第七話 五階層の中ボス
# 第七話 五階層の中ボス
四階層。
湿った空気が通路へ淀んでいた。
壁へ付着した黒い血痕。
砕けた盾。
折れた剣。
通路脇には、
探索者の死体が転がっている。
まだ血が乾いていない。
初心者PTだったのだろう。
安物の革鎧。
初心者用バック。
床へ散らばったポーション。
噛み千切られた腕。
血の臭いが鼻へ張り付く。
遠くでは、
誰かの悲鳴が反響していた。
低い唸り声。
何かを引き摺る音。
ゴブリン達の気配が、
暗闇の奥で蠢いている。
普通の探索者なら、
それだけで足が止まる光景だった。
実際。
少し前を進んでいた初心者PTは、
完全に腰が引けていた。
「む、無理だろこんなの……」
「帰ろうぜ……」
剣を持つ手が震えている。
顔色も悪い。
汗が止まっていない。
それが普通だった。
現実でモンスターと戦う。
血を見る。
死体を見る。
人が死ぬ。
ゲーム感覚でいられる方がおかしい。
だが。
《Aegis》だけは違う。
誰も死体を見ない。
視線は常に前。
攻略ルート。
敵位置。
射線。
次の接敵。
意識が全部そこへ向いていた。
一般探索者は、
まだ“戦って”いる。
《Aegis》は、
既に“攻略”していた。
「また先釣りする気か?」
Garmが呆れた声を出す。
「してないし!?」
Rainが即座に反論した。
「前もそう言って突っ込んだ」
「あれは事故!」
「お前の事故は毎回洒落にならねぇんだよ」
小さい笑いが起きる。
こんな空気が、
昔から好きだった。
ゲーム時代。
深夜三時。
眠気で全員頭がおかしくなっていた頃も、
こんな感じだった。
攻略中なのに、
どうでもいいことで笑っていた。
エナドリの空き缶。
深夜VC。
眠そうなNova。
テンションのおかしいRain。
『Arc、次どうする?』
『五秒待ってヘイト固定』
『はいはい攻略王』
『Rain前出るな』
『えー』
そんな時間が、
ずっと続くと思っていた。
だが。
サ終の日。
最後のレイド後。
誰もVCを切れなかった。
ログアウト画面のBGMだけが、
静かに流れていた。
『お疲れ』
『また別ゲーで』
『固定解散かー』
『また明日な』
その“明日”は、
来ないはずだった。
もう二度と、
このPTで攻略することは無いと思っていた。
なのに今。
また《Aegis》で、
ダンジョンを攻略している。
嬉しい。
そう思ってしまう自分がいた。
血の臭いがする現実で。
人が死ぬ世界で。
それでも。
また続きをやれていることが、
少しだけ嬉しかった。
Arcが片手を上げる。
一瞬で、
Aegis全員の動きが止まった。
Rainが足を止める。
Garmが自然に前へ出る。
Novaは詠唱を中断。
Crowは無言のまま、
左通路へ視線だけ向けた。
誰も喋らない。
呼吸音だけが残る。
湿った静寂が、
暗い通路を満たしていた。
Arcが浅く息を吸う。
ゆっくり吐く。
目を閉じた。
耳を澄ませる。
……カツ。
小さい靴音。
さらに。
ガリ、と、
石を引っ掻く音。
荒い呼吸。
低い唸り声。
複数。
Arcの目が細くなる。
数は二。
右通路。
距離は近い。
速度は速い。
接敵まで三秒。
ゴブリン。
「右から二体!」
声が飛ぶ。
その瞬間には、
もう全員が動いていた。
「Crow!」
「了解」
返事より先に、
Crowは踏み込んでいた。
腰を落とす。
重心を前へ倒す。
石床を蹴る。
黒い影みたいに、
暗闇を滑る。
通路奥。
飛び出してきたゴブリンが、
棍棒を振り上げる。
肩が上がる。
筋肉が膨らむ。
右振り。
大振り。
発生は遅い。
Crowは止まらない。
半歩横へ流れる。
棍棒が空を切った。
風切り音。
その懐へ潜り込む。
《ヘイトスラスト》
剣閃。
ギィン!! と、
鋭い金属音が通路へ響いた。
ゴブリンの身体が仰け反る。
赤い目が、
一瞬でCrowを捉えた。
《ヘイト固定》
タゲ移動確認。
その瞬間。
Novaの指先が止まる。
まだ撃たない。
射線上にCrowがいる。
0.5秒待機。
Crowが身体を流す。
そこで初めて、
Novaの詠唱が再開された。
赤い魔法陣が回転する。
熱が集まる。
空気が揺らぐ。
熱風が頬を撫でた。
「《ファイアボルト》」
詠唱完了。
次の瞬間。
火球が撃ち出される。
赤い軌跡が暗闇を裂いた。
一直線。
最短射線。
火球がゴブリンの胸部へ直撃する。
一瞬。
圧縮されていた火属性魔力が、
内部へ食い込んだ。
0.2秒遅れて、
魔力が臨界を超える。
閃光。
直後。
轟音が通路を揺らした。
爆炎が一気に広がる。
熱風が吹き抜け、
石壁へ炎が反射した。
ゴブリンの身体が宙を舞う。
背中から壁へ激突。
まだ死なない。
HPが僅かに残る。
だが。
爆発硬直が入った。
右脚が止まる。
その0.4秒。
Rainには十分だった。
「遅いっ!」
Rainが呼吸を止める。
重心を落とす。
石床を蹴った瞬間、
風が裂けた。
低姿勢のまま加速する。
ゴブリンの腕が振り下ろされる。
だが。
もうRainはいない。
視界から消えている。
次の瞬間には、
背後。
完全な死角。
Rainが短剣を逆手へ持ち替える。
呼吸を止める。
半歩踏み込む。
すれ違いざま。
銀閃。
喉元から血が噴き出した。
ゴブリンの身体が崩れ落ちる。
《撃破確認》
静かだった。
無駄が無い。
誰も迷わない。
ヘイト。
射線。
詠唱。
スキル後硬直。
全部が共有されている。
最適化された動き。
最短手順。
無駄な行動が一つも無い。
周囲の探索者たちが息を呑む。
「なんだあのパーティ……」
「強すぎるだろ……」
「同じ探索者に見えねぇ……」
「軍より動きヤバくないか……?」
その時だった。
空の巨大ウィンドウが変化する。
《CURRENT DEEPEST FLOOR》
《Depth:5》
Party:
《Aegis》
一瞬。
世界中が止まった。
次の瞬間。
爆発する。
ダンジョン内部映像。
通称。
ゲート発生と同時に現れた、
謎の監視システム。
探索者の映像は、
世界中へ半強制的に公開されている。
そして今。
最も視聴者を集めていたのが――《Aegis》だった。
『同接二千万超えたぞ!?』
『軍の公式配信抜いてる!!』
『なんでヒーラー前出てんだよ!?』
『Rainって子かわいくね?』
『いや動きバケモンだろ』
『FPSプロより視点速いんだけど』
『Novaの詠唱管理エグい』
『Crowの回避見えなかった』
『Garm硬すぎるだろ』
『Arcだけ冷静過ぎて怖い』
コメント欄が、
既に人間の目で追えない速度になっていた。
同時接続人数。
二千三百万。
世界最大級配信者の記録を、
既に超えている。
海外掲示板でも、
《Aegis》の話題で持ち切りだった。
『Healer frontline??』
『No way this is real』
『Japanese top guild insane』
切り抜き動画は、
投稿数分で数百万再生へ到達。
SNSトレンドは、
《Aegis》関連ワードが埋め尽くしていた。
【世界最速攻略】
【五階層到達】
【軍を超えた五人組】
【ヒーラーが前衛してる件】
【現実でヘイト管理してる化け物】
熱狂。
憧れ。
嫉妬。
恐怖。
世界が、
最前線ギルドという存在を知り始めていた。
東京ゲート前。
巨大モニターへ、
人々が殺到している。
悲鳴。
歓声。
スマホ撮影。
泣いている人間までいた。
「おい見ろ!!」
「五階層だぞ!?」
「軍でもまだ二階層なのに!?」
だが。
映像の中の《Aegis》だけは異様に冷静だった。
読んでいただきありがとうございます。
【スキル解説】
《ウォークライ》
重騎士系の範囲ヘイトスキル。
周囲モンスターのヘイトを強制的に自身へ向ける。
《ホーリー》
神官系の聖属性攻撃魔法。
対アンデッド・侵食系への効果が高い。
次回から、ダンジョンの異変がさらに広がっていきます。




