第69話 湖畔の恋話
# 第69話 湖畔の恋話
湖畔には、穏やかな時間が流れていた。
透き通った水が足元を優しく撫で、心地良い風が吹き抜ける。
揺れる木々の葉がさらさらと音を立て、
激戦続きだった迷宮とは思えないほど静かな空間が広がっていた。
「はぁ~……生き返る~」
肩まで水に浸かったRainが、気持ちよさそうに両腕を伸ばして大きく息を吐く。
「ずっとこんな階層だったらいいのに」
その言葉に、Novaは苦笑した。
「それは無理ね。探索が終わっちゃうじゃない」
「それもそうか」
Rainは納得したように笑う。
穏やかな空気が流れる中、Novaはふと思い出したようにRainへ視線を向けた。
「そういえば」
「なに?」
「RainってArcのこと好きでしょ?」
「ぶっ!?」
その瞬間、Rainは盛大に水を吹き出した。
「な、ななな何言ってるの!?」
あまりにも分かりやすい反応に、Novaは思わずくすっと笑った。
「その反応が答えみたいなものじゃない?」
「違うから!」
Rainは慌てて両手を振って否定する。
「そういうんじゃないって!」
すると今度は、Siaが楽しそうに口を挟んだ。
「でも、Arcの話になると楽しそうよね」
「えっ!?」
「この前も、戦闘の話をしてる時、ずっとArcのこと褒めてたじゃない」
「そ、それは普通でしょ!?」
「そうかしら?」
「そうだよ!」
Rainは顔を真っ赤にしながら慌てて言い返した。
そんな彼女の反応を見て、NovaとSiaは顔を見合わせ、楽しそうに笑う。
「じゃあどういうの?」
「えっと……」
Rainは少し考え込んだあと、ゆっくりと言葉を選ぶように口を開いた。
「尊敬……かな」
「尊敬?」
「うん」
Rainは静かな湖面へ視線を向ける。
頭に浮かぶのは、いつものArcの姿だった。
強くて、頭の回転も速く、どんな状況でも冷静に判断を下す。
そして、自分のことだけではなく、仲間全員のことをしっかり見ている。
「強いし、頭もいいし、いつも冷静だし」
「それに、みんなのことちゃんと見てるじゃん」
「私だったら絶対パニックになってるもん」
「だから……すごいなって思う」
NovaはRainの言葉を聞き、小さく笑みを浮かべた。
「ふーん」
「なによ」
「いや、恋の始まりってそんな感じよね」
「だから違うって!」
「ほんとに?」
「ほんと!」
Rainは頬を膨らませて否定する。
しかし、その直後だった。
ふと、風狼王との戦いの光景が脳裏に浮かぶ。
『Crowは下がれ!』
『ここからだ』
仲間たちへ的確に指示を出し、冷静に戦況を見極めながら戦っていたArcの姿が、
Rainの脳裏に浮かんでいた。
あの時に見た頼もしい背中が、なぜか自然と思い出される。
「…………」
「どうしたの?」
「え?」
「いや……なんでもない」
Rainは慌てて首を横に振った。
けれど、胸の奥が少しだけざわついていた。
(……なんだろ)
嫌な感じではない。
むしろ、どこか温かい。
そんな不思議な感覚だった。
Rainは胸のざわつきをごまかすように、慌てて話題を変えた。
「そ、そういうSiaはどうなのよ!」
「私?」
「CainとSia!」
「そういえばリアルで会った時、一緒にいたよね?」
「付き合ってたりするの?」
すると、Siaが小さく笑った。
「違うわよ。幼馴染なの」
「えっ、そうなの!?」
「うん」
Siaはどこか懐かしそうな表情を浮かべる。
「小さい頃から家が近くてね。ずっと一緒だったの」
「へぇー」
Rainは感心したように声を漏らした。
そして、ふと疑問に思ったことを口にする。
「でもCainって、ゲームやるイメージないなぁ」
すると、Siaがくすっと笑った。
「元々は私がゲーム好きだったのよ」
「え?」
「Cainは全然興味なかったの」
「えぇ!?」
Rainが驚きの声を上げる。
「なんか意外!」
「でしょう?」
Siaは楽しそうに微笑んだ。
どうやら、最初にゲームの世界へ誘ったのはSiaの方だったらしい。
『一緒にやろう』
『絶対楽しいから』
そう何度も誘って、半ば強引に始めさせたのだという。
「最初は嫌そうだったけど」
「そうなんだ」
Rainが相槌を打つと、Siaは懐かしそうに笑った。
「最初は『ゲームなんて分からない』って言ってたもの」
「へぇ~」
Rainは感心したように頷いた。
Cainがゲームをしている姿からは想像できなかったため、少し意外に感じたのだ。
「なんか意外だなぁ」
「でしょう?」
「でも今じゃすっかり上手いよね」
「付き合ってるうちに慣れたのよ」
Siaがそう言うと、Rainは楽しそうに笑った。
「へぇ~、なんかいいなぁ」
「幼馴染って感じする」
「そう?」
「うん!」
Rainは大きく頷く。
「昔から一緒って、なんか憧れるかも」
「そういうものかしら」
「そういうものだよ!」
元気よく答えるRainを見て、Siaも自然と笑みを浮かべた。
仲間にも、それぞれの過去がある。
ゲームを通じて出会った仲間。
幼馴染として長い時間を共に過ごしてきた二人。
そして、自分たち。
こうして何気ない時間を共有できていることが、Rainにはなんだか嬉しく感じられた。
そろそろ上がろうということになり、Novaが立ち上がった。
Rainも「お腹空いたー!」と元気よく声を上げる。
三人は湖から上がると、タオルで髪を拭きながら焚き火のある場所へ向かった。
そこでは、すでに男子たちが食事の準備を終えていた。
Arcが振り返り、「ちょうどできたところだ」と声をかける。
その言葉に、Rainの目がぱっと輝いた。
焚き火の上ではスープが温められ、焼いた肉や簡単な保存食が並べられている。
どれも美味しそうな香りを漂わせていた。
全員が席につき、食事を始める。
Rainは嬉しそうに料理を頬張りながら、「戦った後のご飯って最高だね」と笑った。
その言葉に、Cainも「確かにな」と頷く。
激戦を乗り越えた後だからこそ、こうした何気ない食事の時間が、
いつも以上に心地よく感じられていた。
仲間たちと他愛もない会話を交わしながら食事をする。
そんな当たり前の時間が、今はとても大切なものに思える。
「こういう時間も悪くない」
Arcがぽつりと呟く。
「悪くないどころか大事よ」
Novaが笑いながら答えた。
「ずっと戦ってばかりじゃ疲れちゃうもの」
「そうだな」
Arcも静かに頷く。
「休める時に休むのも探索者の仕事だ」
「さすがリーダー」
Rainが笑う。
するとArcも、ほんの少しだけ口元を緩めた。
その笑顔を見た瞬間、Rainの動きがわずかに止まる。
(……あ)
なぜだろう。
Rainは、ほんの少しだけ胸が高鳴るのを感じていた。
すると先ほどNovaに言われた言葉が、ふと頭をよぎる。
『RainってArcのこと好きでしょ?』
(ち、違う違う!)
Rainは慌てて頭を振った。
その様子に気づいたArcが、不思議そうな表情を浮かべる。
「どうした?」
「えっ!?」
Rainはビクッと肩を震わせた。
「な、なななんでもない!」
「そうか?」
「う、うん!」
Rainは慌てて視線を逸らす。
すると、その一連のやり取りを見ていたNovaとSiaが顔を見合わせ、小さく笑った。
「ふふっ」
「ふふふっ」
「な、なによ!」
Rainが顔を赤くして抗議する。
「別にー?」
Novaは意味ありげに笑いながら肩をすくめた。
「なんでもないわ」
「そうね」
Siaも小さく笑って頷く。
「なによもう!」
Rainは納得がいかない様子で頬を膨らませた。
そんな中、Arcだけは状況が分からず首を傾げている。
「?」
「なんだ?」
「なんでもない!」
Rainが慌てて答えると、Arcは少し不思議そうな表情を浮かべながらも頷いた。
「そ、そうか」
湖畔には穏やかな空気が流れていた。
仲間たちの笑い声が響き渡り、激戦続きだった迷宮探索の緊張感も少しずつ和らいでいく。
だからこそ、この何気ないひとときがいつも以上に大切なものに感じられた。
食事を終え、後片付けも済ませると、休憩の時間はあっという間に過ぎていく。
やがてArcが静かに立ち上がった。
「よし」
「そろそろ行くか」
「おー!」
Rainが元気よく返事をする。
その声に仲間たちも立ち上がり、それぞれ装備を整えていく。
束の間の休息を終えた一行は、再び迷宮の奥へ向かって歩き始めた。




