第四話 最強ギルドの初陣
#第四話 最強ギルドの初陣
東京ダンジョンゲート前。
そこは既に異様な熱気に包まれていた。
黒い巨大な塔。
空を貫くように伸びるその姿を、無数の人々が見上げている。
規制線。
警察。
自衛隊。
報道ヘリ。
避難誘導のアナウンス。
絶えず鳴り続けるサイレン。
ローター音が空気を震わせる。
駅前の大型モニターでは、世界各地の緊急中継が流れ続けていた。
『ニューヨーク第三区画にてモンスター出現――』
『ロンドン地下ゲート周辺で死傷者多数――』
『韓国政府、探索者制度の仮設導入を発表――』
画面が切り替わるたび、
悲鳴と怒号が流れ込んでくる。
炎上した海外ゲート。
崩れた車列。
横転した軍用車両。
泣き叫ぶ群衆。
その全てが、“現実”だった。
昨日までは。
ログアウトすれば終わる世界だった。
だが、もう違う。
「今から東京ゲート突入しまーす!」
スマホを掲げた配信者が、
笑いながらカメラへ手を振っている。
コメント欄が高速で流れていた。
『うおおおお』
『死ぬなよ』
『職業ガチャきた』
『レア職引け!!』
その少し後ろでは。
担架で運ばれる負傷者がいた。
血の付いた毛布。
泣き崩れる女。
怒鳴る救急隊員。
「下がってください! 道を開けて!!」
救急車のサイレンが近付く。
湿った風と一緒に、
鉄臭い匂いが流れてきた。
人々のざわめきが、一瞬だけ静まる。
だが。
数秒後には、
またスマホを向ける人間が増え始める。
「……すげぇな」
Garmが呆れたように呟いた。
「完全に終末じゃん」
「なのに、妙に人が多い」
Novaが冷めた声で返す。
規制線の周囲には野次馬が溢れていた。
恐怖より好奇心が勝っている。
いや。
恐怖を、まだ理解し切れていない。
昨日まで普通の学生だった人間が、
今日には“探索者”になれる。
その現実が、
まだイベント感覚のままなのだ。
駅前では、
泣きながら電話を掛け続けている男がいた。
『だから帰って来いって言ってんだろ!!』
怒鳴り声。
震える声。
通話が途中で途切れる。
「……また通信落ちた」
近くのサラリーマンが、
苛立ったようにスマホを叩く。
回線が重い。
SNSも遅延している。
世界中が一斉に情報を流し始めたせいだ。
悠真のスマホも、
通知が止まらなかった。
《ゴブリン討伐動画》
《職業ランキングまとめ》
《探索者スレPart84》
《東京ゲート生配信》
新着通知が次々と流れていく。
その中には、
海外の死亡映像まで混ざっていた。
逃げ遅れた探索者。
崩れた隊列。
悲鳴。
動画は途中で終わっている。
再生数だけが異様な速度で増えていた。
悠真は無言で画面を閉じた。
横では、
ゲートから戻ってきた探索者たちが座り込んでいた。
服は泥だらけ。
肩で息をしている。
中には、
まともに立てていない者もいた。
「水……」
掠れた声。
それを聞いた救護班が慌てて駆け寄る。
自衛隊員たちの表情にも疲労が滲んでいた。
目の下の隈。
乾いた唇。
擦り傷だらけの盾。
その盾には、
深い爪痕が残っている。
既に何度も突入しているのだろう。
だが。
“戦い方”を知らない。
それが悠真には分かった。
初心者ほど、
敵しか見ない。
だが本当に重要なのは、
隊列。
位置。
ヘイト。
消耗。
崩れる時は、一瞬だ。
そして現実では。
その“一瞬”が死になる。
ゲート近くでは、
帰ろうとしている探索者たちもいた。
「やっぱ無理だって……」
「ゴブリンとか聞いてねぇよ……」
「ゲームと違う……血が……」
顔色は真っ青だった。
手が震えている。
装備を外しながら泣いている者までいる。
それを見て、
野次馬たちはまた騒ぎ始める。
『逃げてきたんか?』
『マジで危ないの?』
『配信切れた人どうなった?』
現実感が、まだ薄い。
大型イベントみたいな空気すら混ざっていた。
だが。
ゲート前だけは違う。
そこだけ、
不自然なくらい静かだった。
冷気が流れ出している。
重い。
圧迫感。
ゲームでは感じなかった“死の気配”。
誰も、
すぐにはゲートへ近付こうとしない。
自衛隊員ですら、
無意識に距離を取っていた。
その時。
また救急車のサイレンが鳴った。
担架が運ばれていく。
毛布の隙間から見えた腕は、
不自然な方向へ曲がっていた。
Rainの視線が、一瞬だけ止まる。
そして。
無意識に短剣を握り直した。
指先が、
小さく柄を叩いている。
癖だった。
緊張すると、いつもそうなる。
喉の奥が少しだけ乾く。
Garmも黙ってゲートを見上げていた。
その横顔から、
いつもの軽さが少し消えている。
考え込む時、
僅かに首を鳴らす癖も昔のままだった。
Novaは静かに周囲を観察していた。
人の流れ。
探索者の装備。
自衛隊の動き。
視線だけが忙しく動いている。
無意識に、
眼鏡の位置を指で直した。
癖みたいなものだった。
Crowだけは、
既に暗闇の奥を見ているみたいだった。
相変わらず足音が無い。
気配も薄い。
いつからそこにいたのか、
周囲の誰も気付いていない。
悠真は小さく息を吐く。
恐怖はある。
だが。
思考だけは止まらない。
どこで崩れるか。
誰が最初に死ぬか。
どの構成が生き残るか。
恐怖より先に、
PTバランスを計算してしまう。
ゲーム廃人の悪い癖だった。
「……全員いるな」
悠真が言う。
短い確認。
だが。
その瞬間だけ、
《Aegis》の空気が切り替わった。
周囲が騒がしい中、
《Aegis》だけが妙に静かだった。
誰も無駄に喋らない。
誰も緊張を口にしない。
確認する必要もない。
昔から、
そうやって戦ってきた。
「Garmは《重騎士》ルート前提」
「了解」
「Rainは《斥候》」
「双剣士は?」
「死ぬ」
「はいはい」
「Novaは後衛固定」
「当然」
短いやり取り。
だが。
立ち位置だけで、
既に隊列が完成している。
Garmが前。
Crowが半歩後ろ。
Rainが側面。
Novaが射線を確保。
悠真は中央。
何千時間も繰り返した配置だった。
Rainが少し前へ出る。
それだけで、
悠真は回復位置を微調整していた。
視線が合う。
それだけで十分だった。
誰も指示しない。
それでも噛み合う。
固定PT。
長年積み重ねた癖は、
現実になっても消えなかった。
その時。
空へ巨大な警告音が響いた。
《CURRENT DEEPEST FLOOR》
《Depth:3》
周囲がざわつく。
「もう三階層!?」
「早くないか!?」
「どこのPTだ!?」
悠真は目を細めた。
もう上位勢が動いている。
恐怖より先に、
攻略を始めている連中がいる。
自分たちと同じように。
「行くぞ」
短い一言。
それだけで、
全員の呼吸が揃った。
規制線を越え、
《Aegis》はゲートへ歩き出す。
アスファルトを踏む足音だけが、
妙に大きく聞こえた。
周囲の視線が集まる。
「おい、あいつら入る気か?」
「まだ危険だろ……」
「配信してる!?」
誰かがスマホを向ける。
だが、
《Aegis》は止まらない。
ゲート直前。
空気が変わる。
周囲の喧騒が、
少しずつ遠くなっていく。
冷たい空気だけが、
ゆっくりと流れ出していた。
重い。
圧迫感。
ゲームでは感じなかった“死の気配”。
誰も喋らない。
ヘリの音すら遠い。
ただ、
ゲートから流れ出す冷気だけが肌を撫でていた。
Rainの足が、
一瞬だけ止まる。
誰も急かさない。
無言のまま、
悠真は前を見る。
もしここで死ねば、
二度と帰れない。
リスポーンは無い。
Garmの呼吸はまだ安定している。
緊張はある。
だが身体は硬くなっていない。
悠真には、それが分かった。
ヒーラーだからだ。
「怖かったら戻っていい」
悠真が言う。
「今さら」
Rainが笑った。
だが、
その笑顔は少し硬い。
「ここまで来て逃げる方が後悔する」
「同感だ」
Garmが前へ出る。
「どうせなら世界最速攻略狙おうぜ」
「お前は昔からそういう奴だったな」
悠真は少しだけ笑った。
そして。
《Aegis》はダンジョンへ足を踏み入れた。
視界が暗転する。
次の瞬間。
湿った冷気が肺へ入り込んできた。
石壁から滴る水音。
鼻を刺す、生臭い匂い。
薄暗い通路。
遠くから響く低い唸り声。
ゲームでは、
匂いまでは再現されていなかった。
青白い魔力光が、
湿った石壁を照らしている。
影が揺れる。
暗闇が呼吸しているみたいだった。
「……うわ、本当に同じだ」
「違和感やばいな」
Rainが周囲を見回す。
Novaは既に壁材質を観察していた。
Crowは無言で奥を見ている。
Garmは自然と前へ出ていた。
誰も指示しない。
それでも配置だけは完成している。
確認する必要がない。
昔から、
そうやって戦ってきた。
その時。
暗闇の奥で何かが動いた。
軽い足音。
一つ。
二つ。
三つ。
小柄な影。
緑色の皮膚。
錆びた短剣。
《ゴブリン》
少し後方にいた一般探索者たちが悲鳴を上げる。
「出たぁっ!?」
「やばっ、来る!!」
隊列が崩れる。
後衛が前へ出る。
初心者ほど、
敵しか見ない。
前衛が一歩下がる。
その瞬間。
後衛の悲鳴が響いた。
ヘイトが流れたのだ。
だが。
「Garm、前」
「おう」
ゴブリンが動くより先に、
Garmは盾を上げていた。
鈍い金属音。
完璧な位置。
モンスターの視線が即座に固定される。
「Rain、右」
「了解」
Rainが側面へ回る。
軽い。
足音がほとんどしない。
Rainが少し前へ出た瞬間。
悠真は既に回復の準備を終えていた。
「Nova、まだ撃つな」
「分かってる」
Novaは撃たない。
ギリギリまで待つ。
ヘイトが完全に固定される瞬間を。
射線を塞がない位置まで、
静かに下がる。
誰も大声を出さない。
Garmが受ける。
Rainが回る。
Novaが待つ。
Arcが見る。
それだけで戦闘は形になった。
ゴブリンの足音が近付く。
呼吸音。
低い唸り声。
その瞬間だけ、
通路の空気が張り詰めた。
「今」
火球。
閃光。
悲鳴。
Rainの短剣が喉を裂く。
一体撃破。
さらに二体。
三体。
無駄が無い。
スキルを乱発しない。
囲まれない。
射線を塞がない。
ヘイトがぶれない。
誰も無駄に動かない。
一歩ですら、
意味があった。
後ろでは初心者PTがスキルを連打している。
呼吸が乱れている。
隊列も崩れていた。
悠真には、それがすぐ分かった。
Rainの呼吸が、
少しだけ速くなる。
だがまだ崩れない。
Garmも耐えている。
だから悠真は回復を撃たない。
温存。
それも攻略だった。
「な、なんだあいつら……」
「動きおかしくないか?」
「軍隊より強くね……?」
当然だった。
《Aegis》は。
世界で唯一、
100階層を踏破したギルドなのだから。
その時。
空に浮かぶ巨大ウィンドウが変化する。
《CURRENT DEEPEST FLOOR》
Party:
《Aegis》
世界中の空へ。
その名が映し出された。
誰かが息を呑む。
誰かがスマホを向ける。
誰かが、その名前を検索し始める。
昨日までゲーム内の名前だったものが、
今は現実の空へ映っていた。
「……始まったな」
悠真は静かに呟く。
昨日、
終わったはずの攻略。
その続きを。
今、
現実で始めている。
だが、その直後だった。
暗闇の奥。
何かが動いた。
ゴブリンではない。
もっと大きい。
もっと重い。
悠真の思考が、一瞬だけ止まる。
足音が違う。
ゴブリンじゃない。
デプクロの知識に無い。
その事実だけで、
悠真の背筋が冷えた。
低い唸り声が響く。
空気が変わる。
Garmが無言で前へ出る。
Rainの視線が暗闇へ固定される。
Novaがゆっくり杖を構えた。
誰も喋らない。
滴る水音だけが、
静かな通路へ響いていた。
暗闇の奥から。
何かが、
こちらを見ていた。
読んでいただきありがとうございます。
次回は《Aegis》の本格的なダンジョン攻略が始まります。
一般探索者とは違う、“最前線ギルド”の戦い方を書いていけたらと思っています。




