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世界最強ヒーラー、サービス終了したゲーム知識で現実ダンジョンを攻略する ~伝説のギルド《Aegis》復活~  作者: PeterP4n
第一章 サービス終了した世界

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第7話 五階層の中ボス

# 第7話 五階層の中ボス


 四階層。


 湿った空気が通路に淀み、肌へまとわりついていた。


 壁には黒い血痕が付着し、床には砕けた盾や折れた剣が散乱している。


 通路脇には探索者の死体が転がっていた。


 まだ血は乾いていない。


 つい先ほどまで生きていたのだろう。


 装備を見る限り、初心者PTだったようだ。


 安物の革鎧。


 初心者用のバック。


 床へ散らばったポーション。


 そして、噛み千切られた腕。


 生々しい血の臭いが鼻へ張り付く。


 遠くでは誰かの悲鳴が反響していた。


 低い唸り声。


 何かを引き摺る音。


 暗闇の奥では、ゴブリン達の気配が蠢いている。


 普通の探索者なら、それだけで足が止まる光景だった。


 実際、少し前を進んでいた初心者PTは完全に腰が引けていた。


「む、無理だろこんなの……」


「帰ろうぜ……」


 剣を持つ手が小刻みに震えている。


 顔色も悪い。


 額には大量の汗が浮かび、呼吸も浅くなっていた。


 それが普通だった。


 現実でモンスターと戦う。


 血を見る。


 死体を見る。


 目の前で人が死ぬ。


 そんな状況に平然としていられる人間なんて、ほとんど存在しない。


 ゲームのような感覚でいられる方がおかしいのだ。


 実際、ダンジョンへ入ったばかりの探索者ほど、この光景に心を折られる。


 恐怖で足が止まり、判断力が鈍り、普段ならできることすらできなくなる。


 それが当たり前だった。


 だが。


 《Aegis》だけは違った。


 誰も死体を見ない。


 視線は常に前を向いている。


 攻略ルート。


 敵の位置。


 射線。


 次の接敵地点。


 意識の全てがそこへ向けられていた。


 誰が指示を出すわけでもない。


 だが、それぞれが自分の役割を理解している。


 前衛は敵の動きを予測し、中衛は味方との距離を測り、後衛は次に必要になる魔法の準備を進める。


 常に数手先を考えながら行動していた。


 一般探索者が目の前の敵と“戦っている”のに対し、《Aegis》はダンジョン全体を“攻略している”。


 目の前の一体を倒すことだけが目的ではない。


 次の敵、その先の通路、消耗する体力や魔力まで含めて、一つの流れとして組み立てている。


 その違いが、既に圧倒的な差になっていた。


「また先釣りする気か?」


 Garmが呆れた声を出す。


「してないし!?」


 Rainが即座に反論した。


「前もそう言って突っ込んだ」


「あれは事故!」


「お前の事故は毎回洒落にならねぇんだよ」


 小さな笑いが起きる。


 張り詰めた空気の中でも、こうして軽口を叩ける。


 それだけ互いを信頼している証拠でもあった。


 こんな空気が、昔から好きだった。


 ゲーム時代。


 深夜三時。


 深夜三時。


 眠気で全員の頭がおかしくなっていた頃も、こんな感じだった。


 本来なら集中しなければいけない攻略中なのに、どうでもいいことで笑っていた。


 誰かのくだらない一言で笑いが起きて、その笑いが別の誰かへ伝染していく。


 そんな時間だった。


 机の上にはエナドリの空き缶が何本も転がっている。


 深夜VCには、キーボードを叩く音や小さな欠伸が混ざっていた。


 眠そうなNova。


 妙にテンションのおかしいRain。


 いつも通り冷静なCrow。


 呆れながらも付き合ってくれるGarm。


 そして、自分。


『Arc、次どうする?』


『五秒待ってヘイト固定』


『はいはい攻略王』


『Rain前出るな』


『えー』


 そんなやり取りを、何度も繰り返していた。


 当たり前みたいに集まって、当たり前みたいに攻略して、当たり前みたいに解散する。


 そんな時間が、ずっと続くと思っていた。


 だが。


 サ終の日。


 最後のレイド後。


 誰もVCを切れなかった。


 いつもなら「お疲れ」で終わるはずなのに、誰も切り出せない。


 沈黙だけが続いていた。


 ログアウト画面のBGMだけが、静かに流れていた。


『お疲れ』


『また別ゲーで』


『固定解散かー』


『また明日な』


 その“明日”は来ないはずだった。


 サービス終了と同時に、あの時間も終わったのだと思っていた。


 もう二度と、このPTで攻略することはないと思っていた。


 もう集まることもない。


 もう馬鹿みたいな雑談をしながらダンジョンへ潜ることもない。


 もう誰かに「次どうする?」と聞かれることもない。


 そうやって、一つの思い出として終わったはずだった。


 なのに今。


 また《Aegis》でダンジョンを攻略している。


 現実の世界で。


 命を懸けながら。


 あの頃と同じ仲間たちと肩を並べている。


 嬉しい。


 そう思ってしまう自分がいた。


 本来なら、そんな感情を抱く状況じゃない。


 血の臭いがする現実で。


 人が死ぬ世界で。


 少し先には、また誰かの死体が転がっているかもしれない。


 そんな場所なのに。


 それでも、また続きをやれていることが少しだけ嬉しかった。


 Arcが片手を上げる。


 その小さな合図だけで、《Aegis》全員の動きが止まった。


 Rainが足を止める。


 Garmが自然に前へ出る。


 Novaは詠唱を中断。


 Crowは無言のまま左通路へ視線だけ向けた。


 誰も喋らない。


 呼吸音だけが残る。


 湿った静寂が暗い通路を満たしていた。


 Arcが浅く息を吸う。


 ゆっくり吐く。


 そして、目を閉じる。


 視界から得られる情報を一度切り離し、聴覚へ意識を集中させた。


 耳を澄ませる。


 ……カツ。


 小さな靴音が響く。


 さらに。


 ガリ、と石を引っ掻く音。


 荒い呼吸。


 低い唸り声。


 音は一つではない。


 重なっている。


 複数いる。


 通路の奥で、何かがこちらへ近付いてきていた。


 Arcは頭の中で距離と位置を組み立てていく。


 足音の間隔。


 呼吸の大きさ。


 石床へ伝わる振動。


 それらを瞬時に整理し、敵の数を割り出す。


 Arcの目が細くなる。


 耳へ入ってくる僅かな音を整理する。


 足音。


 呼吸音。


 石を擦る音。


 そこから相手の位置と動きを組み立てていく。


 数は二。


 右通路。


 距離は近い。


 速度も速い。


 このままなら接敵まで三秒。


 相手はゴブリンだ。


 Arcは即座に判断を下した。


「右から二体!」


 短い声が飛ぶ。


 その瞬間には、もう全員が動いていた。


 誰も驚かない。


 誰も確認しない。


 Arcの情報を前提として、それぞれが役割を果たすために身体を動かしている。


「Crow!」


「了解」


 返事より先にCrowは踏み込んでいた。


 腰を落とす。


 重心を前へ倒す。


 石床を蹴る。


 黒い影のように暗闇を滑っていく。


 通路奥から飛び出してきたゴブリンが棍棒を振り上げた。


 肩が上がる。


 筋肉が膨らむ。


 右振り。


 大振り。


 発生は遅い。


 ゲーム時代から何度も見てきた攻撃モーションだ。


 予備動作が大きいぶん、回避は難しくない。


 Crowは止まらない。


 真正面から受け止めるつもりは最初からなかった。


 相手の攻撃は大振りだ。


 威力は高いが、そのぶん隙も大きい。


 Crowはその一瞬を逃さない。


 半歩だけ横へ流れる。


 必要最低限の移動。


 無駄な動きは一切ない。


 振り下ろされた棍棒が、すぐ横を通り過ぎていく。


 棍棒が空を切った。


 風切り音が響く。


 その勢いのまま、ゴブリンの体勢がわずかに崩れた。


 その懐へ潜り込む。


 距離を一気に詰める。


《ヘイトスラスト》


 剣閃。


 ギィン!! と鋭い金属音が通路へ響いた。


 突きがゴブリンへ突き刺さる。


 ゴブリンの身体が仰け反る。


 赤い目が一瞬でCrowを捉えた。


《ヘイト固定》


 敵意が完全にCrowへ向く。


 これで狙いは成功だ。


 敵の意識を一人へ集中させることで、後衛が安全に攻撃できる状況を作り出す。


 その瞬間、Novaの指先が止まった。


 まだ撃たない。


 射線上にCrowがいるからだ。


 もし今撃てば、味方を巻き込む危険がある。


 どれだけ強力な魔法でも、味方へ当ててしまえば意味がない。


 だから待つ。


 わずか0.5秒。


 だが、その短い時間の中で全員が次の動きを共有していた。


 Crowが身体を流して射線を空ける。


 そこで初めてNovaの詠唱が再開された。


 赤い魔法陣が回転する。


 熱が集まる。


 周囲の空気が徐々に熱を帯びていく。


 空気が揺らぐ。


 熱風が頬を撫でた。


「《ファイアボルト》」


 詠唱完了。


 次の瞬間。


 Novaの指先から火球が撃ち出された。


 赤い軌跡が暗闇を裂きながら、一直線にゴブリンへ向かって飛ぶ。


 無駄のない最短射線。


 狙いは胸部。


 火球は寸分違わず命中した。


 一瞬。


 圧縮されていた火属性魔力が、ゴブリンの身体の内部へ深く食い込んでいく。


 そして0.2秒後。


 蓄積された魔力が臨界点を超えた。


 閃光。


 直後。


 轟音が通路全体を揺らした。


 爆炎が一気に広がり、熱風が吹き抜ける。


 赤く染まった炎の光が石壁へ反射し、暗い通路を照らし出した。


 ゴブリンの身体が爆風に吹き飛ばされる。


 宙を舞い、そのまま背中から壁へ激突した。


 だが、まだ倒れない。


 HPが僅かに残っている。


 しかし、爆発の衝撃によって身体の動きが止まった。


 爆発硬直。


 右脚が止まり、次の行動へ移れない。


 その隙は、わずか0.4秒。


 だが、Rainには十分すぎる時間だった。


「遅いっ!」


 Rainが一度、呼吸を止める。


 余計な力を抜きながら、重心を深く落とした。


 膝をしならせ、全身のバネを使うように石床を蹴る。


 その瞬間、風が裂ける音が通路へ響いた。


 低い姿勢のまま、一気に加速する。


 まるで地面を滑るような動きだった。


 ゴブリンも反応する。


 唸り声を上げながら、太い腕を振り上げ、そのまま勢いよく振り下ろした。


 だが。


 その攻撃が届く頃には、もうRainの姿はそこにない。


 視界から完全に消えていた。


 ゴブリンが目を見開く。


 次の瞬間には、その背後へ回り込んでいる。


 完全な死角だった。


 Rainは走る勢いを殺さないまま、短剣を逆手へ持ち替える。


 再び呼吸を止める。


 そして、半歩だけ静かに踏み込んだ。


 すれ違いざま。


 銀閃。


 喉元から血が噴き出した。


 ゴブリンの身体が崩れ落ちる。


《撃破確認》


 静かだった。


 戦闘が終わったにもかかわらず、誰も余計な言葉を発しない。


 次の敵が来ても対応できるように、全員の意識は既に前へ向いていた。


 無駄がない。


 誰も迷わない。


 ヘイト。


 射線。


 詠唱。


 スキル後硬直。


 戦闘に必要な情報が、全て共有されている。


 誰かが指示を出しているわけではない。


 長年積み重ねてきた経験が、言葉を交わさなくても連携を成立させていた。


 相手がどのタイミングで動くのか。


 次に誰が行動するのか。


 どこへ移動すれば味方の邪魔にならないのか。


 それらを全員が自然に理解している。


 だからこそ、一つの行動が終わる前に次の行動へ繋がっていく。


 最適化された動き。


 最短手順。


 無駄な行動が一つもない。


 まるで五人で戦っているのではなく、一つの巨大な生き物が動いているような一体感だった。


 周囲の探索者たちが息を呑む。


「なんだあのパーティ……」


「強すぎるだろ……」


「同じ探索者に見えねぇ……」


「軍より動きヤバくないか……?」


 その時だった。


 空の巨大ウィンドウが変化する。


《CURRENT DEEPEST FLOOR》


《Depth:5》


Party:《Aegis》


 一瞬。


 世界中が止まった。


 それまで各国のニュース番組や配信サイトで流れていた映像が、一斉に切り替わる。


 次の瞬間。


 世界中のネットワークが爆発した。


 映し出されているのは、ダンジョン内部の映像。


 通称ダンジョンカメラ


 ゲート発生と同時に突如として現れた、正体不明の監視システムだ。


 誰が作ったのか。


 どういう原理で動いているのか。


 未だに誰一人として解明できていない。


 だが、一つだけ確かなことがある。


 それは、探索者たちの行動が世界中へ半強制的に公開されるということだった。


 攻略の様子。


 戦闘。


 会話。


 その全てがリアルタイムで配信される。


 そして今。


 その膨大な視聴者を最も集めていたのが――《Aegis》だった。


『同接二千万超えたぞ!?』


『軍の公式配信抜いてる!!』


『なんでヒーラー前出てんだよ!?』


『Rainって子かわいくね?』


『いや動きバケモンだろ』


『FPSプロより視点速いんだけど』


『Novaの詠唱管理エグい』


『Crowの回避見えなかった』


『Garm硬すぎるだろ』


『Arcだけ冷静過ぎて怖い』


 コメント欄は、既に人間の目では追い切れない速度になっていた。


 一秒ごとに何百、何千というコメントが流れ込み、画面は文字で埋め尽くされていく。


 同時接続人数も異常だった。


 二千三百万。


 それは世界最大級の配信者が持つ記録を、あっさりと塗り替える数字だった。


 もはや一つの配信という規模ではない。


 世界中の人々が、同じ瞬間に《Aegis》の攻略を見守っている状態だった。


 その熱狂は国内だけに留まらない。


 海外掲示板でも、《Aegis》の話題で持ち切りになっていた。


『Healer frontline??』


『No way this is real』


『Japanese top guild insane』


 切り抜き動画は投稿数分で数百万再生へ到達。


 SNSトレンドも《Aegis》関連ワードで埋め尽くされていた。


【世界最速攻略】


【五階層到達】


【軍を超えた五人組】


【ヒーラーが前衛してる件】


【現実でヘイト管理してる化け物】


 熱狂が広がっていた。


 憧れの視線を向ける者もいる。


 自分たちとの差に嫉妬する者もいる。


 そして、その圧倒的な実力に恐怖を覚える者もいた。


 世界中の人々が、少しずつ理解し始めていた。


 ――《Aegis》という存在。


 そして、最前線ギルドという規格外の集団の恐ろしさを。


 東京ゲート前でも、その影響は凄まじかった。


 設置された巨大モニターの前には、次々と人々が集まってくる。


 足を止める通行人。


 仕事帰りの会社員。


 学生。


 探索者志望の若者たち。


 誰もが映像へ釘付けになっていた。


 あちこちから悲鳴が上がる。


 歓声が響く。


 スマホを取り出し、映像を撮影する人間も後を絶たない。


 泣いている人間までいた。


「おい見ろ!!」


「五階層だぞ!?」


「軍でもまだ二階層なのに!?」


 だが。


 映像の中の《Aegis》だけは異様に冷静だった。


 彼らにとって五階層到達はゴールではない。


 ただの通過点に過ぎない。


 その先にいる中ボスを倒し、さらに深層へ進む。


 それが当たり前だと知っているからだ。


 世界が熱狂する中、《Aegis》だけはいつも通り次の攻略へ意識を向けていた。


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