第52話 白炎
#第52話 白炎
火炎龍が天を裂くように咆哮した。
轟――――ッ!!
世界が揺れた。
音ではない。
衝撃だった。
空気そのものが圧力へ変わり、戦場全体へ
叩き付けられる。
岩盤が砕ける。
溶岩が跳ね上がる。
熱風が嵐となって吹き荒れる。
誰もが反射的に身を低くした。
それほどの威圧だった。
火炎龍はただ吠えただけ。
攻撃ですらない。
それなのに。
周囲の景色が変わる。
生物としての格の違いを。
圧倒的な支配者の存在を。
そして。
自分達が今、どれほどの化物と戦っているのかを。
その咆哮一つで理解させられた。
火炎龍の全身から赤い魔力が噴き出している。
鱗の隙間。
口元。
砕けた翼。
裂けた傷口。
あらゆる場所から炎のような魔力が溢れ出していた。
その影響だろう。
周囲の温度がさらに上がる。
熱風が頬を焼く。
息を吸う。
肺の奥へ熱が流れ込む。
焼かれたような痛みが走った。
防具の内側では汗が滝のように流れている。
視界が揺れる。
まるで巨大な炉の中へ放り込まれたようだった。
「まだ強くなるのかよ……」
Cainが顔をしかめる。
火炎龍の黄金の瞳。
そこに宿る殺意は先程までとは別物だった。
理性を失った訳ではない。
むしろ逆。
獲物を仕留めるためだけに全能力を解放した捕食者。
そんな印象だった。
「Garm!」
Arcが叫ぶ。
「前維持!」
「任せろ」
Garmが前へ出る。
腕は痺れている。
肩も痛い。
全身が悲鳴を上げている。
さっき吹き飛ばされた衝撃もまだ残っていた。
それでも。
歩みは止まらない。
目の前にいるのは二十階層の支配者。
日本中の探索者が辿り着けなかった頂。
怖くない訳がない。
だが。
逃げる理由も無かった。
後ろには仲間がいる。
Arcがいる。
Rainがいる。
Novaがいる。
だから。
自分が立つ。
それだけだった。
《Guard Stance》
重心を落とす。
盾を前へ。
火炎龍との間へ巨大な壁を作るように構える。
そして。
Garmは静かに言った。
「俺を越えてみろ、火炎龍」
《Taunt》
重盾を地面へ叩き付ける。
轟音。
砕けた岩が跳ね上がる。
衝撃波が周囲へ広がった。
挑発の魔力が戦場を駆け抜ける。
火炎龍の黄金の瞳が揺れる。
Rainから。
Cainから。
Novaから。
ゆっくりと。
確実に。
Garmへ向いた。
敵意が集まる。
挑発が通った。
「……来い」
火炎龍の筋肉が膨らむ。
次の瞬間だった。
巨体が消えた。
「っ!?」
Rainが目を見開く。
視界から消えるほどの速度。
地面を踏み砕く轟音だけが遅れて響く。
熱風が頬を叩く。
その時には既に。
火炎龍はGarmの目の前へ到達していた。
巨大な前脚が振り上がる。
山が落ちてくるようだった。
影が戦場を覆う。
だが。
Garmは逃げない。
盾を構える。
正面から受ける。
轟音。
衝撃。
盾越しに全身を貫いた。
腕が軋む。
肩が悲鳴を上げる。
足元の岩盤が砕ける。
踏ん張っているはずなのに身体が後ろへ押される。
まるで山そのものがぶつかってきたようだった。
「ぐっ……!」
重い。
今まで受けたどんな攻撃より重い。
それでも。
退かない。
後ろには仲間がいる。
だから退けない。
《ヒール》
暖かな光が降り注ぐ。
Arcだった。
傷が塞がる。
痛みが薄れる。
さらに。
《リジェネ》
緑色の光が身体を包む。
継続回復。
少しずつだが確実にGarmの身体を癒していく。
「助かる!」
「まだ前だ」
Arcが短く言う。
だが。
その視線はGarmだけを見ていない。
Rain。
Cain。
Crow。
Nova。
Sia。
全員の位置。
全員の状態。
全員の動き。
全てを見ていた。
Rainは火炎龍を見上げていた。
肩で息をする。
腕も痛い。
指先も痺れている。
何度も斬った。
何度も傷を増やした。
それでも倒れない。
違和感が消えなかった。
血は流れている。
ダメージも通っている。
それなのに。
火炎龍は弱らない。
まるで。
何か別の力が身体を支えているようだった。
「Arc」
「なんだ」
「あれ」
Rainが翼を指差した。
本来なら。
もう飛べるはずがない傷だった。
Rainが折った翼。
Crowが削った傷口。
Cainが砕いた場所。
だが。
その傷が蠢いていた。
「……なんだよ、あれ」
Rainが目を見開く。
白い炎だった。
傷口の奥。
肉の裂け目から溢れ出した白炎が血管のように広がっ ていく。
鱗の隙間を走る。
砕けた骨を包む。
焼け焦げた筋肉へ絡み付く。
まるで生き物だった。
白炎は火炎龍の身体を侵食するように広がる。
翼全体を覆う。
轟――――。
白炎が噴き上がった。
巨大な火柱。
誰もが息を呑む。
裂けていた肉が繋がる。
砕けていた骨が形を取り戻す。
失われていた翼が再び完成していく。
だが。
それだけでは終わらなかった。
白炎はさらに膨れ上がる。
翼を覆う。
背中を覆う。
火炎龍の巨体を包み込む。
そして。
空へ向かって広がった。
一枚。
また一枚。
純白の炎が羽根の形を取っていく。
炎で出来ているはずなのに。
それは確かに翼だった。
巨大な白炎の翼。
戦場を照らす。
火山地帯そのものが白く染まる。
溶岩すら霞むほどの輝き。
神々しい。
そう思うほど美しい。
だが。
同時に。
絶望的なほど恐ろしかった。
「おいおい……」
Cainが乾いた笑みを浮かべる。
「まだ強くなるのかよ」
誰も否定できない。
火炎龍が白炎の翼を広げる。
純白の炎で構成された巨大な翼。
ゆっくりと羽ばたくだけで戦場全体へ
熱風が叩き付けられる。
舞い散った白炎の羽根が岩盤へ落ちた。
次の瞬間。
ジュッ――。
岩が溶けた。
まるで蝋細工だった。
誰も言葉を失う。
火炎龍は何もしていない。
ただ存在しているだけ。
それだけで周囲の景色を書き換えていた。
Rainは思わず双剣を握り直した。
嫌な汗が流れる。
さっきまでの火炎龍でも十分に強かった。
だが。
今目の前にいる存在は別物だった。
神話の中からそのまま現れた災厄。
そんな錯覚すら覚える。
「Arc」
Rainが声を掛ける。
「勝てるよね?」
軽い調子だった。
だが。
本気だった。
今の火炎龍を見て不安にならない方がおかしい。
Arcは火炎龍を見上げる。
白炎の翼。
異常な再生力。
強化された身体能力。
全てが想定外だった。
だが。
だからこそ見えてきたものもある。
「ああ」
Arcは答えた。
「勝てる」
迷いは無かった。
その言葉を聞いた瞬間。
Rainは笑った。
それで十分だった。
Arcがそう言うなら勝てる。
Aegis全員がそう思っていた。
Arcは火炎龍の胸部を見続ける。
砕けた鱗の奥。
白炎が脈打っている。
ドクン。
ドクン。
まるで心臓だった。
そして。
脈打つ度に白炎が全身へ広がる。
翼へ。
傷口へ。
筋肉へ。
血管へ。
火炎龍の身体全体へ。
その直後だった。
白炎が傷口を覆う。
裂けた肉へ絡み付く。
砕けた骨を包み込む。
まるで意思を持つ生物だった。
そして。
失われた組織が再生する。
裂けた肉が繋がる。
砕けた骨が形を取り戻す。
生命の理を無視した異常現象。
「そういう事か……」
Arcが呟く。
再生。
強化。
異常な生命力。
全部説明が付く。
あれはただの炎じゃない。
火炎龍を動かしている核。
心臓。
動力炉。
全ての源だ。
もし破壊できれば。
再生は止まる。
強化も止まる。
勝機が生まれる。
「Nova!」
Arcが叫ぶ。
「胸を狙え!」
「了解!」
Novaは杖を構えた。
白炎の熱で頬が焼ける。
汗が流れる。
それでも視線は外さない。
狙うのは白炎核。
火炎龍の心臓。
《Fire Ball》
炎弾が放たれる。
一直線。
白炎核へ向かって飛ぶ。
だが。
火炎龍の翼が動いた。
轟っ!!
爆風が炸裂する。
炎弾が弾き飛ばされた。
「まだよ!」
Novaは止まらない。
《Flame Lance》
炎の槍が放たれる。
一発。
二発。
三発。
連続。
白炎核へ殺到する。
だが。
火炎龍は理解していた。
守るべき場所を。
巨大な前脚が動く。
鉤爪が前へ出る。
炎槍が激突する。
爆発。
火花。
衝撃。
それでも核には届かない。
「やっぱり守ってる」
Arcが確信する。
弱点だからだ。
なら。
そこをこじ開ける。
「Sia!」
「見えてる」
Siaは既に弓を構えていた。
熱風が吹き荒れる。
白炎が舞う。
視界が揺れる。
普通なら狙撃など成立しない環境だった。
だが。
Siaは視線を動かさない。
火炎龍の胸部。
前脚。
翼。
全ての動きを追う。
待つ。
まだ撃たない。
焦れば外れる。
だから待つ。
Novaの炎槍が火炎龍の視界を埋める。
火炎龍が前脚を動かす。
白炎核を守るために。
その瞬間。
ほんの僅か。
防御が途切れた。
「そこ」
《Break Shot》
弦が鳴る。
矢が放たれる。
熱風すら切り裂きながら飛ぶ。
一直線。
迷い無く。
そして。
砕けた鱗の隙間へ突き刺さった。
火炎龍が咆哮する。
衝撃で岩盤が砕ける。
だが。
Siaは見逃さない。
傷が広がる。
鱗が剥がれる。
白炎核がさらに露出した。
「通った!」
「なら行けるな」
Crowが笑った。
《Shadow Shift》
影が揺れる。
一瞬。
火炎龍の視界から消える。
次の瞬間。
火炎龍の側面。
死角。
そこへ現れる。
近い。
近過ぎる。
白炎の熱だけで皮膚が焼けそうだった。
だが。
止まらない。
今止まれば。
Rainが届かない。
だから前へ出る。
短剣を突き立てる。
硬い。
火花が散る。
それでも止めない。
一回。
二回。
三回。
少しずつ。
本当に少しずつだ。
だが。
確実に削れている。
傷が広がる。
裂け目が深くなる。
やがて。
白炎核へ続く道が見えた。
「Rain!」
Crowが叫ぶ。
「道作ったぞ!」
Rainが地面を蹴る。
今だ。
届く。
そう思った瞬間だった。
火炎龍の黄金の瞳がRainを捉えた。
その瞳に宿る殺意。
明確だった。
次の瞬間。
火炎龍の口元へ白炎が集まり始める。
まずい。
Rainの背筋を冷たいものが走った。
白炎が渦を巻く。
空気が震える。
熱量が跳ね上がる。
周囲の岩盤が赤く染まり始めた。
まだ放たれていない。
それなのに。
ただ溜めているだけで景色が変わっていく。
溶岩が泡立つ。
熱風が吹き荒れる。
空間そのものが悲鳴を上げているようだった。
「っ……!」
近い。
近過ぎる。
避けられない。
今から離脱しても間に合わない。
Rainは理解した。
この距離でブレスを撃たれたら終わる。
白炎が収束する。
熱量がさらに増す。
火炎龍の喉元が眩しく輝いた。
Rainは歯を食いしばる。
終わった。
一瞬。
本気でそう思った。
◇
「前だけ見てろ」
低い声が響く。
Cainだった。
《疾駆》
地面を踏み砕く。
砕けた岩が宙へ舞う。
景色が流れる。
火炎龍との距離が一瞬で消える。
腕が軋む。
筋肉が悲鳴を上げる。
だが構わない。
仲間へ道を作る。
そのためだけに前へ出る。
「通してもらうぞ!」
《重閃》
大斧が振り上げられる。
全身の力を乗せる。
腰を回す。
踏み込む。
振り抜く。
轟音。
衝撃波が戦場を駆け抜けた。
Cainの足元の岩盤が砕け散る。
腕が痺れる。
骨が軋む。
それでも止めない。
「通れぇぇぇぇぇ!!」
大斧が火炎龍の下顎へ叩き込まれた。
火花が散る。
白炎が弾ける。
火炎龍の頭部が大きく跳ね上がった。
次の瞬間。
放たれた白炎ブレスが軌道を逸らす。
本来ならRainを飲み込んでいた灼熱。
それが天井へ向かって放たれた。
白い閃光が空を貫く。
岩盤が溶ける。
巨大な穴が穿たれる。
熱風が戦場を薙ぎ払った。
だが。
Rainの前は開いた。
「Cain!」
「行け!!」
短い言葉。
それだけで十分だった。
Garmが火炎龍の前脚を受け止める。
重盾と鉤爪が激突する。
轟音。
衝撃。
それでも退かない。
Novaが魔法を撃ち続ける。
《Fire Ball》
《Flame Lance》
炎弾と炎槍が次々に火炎龍へ襲い掛かる。
視線を逸らすために。
Rainへ意識を向けさせないために。
Siaが傷口を広げる。
《Break Shot》
矢が飛ぶ。
白炎核を守る鱗がさらに砕ける。
Crowが死角から削る。
短剣が走る。
裂け目が広がる。
核までの道が開いていく。
全員が繋ぐ。
全員がRainへ託す。
だから。
届く。
《ヘイスト》
暖かな光が身体を包む。
Arcの支援。
思考が加速する。
身体が軽くなる。
視界が広がる。
鼓動が速くなる。
Rainは深く息を吸った。
熱い。
肺の奥まで焼けそうだった。
怖い。
正直に言えば。
今すぐ逃げ出したい。
目の前にいるのは神話の怪物だ。
人間が挑むべき存在じゃない。
だが。
視界の先には仲間がいた。
Garmが受け止める。
Cainが道を作る。
Novaが隙を生む。
Siaが撃ち抜く。
Crowが切り開く。
Arcが勝ち筋を見つける。
だから。
自分も前へ出る。
Rainは地面を蹴った。
砕けた岩盤が弾け飛ぶ。
身体が前へ飛び出す。
熱風が頬を叩く。
白炎が視界を埋める。
それでも視線は逸らさない。
狙うのは一つ。
脈打つ白炎核だけだった。
Arcはその姿を見る。
声には出さない。
だが。
全ての準備は整えた。
Novaが隙を作った。
Siaが弱点を暴いた。
Crowが道を切り開いた。
Cainが命懸けでブレスを逸らした。
Garmが前を支え続けている。
あとは。
届かせるだけだ。
◇
Rainは白炎の中心へ飛び込んだ。
第五十二話を読んでいただきありがとうございます!
ついに火炎龍の異常な再生能力の正体、《白炎核》が判明しました。
そしてAegisは全員で道を繋ぎ、Rainが決定打を狙います。
次回は白炎核への直接攻撃。
火炎龍戦もいよいよ佳境です。
明日18時更新予定です。
引き続き応援よろしくお願いします!




