第3話 《Aegis》再集合
#第3話 《Aegis》再集合
通知音が止まらない。
神代悠真はソファへ腰掛けながら、鳴り続けるスマホ画面を見つめていた。
《Aegis》
長い間動いていなかったグループチャット。
そこへ次々とメッセージが流れていく。
『おいマジなのかこれ!?』
『ニュースやばいんだけど』
『職業選択って何!?』
『完全にデプクロじゃん』
『空の画面見た? あれ深層投影じゃない?』
Garm。
Nova。
Rain。
Dwarf。
懐かしい名前が並ぶ。
昨夜、サービス終了したばかりだというのに。
まるで続きを始めるみたいだった。
昨日は、別れの挨拶をした。
またどこかで。
そう言って、通話を切った。
ゲームは終わった。
そのはずだった。
なのに。
今、その全員が再び同じ場所へ集まろうとしている。
窓の外では、サイレンが鳴り続けていた。
救急車。
パトカー。
低く響くヘリの音。
道路には避難する人の列まで見える。
コンビニ前では、水の箱を抱えた男たちが怒鳴り合っていた。
駅前の大型モニターでは、避難指示が繰り返し流れている。
『不要不急の外出を控えてください――』
そんなアナウンスが、何度も街へ響いていた。
ニュースでは、世界各地のダンジョン映像。
SNSでは、“覚醒”動画。
配信サイトでは、ダンジョン突入配信。
世界は確実に壊れ始めていた。
だが。
悠真の頭は、もう攻略モードへ切り替わっていた。
恐怖はある。
それでも。
頭の方が先に、攻略情報を整理し始めてしまう。
それが、長年最前線にいた攻略勢の悪い癖だった。
恐怖より先に。
PT構成と、生存率を考えてしまう。
『とりあえずVC来れる奴いるか?』
悠真が送信すると、数秒で通話通知が鳴り始めた。
『あー……聞こえる?』
『お前マイク近いって』
『いやこれスマホなんだよ』
『飲み物取ってくる』
『お前こんな時に!?』
『喉乾くだろ』
小さく笑いが起きる。
『お、Arcだ』
『なんか昨日ぶりって感じしないな』
『現実感無さすぎるのよ』
『いや、昨日ぶりではあるだろ』
『そういう話じゃないでしょ』
次々とメンバーが入ってくる。
久しぶりのはずなのに、不思議といつもの空気だった。
VC越しの息遣い。
小さなノイズ。
被る声。
誰かが椅子へ座る音。
缶を開ける音。
キーボードを叩く音。
それだけで、誰がどんな顔をしているか何となく分かる。
何百時間も組んできた。
だから、声だけで十分だった。
顔は知らない。
だが。
戦い方だけは知っている。
Garmはギリギリまで前へ出る。
Novaは火力を通すために立ち位置へ異常にこだわる。
Rainは指示される前に動く。
Dwarfは戦闘中でも装備耐久を気にする。
そして悠真は。
誰が最初に死ぬかを考えてしまう。
ヒーラーは、PTが壊れる瞬間を一番近くで見る。
だから。
限界が来る前に分かってしまう。
誰の集中が切れているか。
誰の動きが鈍いか。
誰が次に落ちるか。
昨日と違うものがあるとすれば。
画面越しに、人が死んでいたことだった。
これはもう、ゲームではない。
「全員ニュース見たか?」
『見た』
『というか世界中それ一色だろ』
『SNSも配信も全部ダンジョンだよ』
Rainが少し興奮した声で言う。
『でもさ、職業とかスキルとか、本当にデプクロと同じなんだよね?』
「ああ」
悠真は短く答える。
「多分、かなりの部分が一致してる」
『……かなり?』
Novaがすぐに反応した。
『完全一致じゃないの?』
「ゲームと完全に同じなら、まだ対処できる」
悠真は窓の外を見る。
遠くに見える黒い塔。
空間そのものを歪める異形の建造物。
「問題は、どこまで現実側に変化しているかだ」
少しだけVCが静かになる。
誰もすぐには喋らなかった。
皆、理解している。
もし本当に《デプクロ》なら。
これはただの異常現象じゃない。
世界そのものが変わる。
『……Arc』
Novaが低い声で口を開く。
『最悪、どこまで起こると思う?』
悠真は数秒黙った。
怖い。
だが。
考えるのを止められなかった。
「第五階層から死人が増える」
空気が固まる。
「第十階層は初心者の壁だ」
『は?』
「階層主がいる可能性が高い。一定階層以降はレイド級モンスターも出る」
『待て待て待て』
Garmが慌てた声を出す。
『それってつまり、放置したら国が終わるレベルってことか?』
「可能性は高い」
ゲームなら笑って済んだ。
だが今は違う。
人が死んでいる。
実際に。
『……いや、でも人死んでるんだぞ』
Dwarfが低く呟く。
『現実なんだよな、これ』
VCが静まり返る。
誰も、すぐには返事をしなかった。
次に死ぬのは、自分たちかもしれない。
その現実を、全員が理解していた。
それでも。
誰一人として通話を切らなかった。
「銃が効かないわけじゃない」
悠真はテレビで見た映像を思い出す。
ゴブリン程度で崩壊した調査隊。
あれは単純な戦力不足じゃない。
「ただ、それだけで攻略できる世界じゃない」
『知識がないから?』
「ああ」
悠真は頷く。
「モンスターとの戦い方を知らない。ヘイトも、間合いも、動きの癖も、危険行動も理解してない」
前衛がどこまで下がるべきか。
どこでヘイトが飛ぶか。
どのタイミングで崩壊するか。
攻略勢には、見えてしまう。
映像を見ただけで、全滅する流れが分かる。
それが最前線組だった。
『ヘイトってそんな大事なの?』
Rainが聞く。
「大事とかじゃない」
悠真は即答した。
「知らないと死ぬ」
その一言で、誰も軽口を叩かなくなる。
一般人は、まだ“ゲームっぽい何か”として見ている。
レベルを上げれば勝てる。
強いスキルを取れば何とかなる。
そう思っている。
だが攻略組は違う。
構成、連携、消耗。
そのどれか一つ欠けるだけで、PTは簡単に崩壊する。
《デプクロ》は、そういうゲームだった。
「逆に言えば、デプクロ経験者ならかなり有利になる」
『だからArcは私たち呼んだの?』
Rainの言葉に、悠真は頷いた。
「ああ」
そして静かに続ける。
「多分、俺たちしか知らない」
「この世界で、ダンジョンの攻略法を」
その言葉で、VCの空気が変わった。
皆、廃人だった。
何千時間もデプクロを攻略してきた。
ただゲームが好きだっただけだ。
だが。
その知識が現実で必要とされている。
知っている。
だからこそ、この先がどれだけ危険か分かってしまう。
深層。
その言葉を思い浮かべるだけで、悠真の思考は少し重くなる。
《Depth:101》
あれが本当に存在しているなら。
ゲーム知識だけでは、辿り着けない。
100階層で終わる。
それは攻略勢全員の共通認識だった。
なのに。
101階層が存在している。
VCが少し静かになる。
誰も、その先の話をしたがらなかった。
『……やるか』
最初に言ったのはGarmだった。
『どうせ放っておいても気になるしな』
その声に、少しだけ迷いが混じっていた。
だが。
逃げるつもりはない。
『私は元々行くつもりだった』
Rainが笑う。
『……怖いけど、ロマンあるじゃん』
『死ぬぞお前』
『分かってるよ』
Rainの声が、少しだけ静かになる。
『でも、一人で行くよりはマシでしょ』
その言葉に。
悠真は少しだけ肩の力が抜けた。
昔からそうだった。
重くなりかけた空気を、Rainが少し軽くする。
『俺は行く』
Garmが言う。
『なら前は俺が持つ』
その言葉に、悠真は少しだけ懐かしさを覚えた。
昔から。
Garmはそうだった。
誰より前に出る。
回復が飛んでくる前提で。
『私は火力ね』
Novaが続く。
『正直怖いけど、知らない奴らに任せる方がもっと怖い』
『国家単位でも情報共有間に合わないわね』
Novaが冷静に呟く。
『しかも多分、トップ層の知識共有が必須』
『生産職も必要だろ』
Dwarfが低く言う。
『素材が本物なら、装備も変わるぞ』
『現実素材とか最高じゃねぇか』
『そこワクワクしてんのかよ』
『職人だからな』
少しだけ笑いが起きる。
だが。
全員の奥底には緊張があった。
久しぶりなのに、誰一人として距離を感じなかった。
指示はいらない。
昔から、そういうPTだった。
その時だった。
『おい、見ろ』
Novaの声。
『空の映像変わった』
悠真は窓の外を見る。
空中へ投影された巨大ウィンドウ。
《CURRENT DEEPEST FLOOR》
《Depth:2》
探索者パーティが映し出されていた。
一般人には分からない。
だが。
悠真は目を細める。
「……いや」
『え?』
「この動き」
前衛が一歩前へ出る。
モンスターの注意を固定。
後衛との距離を調整。
壁際へ誘導。
そして。
最短タイミングで放たれる魔法。
無駄がない。
映像の連携には、一切の淀みがなかった。
だからこそ。
悠真には分かってしまう。
『おい待て』
Garmの声が低くなる。
『まさか……』
悠真は映像を見つめる。
嫌というほど見てきた動きだった。
最前線で。
何度も。
何度も。
見てきた連携。
「……《Fenrir》だ」
VCが静まり返った。
『あの軍隊ギルドか』
『世界二位の』
『おいおいマジかよ』
《Fenrir》。
《Aegis》が唯一、最後まで警戒し続けた攻略ギルド。
何度も負けかけた。
だからこそ、一番よく知っている。
『ってことは』
Rainが楽しそうに笑う。
『他の廃人勢も気付いてるんだ』
「ああ」
悠真は静かに頷く。
「俺たちだけじゃない」
既に攻略は始まっている。
そして。
この世界の最前線を巡る戦いも。
《Aegis》が動く。
それはかつて、最前線を知る者たちにとって一つの合図だった。
『なら急いだ方がいいな』
Garmが立ち上がる音が聞こえた。
『集合場所どうする?』
「東京ゲート前」
『了解』
『やっとリアルで会えるのか』
『Rainが本当に女か確認しないとな』
『お前絶対最初それ言うと思った』
『というか、全員ちゃんと来れるの?』
Novaが現実的な声で聞く。
「無理なら無理でいい」
悠真は即答した。
「強制じゃない」
少しだけ沈黙が落ちる。
これはゲームの集合ではない。
ログインすれば済む話じゃない。
現実で、危険地帯に向かう。
『……行くわよ』
Novaが言った。
『ここで行かなかったら、多分ずっと後悔する』
『同感』
Garmが短く返す。
『俺も行く』
Dwarfも続いた。
『俺の装備が通用するか見てぇしな』
『理由そこ?』
『重要だろ』
Rainが明るく笑った。
『じゃ、集合ね』
『Aegis、リアル初オフ会がダンジョン前ってヤバすぎない?』
『普通に最悪だな』
『でもちょっと私たちらしい』
VCに笑い声が戻る。
だがその奥には、緊張があった。
ゲームではない。
死ぬ。
現実だ。
それでも。
誰一人として、行かないとは言わなかった。
昨日までは、ゲームの話だった。
電源を落とせば終わりだった。
だが、もう違う。
ログアウトは出来ない。
悠真は静かに立ち上がる。
窓の外。
巨大なダンジョンゲートが、東京の空を歪めていた。
昨日、終わったはずの攻略。
その続きを。
悠真たちは現実で始めようとしていた。
恐怖は消えていない。
だが。
止まっている方が、もっと怖かった。
悠真はスマホを握り直す。
そして。
攻略者として、前を向いた。
「――《Aegis》、攻略開始だ」
読んでいただきありがとうございます。
次回から《Aegis》のメンバーたちが合流し、いよいよ現実のダンジョン攻略が始まります。
デプクロ時代のライバルギルドたちも少しずつ登場予定です。




