第81話 迫るタイムリミット
# 第81話 迫るタイムリミット
第十六階層――灼熱地帯。
その名の通り、辺り一面が灼熱の熱気に包まれた危険地帯だ。
地面の至る所には赤く光る亀裂が走り、そこから立ち上る熱気が視界を揺らしている。普通に立っているだけでも体力を奪われる過酷な環境であり、長時間の滞在は探索者にとって大きな負担となる。
そんな場所で、白銀の翼は既に限界を迎えていた。
彼らは十五階層で強敵である溶岩土龍を討伐したばかりだった。
本来の予定では、そのまま地上へ帰還する前に十六階層を少しだけ探索するつもりだったのだ。
次回の攻略に備え、地形や出現する魔物の情報を集める。
危険を冒して深く進むのではなく、あくまで事前調査。
それだけのはずだった。
だが、その途中で灼熱巨人と遭遇してしまったのだ。
しかも、運が悪いことに逃げ道も塞がれている。
長時間の戦闘を終えた直後だったこともあり、全員の体力と魔力は大きく消耗していた。
回復用のポーションも残り少ない。
万全の状態であれば十分に対処できる相手だったかもしれない。
しかし、今の彼らにはその余力がなかった。
少しずつ、確実に押し込まれていた。
「はぁ……っ……はぁ……っ……!」
白銀の鎧を纏った女性が荒い息を吐く。
白銀の翼ギルドリーダー、Aliciaだった。
その周囲には七人の仲間たちがいる。
だが、全員の表情に余裕はない。
長時間に及ぶ戦闘によって、誰もが限界まで消耗していた。
装備には無数の傷が刻まれ、鎧の一部は砕け、衣服も焼け焦げている。肩で息をしながら武器を握る手にも力が入りきっておらず、疲労の色は隠しきれなかった。
それでも誰一人として戦意を失ってはいない。
仲間を守り、生きて帰るために、必死に立ち続けていた。
そして、その視線の先には巨大な魔物が立っていた。
灼熱巨人。
全長五メートルを超える巨体を持つ、十六階層でも危険度の高い魔物だ。
全身を覆う岩石の隙間からは、赤熱した溶岩が脈打つように流れている。その熱気だけで周囲の空気は歪み、近づくだけでも体力を奪われていく。
さらに、その巨体から繰り出される一撃は凄まじい破壊力を誇る。
その一歩一歩だけで地面が揺れた。
ドォンッ!
「っ……!」
足を踏み下ろした衝撃が地面を伝い、周囲へと広がっていく。
「右へ避けろ!!」
Aliciaが叫ぶ。
その声に反応し、一同が慌てて散開した。
だが、その動きは明らかに鈍っていた。
長時間に及ぶ戦闘によって、全員の体力も魔力も限界に近付いている。
呼吸は荒く、足取りも重い。
本来なら容易に避けられる攻撃ですら、今の彼らには大きな負担となっていた。
ドォンッ!!
灼熱巨人の足が地面を踏み締めるたびに衝撃が走り、足場が揺れる。
その振動だけでも体勢を崩しそうになるほどだった。
「ぐっ……!」
前衛の一人が衝撃波をまともに受け、吹き飛ばされる。
仲間たちが慌てて距離を取りながら叫んだ。
「回復!!」
「もうポーションがありません!」
「MPも残り少ないです!」
白銀の翼のヒーラーが悲鳴のような声を上げた。
既に何本ものポーションを使い切っている。
回復魔法を使うための魔力も底を突きかけていた。
これ以上、誰かが大きな傷を負えば立て直すことはできない。
Aliciaが歯を食いしばる。
(まずい……)
(このままじゃ押し切られる……)
(撤退するしか……)
そう考えた瞬間だった。
「Aria!!」
灼熱巨人が大きく身体を捻る。
そして、巨大な腕が横薙ぎに振るわれた。
あまりにも速い。
長時間の戦闘で体力も集中力も限界に達していた。
足は重く、反応速度も明らかに落ちている。
本来のAriaなら回避できたはずの一撃だった。
だが、消耗しきった今の状態では、避け切ることができない。
ドゴォォォンッ!!
「がっ……!!」
灼熱巨人の巨大な腕がAriaを直撃した。
その衝撃で身体が宙へと吹き飛ばされる。
何度も地面を転がり、勢いを失ったところでようやく止まった。
しかし、Ariaはそのまま動かない。
「Aria!!」
一同の顔色が一変した。
誰もが息を呑み、その場の空気が一瞬で張り詰める。
すぐにヒーラーが慌ててアリアの元へ駆け寄った。
膝をつき、傷の状態を確認する。
だが、その姿を見た瞬間、ヒーラーの表情が凍り付いた。
あまりにも損傷が激しかったのだ。
駆け寄ったヒーラーは、その傷を見た瞬間に言葉を失った。
顔から血の気が引き、震える声が漏れる。
「そ、そんな……」
誰が見ても一目で分かるほど、状態は深刻だった。
左腕は肩口付近から大きく裂けており、辛うじて繋がっているだけの状態になっている。
さらに、腹部には大きな穴が開いている。
大量の血が地面へ広がっていた。
呼吸も浅い。
意識もほとんどない。
「まずい……!」
「出血量が多すぎます……!」
「このままじゃ……!」
ヒーラーの声が震える。
Aliciaも唇を噛み締めた。
(間に合わない……)
(撤退もできない……)
(どうすれば……)
その間にも灼熱巨人が迫ってくる。
ドォン……。
ドォン……。
まるで死神の足音だった。
そして、その光景は地上へも中継されていた。
『白銀の翼だ!!』
『三番手ギルドだよな!?』
『まずいぞ!!』
『消耗しきってる!!』
『灼熱巨人だ!!』
『Ariaがやられた!!』
『重傷だ!!』
『救助班!!』
『間に合わないだろ……』
『全滅するぞ……』
コメント欄が一気に騒然となる。
画面越しに状況を見守っていた視聴者たちは、誰もが最悪の結末を想像していた。
このままでは白銀の翼が全滅してしまう――そんな不安が、コメント欄全体を覆っていた。
すると、その時だった。
遠くの空から、一筋の影がこちらへ向かって飛び込んでくる。
「……え?」
地上の視聴者が思わず息を呑む。
あまりにも速かった。
まるで一直線に空を切り裂くような勢いで、その影は戦場へと迫ってくる。
『速っ!!』
『誰だ!?』
『飛んでる!?』
『あれ……!?』
『Aegisだ!!』
『Rainだーーー!!!』
ドンッ!!
大きな着地音とともに、一人の少女が戦場の中央へ降り立った。
舞い上がった砂煙の中から姿を現したのは、双剣を手にしたRainだった。
「待たせたね!」
Rainはいつものように明るく笑いながら、灼熱巨人へと視線を向ける。
「ここからはAegisも参加するよ!」
その言葉を聞いた瞬間、白銀の翼の全員が目を見開いた。
「Aegis……!?」
Aliciaが思わず呟く。
Aegisは、現在最も攻略が進んでいるクランの一つだ。
その名を聞いただけで、場の空気が僅かに変わる。
そして、その数秒後。
後方から複数の足音が響き、本隊のメンバーたちも姿を現した。
Arcはその光景を見ながら、一瞬で周囲の状況を把握する。
目の前には、なおも熱気を放ちながら立ち塞がる灼熱巨人。
その周囲では、白銀の翼のメンバーたちが満身創痍の状態で武器を構えていた。
誰もが疲弊しきっており、これ以上の戦闘継続は困難だと一目で分かる。
そして――。
血だまりの中に倒れる一人の少女。
Arcの視線が、その少女へと向けられた。
Ariaだった。
左腕は肩口付近から大きく裂け、辛うじて繋がっているだけの状態になっている。
失われた血液の量も尋常ではない。
このまま放置すれば、命に関わることは明らかだった。
Arcの表情が僅かに変わった。
(……想像以上だ)
そう判断すると、ArcはすぐにAriaの元へ駆け寄る。
そして、その傷を見た瞬間――。
その場の空気が凍り付いた。
誰が見ても致命傷だった。
通常の回復魔法では到底間に合わない。
この世界に蘇生魔法は存在しない。
その事実を知っている全員の表情が、絶望へと染まっていく。
そして――。
Arcだけは、Ariaの傷を真っ直ぐ見つめていた。




