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世界最強ヒーラー、サービス終了したゲーム知識で現実ダンジョンを攻略する ~伝説のギルド《Aegis》復活~  作者: PeterP4n
第六章 失われた文明

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第88話 生還報告

# 第88話 生還報告


 医療区画の赤いランプは、まだ消えていなかった。


 帰還区画に残された者たちは、誰も大きな声を出せなかった。


 白銀の翼のメンバーたちは、扉の前に集まっている。


 Aliciaは椅子に座っていた。


 だが、背もたれには寄りかかっていない。


 両手を握り締めたまま、閉ざされた扉を見つめ続けていた。


 その指先は、血で汚れている。


 Ariaの血だった。


 拭えば落ちる。


 だが、Aliciaは拭こうとしなかった。


 まるで、その温度を手放せば、Ariaまで遠くへ行ってしまうような気がしていた。


「……長いな」


 白銀の翼の一人が、小さく呟く。


 誰も答えなかった。


 実際には、まだ数分しか経っていない。


 だが、待っている側にとっては、時間の流れが壊れたように長かった。


 Ariaは生きて地上へ戻った。


 医療班長も、命は繋がっていると言った。


 それでも、安心できない。


 人は、生きていると聞いただけでは安心できないのだ。


 自分の目で、呼吸を見なければ。


 声を聞かなければ。


 手を握り返してもらわなければ。


 信じたくても、信じ切れない。


 Aliciaは唇を噛み締めた。


「……Aria」


 その声は、扉の向こうへ届かない。


 それでも、呼ばずにはいられなかった。


 少し離れた場所で、Aegisのメンバーも待機していた。


 Cainは壁にもたれ、腕を組んでいる。


 Rainは落ち着かない様子で何度も医療区画の扉を見ていた。


 Crowは黙ったまま、周囲の視線を確認している。


 Garmは床に腰を下ろし、息を整えていた。


 あれだけの距離を、Ariaを背負ったまま走り抜けたのだ。


 さすがのGarmでも、消耗は隠せない。


 だが、本人は疲労よりも別のことを気にしていた。


「揺らしてなかったよな」


 ぽつりと、Garmが言う。


 Arcが視線を向けた。


「問題ない」


「本当か?」


「ああ」


 Arcは短く答える。


「お前が揺らしていたら、地上まで持たなかった」


 Garmは一瞬だけ目を伏せた。


 それから、深く息を吐く。


「なら、いい」


 それだけだった。


 派手な言葉はない。


 誇る様子もない。


 だが、その一言で、Garmの肩からわずかに力が抜けた。


 Rainが小さく笑う。


「Garm、めちゃくちゃ格好よかったよ」


「やめろ」


「照れてる?」


「黙れ」


「照れてるじゃん」


 ほんの少しだけ、空気が緩む。


 だが、すぐに沈黙が戻った。


 医療区画の扉は、まだ開かない。


 Arcは壁際に立ったまま、目を閉じていた。


 眠っているわけではない。


 頭の中で、先ほどの処置を何度も辿っていた。


 腹部の出血を止めた。


 左腕を繋いだ。


 呼吸を保たせた。


 地上まで運んだ。


 医療班へ渡した。


 手順としては間違っていない。


 だが、確実ではない。


 この世界の肉体は、ゲームのHPバーではない。


 傷を塞いだから終わりではない。


 生きているかどうかは、その後の経過で決まる。


 だから、Arcは自分に言い聞かせていた。


 まだ勝ったわけではない。


 まだ救い切ったわけではない。


 命を繋いだだけだ。


 その先は、医療班とAria自身の力にかかっている。


「Arc」


 Novaが静かに声をかける。


「大丈夫?」


「問題ない」


「さっきからそれしか言ってない」


「他に言うことがない」


 Novaは少し困ったように眉を下げた。


「魔力、かなり使ったでしょ」


「使った」


「座った方がいい」


「報告を聞いてからでいい」


「頑固」


「知ってる」


 Novaは小さく息を吐いた。


 だが、それ以上は言わなかった。


 今のArcに何を言っても、医療班の報告を聞くまでは動かない。


 それを、Aegisの全員が分かっていた。


 やがて。


 赤いランプが消えた。


 全員の視線が、同時に扉へ向く。


 Aliciaが立ち上がった。


 白銀の翼のメンバーたちも、息を止める。


 扉が開く。


 出てきたのは、先ほどの医療班長だった。


 疲労の色が濃い。


 だが、その表情は、最悪のものではなかった。


「Ariaさんの容体について報告します」


 その一言だけで、Aliciaの身体が震えた。


「命に別状はありません」


 一瞬。


 音が消えた。


 次に聞こえたのは、誰かが息を吸い込む音だった。


 Aliciaの瞳から、涙が溢れる。


「……本当、ですか」


「はい」


 医療班長が頷く。


「ただし、すぐに動ける状態ではありません。失血が大きく、体力も大きく落ちています。左腕も経過観察が必要です」


「腕は……」


「繋がっています」


 Aliciaの唇が震えた。


「ですが、動かせるかどうかは今後の回復次第です。しばらくは絶対安静です」


「……生きてるんですね」


「はい」


 医療班長は、はっきりと言った。


「生きています」


 その瞬間、Aliciaはその場に崩れ落ちた。


 白銀の翼のメンバーが慌てて支える。


 だが、Aliciaは泣いていた。


 声を押し殺すこともできない。


 肩を震わせ、何度も頷きながら、泣いていた。


「よかった……」


「よかった……Aria……」


 白銀の翼のヒーラーも、その場で顔を覆った。


 自分の魔法では助けられなかった。


 そう思っていた。


 けれど、最後まで《リジェネ》を切らさなかった。


 地上まで繋いだ。


 その事実が、今になって胸へ押し寄せていた。


「あなたの補助も効いていました」


 医療班長が、彼女へ言う。


「強い回復ではなく、状態を落とさないための維持。あれが途切れていれば、搬送中の負担はもっと大きかったはずです」


 白銀の翼のヒーラーが顔を上げる。


「私も……役に立てたんですか」


「もちろんです」


 その言葉に、彼女はまた泣いた。


 Aliciaは涙を拭い、Arcの方へ向き直る。


 立ち上がろうとして、うまく足に力が入らない。


 それでも、仲間に支えられながら、Arcの前へ来た。


「Arc」


 声が震えていた。


「ありがとう」


 Arcは黙っている。


 Aliciaは深く頭を下げた。


「Ariaを助けてくれて、本当にありがとう」


 白銀の翼のメンバーたちも、次々に頭を下げる。


「ありがとうございました」


「本当に……」


「なんて言えばいいか……」


 周囲にいた探索者たちも、言葉を失っていた。


 人類三番手のギルドが、Aegisの前で深く頭を下げている。


 その光景は、地上の大型モニターにも映っていた。


 配信コメントが一気に流れる。


『生きてた!!』


『Aria生還!』


『よかった……』


『泣いた』


『白銀の翼が頭下げてる』


『Arcすごすぎる』


『でも蘇生じゃないんだよな』


『死ぬ前に救った』


『これがヒーラーか……』


 Arcは、ようやく口を開いた。


「俺一人で助けたわけじゃない」


 Aliciaが顔を上げる。


「Garmが揺らさず運んだ」


 Garmがわずかに目を逸らす。


「白銀の翼のヒーラーが維持した」


 彼女が息を呑む。


「Aliciaが呼び続けた」


 Aliciaの瞳が揺れた。


「医療班が引き継いだ」


 Arcは、淡々と言う。


「間に合ったから助かった。それだけだ」


 その言葉に、Aliciaは首を横に振る。


「それでも」


 涙で濡れた声だった。


「あなたがいなかったら、Ariaは死んでた」


 Arcは否定しなかった。


 だが、肯定もしなかった。


 少しだけ間を置いて、静かに言う。


「死んでいたら、救えなかった」


 その場の空気が、わずかに変わる。


「俺がしたのは蘇生じゃない」


 Arcの声は、はっきりしていた。


「この世界に、蘇生魔法はない」


 誰も口を挟まない。


「Ariaは、まだ生きていた。だから間に合った」


 その言葉は、残酷でもあった。


 だが、必要な線引きだった。


 死者は戻らない。


 その理は、変わっていない。


 Arcが覆したのは、死ではない。


 死に落ちる直前の命を、ぎりぎりで引き戻しただけだ。


 だからこそ、重い。


 だからこそ、奇跡という言葉で片付けてはいけない。


 Aliciaは涙を拭った。


「分かってる」


 小さく頷く。


「それでも、ありがとう」


 Arcは短く息を吐いた。


「礼は、Ariaが目を覚ましてからでいい」


「うん」


「それまで、お前たちも休め」


「……休めるかな」


「休め」


 その言い方があまりにもArcらしくて、Rainが小さく笑った。


「命令口調」


「必要な指示だ」


「はいはい」


 ほんの少しだけ、場の空気が柔らかくなる。


 だが、その柔らかさは長く続かなかった。


 探索者協会の職員が、慌ただしく近づいてくる。


「Arcさん」


 Arcが視線を向ける。


「協会長がお呼びです」


 周囲の空気が、再び引き締まる。


 Ariaの生還。


 白銀の翼の救出。


 そして、致命傷を救った新しい回復の使い方。


 それが、ただの美談で終わるはずがない。


 Rainが小さく呟く。


「……来たね」


 Crowが肩をすくめる。


「まあ、放っておかれるわけねぇわな」


 Cainが腕を組む。


「面倒な話になりそうだな」


 Arcは医療区画の扉を一度だけ見た。


 その向こうで、Ariaは生きている。


 なら、今はそれでいい。


 Arcは協会職員へ向き直る。


「分かりました」


 そして、静かに歩き出した。


 この日。


 Ariaは生還した。


 だが同時に、Arcというヒーラーの存在は、もう誰にも無視できないものになっていた。


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