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『世界最強ギルド《Aegis》、サービス終了したゲーム知識で現実ダンジョンを攻略する』  作者: そら


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第六話 最前線ギルド《Fenrir》

第六話 最前線ギルド《Fenrir》


 Fenが短く息を吸う。


 巨大な戦斧が、

 ゆっくり持ち上がった。


 人間一人分はありそうな刃。


 普通なら、

 振るだけで身体ごと流される重さだ。


 だが。


 Fenの動きに無理は無い。


 腰が沈む。


 肩が僅かに捻られる。


 踏み込み。


 石床が軋む。


 次の瞬間。


 戦斧が振り抜かれた。


 風切り音。


 空気が唸る。


 ゴブリンが目を見開いた。


 逃げようとする。


 だが。


 間に合わない。


 鈍い衝突音。


 頭部が砕け散る。


 緑色の血飛沫が、

 石壁へ叩き付けられた。


 嫌な音だった。


 骨だ。


 ゴブリンの身体が、

 糸の切れた人形みたいに崩れ落ちる。


 その余韻だけが、

 静かな通路へ残った。


 血の臭い。


 湿った空気。


 鉄臭さが鼻へ張り付く。


 Fenは表情一つ変えなかった。


《CURRENT DEEPEST FLOOR》


《Depth:4》


Party:

《Fenrir》


 空へ浮かぶ巨大ウィンドウ。


 その名が世界中へ映し出される。


 直後。


 周囲にいた探索者たちが歓声を上げた。


「四階層だ!」


「また更新されたぞ!」


「《Fenrir》ってどこのギルドなんだ!?」


「攻略早すぎるだろ!」


 スマホ通知が鳴り止まない。


 ニュース速報。


 SNS更新。


 動画配信。


 世界中が、

 リアルタイムでダンジョン攻略を見ていた。


 しかも。


 探索者協会は緊急対応として、

 《ダンジョンカメラ》の一般公開を始めていた。


 浮遊型の魔導端末。


 各階層へ配置されたそれが、

 攻略映像をリアルタイムで映している。


 東京ゲート前。


 巨大モニターの周囲には、

 数え切れない野次馬が集まっていた。


「うわっ!?」


「今の何!?」


 モニターへ映ったのは、

 《Aegis》の戦闘映像。


 Garmが盾を構える。


 半歩前へ出る。


 牙狼の突進を受け止める。


 激しい衝突音。


 空気が震える。


 だが。


 盾役の男は、

 一歩も引かなかった。


「硬っ!?」


「いや待って、

 普通吹っ飛ぶだろ!?」


 直後。


 Rainが側面へ滑り込む。


 速い。


 一般人には、

 もう何をやっているのか分からない。


「見えなかったんだけど!?」


「待って待って!

 人間の動きじゃなくない!?」


 Novaの火球が通路を焼く。


 爆炎。


 熱風。


 その直後には、

 もうCrowが背後へ回っていた。


「なんであいつもう後ろいるんだよ!?」


「カメラ追いついてねぇ!」


 SNSコメントが爆発的に流れていく。


『うますぎる』

『FPSじゃねぇんだぞ!?』

『タンク硬すぎ』

『今の完全にヘイト管理だろ』


『ヒーラー何してる?』

『いや見ろ、全体見てる』


『回復タイミングヤバ』

『完全にレイド勢』


『あのPTだけ別ゲーやってない?』


 配信者の絶叫まで飛ぶ。


『いや待って!?

 なんであの人達そんな冷静なの!?』


『普通もっとパニックになるだろ!』


 別の場所では。


 ネットカフェ。


 大学食堂。


 会社の休憩室。


 コンビニ。


 電車内。


 あらゆる場所で、

 人々がスマホ画面へ釘付けになっていた。


「え、これ日本?」


「ゲーム配信じゃないの?」


「いやリアルらしい」


 信じられない。


 だが。


 画面の端には、

 血塗れで運ばれていく探索者まで映っている。


 現実だった。


 世界中が、

 その異常さへ気付き始めていた。


『軍より強いんだけど』

『このPT動きおかしくね?』

『絶対経験者いるだろ』


『待って』

『今の見えた奴いる?』


『ヘイト固定うますぎ』

『この盾役ヤバい』


『ヒーラー回復まだ切ってないぞ!?』

『完全にMMO上位勢だろ』


『Aegis抜かれた!?』

『Fenrir来た!!』


 海外掲示板まで騒ぎ始めている。


『Japan players are insane』

『Those guys move like raid veterans』


 だが。


 その中心にいる男は、

 そんな声へ一切興味を示さなかった。


「……《Aegis》か」


 真田恒星。


 ゲーム内ネーム《Fen》。


 《Fenrirフェンリル》ギルドマスター。


 《デプクロ》時代。


 《Aegis》と最前線を争い続けた攻略者の一人だ。


 Fenが戦斧を肩へ担ぐ。


 鉄が擦れる重い音。


 その背後には、

 統率された探索者たちが並んでいた。


 重装前衛。


 後衛魔術師。


 回復役。


 全員の立ち位置に無駄が無い。


 崩れない距離感。


 短い指示。


 素早い反応。


 軍隊のような空気だった。


 前衛が半歩下がる。


 その瞬間。


 後衛が自然に位置をずらした。


 誰もぶつからない。


 距離が完全に固定されている。


 誰も指示を出さない。


 その必要が無いからだ。


 Fenrirは、

 全員が同じ動きを共有していた。


「リーダー」


 副官役の女が近付く。


 短く切り揃えた黒髪。


 鋭い目。


 腰には細剣が下がっている。


「三階層の攻略映像、確認しました」


 Fenの視線が空中ウィンドウへ向く。


 映像の中。


 Rainが壁際を蹴る。


 Novaは撃たない。


 まだ射線上に味方がいる。


 半歩待つ。


 Rainが横へ流れた瞬間。


 そこで初めて魔法が放たれた。


 Fenの目が細くなる。


「どうだった?」


「間違いなく経験者です」


 Fenは静かに頷いた。


 当然だ。


 ヘイト固定。


 位置取り。


 誘導。


 射線管理。


 あの動きは、

 ただの探索者じゃない。


 特に。


 ヒーラー。


「回復を急がない」


 Fenが小さく呟く。


「……え?」


「普通の探索者は、

 怪我した瞬間に回復を使う」


 だが違った。


 《Aegis》のヒーラーは、

 回復を温存していた。


 前衛がまだ耐えられる。


 なら使わない。


 リソース管理。


 長期戦前提の動き。


 完全にMMO廃人の思考だった。


「それに……」


 Fenが小さく笑う。


「あいつは昔から、

 無駄ヒールを一番嫌ってた」


 副官が目を瞬かせる。


「そんな細かいところまで覚えてるんですか」


「百階層までやり合ってたからな」


 Fenの脳裏へ、

 昔のVCが蘇る。


『Arcヒールまだ?』

『まだ耐えろ』

『鬼かお前』


 深夜三時。


 全員寝不足。


 エナドリの缶。


 Discordの雑音。


 それでも。


 誰もログアウトしなかった。


 最前線を走っていた。


 Fenは何度もArcに負けた。


 だが一度も、

 Arcを弱いと思ったことはない。


 むしろ。


 最も信用していたライバルだった。


 昨日。


 最後のログアウト画面を見たばかりだった。


 Discordで、

 最後の挨拶も済ませた。


『お疲れ』

『またどっかでな』

『次のゲームどうする?』


 もう二度と、

 この世界へ戻ることは無いと思っていた。


 なのに。


 またこうして、

 最前線へ立っている。


「世界最速攻略競争、再開だな」


 Fenの口元が、

 わずかに吊り上がる。


 高揚している自分に気付く。


 本来なら異常事態だ。


 人が死んでいる。


 世界が変わった。


 なのに。


 胸の奥が熱かった。


 攻略できる。


 また、

 あの続きをやれる。


 そう思ってしまった。


「……リーダー?」


「いや」


 Fenが戦斧を持ち直す。


 重い金属音が、

 石床へ響いた。


「予定より十二秒遅い」


 副官の表情が引き締まる。


「五階層まで一気に行く」


「了解」


 Fenrirのメンバーたちが、

 無言で頷いた。


 前衛が歩き出す。


 その半歩遅れで、

 後衛が続く。


 乱れは一切無い。


 前衛。


 中衛。


 後衛。


 距離が崩れない。


 まるで、

 一つの生き物みたいだった。


 一方その頃。


 《Aegis》は三階層の安全地帯で休憩していた。


 Rainが壁へ背中を預ける。


 浅かった呼吸が、

 少しずつ落ち着いていく。


「っはぁー……」


 肩が上下している。


 額には汗。


 短剣を握っていた手を、

 何度か開閉した。


 指先が、

 僅かに震えている。


「生きてる?」


 Garmが横目で聞く。


「ギリ」


「ならまだ行けるな」


「鬼?」


 Rainが軽く笑う。


 そのやり取りで、

 ほんの少しだけ空気が緩んだ。


 だが。


 Rainの喋りが少し多い。


 緊張している時の癖だった。


 悠真はそれに気付いていた。


「実際に戦うと疲労やばいね」


「ゲームと違って体力使うからな」


 Garmが苦笑する。


 彼も盾を横へ下ろしていた。


 ゆっくり。


 重そうに。


 直後。


 金属の重い音が、

 石床へ響く。


「っはぁ……」


 ようやく、

 肺から息が漏れた。


 重い。


 現実の盾は、

 ゲームみたいに軽くない。


 腕へ疲労が溜まる。


 握力も削られる。


 Garmは何度か肩を回した。


「腕パンパンなんだけど……」


「リアルSTR足りてないんじゃない?」


「うるせぇ」


 Rainが笑う。


 だが。


 その笑みも、

 少しだけ硬かった。


 昨夜、

 誰もまともに眠れていない。


 サ終直後だった。


 ただでさえ、

 眠れる精神状態じゃなかったのに。


 それなのに今は。


 本当に命を懸けて戦っている。


 昨日まで、

 Rainは普通にバイトのシフト確認をしていた。


 Garmも、

 朝から大学へ行く予定だった。


 悠真も、

 提出期限のレポートを気にしていた。


 なのに。


 今は血塗れのダンジョンにいる。


 現実感が狂う。


 遠くでは、

 別パーティの探索者たちが負傷者を運んでいた。


「道空けろ!」


 救護班の怒鳴り声。


 担架。


 白い包帯。


 滲む赤い血。


 鉄みたいな血の臭い。


 湿った空気と混ざって、

 吐き気がする。


 壁際では、

 探索者の一人が吐いていた。


 別の探索者は、

 座り込んだまま動けない。


 武器を持つ手が、

 震えていた。


「あんなの無理だろ……」


「なんであいつら平気なんだよ……」


 恐怖。


 嫉妬。


 憧れ。


 色んな感情が混ざっている。


 その視線の先で。


 《Aegis》だけが、

 異様なほど落ち着いていた。


 一般探索者は、

 生き残るために戦っている。


 だが。


 《Aegis》は違う。


 攻略していた。


 Rainの笑みが消える。


「……死体見ると、流石に現実って感じする」


 普段明るい彼女にしては、

 珍しく弱い声だった。


 悠真は静かに頷く。


「だからこそ、ミスできない」


 ゲームならやり直せた。


 全滅しても、

 笑って次へ行けた。


 だが。


 今は違う。


 一回の判断ミスで、

 人が死ぬ。


 悠真は地面へ置かれたアイテムを見る。


《劣化魔晶》


 牙狼からドロップした謎素材。


 デプクロには存在しなかった。


 Novaが悠真の隣へ腰を下ろす。


 指先が僅かに止まる。


「……気になるの?」


「ああ」


 悠真は《劣化魔晶》を見つめたまま答えた。


「この素材、少なくとも百階層までは存在してない」


「つまり?」


「分からない」


 悠真は短く答える。


 だが。


 嫌な予感だけはあった。


《Depth:101》


 昨夜見た、

 あの表示。


 もし。


 本当に百階層以降が存在するなら。


「……このダンジョン、変化してる可能性がある」


 Novaが眉をひそめる。


「ゲームの再現じゃないってこと?」


「完全再現じゃない」


 悠真は静かに言う。


「多分、“続いてる”」


 空気が少し重くなった。


 誰も、

 すぐには口を開かなかった。


 遠くで、

 ストレッチャーの車輪音だけが響いている。


 悠真は《劣化魔晶》を拾い上げた。


 黒く濁った結晶。


 表面には、

 細かい黒い筋のようなものが浮いている。


「……」


 嫌な感じがした。


 ただの素材じゃない。


 奥で。


 黒い粒が、

 ゆっくり蠢いたように見えた。


 悠真の目が細くなる。


 その感覚だけは、

 百階層まで存在しなかった。


「おい見ろ」


 Garmが空を指差す。


《CURRENT DEEPEST FLOOR》


《Depth:4》


Party:

《Fenrir》


 周囲の探索者たちがどよめく。


「Aegis抜かれたぞ!」


「今度はFenrirかよ!」


「なんなんだよ最前線ギルドって!」


 配信コメントも一気に荒れ始めた。


『Aegisしか勝たんと思ってたのに』

『Fenrirも強すぎ』

『これ元デプクロ勢の頂上決戦じゃね?』

『一般探索者置いていかれてて草』

『いや笑えん、死者出てるぞ』


 称賛。


 嫉妬。


 炎上。


 恐怖。


 世界が、

 最前線ギルドという存在を認識し始めていた。


 Rainが目を見開く。


「うわ、抜かれた」


「早いな」


 Crowが短く呟く。


 悠真は少しだけ笑った。


「相変わらずだな、Fen」


 懐かしい。


 そう思った瞬間。


 血の臭いが鼻を刺した。


 ここはもう、

 ゲームじゃない。


 楽しい。


 そう思ってしまった自分に、

 悠真は少しだけ嫌悪した。


「……行くぞ」


 悠真が膝へ手を置く。


 一度、

 深く息を吸った。


 疲労を押し込むように、

 静かに立ち上がる。


 その時。


 違和感があった。


 視界の端。


 黒いものが映る。


「?」


 そこで初めて壁を見る。


 石壁。


 そこに、

 黒い線のようなものが浮かんでいた。


 まるで。


 何かが侵食しているような。


 悠真はゆっくり壁へ近付く。


 誰も動かない。


 Rainも。


 Novaも。


 Garmも。


 嫌な空気を感じ取っていた。


 悠真の指先が、

 ゆっくり黒い壁へ伸びる。


 一瞬だけ迷う。


 だが。


 そのまま触れた。


 ゾワリ、と。


 冷たい感覚が、

 指先から腕へ這い上がる。


 悠真の背筋が粟立った。


 ただ冷たいだけじゃない。


 壁の奥で、

 何かが脈打っている。


 生き物みたいに。


 ドクン。


 ドクン。


 そんな錯覚すら覚える。


 Rainの笑みが消える。


「Arc?」


 悠真は壁を見つめたまま、

 静かに呟いた。


「……このダンジョン、成長してる」


 その感覚だけは。


 百階層まで、

 一度も存在しなかった。

読んでいただきありがとうございます。


次回から、《Fenrir》をはじめとした他の攻略ギルドたちも本格的に動き始めます。

そして、《デプクロ》とは違う“現実ダンジョン”の異変も少しずつ明らかになっていきます。

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