第50話 炎球
# 第50話 炎球
火炎龍の前に浮かぶ炎球を見た瞬間。
Rainは息を呑んだ。
大きい。
そんな言葉では足りない。
火炎龍の頭部と比べても遜色がない。
いや。
近くで見れば家屋ほどあるかもしれない。
圧縮された炎がゆっくりと渦を巻いている。
周囲の空気が揺らぐ。
熱で景色が歪む。
まるで小さな太陽が空に現れたようだった。
炎球が存在しているだけで戦場の温度が上がっていく。
頬が熱い。
呼吸するだけで喉が焼けそうだった。
「……嘘だろ」
Cainが呟く。
誰も笑わない。
あれが落ちればどうなるか。
全員が理解していた。
防げるかどうかの話ではない。
生き残れるかどうかの話だ。
「Arc!」
Rainが叫ぶ。
Arcは炎球を見上げた。
思考を回す。
ゲーム時代の記憶。
二十階層。
火炎龍。
そして。
上空爆撃パターン。
知っている。
何度も見た。
だが。
現実で見ると話が違う。
ゲーム画面越しでは感じなかった圧力がある。
肌を焼く熱。
空気を震わせる魔力。
生物としての恐怖。
それでも。
悠真は目を逸らさなかった。
「第二パターンか」
小さく呟く。
火炎龍が翼を広げた。
巨大な影が戦場を覆う。
黄金の瞳がAegisを見下ろしている。
次の瞬間。
炎球がゆっくりと落下を始めた。
「全員散開!」
Arcが叫ぶ。
声が飛ぶと同時。
Aegisが一斉に動いた。
Rainは上空へ。
Cainは右へ走る。
Crowは左へ飛ぶ。
NovaとSiaは後方へ下がる。
Garmだけがその場へ踏み留まった。
重盾を構える。
逃げない。
背後には仲間がいる。
だから退けない。
そして。
炎球が着弾した。
世界が白く染まった。
轟音。
爆発。
衝撃。
一瞬。
何も聞こえなくなる。
音が消えた。
視界も真っ白だった。
次の瞬間。
灼熱の爆風が全てを吹き飛ばした。
岩盤が砕ける。
溶岩が噴き出す。
巨大な炎の柱が立ち上る。
地面そのものが悲鳴を上げるように揺れた。
「っ!」
Novaが反射的に腕で顔を庇う。
《Mana Barrier》
透明な障壁が展開される。
直後。
熱波が激突した。
障壁全体が軋む。
まるで巨大な手で押し潰されているようだった。
「馬鹿でしょ!」
思わず叫ぶ。
ただのブレスじゃない。
ただの魔法でもない。
小規模な災害そのものだった。
上空。
火炎龍が咆哮する。
まるで自分の力を誇示するように。
圧倒的な強者の咆哮。
だが。
Aegisは生きていた。
「被害確認!」
悠真が叫ぶ。
「無事!」
Rain。
「問題ねぇ!」
Cain。
「生存!」
Crow。
「平気!」
Nova。
「大丈夫」
Sia。
「まだ立てる!」
Garm。
全員無事。
誰も欠けていない。
だが。
戦場は完全に姿を変えていた。
巨大なクレーター。
割れた岩盤。
流れ出した溶岩。
さっきまで平坦だった地面は跡形もない。
炎球が落ちた場所を中心に、戦場そのものが作り変えられていた。
「地形まで変えた……」
Crowが顔をしかめる。
溶岩の熱気が頬を焼く。
汗が流れる。
「ただの大技じゃないな」
Arcも頷いた。
ゲーム時代と同じ。
だが。
現実になった事で規模が桁違いだった。
もし直撃していたら。
誰一人として無事では済まなかっただろう。
「Arc!」
Rainが叫ぶ。
上空。
火炎龍が再び高度を取っている。
第二撃。
そう思った。
だが。
Arcは首を振る。
「来ない」
「え?」
「炎球の後は隙ができる」
黄金の瞳を見上げる。
巨体が僅かに鈍っている。
翼の動き。
魔力の流れ。
飛行姿勢。
全てが少しだけ乱れていた。
知っている。
この攻撃の後だけ。
火炎龍は大きな隙を晒す。
高威力。
超広範囲。
その代償。
それがこの硬直だった。
そして。
攻略会議で決めた最大の勝負所。
「今だ!」
Arcが叫ぶ。
「翼を落とす!」
Rainの口元が上がった。
「待ってました!」
怖い。
正直。
めちゃくちゃ怖い。
あんな炎を見せられた直後だ。
普通なら近付きたくもない。
だが。
同時に興奮していた。
今しかない。
この瞬間を逃せば。
火炎龍は再び空を支配する。
だから。
行く。
《ヘイスト》
暖かな光が身体を包む。
身体が軽くなる。
思考が加速する。
視界が広がる。
鼓動が速くなる。
Rainは双剣を握り直した。
空を見上げる。
巨大な翼。
巨大な龍。
巨大な恐怖。
だが。
その向こうに勝機が見えていた。
「行ってくる」
小さく呟く。
Arcが行けると言った。
なら。
行ける。
信じる理由はそれで十分だった。
Rainは空を蹴った。
身体が前へ飛び出す。
耳元で風が唸る。
熱風が頬を叩いた。
息を吸うだけで肺が熱い。
普通の探索者なら近付きたくもない。
だが。
視線は火炎龍から外れなかった。
巨大な翼。
あれを落とせば勝機が生まれる。
逆に落とせなければ。
この戦いは終わらない。
狙う場所も決まっている。
翼の付け根。
攻略会議で何度も確認した場所。
落とせる可能性がある唯一の場所。
Arcが隙を見抜く。
Novaが視線を逸らす。
Siaが傷を広げる。
Crowが死角から削る。
Garmが正面で受け止める。
Cainが体勢を崩す。
誰か一人欠けても成立しない。
だから。
最後に刃を届かせるのが自分の役目だった。
Rainはさらに加速した。
巨大。
そんな言葉では足りない。
翼一枚だけでも建物ほどある。
赤い鱗は岩盤のように重なり合い、人間の攻撃など通さないと言わんばかりの厚みを持っていた。
だが。
見えている。
狙う場所は最初から決まっていた。
翼の付け根。
飛行を支える部位。
攻略会議でArcが何度も指差した場所だった。
「Nova!」
Arcが叫ぶ。
「了解!」
Novaは杖を振り上げた。
魔力が収束する。
《Fire Ball》
炎弾が放たれた。
火炎龍へ向かって一直線に飛ぶ。
当然。
直撃するとは思っていない。
だが。
目的は別だ。
火炎龍の瞳が僅かに動く。
炎弾を視認した。
その瞬間。
《Flame Lance》
さらに炎の槍が放たれる。
二発。
三発。
連続。
顔面周辺へ殺到する。
火炎龍が翼を動かした。
風圧が発生する。
炎弾が弾かれる。
炎槍も逸れる。
だが。
それでいい。
ほんの一瞬。
火炎龍の意識がRainから外れた。
「今よ!」
「Sia!」
「見えてる」
Siaは既に弓を引いていた。
《Focus》
集中。
世界が静かになる。
熱風も。
咆哮も。
何も聞こえない。
見えるのは標的だけ。
翼。
Rainが削った傷。
Crowが広げた裂傷。
そこだけが他より脆い。
そこだけが狙える。
《Break Shot》
弦が鳴った。
放たれた矢は熱風に流されない。
真っ直ぐ。
ただ真っ直ぐに飛ぶ。
そして。
翼の傷へ突き刺さった。
火炎龍が咆哮する。
傷口がさらに広がる。
「通った」
Siaが短く呟いた。
「今だ!」
Arcが叫ぶ。
Rainが飛び込む。
火炎龍の死角。
翼の裏側。
近い。
熱い。
皮膚が焼けそうだった。
だが。
止まれない。
「届け!」
《飛燕》
身体が加速する。
双剣が閃く。
衝撃。
硬い。
腕が痺れる。
鱗が想像以上に硬い。
だが。
刃は止まらない。
Crowが裂いた傷。
Siaが通した矢。
その一点へ力を集中する。
火花が散る。
そして。
赤い鱗が一枚砕けた。
「まだ浅い!」
Rainは歯を食いしばった。
「Crow!」
「了解」
《Shadow Shift》
影が揺れる。
一瞬。
Crowの姿が消えた。
次の瞬間。
翼の裏側へ現れる。
火炎龍からは見えない。
完全な死角。
「一人でやるなよ」
短剣が走る。
狙う場所はRainと同じ。
翼の付け根。
飛行を支える筋。
裂く。
削る。
少しずつ。
本当に少しずつだ。
だが。
傷は確実に広がっている。
「通ってる!」
Crowが叫ぶ。
「もっと削れるぞ!」
地上。
火炎龍が怒り狂った。
巨大な爪が振り下ろされる。
空気が悲鳴を上げる。
「来るぞ!」
Garmが叫んだ。
《Guard Stance》
重心を落とす。
盾を前へ出す。
迎え撃つ。
激突。
轟音。
衝撃が全身を貫いた。
重い。
今まで受けたどんな攻撃より重い。
足が地面へ沈む。
岩盤が割れる。
それでも。
退かない。
後ろには仲間がいる。
だから。
退けない。
「まだだぁ!」
《Taunt》
重盾を地面へ叩きつけた。
砕けた岩が跳ねる。
魔力を込めた怒号が戦場へ響いた。
「こっち見ろぉぉぉぉ!!」
黄金の瞳が動く。
Rainではない。
Crowでもない。
火炎龍の敵意がGarmへ集中した。
「よし」
Arcが小さく呟く。
「助かる!」
Rainが叫ぶ。
その瞬間。
Cainが動いた。
《疾駆》
地面を蹴る。
一瞬で火炎龍の懐へ。
目の前には巨大な前脚。
Garmを押し潰そうとしている化物の腕。
だが。
関係ない。
「どけぇぇぇ!!」
《重閃》
大斧が振り抜かれる。
轟音。
衝撃。
火花が散る。
火炎龍の前脚が弾かれた。
巨体が僅かに傾く。
Garmへ掛かっていた圧力が消える。
◇
探索者酒場。
大型モニター前。
「削れてる!」
「翼だ!」
「本当に狙ってる!」
誰かが叫ぶ。
だが。
ベテラン探索者は首を振った。
「違う」
視線は画面のまま。
「Rainだけじゃない」
Nova。
Sia。
Crow。
Garm。
Cain。
全員の動きが繋がっている。
「Aegis全員で翼を落としてるんだ」
誰も反論しなかった。
◇
Rainは火炎龍を見上げた。
距離。
速度。
高度。
まだ足りない。
あと少し。
本当にあと少しだった。
普通なら届かない。
普通なら諦める。
だが。
Rainは笑った。
怖い。
正直。
めちゃくちゃ怖い。
でも。
Arcが道を作ってくれる。
仲間が支えてくれる。
だから。
前へ出られる。
「Arc」
「なんだ」
「落とせばいいんだよね?」
「ああ」
迷いのない返事だった。
Rainの口元が上がる。
「じゃあ落としてくる」
そして。
火炎龍へ向かって再び加速した。
Rainは加速した。
熱風が頬を叩く。
視界の先。
火炎龍の巨大な翼。
だが。
火炎龍も理解していた。
狙われている。
飛行能力を。
翼を。
だから守る。
巨大な翼が折り畳まれる。
Rainの進路を塞ぐように。
まるで巨大な城門だった。
視界が赤い鱗で埋め尽くされる。
「っ!」
Rainが舌打ちする。
予想以上に速い。
この巨体でこの反応速度。
やはり二十階層ボス。
簡単にはいかない。
だが。
止まらない。
止まれば終わる。
だから前へ出る。
「Nova!」
Arcが叫ぶ。
「分かってる!」
Novaは杖を握り締めた。
魔力が収束する。
杖先へ炎が集まる。
《Fire Ball》
炎弾が放たれる。
火炎龍の顔面へ向かう。
当然。
当たるとは思っていない。
目的は別だ。
視線。
意識。
ほんの一瞬の注意。
それだけでいい。
《Flame Lance》
続けて炎の槍。
さらにもう一発。
火炎龍の視界を埋めるように放たれる。
火炎龍が顔を振った。
翼が動く。
風圧が発生する。
炎弾が弾かれる。
炎槍も逸らされる。
だが。
その一瞬。
黄金の瞳がRainから外れた。
「今よ!」
「Sia!」
「見えてる」
Siaは既に弓を引き絞っていた。
《Focus》
集中。
周囲の音が遠ざかる。
熱風も。
咆哮も。
何も聞こえない。
見えるのは標的だけ。
翼。
Rainが削った傷。
Crowが広げた裂傷。
そこだけ色が違う。
そこだけ動きが違う。
何度も観察した。
何度も見続けた。
だから分かる。
あそこだ。
《Break Shot》
弦が鳴る。
矢が飛ぶ。
熱風に流されない。
真っ直ぐ。
迷いなく。
そして。
傷口へ吸い込まれるように突き刺さった。
火炎龍が咆哮する。
翼が大きく震えた。
傷がさらに広がる。
「通った」
Siaが短く呟いた。
「Crow!」
「了解」
《Shadow Shift》
影が揺れる。
次の瞬間。
Crowの姿が消えた。
火炎龍の死角。
翼の裏側。
そこへ現れる。
近い。
熱い。
皮膚が焼けそうだ。
だが関係ない。
短剣を振るう。
裂く。
抉る。
削る。
少しずつ。
本当に少しずつだ。
だが。
確実に深くなっている。
「Rain!」
「見えてる!」
今まで全員で作った傷。
その場所がはっきり見えていた。
地上。
火炎龍が暴れる。
巨大な爪が振り下ろされた。
空気そのものが裂ける。
「来い!」
Garmが前へ出る。
《Guard Stance》
重心を落とす。
盾を前へ。
迎え撃つ。
激突。
轟音。
衝撃が盾越しに全身へ突き抜けた。
腕が痺れる。
足が地面へ沈む。
踏み締めた岩盤が砕けた。
重い。
今まで受けたどんな攻撃より重い。
まるで山そのものが押し潰そうとしてくる。
だが。
退かない。
背後には仲間がいる。
だから退けない。
「まだまだぁ!!」
《Taunt》
重盾を地面へ叩きつける。
砕けた岩が跳ねる。
魔力を込めた怒号が熱風を押し返した。
「こっちだぁぁぁぁ!!」
黄金の瞳が動く。
Rainではない。
Crowでもない。
火炎龍の敵意がGarmへ集中した。
「助かる!」
Rainが叫ぶ。
その瞬間。
Cainが動いた。
《疾駆》
地面を蹴る。
景色が流れる。
一瞬で火炎龍の懐へ。
目の前には巨大な前脚。
Garmを押し潰そうとしている化物の腕。
人間など簡単に踏み潰せる質量。
だが。
関係ない。
「どけぇぇぇ!!」
《重閃》
全身の力を乗せる。
大斧が唸る。
轟音。
衝撃。
火花が散る。
火炎龍の前脚が弾かれた。
巨体が僅かに傾く。
体勢が崩れる。
「今だ!」
Arcが叫んだ。
Rainは火炎龍を見上げた。
届く。
今なら届く。
Novaが作った隙。
Siaが通した矢。
Crowが広げた傷。
Garmが引き付けた視線。
Cainが崩した体勢。
全部繋がっている。
誰か一人欠けていたら届かなかった。
だから。
ここで止まるわけにはいかない。
「行くよ!」
《飛燕》
身体が加速する。
熱風が後ろへ流れる。
視界が伸びる。
火炎龍の翼が目の前へ迫った。
巨大だった。
近くで見ると壁だ。
いや。
城壁に近い。
赤い鱗が何重にも重なり合っている。
普通なら斬れない。
だが。
見えた。
Crowが裂いた傷。
Siaの矢が刺さった場所。
そこだけが違う。
そこだけが弱い。
Rainは双剣を振り抜いた。
一撃。
火花が散る。
二撃。
傷が広がる。
三撃。
刃がさらに奥へ潜る。
腕が痺れる。
衝撃が返ってくる。
それでも止めない。
今まで何度も斬った。
何度も削った。
それでも火炎龍の翼は空を支えている。
だが。
今は違う。
双剣が傷口の奥へ沈んでいく。
硬い鱗を削る感触じゃない。
もっと深い。
もっと重要な場所。
翼を支える骨。
そこへ刃が届いていた。
「折れろぉぉぉ!!」
Rainは歯を食いしばった。
全身の力を込める。
押し込む。
さらに押し込む。
腕が震える。
それでも止めない。
そして。
嫌な感触が手に伝わった。
バキッ――
骨が砕ける音。
一瞬。
戦場が静まった。
次の瞬間。
火炎龍が絶叫する。
怒り。
苦痛。
憎悪。
全てが混ざった咆哮。
巨大な翼が大きく傾く。
飛行を支えていた均衡が崩れた。
◇
探索者酒場。
大型モニター前。
「入った!!」
「翼だ!」
「折れたぞ!!」
歓声が爆発する。
誰も座っていない。
全員が立ち上がっていた。
『うおおおおお!!』
『Rainやった!!』
『落ちるぞ!!』
『本当に落とした!!』
コメントが一気に流れる。
◇
協会監視室。
「翼損傷確認!」
「高度低下!」
「飛行維持できません!」
職員達が叫ぶ。
モニターの中。
火炎龍の巨体が傾いていた。
◇
上空。
火炎龍は翼を大きく羽ばたかせた。
落下を止めようとする。
だが。
右の翼が持ち上がらない。
骨が砕けている。
力が入らない。
何度羽ばたいても傾きは戻らない。
巨大な身体が大きく揺れた。
飛べない。
支えられない。
そして。
落ちる。
ゆっくり。
だが確実に。
火炎龍は地上へ墜落を始めた。
Arcはその姿を見上げる。
予定通り。
だが。
まだ終わりじゃない。
むしろここからだ。
空を支配していた龍が。
ようやく地上へ降りてくる。
「全員!」
Arcの声が響く。
「地上戦に移行する!」
火炎龍が落ちる。
大地へ。
Aegisの待つ戦場へ。
そして。
決戦の第二幕が始まろうとしていた。
第五十話を読んでいただきありがとうございます!
今回は火炎龍の大技《炎球》と、Aegis総力戦による翼破壊回でした。
Rainだけでなく、Nova、Sia、Crow、Garm、Cain、そしてArcの支援が繋がって初めて届いた一撃です。
次回はついに地上戦。
空を失った火炎龍に、Aegisがどう攻め込むのか。
面白かったらブックマーク、評価、感想をいただけると励みになります!
次回もよろしくお願いします。




