第59話 火精霊サラマンダー
# 第59話 火精霊サラマンダー
Rainはまだ納得していなかった。
CrowのHPバーを見る。
八割。
確かに戦闘不能になる数字じゃない。
だが。
満タンでもない。
「いや、だからさ」
Rainが言う。
「なんでそこで止めるんだよ」
Arcは当然のように答えた。
「必要ないからだ」
「それは聞いた」
「意味が分からないんだ」
Rainが頭を掻く。
その横で。
Crowも少し気になっていた。
火炎龍戦でもそうだった。
Arcは必要以上に回復しない。
回復出来ない訳じゃない。
しないのだ。
「Crow」
Arcが振り返る。
「今どれくらい動ける?」
「全力で戦える」
即答だった。
肩にはまだ傷跡が残っている。
戦闘の疲労もある。
それでも問題は無い。
身体は軽い。
剣も振れる。
次の戦闘になっても前に立てる自信があった。
「なら十分だ」
Arcは言った。
「HPが八割の状態と」
「満タンの状態で」
「戦闘結果が変わらないなら回復する意味はない」
「普通は満タンにするだろ」
Rainが突っ込む。
だが。
Arcは首を横へ振った。
「それはゲームの考え方だな」
「ゲーム?」
Novaが首を傾げる。
「ああ」
Arcは頷いた。
「ゲームの頃は俺も数字しか見てなかった」
HP。
MP。
状態異常。
全て画面上の数字だった。
痛みも無い。
疲労も無い。
だからHPが減れば回復する。
それで良かった。
「でも今は違う」
ArcはCrowを見る。
肩の傷。
荒い呼吸。
戦闘後の疲労。
HPバーだけじゃ分からない情報が山ほどある。
「同じHP五割でも」
「まだ戦える五割もある」
「倒れそうな五割もある」
「実際に戦うようになって初めて分かった」
Rainたちは少し驚いた。
Arcなら最初から出来ていたと思っていた。
だが違った。
現実になってから。
実際に怪我をして。
実際に戦って。
試行錯誤を繰り返した結果だった。
「意外だな」
Cainが腕を組む。
「最初からやってたのかと思った」
「無理だ」
Arcは苦笑する。
「現実とゲームは違う」
「どこまで削れるか」
「どこで回復するべきか」
「何度も試した」
七階層。
十階層。
二十階層。
ここまでの戦い全てが経験になっている。
「なるほどね」
Novaが頷いた。
「ゲーム知識だけじゃないってことか」
「そういうことだ」
Arcは答える。
「現実のダンジョンはゲームと同じじゃない」
「だから俺も合わせて変わる必要がある」
少しの沈黙。
そして。
「怖っ」
Rainが真顔で言った。
「今さらだろ」
Cainが笑う。
Novaも吹き出した。
だが。
Arcは気にしない。
実際。
ここまで来られた理由の一つだからだ。
「それに」
Arcは続けた。
「回復量を調整する理由は他にもある」
「まだあるのか」
Rainが呆れた顔になる。
「ああ」
Arcは頷いた。
「MP消費を抑えられる」
「ポーション消費も減る」
「探索継続時間も伸びる」
「それだけじゃない」
全員が視線を向ける。
「ヘイトも抑えられる」
「ヘイト?」
Crowが聞き返した。
「回復量に応じてヘイトは発生する」
Arcは説明する。
「必要以上に回復すれば」
「その分だけ敵意を集める」
Rainが目を瞬かせた。
「つまり?」
「ヒーラーが狙われやすくなる」
Arcは即答した。
「だから回復は必要な分だけ」
「MP」
「ポーション」
「ヘイト」
「全部管理する」
Crowが苦笑した。
「ヒーラーってそこまで考えるのか」
「普通は考えない」
Cainが笑う。
「Arcだけだろ」
誰も否定しなかった。
その時だった。
先頭を歩いていたSiaが足を止める。
ぴたりと。
まるで何かを見つけたように。
弓へ手を掛ける。
視線は森の奥。
先ほどの群れとは別方向だった。
「またいる」
短い声。
空気が変わる。
全員の表情が引き締まった。
「数は?」
Arcが聞く。
「三体」
Siaが答える。
「前方百メートル」
木々の奥。
枝葉の隙間。
灰色の影が動いた。
ウインドウルフ。
先ほどの群れとは別だ。
Arcは僅かに眉をひそめる。
二十一階層に入ってから遭遇頻度が高い。
ゲーム時代の記憶と少し違う。
だが。
今は戦闘が先だった。
「Nova」
Arcが視線を向ける。
「次はお前だ」
Novaが口元を吊り上げた。
「ちょうど試したかったのよね」
杖を掲げる。
赤い魔力が集まり始める。
空気が熱を帯びた。
周囲の温度が少しずつ上昇していく。
火炎龍討伐で手に入れた新たな力。
精霊契約。
その実力を試す時だった。
Novaは杖を高く掲げる。
赤い魔法陣が足元へ展開された。
《契約:サラマンダー》
次の瞬間。
轟っ――!
炎が噴き上がった。
赤い魔法陣から火柱が立ち昇る。
数メートル。
いや、それ以上だった。
熱風が吹き荒れる。
落ち葉が舞う。
周囲の枝葉が激しく揺れた。
Novaの長い髪が後ろへ流される。
森の中だというのに。
一瞬だけ火山階層を思い出す熱が広がった。
「おぉ……」
Rainが思わず声を漏らす。
炎は消えない。
渦を巻く。
回る。
集まる。
巨大だった火柱が少しずつ縮んでいく。
圧縮される。
凝縮される。
そして。
その中心から小さな影が姿を現した。
真紅の瞳。
燃える尻尾。
炎そのものを纏った身体。
火精霊サラマンダーだった。
小さい。
だが。
存在感は圧倒的だった。
炎で構成された身体が揺れる度に火の粉が舞う。
まるで小さな太陽だった。
「精霊って本当に出るんだ……」
Rainが呟く。
ゲームでは何度も見た。
だが。
画面越しと実物は全く違う。
生きている。
確かにそこに存在していた。
サラマンダーは小さく胸を張る。
どこか得意げだった。
「可愛いじゃない」
Novaが笑う。
サラマンダーが満足そうに尻尾の炎を揺らす。
その瞬間だった。
身体の奥へ熱が流れ込む。
「っ……!」
思わず目を見開く。
力が湧く。
ただ魔力が増えた訳じゃない。
身体そのものが強化されている。
筋肉が軽い。
魔力の流れが鮮明になる。
感覚が研ぎ澄まされる。
「これが精霊契約……」
拳を握る。
明らかに違う。
火炎龍戦を思い出す。
悔しかった。
何も出来なかった訳じゃない。
だが足りなかった。
もっと火力が欲しかった。
もっと仲間を支えたかった。
だから。
この力は嬉しかった。
「今度は足を引っ張らないわよ」
サラマンダーが小さく鳴く。
まるで同意するように。
肩へ飛び乗る。
同時に赤い魔力がNovaを包み込んだ。
「ああ」
Arcが頷く。
「精霊契約の本質は召喚じゃない」
「契約者強化だ」
Novaが視線を向ける。
Arcは続けた。
「サラマンダーの場合」
「攻撃力上昇」
「魔法攻撃力上昇」
「両方だ」
「両方?」
Rainが目を丸くする。
「思ったより強くない?」
「強い」
Arcは即答した。
「だから精霊契約は上位職なんだ」
ゲーム時代でも希少だった。
精霊使い。
育成が難しい。
契約条件も厳しい。
だが。
その分だけ強い。
その時だった。
前方の茂みが弾ける。
ガサァッ!!
ウインドウルフ。
三体。
風を纏いながら飛び出してくる。
牙を剥く。
殺意を向ける。
だが。
Aegisは慌てない。
「Nova」
Arcが呼ぶ。
「左の個体を焼け」
「了解」
「Crowは中央固定」
「Rainは右へ回れ」
「Siaは樹上警戒」
一瞬で指示が飛ぶ。
誰も確認しない。
誰も迷わない。
Arcが言う。
それだけで十分だった。
Novaは杖を前へ向ける。
《フレア》
赤い魔法陣が展開される。
空気中の火属性魔力が集まる。
赤い光。
橙色の光。
幾重にも重なりながら一点へ収束していく。
掌ほどだった炎が膨らむ。
拳大。
人の頭ほど。
さらに圧縮される。
燃えている。
だが広がらない。
閉じ込められた熱量。
凝縮された炎。
その表面が揺らぐ。
周囲の空気が歪む。
陽炎のように景色が揺れた。
肩の上のサラマンダーが小さく鳴く。
キュゥ。
同時に。
赤い炎が火球へ流れ込んだ。
まるで精霊自身が魔法へ力を注ぎ込んでいるようだった。
瞬間。
火球の色が変わる。
赤から白橙へ。
熱量がさらに跳ね上がる。
「行きなさい!」
杖が振り下ろされた。
轟ッ!!
火球が射出される。
一直線。
凄まじい速度だった。
空気を焼きながら飛ぶ。
熱風が後を追う。
ウインドウルフが反応する。
跳ぶ。
回避しようとする。
だが遅い。
火球が胴体へ直撃した。
次の瞬間。
爆発。
轟音。
炎が花のように広がった。
熱風が森を揺らす。
枝葉が激しく震える。
吹き飛ぶ。
ウインドウルフの巨体が宙を舞った。
何度も地面を転がる。
木へ激突する。
幹が揺れる。
焦げた毛皮から煙が上がる。
爆炎が収まる。
Rainは思わず足を止めた。
さっきまで狼がいた場所。
そこには黒く焦げた地面しか残っていない。
木へ叩き付けられたウインドウルフも動かない。
「マジかよ……」
思わず漏れる。
速さなら自信がある。
だが。
今のフレアだけは避けられる気がしなかった。
「下位精霊でもこれだ」
Arcが言う。
「上位になればさらに強くなる」
Nova自身も驚いていた。
同じ《フレア》。
同じ魔法。
それなのに威力が別物だった。
「じゃあ俺も行くか」
Cainが笑う。
大剣を肩へ担ぐ。
残った二体のウインドウルフが牙を剥いた。
Rainは思わず苦笑した。
何度見てもおかしい。
自分が死角へ回り込み。
隙を作り。
ようやく倒せる相手を。
Cainは真正面から叩き潰す。
理不尽。
その一言だった。
《疾駆》
地面が沈む。
爆発するように土が弾け飛ぶ。
巨体とは思えない速度だった。
一歩。
それだけで景色が流れる。
ウインドウルフの瞳が見開かれた。
反応が遅れる。
いや。
見えていても避けられない。
Cainは既に眼前まで到達していた。
大剣を振り上げる。
筋肉が膨れ上がる。
全身の力が両腕へ集まる。
「遅い」
《重閃》
振り下ろされた。
轟音。
空気が悲鳴を上げる。
大剣と狼が正面から衝突する。
骨が砕ける音。
肉が裂ける音。
衝撃が地面へ突き抜ける。
ズドォォォォン!!
土が吹き飛ぶ。
落ち葉が舞い上がる。
ウインドウルフの身体が地面へめり込んだ。
一撃だった。
残る一体が怯む。
「Rain、今だ」
「了解!」
Rainが駆ける。
Siaの矢が飛ぶ。
Crowが前へ出る。
三方向からの連携。
逃げ場は無い。
数秒後。
最後のウインドウルフも地面へ倒れた。
静寂。
森へ再び風が流れる。
葉が揺れる。
小川のせせらぎが聞こえる。
「順調だな」
Cainが大剣を担ぐ。
Novaも満足そうに息を吐いた。
だが。
Arcだけは魔物の死体を見ていた。
違う。
やはり違う。
本来この辺りに群れは出ない。
少なくとも。
Arcの知るデプクロでは。
一度なら偶然。
二度なら誤差。
だが。
三度目は違う。
「……おかしい」
小さな呟き。
Crowが振り返る。
「何がだ?」
Arcは森の奥を見る。
ゲーム時代の記憶。
ここまでの戦闘。
全てを照らし合わせる。
「出現位置が違う」
Crowが眉をひそめた。
「そんなに違うのか?」
「ああ」
Arcは森の奥を見る。
七階層。
二十階層。
そして二十一階層。
三度目だ。
偶然ではない。
現実のダンジョンは確実に変化している。
風が吹く。
木々が揺れる。
だが。
Arcの胸騒ぎは強くなるばかりだった。
第五十九話を読んでいただきありがとうございます!
ついにNovaが《精霊契約》を習得しました。
今回登場した火精霊サラマンダーは、ただの召喚獣ではなく契約者自身を強化する存在です。
攻撃力上昇。
魔法攻撃力上昇。
今後は精霊ごとに異なる特徴を持つ予定です。
また、Arcが話していたように、現実のダンジョンではゲーム時代には分からなかったことも少しずつ見えてきています。
HP管理。
MP管理。
ヘイト管理。
そしてゲーム知識だけでは対応できない現実ならではの要素。
Aegisも試行錯誤しながら攻略を続けています。
そして最後にArcが気付いた違和感。
七階層。
二十階層。
二十一階層。
三度目の異変。
ゲーム知識と現実のダンジョンのズレは、今後さらに大きくなっていきます。
次回は第二十一階層の探索が本格化。
風の森林の奥でAegisを待つものとは――。
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それではまた次回!




