第62話 統率する王
# 第62話 統率する王
「今だ!」
視線の先では、ウインドウルフたちが獲物を追うように駆け回っていた。
だが、Garmが巧みに誘導したことで、その動きは少しずつ一か所へ集められてい く。
一体が向きを変えれば、周囲の個体もそれにつられるように動く。
気付けば狼たちは互いの距離を詰め、密集した群れを形成していた。
三十体を超えるウインドウルフが、狭い範囲へ押し込められている。
これ以上ないほど綺麗に集まっている。
Garmが作り出した最高の形だった。
外す方が難しい。
Siaは静かに息を吐いた。
意識を研ぎ澄ませる。
木々の揺れ。
葉の流れ。
肌を撫でる風の向き。
そのすべてを感じ取り、確かめる。
そして――
静かに指を離した。
《Arrow Rain》
一本の矢が空へ放たれる。
真っ直ぐ上へ。
だが。
途中で魔力が分裂する。
一本が十本へ。
十本が数十本へ。
無数の光となって空へ広がった。
まるで雨雲だった。
そして。
群れの頭上で停止する。
次の瞬間。
降り注いだ。
死の雨。
無数の矢が一斉に落下する。
回避は不可能。
本来なら。
そうなるはずだった。
だが。
その瞬間だった。
遠く離れた場所。
Crowと対峙していた風狼王が空を見上げる。
黄金の瞳が細まる。
そして。
大きく息を吸い込んだ。
ウオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
咆哮。
轟音だった。
風狼王が大きく開いた口から放たれた声は、空気そのものを震わせながら森中へ広がっていく。
衝撃波のような音圧が木々を打ち、枝葉が激しく揺れた。
幹に積もっていた落ち葉が一斉に舞い上がり、周囲へ散っていく。
森全体が震える。
その声はただの威嚇じゃない。
何かを伝えている。
そんな感覚があった。
そして。
群れが反応する。
一体のウインドウルフが耳を立てた。
続いて隣の個体。
さらに後方の個体。
反応が連鎖していく。
全ての狼が同じ方向を見る。
そして。
次の瞬間。
一斉に地面を蹴った。
「なっ!?」
Rainが目を見開く。
群れの動きが変わった。
それまで獲物へ向けられていた視線が一斉に空へ向く。
耳が立つ。
身体が沈む。
まるで何かの合図を待っていたかのようだった。
そして。
次の瞬間。
散った。
左右へ。
前へ。
後ろへ。
数十体のウインドウルフがほぼ同時に地面を蹴る。
互いにぶつかることもなく。
進路を重ねることもなく。
群れ全体が綺麗に広がっていく。
偶然じゃない。
一体だけなら偶然で済む。
二体でも。
三体でも。
だが数十体だ。
風狼王が咆哮した直後。
群れの先頭にいたウインドウルフが真っ先に反応する。
耳を立て。
身体を捻り。
左へ跳ぶ。
それを見た周囲の個体も即座に動いた。
まるで見えない糸で繋がっているかのように。
反応は一瞬で群れ全体へ広がる。
前列が散り。
中列が続き。
後列も迷いなく進路を変える。
誰一匹として立ち止まらない。
誰一匹として逆方向へ走らない。
全てが同じ瞬間に。
同じ意図を持って動いていた。
そこに意思がある。
指揮がある。
命令がある。
まるで訓練された兵士だった。
直後。
空を埋め尽くしていた無数の矢が一斉に落下する。
雨というより滝だった。
鋭い光の筋が何十本も何百本も地面へ突き刺さる。
轟音。
着弾した瞬間、地面が爆ぜた。
土塊が吹き上がり、周囲の木々が激しく揺れる。
露出した木の根が砕け、破片が四方へ飛び散った。
逃げ遅れたウインドウルフたちの悲鳴が重なる。
直撃を受けた個体は身体ごと地面へ叩き付けられ、土煙の中へ沈んでいく。
数体のウインドウルフが地面へ叩き付けられる。
だが。
致命傷を受けた個体は少ない。
本来なら壊滅していたはずだった。
「回避した……?」
Novaが呆然と呟く。
あり得ない。
Novaは思わず目を疑った。
群れの魔物が範囲攻撃を避けること自体は珍しくない。だが、それは攻撃を目で見てから反応できる場合の話だ。
今の《Arrow Rain》は違う。
空から降り注ぐ広範囲攻撃。
頭上を見上げてから動いたのでは間に合わない。
それなのに。
数十体ものウインドウルフが、まるで合図でも受けたかのように同じ瞬間に散開した。
誰一体として動きが遅れない。
誰一体として迷わない。
偶然では説明できなかった。
そんな光景は見たことが無かった。
「違う」
Arcの顔が険しくなる。
視線は風狼王へ向いていた。
「回避したんじゃない」
低く呟く。
あの動きは反応じゃない。
攻撃が来ることを事前に知っていたような動きだった。
Arcの脳裏に浮かぶのは、先ほどの咆哮だった。
群れが散開したのは、風狼王が吠えた直後。
タイミングが出来過ぎている。
黄金の瞳。
Crowと戦いながら。
それでも群れを見ていた。
「指示したのか……」
背筋が冷える。
魔物が戦術を使う。
魔物が指揮を執る。
そんな存在はゲームにもいなかった。
「Nova!」
Arcが叫ぶ。
「まだ終わってない!」
Novaは反射的に杖を握り直す。
目の前で群れが散開する。
つい先ほどまで密集していたはずのウインドウルフたちが、まるで示し合わせたように四方へ駆け出していた。
完璧だったはずの作戦。
Garmが命懸けで集めた群れ。
Siaが放った矢の雨。
そこへ自分が追撃を叩き込む。
その流れで勝負を決めるはずだった。
なのに。
避けられた。
Novaは思わず唇を噛む。
悔しさが胸を焼く。
だが、立ち止まっている暇はない。
ここで攻撃の手を緩めれば、せっかく削った優位まで失ってしまう。
Novaは大きく息を吸い込み、意識を切り替えた。
止まる訳にはいかない。
杖を前へ突き出す。
柄を握る手に力を込めながら、体内の魔力をゆっくりと流し込んでいく。
呼応するように周囲の空気が揺れた。
空気中に漂う火属性魔力が引き寄せられていく。
赤い光が生まれる。
橙色の光が混ざる。
無数の火属性魔力が渦を描きながら一点へ収束していく。
掌ほどの火種。
それが徐々に大きくなる。
拳大だった火種は、Novaが魔力を注ぎ続けるたびにゆっくりと膨らんでいく。
人の頭ほどの大きさになってもなお成長は止まらない。
赤く燃える球体の表面では炎が渦を巻き、内部では圧縮された熱が激しく脈動していた。
その熱量に周囲の空気が耐えきれず、景色が揺らぎ始める。
肩に乗ったサラマンダーがその様子を見上げ、小さく鳴いた。
キュゥ。
炎の尾がふわりと揺れる。
するとサラマンダーの身体から淡い火属性魔力が溢れ出した。
その炎は糸のように伸び、Novaが作り上げた火球へと吸い込まれていく。
火精霊の力を受けた瞬間、火球の色が変わった。
赤だった炎に眩い橙色が混ざり、さらに中心部が白く輝き始める。
熱量が一気に跳ね上がった。
周囲の景色が陽炎のように大きく歪む。
肌を刺すような熱気が広がり、空気そのものが悲鳴を上げているようだった。
Novaは杖を前へ突き出す。
「焼き尽くせ!」
《フレア》
圧縮された火球が解き放たれた。
火球は一直線に飛んだ。
空気を焼きながら突き進むその速度は凄まじく、視線で追うのも難しいほどだった。
群れの中心へ向かって一直線に突き刺さる。
次の瞬間。
圧縮されていた炎が一気に解放された。
轟音と共に爆炎が広がる。
赤く膨れ上がった炎が周囲を飲み込み、熱風が四方へ吹き荒れた。
地面が抉れ、土砂が舞い上がる。
爆心地の近くにいたウインドウルフたちは悲鳴を上げながら吹き飛ばされた。
燃え移った炎が毛皮を焼き、転がりながら必死に火を消そうともがく個体もいる。
確かにダメージは与えた。
だが。
Arcの表情は晴れなかった。
爆炎が収まり始めた先を見て、すぐに理由を理解する。
倒れている個体はいる。
傷を負った個体も少なくない。
しかし数が足りない。
本来ならもっと多くを巻き込めていたはずだった。
風狼王の咆哮を受けて群れが散開したことで、密集していたはずの標的が広範囲へ散ってしまっている。
その結果、範囲攻撃の威力そのものは変わらなくても、巻き込める数が大きく減っていた。
「やっぱりか」
Arcは低く呟く。
最悪だった。
風狼王は理解している。
群れ戦を。
連携を。
そして。
Aegisの戦い方を。
Arcは風狼王を見る。
Crowと戦っている。
だが。
距離が近い。
近過ぎる。
風狼王の位置からなら群れ全体が見えてしまう。
だから指示が飛ぶ。
だから連携される。
だから範囲攻撃を回避された。
偶然じゃない。
全て風狼王の指揮だ。
「……まずいな」
小さく呟く。
このままでは何度範囲攻撃を撃っても同じだ。
群れは風狼王の命令で動く。
なら。
まず切り離さなければならない。
「Crow!」
Arcが叫ぶ。
遠くで交戦していたCrowが振り返る。
「なんだ!」
「もっと離せ!」
「はぁ!?」
思わずCrowが叫ぶ。
風狼王の爪を躱しながら距離を取るだけでも楽じゃない。
それなのにさらに離せと言われた。
「風狼王が群れへ指示を出してる!」
Arcが叫ぶ。
「視界に入る位置にいる限り連携される!」
Crowの顔色が変わる。
確かに。
何度も群れへ視線を向けていた。
ただ戦っているだけじゃなかった。
戦況を見ていた。
指揮していた。
「マジかよ……」
Crowが舌打ちする。
だが。
そのやり取りを聞いていたRainが叫んだ。
「待て!」
「離したら俺達の援護が届かなくなる!」
その通りだった。
今はまだ近い。
だからCrowが危なくなればRainもCainも割って入れる。
だが森の奥まで引き離せば違う。
援護は難しくなる。
「Crow一人でやらせる気か?」
Cainも低く言う。
Arcは答えない。
数秒。
思考する。
近ければ群れが強化される。
遠ければCrowが危険になる。
どちらも最悪だった。
だが。
選ぶしかない。
群れを放置すれば戦線そのものが崩壊する。
「Crow」
声が響く。
Crowは笑った。
答えを聞く前から理解していた。
「分かってる」
黒剣を握る。
「連れて行けばいいんだろ」
その言葉と同時に。
Crowが地面を蹴った。
風狼王を引き連れながら。
さらに森の奥へ――。
第六十二話を読んでいただきありがとうございます!
風狼王、予想以上に厄介でした。
ただ強いだけではなく、群れを指揮し、連携まで取ってきます。
そしてArcが出した結論は、Crowによる引き離し。
ですが、それは同時に援護が届きにくくなるという危険も意味していました。
次回、Crow VS 風狼王。
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