第9話 探索者協会
第9話 探索者協会
『本日、日本政府は“探索者協会”の設立を正式発表しました』
テレビ画面の向こうで、
ニュースキャスターが緊張した表情を浮かべる。
『ダンジョン内で採取される“魔石”は、
既存エネルギーを大きく上回る出力を確認』
『政府は国家戦略資源として管理を開始――』
街中の大型モニター。
スマホニュース。
SNS。
どこを見ても、
ダンジョンの話題ばかりだった。
【魔石で発電成功したらしい】
【世界変わるぞこれ】
【探索者ガチで職業になるのか?】
【協会設立きた】
【深層勢もう企業から声かかってるらしい】
駅構内では、
ダンジョン特番が流れ続けていた。
コンビニには、
簡易ポーションが並び始めている。
探索者用非常食。
耐刃ジャケット。
簡易防具。
魔石買取。
数日前まで、
普通の街だったはずなのに。
もう景色が違った。
避難区域が広がってから、
夜の街は少し静かだった。
電車本数も減っている。
学校休校のニュースも増えた。
夜になると、
避難放送だけが街へ響く。
ダンジョン特番だけが、
毎日流れていた。
ダンジョン出現から、
まだ数日。
それなのに。
世界は既に、
変わり始めていた。
現実なのに。
どこか、
昔の大型アップデート初日みたいだった。
一方。
《Aegis》は一時的にダンジョン攻略を中断し、
都内へ戻っていた。
「うわぁ……人増えてる」
Rainが駅前を見回す。
探索者装備を着た人間が、
明らかに増えていた。
初心者用の革鎧。
安物の剣。
まだ新品の盾。
ぎこちない装備姿。
探索者になったばかりなのが、
一目で分かる。
その中には。
怯えた顔の人間も居た。
包帯を巻いた探索者。
泣いている女子高生。
血の付いた防具。
折れた槍。
数日前まで、
普通の学生だった人間達だ。
「完全に別世界だな」
Garmが苦笑した。
その時。
Arcのスマホが震える。
《探索者協会》
登録要請通知。
「来たか」
Arcは画面を見ながら呟く。
「協会?」
Novaが覗き込む。
「探索者の管理組織だろうな」
現在、
世界中で探索者が急増している。
当然。
政府側も統制を始める。
「まぁ必要よね」
「PKとか出てもおかしくないし」
Rainの言葉に、
空気が少し重くなった。
現実だ。
力があれば、
悪用する人間も出る。
一瞬。
誰も喋らない。
駅前大型モニターだけが、
静かに光っていた。
Arcは少しだけ、
視線を逸らす。
サ終した時。
全部終わったはずだった。
もう二度と、
攻略最前線へ戻ることは無いと思っていた。
それなのに。
また、
攻略が始まってしまった。
攻略している時だけ。
少し昔の自分へ戻れる気がした。
「とりあえず行くぞ」
◇
数時間後。
《探索者協会》本部。
臨時設立とは思えないほど大きな施設だった。
受付前には、
大量の探索者が並んでいる。
初心者探索者。
軍関係者。
企業スタッフ。
研究員。
テレビクルー。
配信者。
武器搬入業者。
ロビー全体が、
慌ただしく動いていた。
怒鳴り声。
治療班。
担架。
泣いている新人探索者。
協会ロビーは、
まだ戦場みたいだった。
ロビー端では、
負傷した探索者が治療を受けている。
焼け焦げた盾。
血の付いた防具。
折れた槍。
数日前まで、
普通の学生だった人間達だ。
「うわ、混みすぎ……」
「そりゃそうだろ」
Garmが肩をすくめた。
近くでは、
初心者探索者達が小声で話している。
「二階層で全滅したPTあるらしいぞ」
「マジかよ……」
「ゴブリンですら普通に死ぬって聞いた」
「六階層とか意味分からん」
恐怖混じりの声だった。
第三階層到達。
今はそれだけで、
ニュース速報が流れる。
そんな世界で。
《Aegis》と《Fenrir》だけが、
第六階層へ到達していた。
完全に異常側だった。
一瞬。
誰も喋らない。
大型モニターだけが、
静かに光っている。
その横で。
Arcだけは、
別の場所を見ていた。
他の探索者達が、
ランキングを見ている。
Arcだけが、
補給効率を見ていた。
協会ロビーの喧騒より。
深層攻略設備の方が、
Arcには重要だった。
補給カウンター。
魔石換金所。
武器整備場。
搬入口。
素材保管庫。
緊急搬送ルート。
既に。
頭の中で、
深層攻略への利用方法を考えている。
「……完全に攻略脳だな」
Crowが呆れたように言った。
「使えそうな設備多い」
Arcは短く返す。
「Arc」
「ん」
「聞いてる?」
「聞いてる」
返事をしながらも。
Arcの視線は、
協会設備から動いていなかった。
Rainは少し不思議だった。
現実なのに。
みんな、
昔のレイド初日みたいな顔をしている。
サ終したはずなのに。
また、
攻略最前線へ戻ってきている。
その感覚が、
少しだけ懐かしかった。
その時。
近くの大型モニターへ映像が流れる。
《CURRENT DEEPEST FLOOR》
1位:《Aegis》
Depth:6
2位:《Fenrir》
Depth:6
3位:《Helheim》
Depth:5
4位:《Valkyria》
Depth:5
一瞬。
周囲がざわついた。
「《Aegis》ってあいつらか?」
「六階層……?」
「嘘だろ」
「まだ三階層でもニュースだぞ」
「化け物じゃねぇか……」
「絶対元プロゲーマーとかだって」
視線が集まる。
Rainが小さく笑った。
「有名人じゃん」
「嬉しくねぇ……」
Arcはため息を吐く。
受付へ向かう。
「探索者登録ですね?」
受付女性が端末を操作する。
「はい」
「パーティ登録も行いますか?」
「ギルド登録で」
その瞬間。
受付女性の動きが止まった。
「……ギルド?」
まだ設立直後。
正式ギルド登録者は極端に少ない。
「ギルド名をお願いします」
Arcは迷わず答える。
「《Aegis》」
静寂。
次の瞬間。
周囲がざわついた。
「え?」
「《Aegis》本人!?」
「マジかよ!」
「深層組じゃん!」
Rainが苦笑する。
「完全にバレたね」
「目立ちすぎだ」
登録端末へメンバー情報が表示されていく。
【Guild:《Aegis》】
Arc
Garm
Rain
Crow
Nova
Dwalf
Luna
Mist
受付職員の視線が、
一瞬止まる。
この人数で。
第六階層。
しかも、
死者ゼロ。
どう考えても異常だった。
受付職員は少し混乱していた。
この人達だけ。
見ている深度が違う。
その時。
「ん?」
Mistが受付横の展示棚を見つめた。
「どうした?」
「あれ」
視線の先。
ガラスケース内。
一つの鞄が置かれていた。
《亜空収納鞄》
試作品。
「……マジックバッグ?」
Rainが目を輝かせる。
「え、あるの!?」
受付女性が苦笑した。
「まだ未完成品ですけどね。
ダンジョンドロップの研究で作られました」
「容量は?」
Dwalfが即座に聞く。
「現在は小型倉庫程度です」
「充分だろ……」
探索者たちがざわつく。
通常なら、
大量の荷物を運ぶ必要がある。
だが。
マジックバッグがあれば、
話が変わる。
深層攻略効率が、
一気に跳ね上がる。
マジックバッグを見た瞬間。
Dwalfの目が、
完全に生産職の目になっていた。
Dwalfは既に、
縫製部分を観察していた。
まるで、
新しい装備レシピを見る生産職みたいだった。
「容量拡張式か」
Dwalfが呟く。
「え?」
受付女性が固まる。
「侵食魔晶使えば、
内部圧縮率もっと上がる」
「多分、
空間固定も安定する」
Mistが続けた。
受付女性が目を瞬かせる。
「……なんで分かるんです?」
「なんとなく」
「いや絶対なんとなくじゃないですよね?」
Dwalfは既に、
素材変換効率を計算していた。
「内部術式浅いな」
「深層魔石使えば容量倍行ける」
「自動収納まで行けそう」
Novaまで混ざる。
「ショートカット呼び出し欲しいな」
「戦闘中取り出し速度優先だろ」
Arcが即答する。
「重量軽減と展開速度両立できれば、
深層攻略かなり変わる」
受付職員たちは、
少し引いていた。
まだ試作品。
正式研究員ですら、
構造解析中の装備。
それを。
この連中は、
当然みたいに改良案を話している。
まるで。
実装直後の新装備を解析する、
ネトゲ最前線勢みたいだった。
Arcは既に、
別の場所を見ていた。
耐久性。
重量。
収納速度。
戦闘中取り出し。
頭の中で、
攻略用途へ置き換えている。
「戦闘中使用は?」
Arcが聞いた。
「え?」
「展開速度」
「あ、えっと……」
受付女性が慌てて端末を確認する。
「現在平均二・三秒ほどです」
「遅い」
即答だった。
「実戦だと致命的」
周囲の探索者達が静まり返る。
二・三秒。
普通なら充分早い。
だが。
Arc達は、
深層基準で話していた。
「まぁ現状、
そこまで深い階層行く人居ませんし……」
受付女性が苦笑する。
「そのうち必要になる」
Arcは短く返した。
その言葉に。
受付女性は少し寒気を覚える。
一瞬。
誰も喋らない。
大型モニターだけが、
静かに光っていた。
その時だった。
突然。
ロビー奥がざわつき始める。
「おい……」
「Fenrirだ」
「マジか」
奥の空気が変わる。
探索者達が、
無意識に道を空けていた。
重い足音。
一瞬。
協会ロビーが静まり返った。
振り返る。
そこには。
大型戦斧を背負った男が立っていた。
灰色の戦闘コート。
高身長。
圧迫感。
最前線探索者特有の空気。
《Fenrir》ギルドマスター。
Fen。
周囲がざわめく。
「《Fenrir》!?」
「世界二位の……!」
「もう来てたのかよ」
Fenは真っ直ぐArcを見る。
そして。
小さく笑った。
「……やっぱり居たか」
Arcも少しだけ笑う。
「ああ、Fen」
一瞬。
空気が変わる。
最前線。
世界最強クラスの攻略ギルド。
その頂点同士。
Fenもまた。
終わったはずの攻略へ戻ってきた側だった。
「相変わらず最前線か」
「そっちこそ」
短いやり取り。
だけど。
周囲の探索者達は、
息を呑んでいた。
まだ二階層でも、
命懸け。
そんな世界で。
この二人だけが、
第六階層の先を見ている。
Fenがランキングモニターを見る。
《Aegis》
Depth:6
《Fenrir》
Depth:6
そして。
少しだけ口元を上げた。
「次は先行くぞ」
Arcは短く返す。
「やれるならな」
周囲の探索者達は、
その会話を理解できなかった。
命懸けの深層。
なのに。
この連中にとっては、
まだ攻略途中でしかない。
まるで。
終わったはずのネトゲを、
また続きから始めているみたいだった。
読んでいただきありがとうございます。
【スキル・アイテム解説】
《マジックバッグ》
内部へ物資を収納できる魔道具。
容量や性能は素材・付与技術によって大きく変化する。
《侵食魔晶》
通常魔石とは異なる未知素材。
高出力の魔力を持つが、内部に不安定な反応が確認されている。
次回から、《Aegis》のギルド活動も本格的に始まっていきます。




