明らかに大きい。


 何より、中心に何かを置くための空間がある。


 Rainが黙って端末を覗き込む。


 さっきまでの軽さは、その横顔から消えていた。


「通信じゃないな」


 Arcが先に結論を置いても、Lunaはすぐには頷かなかった。


 もう一度、外周と中心を結ぶ線を追う。


 指先が端末の上で止まる。


「……違う」


 では、何を送るのか。


 中心から外へ伸びる線は、ただ遠くへ向かっているわけではなかった。


 途中で分かれ、外周の文字列に触れ、また中心へ戻っている。


 対象の形を読む。


 外周で行き先を指定する。


 中心へ戻して、形を保つ。


 そういう順番に見えた。


 燃やすためなら、対象を残す必要はない。


 通信なら、対象の形を読む必要もない。


 中心に置いたものを壊さず、別の場所へ送る構造。


 そこまで追ってから、Lunaはようやく息を吐いた。


「転移系」


 空気が変わった。


 Rainが思わず魔法陣の中心を見る。


 Cainも、戦斧を肩に乗せたまま黙った。


 ただの遺跡ではない。


 隠された部屋でもない。


 ここには、どこかへ繋がるための装置が眠っていた。


 転移とは、逃げ道にもなり得る。


 誰もまだ、その言葉を口にはしなかった。


 それでも床に刻まれた巨大な円を前に、同じ可能性が全員の脳裏をかすめていた。


 百年前、イグニシアの住民は本当にこの都市で滅んだのか。


 記録に残る者たちは、全員がここで途絶えたのか。


 あるいは。


 この魔法陣の先へ、何かが送られていたのか。


「どこへだ」


 最初にその可能性へ思い至ったのはCrowだった。


 Lunaは外周の一部へ端末を向ける。


 そこだけ、焼け方が深い。


 文字列はほとんど読めず、線も途中で途切れていた。


 おそらく、そこが行き先を指定する部分だ。


 座標なのか。


 接続先の名称なのか。


 あるいは、別の都市を示す符号なのか。


 そこまでは分からない。


 ただ、その部分が失われている以上、魔法陣は行き先を読めない。


 扉だけが残り、行き先の札が焼け落ちている。


 そんな状態だった。


 Lunaは首を横に振る。


「分からない」


 その一言で十分だった。


 次にLunaは、魔法陣の外側から壁際へ伸びる太い溝を追った。


 溝は途中まで真っ直ぐ続いている。


 だが、焼け落ちた石材に塞がれていた。


 供給路だ。


 この魔法陣を動かすには、外部から大量の魔力を流し込む必要がある。


 その道が切れている。


 今の魔法陣は眠っているだけだった。


 無理に別の場所から魔力を入れれば、どこへ逆流するか分からない。


 杖を引いたNovaが、小さく首を振る。


「流さない方がいい」


 中心へ向かっていた視線が、全員から集まった。


 Novaは床の線を目で追いながら続ける。


「入口を間違えたら、中心に跳ね返る」


 その中心には、対象を固定するはずの印にも欠けた部分があった。


 ここが壊れていると、仮に転移が成立したとしても、対象の形を保てる保証がない。


 Cainの表情がわずかに引きつる。


「形を保てないって、つまり」


「言わなくていい」


 Crowが低く止めた。


「分かった時点で十分だ」


 それ以上の説明は必要なかった。


 誰も、魔法陣の中心へ近づこうとはしない。


 Mistが薬品ケースの蓋に指を添えた。


 戦闘の気配はない。


 それでも彼女の目は、もう負傷者が出る可能性を考えている。


「試すのは無しだな」


 Cainの声は冗談めいていたが、笑ってはいない。


「当然だ」


 即答だった。


 Arcの視線は魔法陣から外れない。


「行き先不明。供給路は破損。中心部も不完全」


 そこで一度、言葉を切る。


「起動する理由がない」


 Rainが少しだけ肩の力を抜いた。


「Arcがそう言ってくれてよかった」


 Cainが横目で見る。


「俺が試すと思ったのか」


「少し」


「少しはひどくねぇか」


 Rainは答えず、床の中心を見たまま苦笑した。


 その短いやり取りで、張り詰めた空気がわずかに緩む。


 だが、Arcの胸の奥にある違和感は消えなかった。


 中心部には、イグニシアで見た火の紋章とは違う印が残っている。


 円でもない。


 炎でもない。


 どこか、門を思わせる形。


 その一部が欠けている。


 端末の拡大画像を何度か切り替えたLunaが、かすかに眉を寄せた。


「イグニシアの紋章じゃない」


「シルヴァリアの紋章とも違う」


 Novaも静かに続ける。


 Dwalfは床に膝をつき、刻まれた線の深さを指で測った。


 石を叩く軽い音が、空間に乾いて響く。


「後から彫ったものじゃないな」


 床材の継ぎ目を見たDwalfは、魔法陣そのものではなく、周囲の石へ目を細める。


「床ごと組み込まれてる。隠し部屋を作ったついでじゃない」


 硬い指先が、外周から少し離れた石材を示した。


「最初からこれが目的だ」


 その言葉で、全員が黙った。


 この空間は、魔法陣のために作られていた。


 つまり、イグニシアの誰かは、これを隠していた。


 百年前の崩壊の前から。


 あるいは、崩壊の最中に。


 Crowが入口の暗がりへ目を向ける。


「都市の裏に隠された転移魔法陣、か」


 低い声だった。


「普通じゃないな」


 Arcは頷かない。


 否定もしない。


 ただ、魔法陣の中心を見つめたまま答える。


「普通じゃないから調べる」


 そこで足を止められるかどうか。


 それも攻略だった。


 未知の装置を前に、好奇心だけで動くことは攻略ではない。


 ここで必要なのは起動ではなく、記録だ。


 Lunaは端末を持ち直した。


「全部撮る」


 短くそう言って、外周へ光を向ける。


 端末の記録音が、薄暗い空間に細く響き始めた。


 端末の光は外周から中心部へ移り、欠損部分の焦げ跡、残留魔力の濃淡、焼け残った文字列を順番に保存していく。


 Lunaの指が止まるたび、Novaが別角度から魔力波形を重ねる。


 Dwalfは床材と刻印の深さを確認し、Siaは入口と外の気配を見続ける。


 Garmは盾を構えたまま動かない。


 Crowは影の中で、何かが近づく可能性を潰していた。


 CainとRainは、いつでも動ける距離を保っている。


 派手な戦闘はない。


 剣戟もない。


 だが、これも攻略だった。


 未知の構造を前に、誰が何を見るか。


 どこまで踏み込むか。


 どこで止まるか。


 その判断を間違えないことも、Aegisの強さだった。


 時間が過ぎるほど、外の熱気が入口から流れ込んでくる。


 焼けた石の匂いが濃くなり、喉の奥が乾いた。


 長居する場所ではない。


 それを誰もが肌で感じていた。


 やがて、Lunaが端末を閉じる。


「記録、完了」


 声はいつも通り平坦だったが、端末を抱える指には力が入っていた。


「欠損部は解析不能。でも、転移系の可能性は高い」


 Arcは短く頷いた。


「十分だ。撤収する」


 Cainが少しだけ肩を回す。


「もう帰るのか?」


「今日はここまでだ」


 見つけた。


 記録した。


 今はそれで十分だった。


 ここで欲を出せば、成果は一瞬で事故に変わる。


 Siaが入口側へ視線を向ける。


「外はまだ静か。でも、音は出した」


 Garmも盾を下ろさない。


「入口を壊した以上、長居は危険だ」


 Arcは全員を見た。


「シルヴァリアへ戻る。この記録を持ち帰って、レオニスに確認する」


 Lunaは端末を胸元に抱えた。


「失くさない」


 あまりにも即答だったので、Mistが小さく笑う。


「それ、私が持つより安心かも」


「当たり前」


 Lunaの返事に、Rainも少しだけ笑った。


 けれど、Arcは最後にもう一度だけ魔法陣を見る。


 百年の間、灼熱廃都の奥で隠されていたもの。


 誰にも知られず、眠っていたもの。


 それが今、Aegisの前に現れた。


 偶然とは思えなかった。


 だが、まだ答えは出ない。


 イグニシア。


 シルヴァリア。


 百年前の文明。


 未登録の通信反応。


 そして、この転移魔法陣。


 点は増えている。


 まだ線にはならない。


 Arcは静かに息を吐く。


「行くぞ」


 全員が動き出した。


 巨大な魔法陣は、再び薄暗い空間の中に残される。


 だが、その記録はもうAegisの手の中にあった。


 灼熱廃都イグニシアで見つかった、隠された転移魔法陣。


 それはシルヴァリアへ持ち帰られることで、次の謎へ繋がろうとしていた。


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