第80話 白銀の翼
# 第80話 白銀の翼
翌朝。
風の都シルヴァリアを出発したAegisは、地上へ向けて帰還を開始していた。
シルヴァリアでの滞在は短かったものの、その収穫は計り知れない。
百年前の文明が残る街の存在。
そこで暮らす人々との出会い。
そして、新たに得た数々の情報。
誰もが、それぞれに思うところを抱えながら帰路についていた。
二十三階層。
二十二階層。
二十一階層。
二十階層。
来る時とは違い、帰り道は比較的順調だった。
すでに通ったことのあるルートということもあり、危険な場所は把握している。無理に戦闘を行う必要もなく、遭遇した魔物も最低限の戦闘で切り抜けていた。
そうして順調に階層を進み、気付けば十六階層まで戻ってきている。
ここまで大きな戦闘もなく、帰還は順調そのものだった。
「なんか帰り道って感じだねー」
Rainが軽い足取りで歩きながら笑う。
「Mistたち絶対驚くよね」
「ダンジョンの中に街がありましたーって言っても信じてもらえないと思う」
「確かに」
Novaも苦笑した。
「普通なら冗談だと思われそう」
「ダンジョンの奥に街がありました、なんて聞いても信じられないよね」
「だよねー」
Rainも楽しそうに笑う。
「Lunaなんて聞いた瞬間に飛んできそう」
「研究したいことがいっぱいあるって言いそうだよね」
Lunaは未知の知識や技術に目がない。
百年前の文明が残る街の存在を知れば、間違いなく興味を示すだろう。
「Dwarfも工房に住み着きそう」
「ありえるな」
Crowが肩をすくめる。
「百年前の設備なんて、Dwarfなら絶対目を輝かせるだろ」
「新しい道具や技術を見るのが好きだからな」
「まぁ、しばらく忙しくなりそうだな」
Cainも腕を組みながら前を向く。
シルヴァリアの存在は、それだけ人類にとって大きな発見だった。
探索者だけではなく、研究者や職人たちも巻き込んで大騒ぎになる未来が容易に想像できる。
すると、その時だった。
「……待って」
先頭付近を歩いていたSiaが、不意に足を止めた。
その声に反応し、一同もすぐに歩みを止める。
ダンジョン内では、Siaの感覚は誰よりも頼りになる。
特に索敵能力に関しては、Aegisの中でも群を抜いていた。
「どうした?」
Arcがすぐに尋ねる。
Siaは返事をする前に、静かに目を閉じて耳を澄ませた。
周囲の空気が一瞬で張り詰める。
「……戦闘音」
「遠くで聞こえる」
短い言葉だったが、それだけで全員の表情が引き締まった。
全員が息を潜め、周囲の音に意識を集中させる。
すると、静まり返った空間の奥から、確かに微かな轟音が聞こえてきた。
ゴォンッ、と何かが激しくぶつかり合う音。
バキバキッ、と岩が砕け散る音。
そして、かすかに混じる人の叫び声。
かなり激しい戦闘が行われているようだった。
しかも、その音は断続的ではない。
絶え間なく続いている。
つまり、まだ戦闘は終わっていないということだ。
Arcがすぐに状況を判断し、Siaへ指示を出した。
「Sia、《Arrow Vision》で確認してくれ」
「了解」
Siaが短く返事をすると、その瞳が淡く光り始める。
《Arrow Vision》
遠距離の状況を詳細に把握できる索敵スキルだ。
Siaの視界が一気に拡大し、十六階層の奥の様子が鮮明に映し出されていく。
そこでは複数の探索者たちが巨大な魔物を相手に激しい戦闘を繰り広げていた。
だが、戦況は明らかに劣勢だった。
巨大な拳が振り下ろされるたびに地面が砕け、探索者たちは防戦一方になっている。
隊列も崩れ始めており、余裕はまったく感じられない。
「……まずい」
Siaが静かに呟いた。
「相手は灼熱巨人」
「探索者は八人」
「一人が重傷」
「残りもかなり消耗してる」
「このままだと押し切られる」
淡々とした報告だったが、その内容は深刻だった。
その場の空気が一気に引き締まり、一同の表情も険しく変わる。
「どこのギルドだ?」
Arcが尋ねる。
Siaは少し目を細めた。
「……白銀の翼」
その名前を聞き、Rainが目を丸くした。
「白銀の翼って……」
Rainが少し驚いたように声を上げる。
「うちとフェンリルの次に攻略が進んでるギルドだよね?」
「ああ」
Arcが短く頷く。
「現時点では人類で三番手の攻略ギルドだ」
「そんな白銀の翼が押されてんのか……」
Crowが少し驚いたように口を開く。
Arcも表情を引き締めたまま続ける。
「相手が灼熱巨人だからな」
「火山エリアのランダムエンカウントボスか」
「しかも、ここまで来る間にも戦闘は避けられない」
すると、Cainが静かに補足した。
「連戦で消耗した状態なら、どれだけ実力があっても苦戦する」
「一歩間違えれば、そのまま押し切られることも十分あり得る」
状況は一刻を争う。
Arcはすぐに判断を下した。
「Rain」
「先に援護へ向かってくれ」
「了解!」
Arcが右手を掲げる。
《ヘイスト》
《Fly》
Arcが発動した二つの支援魔法が、淡い光となってRainの身体を包み込む。
《ヘイスト》は移動速度を大幅に引き上げる加速魔法。
《Fly》は空中移動を可能にする飛行魔法だ。
救援を最優先にするため、最短距離を最高速度で駆け抜けるための組み合わせだった。
Rainもすぐに頷き、自身のスキルを発動する。
《ブースト》
瞬間的に身体能力を底上げする強化スキルだ。
ドンッ!!
床を蹴った瞬間、Rainの姿が一気に前方へと弾け飛ぶ。
まるで一筋の流星のような速度だった。
飛行魔法によって障害物を無視しながら、十六階層の奥へ向かって一直線に駆け抜けていく。
その背中を追うように、Aegisの面々もすぐさま走り出した。
救援が一秒遅れれば、それだけ被害が大きくなる。
誰も無駄な言葉は口にしない。
全員が状況の深刻さを理解していた。
その頃。
白銀の翼は、灼熱巨人によって窮地へ追い込まれていた。
そして、一筋の流星が戦場へ降り立とうとしていた――。




