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『世界最強ギルド《Aegis》、サービス終了したゲーム知識で現実ダンジョンを攻略する』  作者: そら


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第八話 未知の深層反応

# 第八話 未知の深層反応


 世界中の空が、赤黒く染まっていた。


 東京。


 ニューヨーク。


 ロンドン。


 パリ。


 上海。


 あらゆる都市の上空へ、巨大な半透明ウィンドウが浮かび上がる。


《ERROR》


《UNKNOWN DEPTH REACTION》


 不気味な警告表示。


 まるで世界そのものへ直接叩き込まれるように、空一面へ投影され続けていた。


『現在、各地のダンジョン内部で異常反応が確認され――』


『モンスターの凶暴化報告も増加しています!』


『協会は探索者へ一時撤退勧告を――』


 ニュースキャスターの声は、隠しきれないほど焦っていた。


 既に複数のダンジョンで通信断絶が発生。


 各地のダンジョンカメラ映像にも異常が起き始めている。


 SNSは完全に混乱状態だった。


【なんだこれ】


【空ヤバすぎ】


【ダンジョン暴走してる?】


【海外も同時発生らしい】


【攻略組まで撤退してる】


【ダンジョンカメラ映像乱れてる!?】


【ノイズ入ってるぞ】


【カメラまで侵食されてない?】


【もう通常攻略じゃないって】


【終わった】


 その頃。


 《Aegis》は五階層中ボス部屋で、黒い魔石を見つめていた。


《侵食魔晶》


 普通の魔石ではない。


 光を反射しない。


 まるで闇そのものを削り出したような、不気味な質感だった。


 見ているだけで、胸の奥がざわつく。


 そして。


 その魔石は、先ほどから脈動していた。


 ドクン。


 ドクン。


 まるで巨大な心臓みたいに。


「……動いてない?」


 Rainが半歩下がる。


 軽い靴音が、静まり返った部屋へ不自然に響いた。


「チッ……こういう静けさ、嫌いなんだよ」


 Garmが盾を持ち直す。


 金属が軋む。


 Novaも無意識に杖を握り直していた。


 誰も喋らない。


 浅い呼吸だけが響く。


 全員の視線が、黒い魔石へ吸い寄せられていた。


 Arcは静かに目を細める。


 侵食魔晶。


 脈動周期、約四秒。


 魔力流出量は徐々に増加。


 しかも。


 空の赤黒い反応と完全に同期している。


 Arcの脳内では、戦場が情報へ分解されていた。


 侵食速度。


 魔力濃度。


 脈動周期。


 位置。


 射線。


 全部が、自動的に整理されていく。


 嫌な感覚だった。


 脳の奥で、昔の記憶が警鐘を鳴らしている。


 サ終直前。


 攻略勢たちですら最後まで解明できなかった領域。


 深層。


 その時、一瞬だけ表示された情報。


《Depth:101》


 背筋が冷えた。


 あり得ない。


 ゲーム時代ですら、到達者は存在しなかった。


 サ終の日。


 誰もいなくなったギルドハウスで、最後までログインしていたのはArcだけだった。


 静まり返ったチャット欄。


 更新されなくなったギルドログ。


 最後に残っていたメッセージ。


《お疲れ》


《楽しかった》


《またどこかで》


 二度と更新されない文字列。


 終わったはずの世界。


 だが。


 今、その続きを現実で見ている。


「……深層反応が活性化してる」


 Novaの表情が変わる。


「深層?」


「まだ仮説だ」


 短く答える。


 だが。


 Arcの中では、既に確信へ変わり始めていた。


 この世界は、ただゲームが現実になっただけじゃない。


 もっと深い何かが起きている。


 その時だった。


「お、おい見ろよあいつ……」


「またバフ更新してるぞ」


 周囲の探索者たちの視線がArcへ集まる。


《ヘイスト》


 淡い光がRainとCrowを包む。


 ヘイスト残り1.4秒。


 再詠唱硬直へ入る直前で更新。


 誤差0.1。


 さらに。


《プロテクション》


 Garmへ防御強化を再付与。


 直後。


《ホーリー》


 聖光弾が遠方のゴブリンを撃ち抜いた。


 閃光。


 遅れて響く破裂音。


「いや待て」


 探索者の一人が、震えた声を漏らす。


「なんで回復しながら攻撃してんだ?」


「しかもバフ切れてなくね?」


「……なんで飛ばねぇんだよ、タゲ」


 Arcは視線だけを動かす。


 ホーリー二発分のヘイト増加。


 だが。


 Garmのヘイト量がまだ上。


 問題ない。


「神官ってのは、あんな射線通す職だったか?」


 Crowが低く呟く。


 Rainが壁を蹴る。


 半歩左。


 射線が空く。


 その瞬間。


《ホーリー》


 Garmの盾越し。


 僅かに空いた射線へ、聖光が突き抜けた。


 ゴブリンの額を正確に撃ち抜く。


「っ、タイミング完璧!」


「前だけ見てろ」


 Arcは短く返す。


 その言葉に、Rainは苦笑した。


「それ、毎回言うよな」


「癖だ」


「いや絶対もっと他にあるだろ、言うこと」


 緊張を誤魔化すみたいにRainが笑う。


 だがArcの視線は既に次を見ていた。


 Garmのヘイト量。


 Rainの移動ルート。


 Crowの硬直残り。


 Novaの残存MP。


 モンスターの視線。


 全部を同時処理していた。


 ゲーム時代。


 誰もやらなかった検証を、Arcだけは延々と続けていた。


 睡眠時間を削り。


 ログを取り。


 フレーム単位で最適化を繰り返した。


 誰にも理解されなかった努力。


 だが。


 今、この現実で全てが繋がっている。


 Rainが斬り込む。


 直後。


 スキル後硬直。


 そこへゴブリンの爪が振り下ろされる。


《プロテクション》


 防御支援。


 着弾直前。


 誤差ゼロ。


「うおっ!?」


 Rainが目を見開く。


「マジで見えてんのか、それ!?」


「レイドで慣れてる」


「ここ現実だからな!?」


 だがArcは既に次を見ていた。


 Garmの重心が僅かに崩れる。


 前衛ラインが半歩下がる。


 なら。


 次は右側から来る。


「Garm、右」


「っ!」


 直後。


 侵食されたゴブリンが死角から飛び出した。


 Garmの盾が間一髪で叩き落とす。


「……なんで全部間に合ってんだよ」


 Novaが小さく呟く。


 理論は理解できる。


 だが。


 実際に成立するはずがない。


 MP管理。


 ヘイト調整。


 バフ更新。


 詠唱硬直。


 射線管理。


 位置制御。


 全部を同時に回している。


 しかも。


 呼吸するみたいに自然に。


 一方。


 六階層。


《Fenrir》前線部隊。


 Fenは空へ映る《Aegis》の戦闘映像を見ながら、小さく笑った。


「相変わらずだな、Arc」


 副官が苦笑する。


「まだやってるんですね、あの秒数管理」


「普通は回復に集中した瞬間、補助が遅れるんですよ」


「補助へ意識割けば、ヘイト管理崩れるしな」


「でもあいつは全部同時にやる」


 副官が呆れたように息を吐く。


「……正直、敵じゃなくて助かってます」


 Fenは苦笑した。


「まあな。攻略レースであいつと張り合いたくはねぇ」


 サ終の日。


 最後までログインしていたプレイヤーの一人。


 誰も気にしない仕様を調べ続けた男。


 狂気みたいな最適化。


 だが。


 Fenは知っている。


 その積み重ねが、本物の実力だということを。


「だから世界一なんだよ」


 一方。


 ネットでは既に祭り状態になっていた。


【速報】

《Aegis》の神官ヤバすぎる件


【掲示板抜粋】


・回復しながら攻撃してるんだが?

・ヘイトどうなってんの?

・バフ一回も切れてなくね?

・あいつだけMMO廃人すぎる

・絶対元ガチ勢だろ

・いやもう人類最前線では?


 その時だった。


 ——ゴォンッ!!


 腹の底へ響くような重低音が、ダンジョン全体を揺らした。


「っ!?」


 最初に揺れたのは床だった。


 足元が小さく震える。


 だが次の瞬間。


 揺れは一気に強くなる。


 ガガガガガッ――!!


 石床が軋み、細かな破片が跳ねた。


 天井から砂埃が降り注ぐ。


 Rainが咄嗟に壁へ手をつく。


 Garmも重心を落とし、盾を構え直した。


「おい、なんだこれ……!」


 その時。


 壁が脈打った。


 ドクン。


 まるで生き物みたいに。


 赤黒い侵食が血管のように広がり、壁面を這っていく。


 床。


 天井。


 ダンジョンを構成する全てが、呼吸するみたいに脈動していた。


 侵食が。


 まるで何かを歓迎するみたいに。


 空気が重い。


 肺の奥が冷える。


 Rainが無意識に唾を飲み込む。


 その音だけが、妙に大きく聞こえた。


 Arcの視線が細まる。


 侵食周期、短縮。


 魔力濃度、上昇。


 フェーズ移行が近い。


 ログと一致していた。


 サ終前。


 深層レイド解析班が残していた未完成ログ。


 あの時と同じ反応。


「……初見即死型か」


「え?」


「しかもフェーズ移行が早い」


「だから何言ってんだお前!?」


 Rainの声が僅かに裏返る。


 だが。


 Arcの表情は変わらない。


 ゲーム時代ですら見たことのない現象。


 それでも。


 脳は冷静に最適解を探していた。


 そして。


 空の巨大ウィンドウへ、再びノイズが走る。


《ERROR》


《UNKNOWN DEPTH REACTION》


 画面が激しく乱れる。


 文字列が崩れる。


 ダンジョンカメラ映像にもノイズが混ざり始めていた。


 映像が歪む。


 赤黒い線が画面を這う。


 まるでシステムそのものが侵食されているみたいに。


 そして。


 一瞬だけ。


 別の表示が浮かび上がった。


《Depth:???》


 他の探索者には、ただのノイズにしか見えなかった。


 だが。


 Arcの視界だけは違う。


 崩れかけた文字列の奥。


 一瞬だけ表示された深層情報を、彼は正確に読み取っていた。


「……101階層」


 空気が凍る。


 Novaが息を止めた。


「……何を見たの?」


 Arcは答えない。


 ただ、奥を見つめる。


 暗闇。


 何も見えない。


 だが。


 そこに“何か”がいる。


 ゲーム時代ですら存在しなかった領域。


 Arcですら知らない何か。


 ——そして。


 突如として、ダンジョンの揺れが止まった。


 さっきまで脈打っていた壁も。


 侵食していた床も。


 ぴたりと静止する。


 静寂。


 誰も、すぐには動けなかった。


 靴音。


 金属音。


 呼吸。


 それ以外、何も聞こえない。


 Rainが半歩だけ後ろへ下がる。


 その音だけが、不自然なほど大きく響いた。


 Garmは盾を構えたまま動かない。


 Novaも杖を握り締めている。


 全員が暗闇の奥を見ていた。


 何かがいる。


 まだ姿は見えない。


 だが。


 来る。


 全員がそれを理解していた。


 空気が、水の底みたいに重かった。


 嫌な汗が頬を伝う。


 Arcは無意識に秒数を数えていた。


 三秒。


 五秒。


 侵食周期は一定。


 ——なら、次に来る。


 長い。


 ほんの数秒が、異様に長く感じた。


 そして。


 直後。


 ダンジョン奥から、低い咆哮が響いた。


 その声を聞いた瞬間。


 誰もが本能的に理解する。


 ——今までのモンスターとは、格が違う。


 空気そのものが震え、探索者たちの背筋を冷たい汗が伝った。


読んでいただきありがとうございます。


【スキル解説】


《ヘイスト》

対象の移動速度・攻撃速度を上昇させる支援魔法。

効果時間管理が非常に重要で、上級支援職ほど維持率に差が出る。


《プロテクション》

対象の物理防御を強化する防御支援魔法。

重ね掛けは不可だが、切らさず維持することで生存率が大きく変わる。


《メディック》

継続回復型の治癒魔法。

即時回復量は低いが、前衛維持には必須級の支援スキル。


次回から、ダンジョンの異変がさらに広がっていきます。

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