第38話 灼熱巨人
# 第38話 灼熱巨人
熱風だけが吹いていた。
赤熱した粉塵が、
ゆっくり空中を漂う。
溶岩土龍は、
動きを止めた。
巨大な身体は地面へ沈み込み、
外殻の隙間から赤い光を漏らしている。
だが。
誰も喜ばなかった。
熱い。
さっきより熱い。
溶岩土龍を倒したはずなのに。
焼けた空気が、
さらに肺へ流れ込んでくる。
喉が焼ける。
視界が揺れる。
熱霧の赤が濃くなっていた。
空洞を満たす熱気は、
さっきまでより明らかに濃くなっている。
「はぁ……っ」
Rainが肩で呼吸する。
双剣を握る手が震えていた。
足も重い。
焼けた空気を吸い続けたせいで、
頭がぼんやりする。
考えるだけで疲れる。
本当は逃げたい。
溶岩土龍を倒した。
それだけでも十分だった。
なのに。
まだ灼熱巨人がいる。
普通なら撤退だ。
それでも。
Rainは双剣を下ろさなかった。
前を見る。
そこにはArcがいた。
相変わらず。
少しも迷っていない。
だから。
Rainも立っている。
それが正しいかどうかは、
もう分からなかった。
◇
Crowは岩壁の近くで、
浅く息を吐いていた。
黒コートの裾は焼け焦げ、
頬には赤く焼けた跡が残っている。
避け続けた。
読み続けた。
ほんの一瞬でも判断が遅れれば、
溶岩土龍に噛み砕かれていた。
集中力は削れている。
視界も熱で揺れている。
呼吸も乱れていた。
それでも。
Crowは灼熱巨人から目を離さない。
次の重心移動。
次の踏み込み。
次の攻撃。
それだけを見ている。
技術で生き残ってきた。
だから。
最後まで見る。
◇
Garmも同じだった。
巨盾を構えたまま、
前線から下がらない。
盾を握る指先に、
ほとんど感覚が無かった。
腕が痺れている。
肩が重い。
灼熱巨人の拳を受け続けた代償だった。
それでも。
Garmは盾を下ろさない。
後ろには仲間がいる。
Rain。
Nova。
Sia。
Crow。
そしてArc。
守る理由は十分だった。
◇
Novaは膝をついていた。
額から汗が流れる。
だが。
空気が熱すぎる。
汗は顎まで落ちる前に蒸発した。
Mana Burst。
Explosion。
溶岩土龍を仕留めるために、
高出力魔法を連続で使った。
魔力の消耗は大きい。
呼吸を整えようとしても、
肺へ入る空気そのものが熱い。
「……少し、きついな」
Novaが掠れた声で呟く。
「少しで済むのかよ」
Cainが笑った。
大剣を肩へ担ぎ直す。
その笑みは、
いつも通り荒い。
だが。
握る指は僅かに震えていた。
尾を断った一撃。
その反動が、
腕に残っている。
それでも。
Cainは笑う。
こういう死線を、
待っていたみたいに。
◇
Siaは矢筒へ手を伸ばしていた。
残弾を数える。
呼吸を整える。
視線だけは、
ずっと灼熱巨人の肩と肘を見ている。
倒すためではない。
Garmを生かすためだ。
巨人を止めることはできない。
だが。
軌道をズラすことはできる。
その数センチが、
仲間の命を救う。
◇
そして。
その全員を見ていたのが、
Arcだった。
溶岩土龍は倒れた。
なのに。
Arcの視線は、
もう灼熱巨人しか見ていなかった。
熱気。
粉塵。
仲間の損耗。
魔力残量。
呼吸の乱れ。
全部を見ている。
普通なら撤退。
普通なら立て直し。
普通なら迷う。
なのに。
Arcだけは、
少しも迷っていなかった。
まるで。
もう勝った後のことまで見えているみたいに。
Rainは思う。
化け物だ。
本気でそう思った。
危険だ。
まともじゃない。
普通なら撤退する。
普通なら諦める。
なのに。
Arcだけは前を見ている。
少しも迷っていない。
だから。
勝てる気がしてしまう。
本当は危険だ。
こんな状況、
まともじゃない。
でも。
Arcを見ていると。
前へ出てしまう。
それが、
一番危険だった。
◇
その時。
灼熱巨人が動いた。
巨大な足が、
ゆっくり地面から持ち上がる。
それだけで、
空洞全体が軋んだ。
足が落ちる。
轟音。
岩盤が沈む。
赤熱した亀裂が、
床を走った。
熱風が吹き荒れる。
熱霧が押し流され、
赤い視界がさらに濃くなる。
灼熱巨人が咆哮した。
声というより。
熱そのものが爆ぜたみたいだった。
空気が震える。
耳が痛い。
鼓膜の奥が軋む。
「っ――!」
Rainが顔を庇う。
吹きつけた熱風が、
肌を直接焼いてくる。
髪先が焦げる匂いがした。
そして。
異変が起きた。
溶岩土龍の死体から、
赤熱した光が浮かび上がる。
最初は火の粉に見えた。
だが違う。
赤い光は、
空中で流れを作っていた。
溶岩土龍の外殻から漏れ出した熱が、
糸みたいに灼熱巨人へ伸びていく。
「……おい」
Novaが息を呑む。
赤熱した光が、
灼熱巨人の身体へ吸い込まれていく。
腕へ。
肩へ。
胸部へ。
溶岩みたいな赤い輝きが、
巨人の亀裂を満たしていった。
さっきまで鈍く赤かった身体が、
内側から燃え上がるように明るくなる。
空洞を満たす熱気が、
さらに重くなった。
呼吸するだけで、
肺の奥が痛む。
「まだ強くなるのかよ」
Cainが笑った。
けれど。
その声には、
僅かな緊張が混じっていた。
Arcは灼熱巨人を見る。
拳。
肩。
重心。
発光。
熱の流れ。
全部を見ていた。
攻撃するたび。
踏み込むたび。
咆哮するたび。
違和感がある。
胸部だけが脈打つ。
一度ではない。
二度でもない。
何度見ても同じだった。
赤熱した光は、
拳へ集まる前に、
胸部を通っている。
ほんの僅か。
胸の中央が脈打つ。
心臓みたいに。
偶然じゃない。
Arcは目を細めた。
サービス終了したゲーム。
第十五階層。
灼熱巨人。
脳の奥に沈んでいた攻略知識が、
少しずつ繋がっていく。
まだ確信じゃない。
だが。
見えてきた。
倒し方が。
Arcは灼熱巨人を見る。
そして。
小さく呟いた。
「……見つけた」
誰にも聞こえない声だった。
だが。
その目だけは、
もう攻略対象を見ていた。
◇
「Crow」
「見えてる」
短いやり取り。
説明は不要だった。
Crowも気付いている。
灼熱巨人の胸部。
あそこだけが違う。
◇
灼熱巨人が拳を持ち上げる。
赤熱した光が全身を走った。
胸部。
そこへ熱が集まる。
そして。
拳へ流れる。
「来る」
Arcが呟く。
次の瞬間。
巨拳が落ちた。
《Guard Stance》
轟音。
Garmの巨盾が受け止める。
床が砕けた。
膝が沈む。
腕が軋む。
だが。
Garmは退かない。
後ろには仲間がいる。
それだけで十分だった。
その瞬間。
《Shadow Shift》
Crowが動く。
熱霧が揺れた。
黒い影が、
一瞬で巨人の側面へ滑り込む。
近い。
熱い。
皮膚が焼ける。
呼吸するたび、
肺が軋んだ。
視界も熱で揺れている。
普通なら、
まともに近付ける距離じゃない。
だが。
Crowは目を逸らさない。
肩。
腕。
胸部。
亀裂。
発光。
脈動。
全部を見る。
攻撃を避けるためじゃない。
勝つためだ。
Arcが見つけた違和感。
それを確信へ変える。
その役目が自分だった。
熱風が吹き荒れる。
巨腕が動く。
死が目の前を通り過ぎる。
それでも。
Crowは見る。
そして。
見つけた。
胸部中央。
赤熱した亀裂の奥。
他より強く脈打つ一点。
核。
間違いない。
Crowは即座に離脱する。
巨腕が薙ぐ。
熱風が頬を掠めた。
だが。
確認は終わった。
◇
Crowが戻る。
「胸だ」
短い報告。
Arcが頷く。
「やっぱりか」
Arcの口元が僅かに上がる。
攻略情報は正しかった。
Rainが息を呑む。
Novaも。
Siaも。
Garmも。
全員の視線が胸部へ集まった。
「核だ」
Arcが言う。
静かな声だった。
だが。
全員が理解した。
勝ち筋だ。
初めて。
灼熱巨人を倒す方法が見えた。
「Sia」
「了解」
「Crow」
「任せろ」
「Rain、Cain」
二人が頷く。
「Nova」
「いつでも」
Arcは前を見る。
「壊すぞ」
◇
灼熱巨人が咆哮した。
熱風が吹き荒れる。
熱霧が揺れる。
だが。
Aegisは動く。
《Break Shot》
Siaの矢が走る。
胸部。
赤熱した亀裂へ。
正確に突き刺さった。
火花が散る。
巨人が僅かに怯む。
《Shadow Shift》
Crowが視界へ飛び込む。
巨人の注意が逸れる。
重心がズレる。
その瞬間。
《Quick Step》
Rainが加速した。
熱霧を裂く。
双剣が閃く。
胸部へ。
連続斬撃。
赤熱した外殻が砕ける。
本当は逃げたい。
目の前にいるのは、
街一つ滅ぼせる怪物だ。
普通なら逃げる。
普通なら戦わない。
それでも。
Arcは前を向いている。
少しも迷っていない。
だから。
Rainも前へ出る。
勝てる保証なんてない。
生き残れる保証もない。
それでも。
Arcが行くなら。
自分も行く。
気付けば。
足はもう止まっていなかった。
「効いてる!」
Rainが叫ぶ。
《疾駆》
Cainが踏み込む。
岩盤が砕ける。
大剣が振り上げられた。
「開けろォ!!」
《裂崩》
轟音。
大剣が叩き込まれる。
胸部外殻が崩れる。
赤熱した亀裂が広がる。
そして。
核が見えた。
だが。
灼熱巨人も暴れる。
巨腕が振られた。
熱風が爆発する。
「っ――!」
Rainが吹き飛ぶ。
岩盤を転がる。
Crowが飛び退く。
Siaが後退する。
それでも。
Garmだけは残った。
《Guard Stance》
轟音。
巨盾が巨腕を受け止める。
膝が沈む。
腕が悲鳴を上げる。
指先の感覚は無い。
肩も上がらない。
盾が重い。
腕が上がらない。
肩が焼ける。
膝も震えている。
呼吸するたび、
肺が悲鳴を上げた。
もう限界だ。
本来なら。
とっくに倒れている。
それでも。
Garmは退かない。
後ろには仲間がいる。
Rain。
Nova。
Sia。
Crow。
そしてArc。
だから。
盾を下ろさない。
守る。
それだけだった。
「通さねぇ!!」
核はまだ開いていた。
今しかない。
だが。
核を覆う外殻が、
ゆっくり閉じ始める。
間に合わない。
Rainはそう思った。
◇
「Nova!!」
Arcが叫ぶ。
Novaの周囲で魔力が渦巻く。
《Mana Burst》
熱霧が押し返される。
赤熱した光が空洞を染めた。
核が閉じる。
間に合わない。
Rainはそう思った。
だが。
Novaは杖を下ろさない。
魔力が暴れる。
熱霧が揺れる。
空洞全体が赤く染まる。
限界だった。
魔力も。
身体も。
全部限界だった。
それでも。
ここで止めなければ終わる。
Novaは歯を食いしばる。
魔力を絞る。
残った全てを、
核へ叩き込むために。
狙う。
露出した核。
ただ一点。
「吹き飛べ――!!」
《Explosion》
爆炎。
赤熱した火柱が、
灼熱巨人の胸部を飲み込んだ。
轟音。
衝撃波が空洞を揺らす。
岩壁が崩れる。
床へ亀裂が走った。
爆炎の中。
灼熱巨人の巨体が揺れる。
胸部の核へ、
大きな亀裂が走った。
そして。
砕ける。
赤熱した光が、
一気に噴き出した。
灼熱巨人が膝をつく。
巨大な身体が沈む。
動きが止まる。
勝った。
誰もがそう思った。
◇
一瞬。
誰も動かなかった。
熱霧だけが揺れている。
焼けた岩が崩れる音だけが、
空洞へ響いていた。
Garmが盾を下ろす。
Rainが息を吐く。
Novaが膝をつく。
Crowも壁へ身体を預ける。
Siaが弓を下ろす。
誰も動かなかった。
勝った。
そう思った。
だから。
誰も警戒していなかった。
ピシッ。
小さな音がした。
最初は誰も気付かない。
だが。
音は止まらない。
ピシッ。
ピシッ。
ピシッ。
砕けた核の奥。
さらに赤い光が脈打っていた。
空洞全体が震える。
熱霧が暴れる。
呼吸するだけで肺が焼ける。
誰も言葉を失った。
終わっていなかった。
まだ。
灼熱巨人は死んでいなかった。
砕けた胸部から、
膨大な赤熱光が溢れ出す。
熱い。
さっきまでとは比べ物にならない。
灼熱巨人が立ち上がる。
ゆっくりと。
だが。
今までより大きく。
今までより熱く。
全身へ新たな亀裂が走る。
赤熱した光が漏れ出した。
誰も言葉を失う。
ただ一人。
Arcだけは違った。
「……そう来るか」
小さく呟く。
Rainは思う。
やっぱり。
この男はおかしい。
灼熱巨人が咆哮する。
熱霧が吹き飛ぶ。
そして。
Arcだけが笑っていた。
『勝てる』
その一言だけだった。
第三十八話を読んでいただきありがとうございます。
溶岩土龍を撃破し、一息つける……と思いきや、灼熱巨人戦はまだ続きます。
今回の話では、Aegis全員の消耗と、それでも前を向き続けるArcの異常さを書いてみました。
次回はいよいよ灼熱巨人攻略の後半戦です。
ブックマーク、評価、感想をいただけると励みになります!
それでは次回もよろしくお願いします。




