第41話 帰還
# 第41話 帰還
灼熱巨人が崩れ落ちてから数分。
誰も動かなかった。
動けなかった。
熱風は弱まっている。
だが。
身体に残る疲労は消えない。
熱い。
身体中が重い。
腕を上げるだけで疲れる。
呼吸をするたびに肺が痛んだ。
誰もが限界だった。
十五階層。
灼熱巨人。
第二形態。
中ボス。
ランダムボス。
全部乗り越えた。
達成感はある。
だが。
それ以上に疲れていた。
「もう無理だ……」
Garmがその場へ寝転がる。
巨盾を抱えたまま。
完全に動く気が無かった。
その盾は。
もうボロボロだった。
表面は歪み。
縁は欠け。
第二形態の拳を受けた部分は赤黒く変色している。
いつ壊れてもおかしくない。
それを見て。
Garm自身が苦笑した。
「よく壊れなかったなこれ……」
「お前もな」
Cainが笑う。
「誰がお前だ」
「今の言い方はおっさんだったな」
Rainまで頷く。
「お前らな……」
Garmが頭を抱えた。
全員が笑う。
傷だらけだった。
疲労困憊だった。
それでも。
勝った。
その事実だけで少しだけ気持ちが軽かった。
Novaは壁へ背中を預ける。
杖を握る手が震えていた。
魔力はほぼ空。
頭も痛い。
視界も少し霞む。
最後の《Explosion》。
あれで本当に出し切った。
今なら。
《Fire Ball》一発すら怪しい。
「正直……外したと思った」
Novaが苦笑する。
「あの距離で?」
Rainが驚く。
「外したら全員死んでたぞ」
「だから怖かったんだよ」
Novaは肩をすくめた。
「最後なんて視界揺れてたし」
「言うな」
Cainが苦笑する。
「聞きたくなかった」
全員が笑った。
笑いながらも。
誰も否定しない。
本当に紙一重だった。
Crowも壁へ背中を預ける。
いつも通り無表情だった。
だが。
額には汗が浮いている。
肩で息もしていた。
近接で背部核を確認した時。
本当に死ぬかと思った。
それでも。
誰も口にはしない。
それがAegisだった。
Rainは右肩を回す。
「痛っ……」
思わず顔をしかめる。
熱風を掠めただけ。
そう思っていた。
だが。
思った以上にダメージが残っている。
Arcの《バリア》が無ければ。
今頃まともに腕も上がらなかっただろう。
そう思うと少し寒気がした。
Siaも壁へ背中を預けていた。
矢筒を見る。
残り本数は少ない。
普段なら気にしない。
だが。
今回は違った。
途中補給も無く。
想定以上の戦闘が続いた。
それだけ激戦だった。
その時だった。
「で?」
Rainが口を開く。
「次どうする?」
全員の視線が集まる。
自然と。
Arcへ向いた。
パーティリーダー。
攻略指揮。
最終判断を下す男。
Arcは灼熱巨人の残骸を見ていた。
赤色魔石。
そして。
赤い結晶。
見たことの無いドロップ。
それを数秒見つめた後。
静かに口を開く。
「帰る」
一瞬。
空気が止まった。
「は?」
Cainが眉をひそめる。
「帰る?」
「今?」
Rainも聞き返した。
十五階層を突破した。
目の前には十六階層への道がある。
なのに。
帰るのか。
そんな顔だった。
Arcは頷く。
「帰る」
即答だった。
「いやいや待て」
Cainが立ち上がる。
「ここまで来たんだぞ?」
「まだ行けるだろ」
「そうだよ」
Rainも続く。
「もったいなくない?」
その言葉に。
Arcは小さく息を吐いた。
「Garm」
「ん?」
「盾を見ろ」
Garmが盾を見る。
沈黙。
「……あ」
改めて見ると酷かった。
耐久限界寸前。
あと数発受ければ壊れる。
「Nova」
「うん」
「魔力残量」
「ほぼゼロ」
「Crow」
「疲労限界」
「Sia」
「矢も残り少ない」
「Rain」
呼ばれる。
Rainは少しだけ目を逸らした。
「肩」
「……バレてた?」
「当然」
右肩。
巨腕を掠めた傷。
動く。
戦える。
だが。
万全ではない。
「元々」
Arcが言う。
「十五階層攻略が目的だった」
全員が黙る。
「中ボスだけの予定だった」
「ランダムボスまで戦う想定じゃない」
その通りだった。
溶岩土龍。
灼熱巨人。
二連戦。
本来なら予定外。
消耗も想定以上だった。
「今進めば?」
Crowが聞く。
「全滅リスクが跳ね上がる」
即答だった。
誰も反論できない。
Arcは戦えないと言っている訳じゃない。
効率が悪いと言っている。
勝率が落ちると言っている。
それが分かるから。
誰も何も言えなかった。
「それに」
Arcは続ける。
「急ぐ理由も無い」
Rainが首を傾げる。
「どういうこと?」
Arcは十六階層へ続く通路を見る。
「ボスには再出現時間がある」
全員が顔を上げた。
「すぐには復活しない」
「つまり」
そこで。
Arcは全員を見渡した。
「次は十六階層まで直行できる」
一瞬。
全員が固まった。
「……あ」
最初に声を漏らしたのはRainだった。
理解した。
理解した瞬間。
顔が明るくなる。
「なるほど」
Crowも頷く。
「だから帰るのか」
「そういうこと」
Arcも頷いた。
十五階層ボス。
灼熱巨人。
攻略済み。
一定期間は復活しない。
つまり。
次回来る時は。
一階層から十五階層までを再攻略する必要が無い。
「次は消耗無しで十六階層から探索できる」
Arcが言う。
「今無理に進むより効率が良い」
そして。
少し考えるように続けた。
「一日休むだけで勝率は大きく上がる」
「装備を整える」
「補給を済ませる」
「全員が万全になる」
「攻略は速さじゃない」
「勝率だ」
一度言葉を切る。
そして。
Arcは静かに続けた。
「今日進んで六割で勝つより」
「明日九割で勝つ方がいい」
誰も反論できなかった。
Arcらしい。
あまりにもArcらしい答えだった。
「しかも」
Arcは続ける。
「今回は予定外の戦闘が多すぎた」
全員が頷く。
溶岩土龍。
灼熱巨人。
二連戦。
本来なら。
十五階層攻略後に撤退する予定だった。
「次は違う」
Arcが言う。
「中ボスはいない」
「十五階層ボスもいない」
「十六階層までの移動だけなら消耗は大幅に減る」
Rainも理解した。
今日の戦闘。
体力の大半は。
ボス戦で消えた。
なら。
次回は最初から十六階層攻略へ戦力を投入できる。
「確かに効率良いな」
Cainも頷く。
「というか」
Crowが苦笑する。
「今の状態で十六階層行きたい奴いるか?」
全員が黙った。
「いないな」
「いない」
「いません」
「寝たい」
即答だった。
Garmに至っては起き上がろうともしない。
「助かった……」
空を見上げながら呟く。
「正直あと一回ボス来たら死んでた」
「それは全員そう」
Novaが苦笑する。
杖を握る手はまだ震えている。
最後の《Explosion》。
あれで完全に魔力を使い切った。
今なら。
火を起こす魔法すら怪しい。
「でも」
Rainが笑う。
「勝ったんだよな」
誰も否定しない。
十五階層。
攻略完了。
それは事実だった。
そして。
その事実の重さを。
全員が理解していた。
十五階層。
それは数字以上の意味を持つ。
探索者協会が公開している到達記録では。
十階層突破ですら上位探索者。
企業クラン。
国家支援チーム。
その全てが足踏みしている領域だった。
少なくとも。
Arcの知る限り。
十五階層到達報告は存在しない。
「帰ったら大騒ぎだろうな」
Cainが笑う。
「間違いない」
Crowも頷く。
「協会の連中ひっくり返るぞ」
「スポンサー希望も来そう」
Siaが言う。
「絶対来る」
Novaも苦笑した。
「探索者協会だけじゃない」
Arcが言う。
「企業も動く」
全員が黙る。
現実だ。
十五階層攻略。
それは名声だけじゃない。
金も。
権力も。
注目も。
全部動く。
それだけの成果だった。
「じゃあギルドハウスも豪華になるか?」
Cainが笑う。
「まず作ってから言え」
Crowが即座に返す。
「俺は個室欲しい」
「お前絶対引きこもるだろ」
「否定できない」
全員が笑った。
戦闘直後とは思えない空気だった。
だが。
その笑いこそが。
生き残った証だった。
その時だった。
灼熱巨人の残骸が淡く光る。
「ん?」
Siaが声を上げる。
視線が集まる。
赤熱した巨体が粒子へ変わっていく。
崩壊。
消滅。
Depth Chronicleと同じ現象。
そして。
残った。
巨大な赤色魔石。
「でかっ」
Cainが思わず声を漏らす。
今まで見た魔石とは比べ物にならない。
両手で抱えるほどの大きさ。
内部には炎のような光が揺れていた。
近付くだけで熱を感じる。
「重そうだな」
Garmが言う。
「持ってみる?」
Rainが笑う。
「嫌な予感しかしない」
それでも。
Cainが持ち上げた。
「重っ!?」
思わず声が漏れる。
予想以上だった。
岩でも持ち上げたみたいな重量感。
思わず抱え直す。
「これ本当に魔石か?」
「ボス魔石だからな」
Crowが言う。
「普通の魔石とは別物だろ」
Novaも頷く。
魔力反応も桁違いだった。
近付くだけで分かる。
内部へ詰まったエネルギー量が異常だった。
「売ったらいくらになるんだ?」
Cainが聞く。
「分からない」
Novaが苦笑する。
「でも今まで見た中じゃ最高額」
「数千万とか?」
「もっと行くかも」
一瞬。
全員が黙った。
「うわ」
Rainが引く。
「急に現実的な話になった」
「探索者やってて良かった」
Garmが真顔で言う。
「お前さっきまで死にかけてただろ」
「だからだよ」
全員が笑った。
少し前まで死線の中にいた。
なのに。
もう金の話をしている。
それが少しおかしかった。
「十五階層ボス魔石だ」
Arcが言う。
「前例が無い」
「だから値段も分からない」
全員が静かになる。
「ただ」
一度言葉を切る。
「協会は絶対に欲しがる」
「研究部門もな」
Crowが頷く。
「企業も競り合うだろうな」
「発電」
「素材研究」
「新装備開発」
Novaが指を折る。
「用途はいくらでもある」
Rainは改めて魔石を見る。
ただのドロップじゃない。
社会を動かす資源。
それが十五階層ボス魔石だった。
それだけでも十分な大収穫だった。
だが。
Arcの視線は別の場所へ向いていた。
「Arc?」
Rainが首を傾げる。
Arcは答えない。
ただ。
一点を見つめていた。
魔石の隣。
そこに。
赤い結晶が落ちていた。
拳ほどの大きさ。
透明な赤。
内部で光が脈打っている。
まるで。
まだ生きているみたいだった。
「何それ」
Cainが近付く。
「見たことないな」
Crowも眉をひそめる。
「特殊ドロップか?」
Novaが首を傾げる。
誰も知らない。
誰も見たことがない。
探索者協会の資料にも無かった。
少なくとも。
Arcの知るゲーム時代にも存在しない。
それなのに。
嫌な予感がした。
Arcは記憶を辿る。
百階層。
深層ボス。
イベント報酬。
隠しドロップ。
レイド限定素材。
期間限定クエスト。
特殊進化素材。
全部。
全部思い出す。
だが。
無い。
似たアイテムすら存在しない。
「……おかしい」
小さく呟く。
「何が?」
Rainが聞く。
Arcは答えない。
本当に分からないからだ。
初めてだった。
ゲーム知識に無い存在。
未知。
その事実が少しだけ不気味だった。
ゲーム知識。
それが自分最大の武器だった。
だから。
知らない存在は怖い。
攻略法が分からない。
危険性も分からない。
価値も分からない。
それは。
暗闇の中を歩くようなものだった。
Arcは結晶を拾い上げる。
温かい。
いや。
熱い。
まるで脈動しているみたいだった。
握った瞬間。
心臓が一度だけ強く脈打った気がした。
反射的に手を離しかける。
だが。
何も起きない。
結晶は静かだった。
ただ。
内部の赤い光だけが。
心臓の鼓動みたいに脈打っている。
気のせい。
そう思いたかった。
だが。
Arcの胸騒ぎは消えなかった。
「何か分かる?」
Rainが聞く。
Arcは数秒黙る。
そして。
「分からない」
正直に答えた。
全員が驚いた。
Arcが知らない。
それは珍しい。
Depth Chronicleの知識なら。
誰よりも詳しいはずだからだ。
「じゃあ本当に未知か」
Crowが呟く。
Arcは頷いた。
「協会で調べる」
それしかない。
今ここで答えは出ない。
だが。
胸騒ぎは消えなかった。
まるで。
何かが始まろうとしているような。
そんな嫌な予感だった。
「じゃあ帰るか」
Cainが立ち上がる。
「飯食いてぇ」
「それは同意」
Rainも頷く。
「風呂も入りたい」
「寝たい」
「三日は寝たい」
Garmが言った。
「三日は無理だろ」
全員が笑う。
空洞に笑い声が響いた。
少し前まで。
死と隣り合わせだったとは思えない。
だが。
それがAegisだった。
死線を越えても。
笑う。
前へ進む。
それが彼らだった。
「帰還する」
Arcが言う。
全員が頷く。
十五階層攻略。
目標達成。
そして。
次回。
十六階層へ直行する。
そのために。
まずは休息だ。
Aegisは出口へ向かって歩き出した。
Arcたちは気付かない。
だが。
赤い結晶の内部で。
微かな赤光が脈打つ。
一度。
二度。
三度。
まるで。
心臓の鼓動のように。
第四十一話を読んでいただきありがとうございます!
十五階層攻略後の一息回でした。
総力戦の直後ということで、今回はAegisの雰囲気や今後の方針を中心に描いています。
そして最後に登場した謎の赤い結晶。
Arcの知識にも存在しないそのアイテムが、今後の物語にどう関わるのか――。
次回は帰還後の協会の反応や、十五階層攻略による影響を描いていく予定です。
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次回もよろしくお願いします!




