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世界最強ヒーラー、サービス終了したゲーム知識で現実ダンジョンを攻略する ~伝説のギルド《Aegis》復活~  作者: PeterP4n
第六章 失われた文明

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第87話 医療区画への引き継ぎ

# 第87話 医療区画への引き継ぎ


「医療班、こちらへ!」


 協会職員の声が響いた。


 医療班が駆け寄ろうとする。


 その瞬間、Arcは片手を上げた。


「少しだけ待ってください」


 医療班の足が止まる。


 命令ではない。


 だが、その声には切迫した重みがあった。


「背負ったまま来ています。揺らすと負担がかかる。こちらから合わせます」


 年配の医療班長が、すぐに頷いた。


「分かりました。搬送台を固定します」


 搬送台が出口正面で止まる。


 GarmはAriaを背負ったまま、ゆっくり膝を落とした。


 ここまで走ってきたとは思えないほど、動きは静かだった。


「傷は閉じている」


 Arcが説明する。


「腹部と左腕は塞いだ。出血も止まっている」


 医療班の表情が一瞬だけ緩みかけた。


 だが、Arcの次の言葉で引き締まる。


「ただし、失血が大きい。体力もほとんど残っていない」


 Arcはそこで、わずかに息を吐いた。


「俺ができたのは、死ぬ前に止めるところまでです」


 医療班長を見る。


「ここから先は、専門外です。お願いします」


 その言葉に、医療班長の表情が変わった。


 一人の探索者が、専門家の領域へ踏み込みすぎるのではない。


 自分がどこまでやったのかを正確に伝え、そこから先を預ける。


 その線引きが、はっきりしていた。


「分かりました」


 医療班長が短く頷く。


「こちらで引き継ぎます」


「失血大。体力低下。意識低下」


 医療班の一人が即座に復唱する。


「腹部と左腕は処置済み。再出血警戒」


「呼吸浅い。搬送時は揺れを抑える」


 復唱が返る。


 それを聞いて、白銀の翼のメンバーたちはようやく理解した。


 Arcは、難しい医療用語を並べているわけではない。


 必要なことだけを渡している。


 どこまで処置されているのか。


 何がまだ危険なのか。


 ここから先を、誰に任せるべきなのか。


 それを、一つずつ医療班へ渡しているのだ。


「《リジェネ》は?」


 医療班長が白銀の翼のヒーラーを見る。


 彼女は青ざめた顔で答えた。


「薄く維持しています」


「ありがとうございます。そのまま合図まで維持してください」


「はい……!」


「移します」


 医療班長が言う。


 Garmの背から、医療班の搬送台へ。


 ただ下ろすだけなら簡単だ。


 だが、今は違う。


 Ariaは目覚めていない。


 力も入らない。


 少し乱暴に動かせば、塞がったばかりの身体に余計な負担がかかる。


 だから、Garmは膝を落としたまま動かない。


 医療班が肩と腰を受ける。


 Aliciaが左腕を支えたまま、手を離さない。


「Alicia」


 Arcが静かに言う。


「声をかけてやれ」


「うん」


 Aliciaは涙をこらえながら頷いた。


「Aria、今から移すよ」


「少しだけ動くからね」


「大丈夫。もう地上だから」


 その声に合わせるように、医療班が動く。


 Ariaの身体が、Garmの背から搬送台へ移った。


 大きな揺れはない。


 だが、移った直後、Ariaの呼吸が一瞬だけ浅くなる。


 Aliciaが息を止めた。


「Aria……!」


 Arcが一歩前へ出かける。


 だが、それより早く医療班長が動いた。


 医療班がすぐにAriaの気道を確認する。


 肩の位置を整え、胸の動きを妨げないように首元を支えた。


 一拍。


 二拍。


 小さく、胸が上下する。


 Aliciaの肩から力が抜けた。


 Arcはそこで、ようやく一歩引いた。


 ここから先は、自分の仕事ではない。


 医療班の領域だ。


「搬送可能」


 医療班長が告げる。


「医療区画へ運びます」


 Arcは頷いた。


「お願いします」


 搬送台が動き出す。


 白銀の翼のヒーラーが横につき、Aliciaも並んだ。


「Alicia」


 Arcが言う。


「声をかけ続けてやれ」


「……うん」


 Aliciaは涙を拭った。


「Aria、聞こえる?」


「もう少しだから」


「ちゃんと帰ってきたよ」


「だから、目を覚まして」


 その声が、医療区画の扉の向こうへ消えていく。


 扉が閉まる。


 赤いランプが点灯した。


 帰還区画に残された者たちは、そこでようやく息を吐いた。


 だが、静寂は長く続かなかった。


 ざわめきが、一気に広がる。


「今の、白銀の翼だよな……?」


「Aria、生きてたのか?」


「あの傷で?」


「Arcが処置したって本当か?」


「配信見たか? あれ、回復魔法なのか?」


 地上の大型モニターには、先ほどの救命処置の映像がまだ流れていた。


 コメント欄は止まらない。


『帰ってきた!』


『Aria生きてる!』


『Garmが背負ってたの熱すぎる』


『揺らさず走るの地味にやばい』


『Arcの判断も速すぎる』


『蘇生じゃない、死ぬ前に救ったんだよな』


『ヒーラーの常識変わった』


 探索者協会の指令室も騒然としていた。


 画面には、帰還時刻が表示されている。


 予測時間を大幅に下回る数字。


 重傷者を背負いながら、十六階層から地上へ戻ったとは思えない速度だった。


「帰還時間、再計算しろ」


「済んでいます」


「間違いは?」


「ありません」


 職員が乾いた声で答える。


「通常想定の半分以下です」


 誰もすぐには言葉を返せなかった。


 速い。


 ただそれだけなら、まだ説明できる。


 だが、今回は違う。


 重傷者を背負っていた。


 揺らしてはいけない。


 戦闘も避けなければならない。


 それでもAegisは、止まらなかった。


 無茶をしたのではない。


 無駄を消し続けたのだ。


「Aegisの帰還ログを保存しろ」


 協会長が低い声で言った。


「ルート、交戦回数、速度変化、通信音声。全部だ」


「はい」


「医療班にはAriaの容体を最優先で共有させろ。ただし、Arcの処置内容の公開は制限する」


「公開制限、ですか」


「当然だ」


 協会長は画面を見つめたまま言う。


「今の映像だけで、世界中の医療機関と軍が動く」


 その言葉に、室内の空気が重くなった。


 一方、帰還区画では、Arcが壁に手をついていた。


 Rainがすぐに気付く。


「Arc、大丈夫?」


「問題ない」


「問題ある顔してる」


 Arcは否定しようとして、やめた。


 魔力消費は大きい。


 集中も削られた。


 救命処置、戦闘指揮、帰還判断。


 全てを連続で行った負荷が、今になって身体へ来ている。


「医療班から容体報告が来るまで待つ」


「少し座れ」


 Garmが短く言う。


「倒れられたら困る」


「倒れない」


「倒れる奴はだいたいそう言う」


 Crowが呆れたように言った。


 Cainも肩をすくめる。


「今のお前、白銀の翼より顔色悪いぞ」


「うるさい」


 そのやり取りに、ようやく少しだけ空気が緩んだ。


 それでも、誰も笑いきれない。


 医療区画の扉は閉まったままだ。


 赤いランプも点いたまま。


 数分が、異様に長かった。


 やがて、医療区画の扉が開く。


 医療班長が出てきた。


 Aliciaが駆け寄る。


「Ariaは!?」


 医療班長は、まずAliciaを見た。


 次にArcを見る。


 そして、深く息を吐いた。


「命は繋がっています」


 Aliciaの瞳が大きく揺れた。


「今すぐ安全とは言えません。失血が大きく、経過観察も必要です」


「ですが」


 医療班長は、はっきりと言った。


「地上まで生きて戻れたことが、最大の分岐でした」


 その言葉で、Aliciaの膝から力が抜けた。


 白銀の翼のメンバーたちが支える。


 泣き声が漏れた。


 小さく。


 押し殺すように。


 けれど、確かに。


 Arcは目を閉じる。


 ようやく、一つだけ確認できた。


 まだ完全に安心はできない。


 だが、最悪の線は越えた。


 死の淵から、地上の医療へ命を渡せた。


 それだけで十分だった。


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