第74話 百年止まった塔
# 第74話 百年止まった塔
Aegisの一行は、レオニスに案内されながら巨大な魔法通信塔の前へとやって来ていた。
街の中でも一際目立つその建造物は、遠くから見ても圧倒的な存在感を放っている。
近づくにつれて、その大きさがより鮮明に伝わってきた。
見上げるほど巨大な白い塔。
周囲の建物とは比較にならないほど高くそびえ立ち、まるで空へ向かって伸びているかのようだった。
塔の表面には無数の紋様が刻まれている。
幾何学的な線が複雑に絡み合い、幾重にも重なりながら塔全体を覆っていた。
その姿は、巨大な魔法陣そのものが塔になったかのような造りをしている。
ただの建築物ではない。
ひと目見ただけで、特別な役割を持つ施設なのだと分かるほどの威厳があった。
だが、その存在感とは裏腹に、どこか静寂に包まれている。
人の出入りはない。
動いている様子もなく、稼働している気配も感じられなかった。
長い年月、誰にも使われることなく眠り続けている――そんな印象を受ける。
百年という年月が、そのまま積み重なっているかのようだった。
Rainが塔を見上げる。
首を大きく反らさなければ、頂上まで視界に収まらないほどの高さだった。
周囲の建物とは比べものにならない。
まるで一本の巨大な柱が、地下世界を支えるようにそびえ立っている。
「でっか……」
「何階建てくらいあるんだろ」
Rainが思わず呟く。
すると、Cainも腕を組みながら塔を見上げた。
「五十メートルはありそうだな」
「いや、もっとあるか?」
その圧倒的な存在感に、一同も自然と視線を向ける。
すると、レオニスが穏やかに答えた。
「正確な高さは記録に残っておりません」
「ですが、百年前から、この都の象徴として存在しております」
そう言って、彼は塔の土台部分へ歩み寄った。
白い石材で造られた土台にも、複雑な紋様がびっしりと刻まれている。
その一つ一つが魔法陣の一部のようにも見えた。
「本来、この塔は各都市を繋ぐ重要な設備でした」
「遠く離れた都市とも、瞬時に情報を共有できたのです」
その説明に、一同は少し驚いた表情を浮かべる。
百年前の世界には、すでにそこまで高度な設備が存在していたのだ。
Crowが感心したように口を開いた。
「地上の通信インフラみたいなもんか」
「はい。その認識で問題ありません」
レオニスは穏やかに頷いた。
「魔物の出現情報や救援要請、各都市の状況共有など、様々な用途で利用されていたそうです」
「例えば、ある都市で強力な魔物が出現した場合、その情報をすぐに他の都市へ伝えることができました」
「必要であれば、戦力や物資の支援を要請することもできたのです」
「この設備があったからこそ、離れた都市同士でも連携を取ることができていました」
「各都市が孤立せず、互いに支え合うための重要な役割を担っていたのです」
一同は改めて巨大な塔を見上げた。
もし、それほど重要な設備だったのなら、その価値は計り知れない。
単なる通信手段ではない。
都市と都市を繋ぎ、人々の生活そのものを支えていた存在だったのだ。
だが、レオニスの表情は少し曇る。
「ですが、百年前のモンスターパレード以降、この塔は機能を失いました」
「それ以来、一度も動いておりません」
その言葉に、一同は改めて巨大な塔を見上げた。
百年間。
それだけの長い年月、この設備は沈黙し続けているのだ。
これほど巨大な施設が、ただそこに存在しているだけ。
人々の生活を支えていた重要な設備が、百年もの間使われていないという事実に、どこか寂しさすら感じられた。
Rainが首を傾げる。
「壊れたの?」
「それとも魔法が使えなくなったとか?」
すると、レオニスは少し困ったような表情を浮かべた。
「いいえ。原因そのものは判明しております」
「ですが、私たちにはどうすることもできなかったのです」
一同の視線が自然とレオニスへ集まる。
すると、彼は塔の土台部分へ歩み寄りながら説明を続けた。
「この塔には、特殊なエネルギー源が使われていました」
「塔全体に魔力を循環させ、その力によって遠く離れた都市同士を繋いでいたのです」
「ですが、百年前の混乱の中で、そのエネルギー源が失われてしまいました」
レオニスは静かに塔を見上げる。
「それ以降、この通信塔は停止したままなのです」
「修復を試みた者もいましたが、代わりとなるエネルギー源を見つけることはできませんでした」
「そのため、百年間、誰にも動かすことができなかったのです」
Novaが塔の土台へ近づく。
そして、刻まれた紋様をじっと観察した。
複雑に入り組んだ線が幾重にも重なり合い、塔の中心部へ向かって収束している。
まるで魔力を集め、循環させるための回路のような構造だった。
Novaはその流れを目で追いながら、僅かに首を傾げる。
「……これ」
すると、小さく呟いた。
「……似てる」
「ん?」
Rainが振り返る。
Novaは塔の紋様を指差した。
「この魔力の流れ……」
「どこかで見たことがある」
その言葉を聞き、Arcも塔へ近づいた。
そして、土台部分に刻まれた紋様へ視線を向ける。
複雑な魔力回路。
中央へ集約される構造。
一定の法則に従って配置された紋様。
それらを見た瞬間、Arcも既視感を覚えた。
(いや……火炎龍そのものじゃない)
(でも、この構造には見覚えがある)
ゲーム時代の記憶を辿る。
深層に存在していた特殊な設備。
都市を支えるために使われていた魔導装置。
そして、それらを動かしていた動力源。
(そうか……)
(その動力源に使われていたのが……)
そこで、ある記憶が鮮明に蘇る。
白く燃え続ける炎。
巨大な火炎龍の体内に存在していた、あの特殊な核。
あの時も、膨大な魔力が一つの場所へ集まり、循環し続けていた。
そして、その魔力を制御するための複雑な構造が組み込まれていたはずだ。
今、目の前にある魔法通信塔にも、それとよく似た特徴が見られる。
刻まれた紋様。
中央へ収束していく魔力の流れ。
そして、何かを動力源として稼働させるための構造。
完全に同じではない。
だが、根本的な仕組みは非常によく似ていた。
(……白炎核か)
Arcの目が僅かに見開かれた。
すると、Novaも同じ結論に辿り着いたのか、Arcへ視線を向ける。
「Arc……」
「ああ」
Arcは小さく頷く。
「俺も同じことを考えてた」
そのやり取りを見ていたRainが首を傾げる。
「何か分かったの?」
すると、Arcは塔へ視線を向けたまま答えた。
「二十階層の火炎龍を覚えてるか?」
「あいつの体内にあった白い核だ」
「俺たちが便宜上《白炎核》って呼んでる特殊な素材なんだけど、この塔と魔力の流れ方がかなり似てる」
「魔力を一か所に集めて、循環させながら動力として使ってる感じだな」
Rainが少し考え込むような表情を浮かべる。
「つまり……この塔も、あの核みたいなものを使って動いてたってこと?」
「可能性は高い」
Arcは静かに頷いた。
「完全に同じとは言い切れないけどな」
「でも、構造がここまで似てるなら、何かしら共通点があるはずだ」
そう言いながら、Arcは塔の土台部分へ視線を向ける。
複雑に刻まれた紋様。
そこを流れる魔力の通り道。
そして、中央へ向かって収束していく構造。
その特徴が、火炎龍の体内にあった白炎核とよく似ていた。
「白炎核も、内部で魔力を循環させながら膨大なエネルギーを生み出していた」
「この塔も同じような仕組みなのかもしれない」
すると、Rainたちも思い出したように声を漏らす。
「あっ……」
「あの白いやつか」
Cainも納得したように頷いた。
「言われてみれば、確かに似てるな」
「火炎龍の核も、ただの魔石って感じじゃなかったしな」
Novaも静かに口を開く。
「うん」
「普通の魔石とは魔力の流れ方が違う」
「まるで、自分で魔力を生み出して循環させているみたいだった」
その説明を聞きながら、レオニスは驚いた表情を浮かべる。
「白い核……ですか?」
Arcは頷いた。
「ああ」
「巨大な火炎龍の体内に存在していた特殊な核だ」
「討伐したあと、回収してある」
「まだ詳しい用途は分かってないけど、かなり特殊な素材なのは間違いない」
その言葉を聞いた瞬間、レオニスの表情が大きく変わった。
驚き。
そして、その奥には抑えきれない期待の色が浮かんでいる。
百年間、誰も解決できなかった問題。
それを解決できるかもしれない可能性が、今まさに目の前に現れたのだ。
レオニスは塔を見上げながら、ゆっくりと口を開いた。
「……もしかすると」
「それならば、この塔を動かせるかもしれません」
一同が驚いた表情を浮かべる。
「えっ?」
Rainが思わず声を上げた。
すると、レオニスは静かに頷いた。
「百年前の記録には、この通信塔の動力源についても記されております」
「この塔は、強大な魔力を持つ特殊な核によって稼働していたそうです」
「その核が、塔全体へ魔力を供給し、各都市との通信網を維持していました」
そう言って、塔の表面に刻まれた紋様へ視線を向ける。
「ですが、モンスターパレードの混乱の中で、その核は失われてしまいました」
「代わりとなるエネルギー源も見つからず、この塔は百年間、停止したままなのです」
そして、再びArcたちへ視線を戻した。
「もし、その白炎核が同等の性質を持っているのであれば……」
「再び、この塔を動かせる可能性があります」
その言葉に、一同の空気が少しずつ変わっていく。
百年間止まり続けていた設備。
もし本当に復活するのなら、その意味は計り知れない。
各都市と再び連絡が取れるようになるかもしれない。
失われていた情報網を取り戻せるかもしれない。
離れ離れになっていた人々が、再び繋がるかもしれない。
そして、この世界の真実へ、一歩近づける可能性すらあった。
Arcも静かに塔を見上げる。
(もし動けば、この世界の攻略は一気に進むな……)
各都市との情報共有。
未知の階層の情報収集。
人類の活動範囲の拡大。
その恩恵は計り知れない。
レオニスは一度深呼吸した。
「百年間、誰も動かすことができなかった設備です」
「ですが、皆様は僅か一か月で、この都へ辿り着きました」
「そして、失われた動力源に繋がる可能性まで見つけ出した」
「だからこそ、皆様にお願いしたいのです」
そう言って、真っ直ぐAegisの面々を見つめる。
「皆様に……一つ、お願いがあります」
その表情には、百年間抱え続けてきた願いが滲んでいた。
「どうか、その白炎核を譲っていただけないでしょうか」
その言葉に、一同の空気が少しだけ変わる。
百年間止まり続けた塔。
百年間失われていた希望。
そして、途絶えていた世界との繋がり。
そのすべてが、今まさに動き出そうとしていた。




