第43話 休養日
# 第43話 休養日
翌日。
横浜探索者協会。
医療棟。
「いてぇ」
Rainが顔をしかめた。
看護師が腕へ治療薬を塗り込んでいる。
「我慢してください」
「Heat侵食ってこんな残るのかよ」
「十五階層ですからね」
看護師が呆れたように答える。
「むしろ軽い方です」
「軽いのかよ……」
Rainは天井を見上げた。
周囲にはAegisの面々もいる。
Garmは腕へ包帯を巻かれていた。
灼熱巨人の拳。
何度も受け続けた代償だった。
腕の感覚はまだ鈍い。
盾を握れる。
だが。
完全回復には程遠かった。
Novaは椅子へ座ったまま項垂れている。
「魔力枯渇です」
白衣の女性職員が言った。
「最低でも一日は休んでください」
「一日でいいのか……」
Novaの声に力が無い。
「本音を言うと三日欲しいです」
「三日も休んだら攻略遅れるだろ」
「だから探索者は無茶をするんです」
職員が呆れたように返した。
少しだけ笑いが起きる。
その時。
診察室の扉が開いた。
黒崎だった。
横浜支部長。
全員の視線が集まる。
「全員聞け」
黒崎が言う。
空気が変わった。
「予定通り、今日は休養日だ」
「やっぱりか」
Rainが椅子へ身体を預ける。
「当然だ」
黒崎は呆れたように言った。
「十五階層攻略直後だぞ」
「でも十六階層気になるし」
「気になるのは分かる」
黒崎は苦笑した。
「だが今のお前たちを潜らせる気は無い」
Garmの包帯。
Novaの顔色。
Crowの火傷。
Rainの疲労。
全員を見渡す。
「明日は休め」
誰も反論しなかった。
流石に限界だった。
◇
検査終了後。
Aegis専用ラウンジ。
「で」
Rainがソファへ寝転がる。
「結局どうだったんだ?」
「何が?」
「配信だよ」
その瞬間。
Siaがタブレットを差し出した。
「見ます?」
「お」
Rainが画面を覗き込む。
コメント欄。
再生数。
切り抜き。
数字が並んでいる。
「うわ」
Rainが固まった。
「増えすぎだろ」
十五階層攻略。
二体同時ボス。
灼熱巨人。
溶岩土龍。
SNSもニュースもその話題で埋まっていた。
「協会公式の同接も更新してます」
Siaが言う。
「二体同時ボス戦から一気に伸びました」
「まぁあれはな」
Cainが笑う。
「俺でも無理だと思った」
「お前が言うな」
Rainが即座に返した。
その横で。
Crowは静かに画面を見ていた。
自分が映っている。
溶岩土龍を誘導する場面。
ギリギリで避ける場面。
コメントが流れる。
『避け方おかしい』
『人間じゃない』
『Crow視点欲しい』
『どうやって避けてるんだ』
Crowは無言で画面を閉じた。
「Crow人気じゃん」
「別に」
興味無さそうに答える。
だが。
耳だけ少し赤かった。
◇
一方。
Arcは別室にいた。
休んでいない。
机の上。
資料。
映像。
ログ。
十五階層の戦闘記録が並んでいた。
Heat流動。
敵行動。
侵食速度。
全部を整理している。
既に意識は次だった。
十六階層。
Depth Chronicleにも存在した。
だが。
現実では既に大きく変質している可能性が高い。
ゲーム知識が通用する保証は無い。
だからこそ。
情報が必要だった。
Arcは映像を止める。
灼熱巨人。
胸部。
赤熱した核。
最後に見つけた違和感。
「……やっぱり」
小さく呟く。
まだ確信じゃない。
だが。
攻略へ繋がる何かが見えている。
その時。
扉が開いた。
「やっぱりここにいた」
Rainだった。
「休めって言われただろ」
「休んでる」
「嘘つけ」
即答だった。
Arcは少しだけ笑う。
Rainはため息を吐く。
「お前さ」
「ん?」
「十五階層終わったばっかだぞ」
「知ってる」
「普通は休むんだよ」
「明日は休む」
「今日じゃねぇか」
Rainは頭を抱えた。
やっぱり。
この男はどこか壊れている。
だが。
その壊れ方のおかげで。
ここまで来られたのも事実だった。
Rainはソファへ腰を下ろす。
「で」
「十六階層どう思う?」
その瞬間。
Arcの目が変わった。
休養日。
そのはずだった。
だが。
Aegisの攻略は。
既に次へ向かって動き始めていた。
共同ホール。
夕方。
Aegisの面々は長机を囲んでいた。
久しぶりだった。
戦闘の無い時間。
十五階層攻略。
溶岩土龍。
灼熱巨人。
二体同時ボス。
あの死線を越えてから一日。
身体は休んでいる。
だが。
頭の中はまだダンジョンだった。
机の上には協会資料。
タブレット。
地図。
報告書。
十六階層に関する情報が並んでいる。
だが。
内容は薄かった。
「本当に何も無いな」
Cainが言う。
タブレットを眺めながら眉をひそめた。
「到達記録無し」
Siaが読む。
「探索映像無し」
Novaも続ける。
「攻略情報無し」
Crowが短く言った。
沈黙。
十五階層までは違った。
攻略記録。
過去映像。
世界中の探索者が残した情報。
参考資料が存在した。
だが。
十六階層からは違う。
前例が無い。
未知。
それが大きかった。
「完全に未知って訳でもないけどな」
Rainが言う。
視線がArcへ向く。
Depth Chronicle。
百階層まで攻略されたゲーム。
Aegis全員が知っている。
十六階層も例外ではない。
Arcが頷いた。
「参考にはなる」
短く答える。
「ただし」
そこで言葉を切る。
全員が続きを待った。
「現実はゲームと違う」
静かな声だった。
だが。
誰も反論しない。
灼熱巨人。
溶岩土龍。
Heat濃度。
行動パターン。
環境変化。
全部。
ゲームと同じではなかった。
「ゲーム通りだったら楽なんだけどな」
Rainが苦笑する。
「ゲーム通りだった階層の方が少ない」
Crowが返した。
「確かに」
Novaも頷く。
「参考資料としては最強」
Siaが言う。
「でも正解じゃない」
Arcが続けた。
それが現実だった。
ゲーム知識は武器。
だが。
答えではない。
だから。
十六階層も見てから判断するしかない。
「結局」
Cainが笑う。
「行ってみないと分からねぇな」
いつも通りだった。
◇
「そういや」
Rainが椅子へもたれた。
「レベル確認したか?」
その一言で空気が変わる。
「あー」
「まだだな」
「そういえば見てない」
それぞれがステータスを開く。
半透明のウィンドウが浮かび上がった。
十五階層。
二体同時ボス。
経験値量は大きかった。
全員が期待している。
「お」
Cainが最初に声を上げた。
「来てるな」
Rainも頷く。
レベル欄。
全員同じだった。
Arc
Lv30
HP 720
MP 980
STR 85
VIT 120
AGI 135
INT 220
MND 260
スキル
《Heal》
《High Heal》
《Area Heal》
《Regene》
《Cure》
《Refresh》
《Haste》
《Protection》
《Barrier》
《Holy Lance》
Cain
Lv30
HP 1050
MP 180
STR 250
VIT 180
AGI 150
INT 40
MND 60
スキル
《瞬撃》
《破断》
《重閃》
《疾駆》
《闘身》
《裂崩》
Rain
Lv30
HP 760
MP 220
STR 170
VIT 120
AGI 260
INT 60
MND 80
スキル
《Twin Edge Lv4》
《Quick Step Lv1》
《Accel Edge Lv1》
《Cross Edge Lv2》
《残影》
Crow
Lv30
HP 820
MP 260
STR 160
VIT 170
AGI 240
INT 80
MND 110
スキル
《幻影 Lv1》
《Dark Guard Lv1》
《Shadow Edge Lv1》
《Back Raid Lv1》
《Silent Step Lv1》
Garm
Lv30
HP 1250
MP 120
STR 180
VIT 280
AGI 70
INT 30
MND 90
スキル
《Taunt Lv2》
《War Cry Lv1》
《Guard Stance Lv2》
《Shield Bash Lv1》
《Fortress Lv1》
《Cover Lv1》
Nova
Lv30
HP 600
MP 1100
STR 40
VIT 90
AGI 120
INT 290
MND 180
スキル
《Fire Ball》
《Explosion》
《Lightning》
《Multi Cast Lv1》
《Mana Burst Lv1》
Sia
Lv30
HP 720
MP 300
STR 170
VIT 110
AGI 220
INT 70
MND 120
スキル
《Break Shot Lv1》
《Arrow Rain Lv1》
《Arrow Vision Lv1》
《Focus Lv2》
《Multi Shot Lv1》
《Quick Draw Lv1》
「三十か」
Cainが笑う。
「節目だな」
Novaも頷いた。
その時だった。
全員の画面へ同時に通知が表示される。
《NEW Skill Unlocked》
一瞬。
全員の視線が止まった。
「来た」
Rainが笑う。
「三十スキルだ」
Depth Chronicle時代。
Lv30は最初の大きな転機だった。
新しい戦い方。
新しい役割。
上位スキル。
ここから一気に強くなる。
全員が画面を開いた。
「俺は……」
Cainが確認する。
【NEW Skill】
《Crush Break》
「お」
Cainが笑う。
「単体火力か」
「お前らしいな」
Crowが言った。
Rainも確認する。
【NEW Skill】
《Flash Step》
「絶対強い」
即答だった。
「お前は速さしか考えてないだろ」
Novaが呆れる。
Crowも確認した。
【NEW Skill】
《Phantom》
「分身系か」
「嫌な予感しかしない」
Cainが即答する。
Garm。
【NEW Skill】
《Iron Wall》
「防御系だな」
「ありがたい」
短く頷いた。
Nova。
【NEW Skill】
《Flare Burst》
「火力枠か」
満足そうだった。
Sia。
【NEW Skill】
《Weak Point》
「弱点看破」
Siaの目が細くなる。
「使えそうですね」
そして。
最後。
RainがArcを見る。
「Arcは?」
全員の視線が集まった。
Arcが画面を確認する。
そして。
短く答えた。
「Fly」
一瞬。
全員の動きが止まった。
「Flyか」
Novaが呟く。
「高位支援職ですね」
Siaが頷いた。
「出るとは思ってた」
Crowも言う。
Fly。
Depth Chronicle時代。
高位支援職専用スキル。
単純な飛行ではない。
空中機動。
位置取り。
視界確保。
支援範囲拡張。
上位支援職の象徴とも言えるスキルだった。
だから。
誰も驚いていない。
ただ一人を除いて。
Rainだけが吹き出した。
「ははっ」
肩を震わせる。
「出来るじゃん」
「何が」
Arcが聞く。
Rainは自分を指差した。
「俺」
次にArcを指差す。
「Fly」
さらに自分の画面を指差す。
「Flash Step」
一瞬。
全員が理解した。
「あー……」
Crowが顔を押さえた。
「絶対ろくな事にならない」
「何でだよ」
「お前が加速するからだ」
Siaが即答する。
「しかも空飛ぶ」
Novaも続けた。
「着地出来るのか?」
Cainが笑う。
「出来るだろ」
「出来ない」
Crow。
「出来ないですね」
Sia。
「出来ないな」
Nova。
「出来ねぇな」
Cain。
満場一致だった。
「ひどくない?」
Rainが笑う。
「まだ使ってもいないんだけど」
「使う前から危険なんだよ」
Crowが言った。
Rainは全く気にしていない。
むしろ楽しそうだった。
「でもさ」
Rainが身を乗り出す。
「Flyで飛ぶだろ?」
「うん」
Arcが答える。
「そこにHaste」
「うん」
「さらにFlash Step」
沈黙。
数秒。
「却下」
Crowが即答した。
「危険です」
Sia。
「死ぬぞ」
Nova。
「面白そうじゃねぇか」
Cainだけが笑った。
「分かる」
Rainも笑う。
Arcは少し考えた。
実際。
理論上は可能だった。
ただ。
絶対に訓練が必要だ。
RainへFlyを付与。
その状態でHaste。
さらにFlash Step。
速度だけなら恐ろしい事になる。
「練習は必要」
Arcが言う。
「だよな!」
Rainが机を叩いた。
「やるの前提なんだ……」
Crowが頭を抱えた。
◇
数十分後。
協会訓練場。
結局。
来ていた。
「本当にやるのか」
Novaが呆れる。
「見るだけ」
Arcが言う。
「今日は性能確認だけ」
「ならいいか」
Garmも頷いた。
Arcは画面を開く。
《Fly》
発動。
淡い光が身体を包む。
次の瞬間。
身体が浮いた。
「おお」
Rainが笑う。
地面から一メートル。
二メートル。
三メートル。
ゆっくり上昇する。
違和感は無い。
ゲームと同じだ。
Arcは少し移動する。
滑るように動く。
視界が変わった。
高い。
見える。
戦場全体が見渡せる。
俯瞰。
位置確認。
索敵。
支援。
全部がやりやすい。
「便利そうだな」
Siaが呟く。
「索敵範囲も広がりますね」
Arcも頷いた。
その時。
Rainが手を上げる。
「次俺」
「お前は飛べない」
「知ってる」
笑う。
そして。
Arcを見る。
「持ち上げて」
「却下」
Crowが即答した。
全員が頷く。
「満場一致かよ」
Rainが不満そうだった。
◇
夜。
共同ホール。
休養日。
全員が帰った後だった。
静かだった。
残っているのは一人。
Arcだけ。
テーブルの上。
タブレット。
十五階層戦映像。
再生。
停止。
再生。
停止。
何度も繰り返す。
映るのは灼熱巨人。
巨大な拳。
赤熱した外殻。
Heatの流れ。
拳が持ち上がる。
停止。
再生。
停止。
再生。
拳。
肩。
胸部。
Arcの視線が止まる。
胸。
灼熱巨人の胸部中央。
ほんの一瞬。
赤熱した光が脈打つ。
再生。
また脈打つ。
停止。
再生。
また同じ。
三回。
四回。
五回。
全部同じだった。
拳へHeatが集まる前。
必ず。
胸部中央が反応する。
「やっぱりか」
Arcが呟く。
まだ確信じゃない。
だが。
攻略の糸口が見え始めていた。
Heat流動。
エネルギー循環。
灼熱巨人。
あのボスには中心がある。
そして。
ゲームでも。
あの反応は見た事が無かった。
現実化による変化。
そう考えるのが自然だった。
Arcは映像を戻す。
再生。
停止。
再生。
停止。
何度も確認する。
僅かな違和感。
だが。
攻略はそこから始まる。
◇
その時。
タブレットへ通知が届いた。
協会からだった。
《十六階層調査報告》
Arcが開く。
画面をスクロールする。
地形データ。
環境データ。
先行調査資料。
そして。
Arcの手が止まった。
「……」
目が細くなる。
そこに書かれていた内容。
それは。
Depth Chronicle時代の情報と違っていた。
ゲーム知識に存在しない構造。
存在しない地形。
存在しない環境。
ゲームの十六階層は巨大洞窟だった。
だが。
資料に映るのは違う。
地上へ続くような巨大な裂け目。
吹き上がる熱流。
複数の空洞が連結した複雑な構造。
Arcは画面を見続ける。
予想が外れた訳じゃない。
むしろ逆だった。
ここまで変わっているなら。
十六階層以降はさらに変化する。
ゲーム知識は武器になる。
だが。
答えにはならない。
だからこそ。
面白い。
Arcは小さく笑った。
静かな共同ホール。
誰もいない。
Arcだけが画面を見ている。
そして。
小さく呟いた。
「……そう来たか」
十六階層攻略。
その準備は。
既に始まっていた。
第四十三話を読んでいただきありがとうございます。
今回は十五階層攻略後の休養回でした。
Aegis全員がLv30へ到達し、新スキルも解放されています。
そしてArcは《Fly》を獲得。
果たしてRainの危険な発想は実現するのでしょうか。
次回からはいよいよ十六階層攻略開始です。
ゲーム知識と現実の違いが、さらに大きくなっていきます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価、感想をいただけると励みになります。
それでは次回もよろしくお願いします。




