第93話 白銀の翼の誓い
# 第93話 白銀の翼の誓い
Aliciaはもう一度、深く頭を下げた。
「私たちは、Aegisに大きな借りができました」
Arcが首を横に振る。
「借りだと思う必要はありません」
「同じ探索者です」
「助けられる状況なら助ける」
「それだけです」
だが、Aliciaは顔を上げたまま、真っ直ぐArcを見た。
「それでも、です」
その声には、ギルドリーダーとしての強さが戻っていた。
「白銀の翼は、この借りを忘れません」
「Aegisが必要とする時、必ず力になります」
「戦力として足りないかもしれません」
「あなたたちの速度には、まだ追いつけないかもしれません」
「それでも、私たちにできることをします」
「情報でも」
「人員でも」
「後方支援でも」
「Aegisが孤立しそうな時は、必ず声を上げます」
その言葉に、Aegisのメンバーたちの表情が変わった。
白銀の翼は人類三番手のギルドだ。
戦力としては、AegisやFenrirに及ばない。
それでも、彼らには彼らの場所がある。
探索者社会の中で積み重ねてきた信用。
他ギルドとの繋がり。
現場を知る声。
それは、今のAegisにとって決して小さなものではなかった。
Arcが英雄扱いされ始めた今。
Aegisを守るのは、協会だけでは足りない。
探索者の側からも、支える声が必要になる。
Aliciaはそれを理解していた。
だから、ただ礼を言いに来たのではない。
借りを返す方法を、自分たちなりに考えてきたのだ。
「……助かります」
Arcは短く答えた。
「なら、いつか頼らせてもらいます」
Aliciaの表情がわずかに緩む。
「はい」
「必ず」
そのやり取りを見て、Cainが腕を組んだ。
「いいじゃねぇか」
「味方は多い方がいい」
Crowが横から口を挟む。
「味方が多すぎると面倒も増えるがな」
「お前は何でも一回ひねらないと気が済まねぇのか」
「性分だ」
Rainがくすっと笑う。
その笑いに、白銀の翼のメンバーたちも少しだけ表情を緩めた。
昨日の惨状を見た者同士だ。
簡単に明るくなれるはずがない。
それでも、少しずつ呼吸を取り戻していく。
生き残った者は、そうやって前へ進むしかない。
Aliciaは応接スペースの机へ、小さな封筒を置いた。
「これは、白銀の翼でまとめた資料です」
Arcが封筒を見る。
「資料?」
「昨日の十六階層で、私たちが遭遇した灼熱巨人の記録です」
「灼熱巨人の出現位置」
「周辺の魔物の動き」
「こちらが最初に気付いた距離」
「Ariaが負傷するまでの流れ」
「覚えている限り、全員でまとめました」
Cainが封筒を見ながら、少し顔をしかめた。
「十五階層の中ボスを越えた直後に、十六階層で灼熱巨人か」
「運が悪かったな」
Aliciaは苦笑する。
「はい」
「正直、そう思います」
「十五階層の戦闘で消耗した後でしたから」
「そのまま十六階層でランダムボスに遭遇した時点で、かなり厳しかった」
Rainが小さく頷いた。
「中ボス後にすぐランダムボスはきついよね」
「回復も補給も、気持ちの切り替えも追いつかないし」
だが、白銀の翼の前衛の一人が、気まずそうにAegisを見た。
「でも……」
「運が悪いって意味なら、Aegisの方がひどかったんじゃないですか」
Cainが眉を上げる。
「あ?」
前衛は慌てて両手を振った。
「いや、悪い意味じゃなくて」
「以前、十五階層の中ボスと、灼熱巨人の両方を同時に相手してましたよね」
「中ボスだけでも厳しいのに、そこへランダムボスまで重なったって聞いてます」
「運が悪いって意味なら、そっちの方がよほどひどいんじゃないかと……」
部屋の空気が、ほんの少しだけ止まった。
Rainが「あー」と声を漏らす。
「そういえば、そうだった」
「あれは本当にひどい引きだったね」
「結構どころじゃない」
Crowが呆れたように言う。
「中ボス」
「ランダムボス」
「火山地帯の地形」
「あれを同時に抱えた時点で、運の悪さはかなり上位だ」
Garmが静かに頷いた。
「だが、白銀の翼が悪かったわけではない」
「十五階層後に十六階層へ進む判断自体は、おかしくない」
「問題は、その直後にランダムボスを引いたことだ」
Arcも頷く。
「十一層から十九層では、どこで出てもおかしくない」
「だから遭遇そのものを責める話じゃない」
「ただ、消耗した状態で引いた」
「そこが最悪だった」
Aliciaは唇を引き結ぶ。
その言葉は、責めていない。
けれど、現実を曖昧にもしていなかった。
だからこそ、彼女は小さく頷いた。
「はい」
「だから、次は同じ判断をしません」
「中ボス後に次階層へ進む時は、ランダムボス遭遇を前提にして余力を残す」
「その基準を、白銀の翼でも作り直します」
「ランダムエンカウントボスなら、十一層から十九層のどこで出てもおかしくありません」
「でも、だからこそ記録が必要だと思いました」
「どこで出たか」
「どの距離で気付いたか」
「どの判断が遅れたのか」
「それが分かれば、次に遭遇する探索者の助けになるかもしれません」
Novaがすぐに反応した。
「それは助かる」
「十六階層でのランダムボス遭遇記録は、今後の安全基準に必要になる」
Siaも頷く。
「同じ場所でまた起きる可能性があるなら、先に知っておきたい」
Aliciaは言う。
「私たちにできるのは、これくらいです」
「でも、ただ助けられただけで終わりたくありません」
「同じ失敗を、他の誰かにさせたくない」
その言葉に、Arcは資料へ手を伸ばした。
「受け取ります」
「ありがとうございます」
Aliciaは静かに頷く。
白銀の翼のメンバーたちも、それぞれ小さく息を吐いた。
ただ礼を言うだけではない。
次へ繋げるための行動を持ってきた。
それが、彼らなりの誓いだった。
「Ariaさんが戻ったら」
Rainが口を開いた。
「また会わせて」
Aliciaが驚いたようにRainを見る。
Rainは少し照れたように笑った。
「直接、無事でよかったって言いたいから」
Aliciaの目が潤む。
「はい」
「必ず」
白銀の翼のヒーラーも、小さく頭を下げた。
「私も……また、お礼を言わせてください」
「Arcさんにも」
「皆さんにも」
Arcは頷いた。
「無理のない時に」
「今はAriaさんの回復を優先してください」
Aliciaが深く頷く。
「そうします」
面会は長く続かなかった。
協会からも短時間にするよう言われていたし、白銀の翼のメンバーたちにも疲労が残っている。
Aliciaたちはもう一度頭を下げ、ギルドホームを後にした。
扉が閉まる。
外の気配が、また少し遠ざかった。
しばらく、誰も口を開かなかった。
机の上には、白銀の翼が残した資料がある。
それはただの戦闘記録ではない。
自分たちの失敗。
恐怖。
後悔。
そして、次に誰かを救うための情報。
そういうものが詰まっている。
Novaが資料を手に取った。
「後で整理する」
「十六階層での遭遇状況と、灼熱巨人の行動を見直したい」
Siaも頷く。
「私も見る」
「索敵で拾えた情報と照らし合わせる」
Garmが腕を組む。
「白銀の翼は、折れていないな」
「ああ」
Arcは短く答えた。
「あれなら、また戻ってくる」
Cainが少しだけ笑う。
「いい根性してるじゃねぇか」
「人類三番手は伊達じゃないってことだな」
Crowが言う。
「昨日は壊滅寸前だった」
「だが、今日もう次のための資料を持ってきた」
「悪くない」
Rainが頷く。
「うん」
「ちゃんと前を向いてた」
Arcは資料を見つめた。
昨日の救助は、ただ一人を救っただけではない。
白銀の翼というギルドの心も、ぎりぎりで折れずに済んだのかもしれない。
もしAriaが死んでいたら。
もし誰も救えず、ただ撤退するだけだったら。
白銀の翼は、もう同じ形では立てなかったかもしれない。
その意味でも、昨日の救助は大きかった。
ただし。
それは新しい責任でもある。
救えた命がある。
繋がったギルドがある。
生まれた協力関係がある。
そのすべてが、これからのAegisの行動に影響していく。
「Arc」
Lunaが声をかけた。
彼女はさっきから、ずっと黙って端末を見ていた。
「協会から追加連絡」
「何だ?」
「白銀の翼の資料を、Aegis側で確認した後、協会にも共有してほしいって」
「それと、十六階層でのランダムボス遭遇について、危険度評価を進めるらしい」
「まあ、そうなるよな」
Cainが息を吐く。
「あんなの何度も出られたらたまんねぇ」
Novaが資料へ視線を落としたまま言う。
「灼熱巨人そのものも問題だけど、白銀の翼が崩された流れが気になる」
「どの距離で捕捉されたのか」
「初撃を受ける前に、どこまで索敵できていたのか」
「周囲の魔物と重なっていたなら、撤退判断の基準も変わる」
Arcはその言葉を聞きながら、頭の中で地図を思い浮かべた。
十六階層。
火山地帯。
灼熱巨人。
そして、その奥にあるイグニシア。
本来なら、今のAegisは地上で騒ぎに巻き込まれている時間ではなかった。
シルヴァリア。
魔法通信塔。
未登録の通信反応。
レオニスから受けたイグニシア調査依頼。
全てが繋がっている。
地上で起きている騒動も重要だ。
だが、Aegisが進むべき場所は、やはりダンジョンの奥だった。
「……長く地上にいるべきじゃないな」
Arcが呟く。
Rainが顔を上げる。
「また潜るの?」
「ああ」
Arcは頷いた。
「ただ戻るだけじゃない」
「次に進むための形を作る」
「シルヴァリアを、もっと使う必要がある」
その言葉に、Lunaの目がわずかに動いた。
Arcはそれに気付く。
「Luna」
「あとでMistとDwalfも呼んでくれ」
「生産組と話したい」
Lunaは少しだけ口元を緩めた。
まるで、その言葉を待っていたかのように。
「分かった」
「準備しておく」
Rainが首を傾げる。
「準備?」
Lunaは答えない。
ただ、端末へ視線を戻した。
Arcはそれ以上聞かなかった。
おそらく、Lunaはもう気付いている。
Aegisが次にどこへ向かうべきか。
地上のギルドホームだけでは足りないこと。
シルヴァリアが、これからの攻略と調査の中心になること。
そして、生産組をそこへ連れていく必要があること。
白銀の翼との面会は終わった。
一つの借りが生まれた。
一つの協力関係が始まった。
そして、Aegisは次の段階へ進む準備を始める。
外では、まだ世界が騒いでいる。
Arcを英雄と呼ぶ声がある。
奇跡を求める声がある。
助けてほしいと願う声がある。
その全てを背負うことはできない。
だが、AegisにはAegisの進み方がある。
ダンジョンを攻略し。
未知の階層を切り開き。
世界がなぜこうなったのかを突き止める。
それが、より多くの命を救う道になる。
Arcは白銀の翼が残した資料を見つめた。
昨日の救助は終わりではない。
次へ繋がる始まりだった。
そして、その次はもう見えている。
風の都シルヴァリア。
Aegisの新しい拠点。
そこへ向かう準備が、静かに始まろうとしていた。




