第64話 殲滅
# 第64話 殲滅
風狼王が咆哮する。
その瞬間。
渦巻いていた風が牙の形を成した。
圧縮された風が鋭利な刃となる。
目に見えるほど濃密な魔力を纏いながら、Crowへ向けて放たれる。
轟ッ!!
空気が裂ける。
耳をつんざくような風切り音。
視認した瞬間には、既に目前まで迫っていた。
「Crow!」
Rainが叫ぶ。
だが。
Crowは微動だにしない。
盾を構える。
真正面から受ければ押し潰される。
Crowはそれを理解していた。
だからこそ、盾を僅かに傾ける。
真正面ではない。
ほんの少しだけ角度を付ける。
風の流れを見極める。
衝突の瞬間に合わせて体重を移し、盾の面を滑らせるように動かす。
流す。
逸らす。
受け切るのではなく、衝撃の向きを変える。
力と力をぶつけるのではなく、相手の力を横へ逃がす。
それがCrowの戦い方だった。
次の瞬間。
風の牙が盾へ激突する。
轟音。
圧縮された風が盾の表面を削るように暴れ回る。
Crowは盾を傾け、衝撃を横へ逃がそうとする。
だが、風狼王の一撃は想像以上だった。
流し切れなかった力が腕へ伝わる。
衝撃。
全身が軋む。
腕が痺れる。
肩が悲鳴を上げる。
踏み締めた足が地面を削り、足元の土が抉れた。
「ぐっ……!」
歯を食いしばる。
それでも勢いは止まらない。
押し寄せる風圧に身体ごと押され、数メートル後方へ滑らされる。
それでも倒れない。
だが。
今までの攻撃とは違った。
盾に触れた瞬間、Crowは違和感を覚える。
いつもなら角度を付けて受ければ流せるはずの衝撃が、盾越しにそのまま腕へ食い込んできた。
重い。
あまりにも重い。
押し流そうとしても風の牙は勢いを失わない。
腕が軋む。
肩が悲鳴を上げる。
踏み締めた足が地面を削りながら後退していく。
完全には流し切れない。
衝撃が胸の奥まで突き抜けた。
息が詰まる。
喉の奥に鉄の味が広がる。
次の瞬間、口元から血が流れた。
「大丈夫!?」
「問題ねぇ」
即答する。
問題だらけだった。
それでも。
ここで弱音を吐く訳にはいかない。
風狼王の黄金の瞳が細くなる。
まるで獲物を観察するように。
そして再び風が集まり始めた。
「……連発できるのかよ」
Crowが顔をしかめる。
だが。
その時だった。
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一方。
群れ側。
「残り十体!」
Siaが叫ぶ。
樹上から戦場を見下ろしている。
既に群れは壊滅寸前だった。
だが。
最後まで油断はできない。
「押し切るぞ!」
Arcが声を張る。
Garmが前へ出る。
《War Cry》
Garmの腹の底から絞り出された咆哮が森に響き渡る。
その声には敵意を引き寄せる力があった。
散っていたウインドウルフたちが一斉に振り向く。
鋭い視線がGarmへ集中する。
牙を剥き、唸り声を上げながら距離を詰める。
先頭の一体が地面を蹴った。
それを合図にしたように、複数の狼が同時に飛び掛かる。
だが。
Garmは退かない。
迫る牙を正面から見据えたまま踏み込み、巨大盾を力任せに振り抜いた。
鈍い衝撃音が響く。
盾の縁が先頭の狼を捉え、その勢いのまま後続を巻き込む。
体勢を崩した狼たちは互いにぶつかり合いながら地面を転がり、まとめて弾き飛ばされた。
「来い!」
その隙を逃さない。
Novaが杖を掲げる。
肩のサラマンダーが鳴いた。
赤い魔力が杖先へ集まる。
熱が周囲の空気を揺らした。
《フレア》
放たれた火球は一直線に群れの中央へ飛ぶ。
ウインドウルフたちは気付いて散ろうとするが遅い。
次の瞬間。
轟音と共に火球が炸裂した。
爆炎が広がり、数体のウインドウルフを飲み込む。
吹き飛ばされた狼たちが地面を転がり、悲鳴が上がった。
さらに。
爆発で陣形が乱れた瞬間を狙い。
Cainが踏み込む。
《重閃》
大剣が振り下ろされる。
轟ッ!!
地面ごと叩き割る一撃。
直撃を避けようと飛び退いたウインドウルフたちだったが、地面を走った衝撃波が足元を襲う。
体勢を崩した一体へ、Siaの放った矢が突き刺さった。
さらにNovaの放った火球が群れの進路を塞ぎ、逃げ場を失った狼たちを追い込む。
そこへCainが再び踏み込んだ。
振り抜かれた大剣が一体を薙ぎ払い、巻き込まれた仲間ごと吹き飛ばす。
残り七体。
包囲を崩された狼たちは散開しようとするが、樹上のSiaが矢を放ち、その動きを封じる。
一体倒れる。
Cainの大剣が振り抜かれ、ウインドウルフの身体を吹き飛ばした。
さらにNovaの放った火球が別の一体を飲み込み、悲鳴と共に地面へ崩れ落ちる。
また一体。
連携の取れた攻撃によって、群れは確実に数を削られていく。
残り五体。
追い詰められた狼たちは焦りを見せ始めた。
一体が唸り声を上げながらGarmへ飛び掛かる。
だがGarmは一歩も退かない。
巨大盾で正面から受け止めると、その衝撃で狼の体勢が崩れた。
その隙を見逃さず、Cainが踏み込む。
振り下ろされた大剣が狼を叩き伏せた。
さらにArcとSiaの援護も重なり、残る狼たちも次々と追い詰められていく。
残り三体。
確実に勝利へ近付いていた。
最後の一体が仲間の死骸を飛び越えながら飛び掛かってくる。
Cainは半歩だけ踏み込み、その軌道へ大剣を滑り込ませた。
鈍い衝撃音。
狼の身体が弾かれる。
そこへNovaの火球が炸裂した。
爆炎に包まれた狼が地面を転がる。
さらに横から飛び出した別の個体を、樹上から降ってきた矢が射抜いた。
Siaの一撃だった。
狼たちはなおも牙を剥いて襲い掛かるが、数を減らしたことで連携が崩れ始めていた。
Arcの指示が飛ぶ。
Garmが前線を押さえ、Novaが火力で削り、Cainが確実に仕留める。
一体。
また一体。
着実に数を減らしていく。
残り五体。
三体。
数が減っていく。
だが。
Cainの表情は晴れなかった。
視線が森の奥へ向く。
Crow。
Rain。
風狼王。
嫌な予感が消えない。
森の奥から断続的に響く轟音。
風が揺れるたびに木々が軋む。
風狼王との戦いが激しさを増しているのは明らかだった。
今すぐ駆け付けたい。
そんな焦りが胸を掠める。
「集中しろ」
Arcが言う。
Cainは頷く。
分かっている。
今は目の前だ。
まだ敵は残っている。
ここで意識を逸らせば隙が生まれる。
その隙で仲間が傷付くかもしれない。
ここで手間取れば。
Crowが稼いだ時間が無駄になる。
Cainは深く息を吐いた。
視線を最後の一体へ固定する。
ウインドウルフも追い詰められていた。
低く唸りながら周囲を警戒し、逃げ道を探している。
だが逃がさない。
「終わらせる!」
Cainが踏み込む。
地面を蹴り、一気に間合いを詰める。
最後の一体へ向かって。
そのウインドウルフは仲間が全滅したことで怯えながらも、なお牙を剥いていた。
低く唸り声を上げる。
そして逃げるのではなく、Cainへ飛び掛かった。
「来い!」
Cainは正面から迎え撃つ。
踏み込み。
大剣を構える。
狼が空中で口を開く。
牙が迫る。
その瞬間。
《重閃》
轟ッ!!
振り下ろされた大剣が狼を正面から捉えた。
衝撃が地面へ伝わる。
土が跳ねる。
狼の身体が吹き飛ばされる。
数メートル先へ叩き付けられたウインドウルフは、なお立ち上がろうともがいた。
だが。
足に力が入らない。
数歩よろめき。
そして力尽きるように崩れ落ちた。
轟音の余韻が消える。
そして最後の一体が力なく地面へ崩れ落ちた。
それを見届けた瞬間、戦場を満たしていた喧騒が嘘のように消え去る。荒く息を吐く者はいても、勝利を喜ぶ声を上げる者はいなかった。
ウインドウルフの群れは完全に討伐された。だが、誰一人として安堵していない。
自然と全員の視線が森の奥へ向けられる。
そこには、CrowとRainが足止めしている風狼王がいる。
遠くから轟音が響いた。
巨木が倒れる音。
地面を震わせる衝撃。
激しい戦いが、今なお続いていることを物語っていた。
戦いは終わっていない。
Arcが拳を握る。
「Garm」
「おう」
「ここを頼む」
Garmが頷く。
Arcは振り返る。
「Cain」
「Nova」
「Sia」
三人が視線を向ける。
「援護に行くぞ」
即答だった。
「当然だ」
Cainは大剣を肩に担いだ。
Novaは杖を握り直す。
Siaは軽やかに樹上へ跳んだ。
そして。
Aegisは森の奥へ駆け出した。
CrowとRainの元へ。




