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世界最強ヒーラー、サービス終了したゲーム知識で現実ダンジョンを攻略する ~伝説のギルド《Aegis》復活~  作者: PeterP4n
第六章 失われた文明

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第82話 届かない回復

#第82話 届かない回復


 誰が見ても致命傷だった。


 通常の回復魔法では到底間に合わない。


 この世界に蘇生魔法は存在しない。


 死んだ者は戻らない。


 その事実を知っている全員の表情が、絶望へと染まっていく。


 そして――。


 Arcだけは、Ariaの傷を真っ直ぐ見つめていた。


 左腕は肩口付近から大きく裂けている。


 皮膚だけではない。


 筋肉も、血管も、骨の周囲の組織も、まとめて引き裂かれていた。


 辛うじて繋がっている。


 本当に、それだけだった。


 さらに腹部には大きな穴が開いている。


 外から見える傷だけではない。


 内部で何かが破れている。


 血が止まらないのは、そのせいだ。


 地面へ流れている血だけなら、まだ測れる。


 だが、体内へ溜まっている血は見えない。


 呼吸は浅い。


 胸の上下も弱い。


 脈は速く、薄い。


 意識はほとんどない。


 このままでは、時間の問題だった。


「Arcさん……!」


 白銀の翼のヒーラーが顔を上げる。


 その表情は絶望に染まっていた。


「無理です……!」


「傷が深すぎます……!」


「止血も追いつきません……!」


「私じゃ……助けられません……!」


 彼女の手は、まだAriaへ向けられていた。


 淡い回復光が震えながら流れ込んでいる。


 だが、光は傷の表面で散っていた。


 浅い裂傷は塞がる。


 小さな出血は止まる。


 けれど、腹部の奥から溢れる血までは止められない。


 裂けかけた左腕も戻らない。


 この世界の回復魔法は、万能ではない。


 傷ついた肉体がまだ形を保っているなら、その自然な回復を強引に押し上げることができる。


 浅い傷なら塞がる。


 折れた骨なら繋がる。


 毒や麻痺なら追い出せる。


 だが、失われた肉を作り直すことはできない。


 千切れた血管の位置を探し、繋げ直すこともできない。


 潰れた臓器を、元の形へ組み立てることもできない。


 少なくとも、普通のヒーラーには。


 Aliciaも唇を噛み締める。


 (駄目だ……)


 (間に合わない……)


 (Aria……)


 地上の視聴者たちも騒然としていた。


『終わった……』


『これは助からない……』


『もう無理だろ……』


『左腕が……』


『致命傷だ……』


『Aegisでも無理じゃないか……』


『こんなのどうしようもない……』


 Arcは声を聞いていなかった。


 聞く余裕がなかったわけではない。


 必要な情報ではなかった。


 Ariaの状態だけを見る。


 出血量。


 損傷部位。


 呼吸。


 脈拍。


 魔力反応。


 傷口の縁。


 血の流れ方。


 左腕に残っている感覚反応。


 腹部の奥で乱れている生命反応。


 頭の中で、それらが一つずつ並んでいく。


 レイドで壊滅寸前のパーティを立て直す時と同じだった。


 まず、何が一番早く命を奪うのか。


 次に、何を止めれば猶予が生まれるのか。


 最後に、どこまで戻せば戦線へ復帰できるのか。


 ただし今は、戦線復帰ではない。


 生存だ。


 (まだだ……)


 (まだ心臓は動いている)


 (呼吸も残っている)


 (意識は落ちかけているが、完全には切れていない)


 (なら、間に合う)


 Arcはそっと手をかざした。


「《ハイヒール》」


 淡い白い光がAriaを包み込む。


 光はまず皮膚へ染み込んだ。


 腕の浅い裂傷が細く閉じる。


 腹部の周囲にあった小さな傷も塞がっていく。


 白銀の翼のヒーラーが、わずかに目を見開いた。


 だが――。


 それだけだった。


 腹部の穴は残っている。


 奥から押し出される血が、閉じかけた傷をまた押し広げる。


 左腕の裂け目も、表面だけが薄く繋がったに過ぎない。


 内側が戻っていない。


 支えがないまま、皮膚だけを貼り合わせたようなものだった。


「っ……!」


 Arcの表情が僅かに変わる。


 (表層しか反応していない)


 (魔法が深部へ届いていないのか)


 (いや、届いてはいる)


 (だが、戻すべき形を掴めていない)


 もう一度。


「《ハイヒール》」


 再び白い光が身体を包み込む。


 今度は魔力の流れを追う。


 どこで散る。


 どこで止まる。


 どこから戻らない。


 光は、Ariaの生命反応が残っている部分には吸い込まれていく。


 脈のある血管。


 熱の残る筋肉。


 折れずに残っている骨。


 そこは反応する。


 だが、欠けた場所で魔法は迷った。


 裂けた血管の先。


 失われた筋繊維の空白。


 腹部の奥に開いた穴。


 本来そこに何があったのか。


 どの順番で繋げばいいのか。


 術式が判断できていない。


 だから光は広がり、薄まり、表面だけを撫でて消える。


 (違う……!)


 (ただ魔力を足しても駄目だ)


 さらに魔力を込める。


「《ハイヒール》!!」


 白い光が強く輝く。


 周囲の影が一瞬で吹き飛ぶほどの光量だった。


 白銀の翼のメンバーが息を呑む。


 地上のコメントも一瞬止まった。


 だが、結果は変わらない。


 出血は少し弱まった。


 浅い傷は塞がった。


 血色もわずかに戻った。


 それでも、致命傷は残ったままだ。


 左腕は繋がりきらない。


 腹部の奥からの出血も止まらない。


 Arcの額を汗が伝う。


 (なんでだ……!)


 (ゲームならできていた……!)


 (何百回、何千回と救ってきた……!)


 (HPが一桁まで落ちても戻せた)


 (即死圏内からでも立て直した)


 (なのに、なんで治らない……!)


 すると、隣で白銀の翼のヒーラーが小さく呟いた。


「もう……駄目です……」


「これ以上は……身体が……」


 その声は、諦めではなかった。


 恐怖だった。


 回復魔法を使う者だからこそ分かる。


 無理に魔力を流し込めば、壊れた器官へ負荷がかかる。


 血が足りない身体へ強引に生命力だけを戻せば、心臓が耐えられない。


 傷が塞がらないまま回復だけを重ねれば、痛みと出血だけが長引く。


 助けるための魔法が、逆に命を削る。


 その境界が、目の前にあった。


 Aliciaも俯いた。


 周囲の空気が絶望に包まれていく。


 だが、その時だった。


 Arcの思考が止まる。


 (……待て)


 (俺は何をしている?)


 Arcは自分の手を見た。


 いま自分は、ハイヒールというスキルを撃っている。


 回復量の高い魔法。


 ゲームで言えば、大きく減ったHPを一気に戻すための手段。


 だから、魔力を増やした。


 だから、回復量を上げようとした。


 だが、目の前にあるのはHPバーではない。


 肉体だ。


 血管が裂けている。


 筋肉が断たれている。


 骨の支えが崩れている。


 腹部の奥で、命を支える何かが破れている。


 それらは数字ではない。


 ただ大きな回復量をぶつければ戻るものではない。


 (俺は、HPを回復しようとしていた)


 (でも違う)


 (ここにあるのは、減った数値じゃない)


 (壊れた身体だ)


 ArcはAriaの傷を見下ろす。


 ここはゲームの世界ではない。


 だが、ゲームを元にして作られたダンジョンだ。


 そして今まで、自分がゲームでできていたことは、この世界でも再現できていた。


 ヘイト管理。


 バフ更新。


 射線制御。


 スキル硬直。


 フェーズ移行。


 全部そうだった。


 ただボタンを押していたから再現できたわけではない。


 仕組みを理解していたから、現実でも動かせた。


 ならば回復も同じだ。


 ゲームでできていたことは、このダンジョンでもできるはずだ。


 ただし、同じやり方では駄目だ。


 HPを戻すのではない。


 HPが戻った状態とは何かを、現実の肉体へ落とし込まなければならない。


 (だったら……)


 (ゲームで仲間が立ち上がった時、内部では何が起きていた?)


 (血が戻る)


 (筋肉が繋がる)


 (骨が支え直す)


 (痛みが引く)


 (呼吸が安定する)


 (戦える身体に戻る)


 Arcの視線が変わる。


 失敗の理由が、少しずつ形になっていく。


 足りなかったのは魔力量ではない。


 回復量でもない。


 命令の精度だ。


 魔法へ何をさせるのか。


 どこから直すのか。


 どの順番で繋げるのか。


 どこまで戻せば命が繋がるのか。


 それを、自分が指定できていなかった。


 (回復しろ、じゃない)


 (傷を塞げ、でも足りない)


 (まず血を止める)


 (裂けた血管を探す)


 (繋げる)


 (腹部の奥を塞ぐ)


 (左腕の支えを戻す)


 (筋繊維を寄せる)


 (神経の流れを断たせない)


 (最後に、皮膚を閉じる)


 その瞬間、Arcの瞳が僅かに見開かれた。


 (……そうか)


 (俺がやるべきなのは、HP回復じゃない)


 (肉体そのものを修復することだ)


 Arcは再びAriaへ視線を落とす。


 そして、息を整えた。


 焦るな。


 一度で全部を戻そうとするな。


 レイドと同じだ。


 壊滅寸前のパーティを立て直す時、最初に全員を全快させる必要はない。


 まず即死を止める。


 次に崩壊を止める。


 その次に、戦える形へ戻す。


 今も同じ。


 相手はボスではない。


 崩れかけた命だ。


 ArcはAriaの傷へ、もう一度手をかざした。


 次の瞬間、彼の中で何かが変わろうとしていた――。

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