第34話 侵食領域
# 第34話 侵食領域
第十一階層。
空気が違った。
Heat濃度が高すぎる。
息を吸うだけで、
肺の奥が焼ける。
額に浮いた汗は、
頬へ落ちる前に乾いていった。
《Heat侵食率 上昇継続》
《Heat領域 拡大中》
Arcは端末を確認しながら歩く。
Heat逆流。
奥から吹き返した熱波で、
空気が一気に熱を持つ。
侵食濃度。
敵反応。
端末へ流れる情報を、
迷いなく処理し続けている。
視線だけが、
異様な速度で動いていた。
「……ここ、
本当に十一階層かよ」
Rainが小さく呟く。
視界の奥。
壁面が赤黒く変色している。
石壁の一部は熱で歪み、
まるで溶けかけた金属みたいに波打っていた。
《リフレッシュ》
淡い光が、
Aegis全員を包む。
肺へ張り付いていた熱が、
少しだけ薄れた。
「……っは」
Rainが大きく息を吐く。
肺が焼ける感覚が消えていく。
本気だった。
足が重い。
熱を吸った装備が、
じわじわ体力を奪っていく。
剣の柄も熱い。
呼吸は浅い。
視界の端が揺れていた。
あと少し。
あと数分、
Arcの支援が遅れていたら。
まともに動けなくなっていた。
「……助かった」
Rainが掠れた声で呟く。
「Arc居なかったら、
今頃マジで終わってたぞ俺」
「……普通の探索者なら、
数分で終わる」
Novaが熱霧の奥を見ながら言った。
Garmの額にも汗が浮いている。
だが。
盾を握る手は、
一切揺れていなかった。
「止まるな」
Arcが前を見たまま言う。
「ここで立ち止まる方が危険」
怖い。
本当は、
今すぐ引き返したい。
Heatは危険だ。
視界が歪む。
呼吸するだけで肺が焼ける。
普通なら、
もう撤退している。
でも。
Arcは止まらない。
Heat逆流。
侵食濃度。
敵反応。
端末へ流れる情報を、
迷いなく処理し続けている。
まるで。
この異常環境そのものを、
読み切っているみたいに。
熱霧の奥を。
迷いなく踏み込んでいく。
その背中を見ていると。
行ける気がしてしまう。
死ぬほど危険な場所なのに。
あいつなら攻略できると、
思ってしまう。
だから。
誰も止まらない。
それが、
今のAegisだった。
「Sia、前」
「ん」
《Arrow Vision Lv1》
矢が熱霧を裂く。
数秒後。
Siaの目が細くなった。
「前方三。
右奥一」
「来るな」
Arcが即座に言った。
赤熱した壁面。
その一部が、
ゆっくり剥がれ落ちる。
「……動いた?」
Rainが息を呑む。
壁だと思っていた赤黒い塊が、
熱霧の中で形を変える。
細長い腕。
赤熱した鉤爪。
顔の無い頭部。
Heat擬態。
熱霧へ紛れ、
壁や床へ擬態する魔物だった。
Heat逆流。
吹き返した熱波で視界が揺れる。
その全部へ紛れ込み、
気付いた時には懐へ入り込んでいる。
第九階層で探索者PTが壊滅していた理由の一つだった。
「Garm」
「分かってる」
《War Cry Lv1》
Garmの咆哮が、
熱霧の中へ響く。
赤い輪郭が揺れた。
同時。
《プロテクション》
淡い光が、
Garmの重装を包み込む。
《ヘイスト》
続けて、
RainとCainへ支援が重なる。
身体が軽い。
熱霧の重さが、
一瞬だけ薄れた。
「Cain」
呼ばれる前から。
Cainは既に踏み込んでいた。
「おう!」
《闘身》
《疾駆》
熱霧を踏み抜く。
Siaが敵位置を暴き。
Cainが奇襲前に叩き潰す。
だから、
Heat環境での消耗が減る。
攻略速度そのものが、
以前とは違っていた。
《瞬撃》
Heat擬態が吹き飛ぶ。
「速っ……!」
Rainが目を見開く。
「前よりかなり楽になってるな」
Crowが低く呟いた。
「Siaの索敵で先手取れる。
Cainの火力で押し切れる」
Novaも頷く。
以前のAegisなら、
もっと消耗戦になっていた。
Heat侵食。
奇襲。
視界歪曲。
じわじわ削られる戦い。
だが今は違う。
敵へ主導権を渡す前に、
こちらから潰せる。
その瞬間。
Heat逆流。
奥から吹き返した熱波で、
空気が一気に膨れ上がる。
肺が焼ける。
視界が赤く揺れた。
「っ――」
Rainの足が止まる。
ほんの一瞬。
Heat擬態が、
熱霧の中から飛び出した。
Rainの死角。
「Rain下がれ」
Arcが即座に言った。
《ホーリーランス》
白い光槍が、
熱霧を貫く。
一直線。
Heat擬態の胴を穿った。
赤黒い外殻が砕け、
擬態が吹き飛ぶ。
「うおっ!?」
Rainが振り返る。
ほんの一瞬遅れていたら。
首を持っていかれていた。
背筋が冷える。
「今の見えてたのかよ」
「Heatの流れが変わった」
Arcは短く返した。
「それで分かるのおかしいだろ……」
Rainが苦笑する。
でも。
Arcなら分かる。
サ終前。
百階層まで攻略していた、
異常な経験値がある。
普通の探索者とは、
見えているものが違った。
Heat逆流。
敵位置。
侵食濃度。
前衛負荷。
Arcだけが、
全部を同時に処理している。
怖いくらいに。
攻略へ脳を焼かれていた。
「右」
「了解」
《Break Shot Lv1》
Siaの矢が、
Heat擬態の外殻を砕く。
「Cain」
「おう!」
《裂崩》
重い斬撃。
Heat擬態の体勢が崩れた。
「Rain、今」
「行く!」
《Quick Step Lv1》
Rainが熱霧を滑るように加速する。
《Cross Edge Lv2》
交差斬撃。
Heat擬態の胴が裂けた。
「Nova、二秒後」
「はいよ」
《Multi Cast Lv1》
Novaの周囲へ、
複数の火球が展開される。
「一」
Heat逆流が引く。
熱霧が薄くなった。
「撃て」
《Mana Burst Lv1》
Novaの周囲で、
魔力が一気に膨れ上がる。
圧縮。
増幅。
瞬間的に魔法火力を引き上げる、
Novaの強化スキル。
熱霧の中ですら、
空気が震えた。
《Explosion》
次の瞬間。
爆炎が通路を飲み込む。
轟音。
赤熱した火柱が、
Heat擬態をまとめて吹き飛ばした。
外殻が砕ける。
熱霧が弾け飛ぶ。
通路奥まで、
一瞬だけ視界が開けた。
「……突破したか」
Crowが低く呟く。
Rainは大きく息を吐いた。
普通のPTなら、
ここまで来る前に崩れている。
でも。
Arcが居る。
前線を支え。
Heatを読み。
支援を回し。
全員を動かしている。
Aegisが前へ進める理由が、
そこにあった。
◇
第十二階層。
Heat濃度上昇。
第十三階層。
侵食領域拡大。
階層を降りるたび、
Heatは濃くなっていく。
通路の壁は赤く変色し、
床の一部は熱で溶けていた。
普通の探索者なら、
ここまで来る前に撤退している。
でも。
Aegisは止まらない。
「左」
「了解」
《Arrow Vision Lv1》
「前二」
《Break Shot Lv1》
「Cain」
「ぶっ壊す」
《裂崩》
「Nova、後ろ」
《Explosion》
攻略が、
会話になっていた。
短い指示。
最小限の会話。
それだけで、
PT全体が動く。
「ほんと、
MMOレイドやってる気分になるわ」
Rainが苦笑する。
「現実だけどな」
Novaが返した。
◇
第十四階層。
階段を降りた瞬間。
熱気が一段階強くなる。
空気が重い。
装備の金具が熱を持ち、
触れた指先が痛む。
「……っぐ」
Rainが顔をしかめた。
《リフレッシュ》
Arcの支援が重なる。
肺の焼ける感覚が、
少しだけ薄れた。
「助かる……」
Rainが息を吐く。
「……十四階層だぞ」
小さく呟く。
今の人類が、
まだ誰も辿り着いていない領域。
なのに。
Arcはもう、
次の攻略を見ていた。
「今日は十四階層で止まる」
Arcが言う。
「Heat濃度高すぎる。
ボス戦は明日」
「珍しく慎重じゃん」
「勝てる状態でやるだけ」
Arcは淡々と返した。
「Sia、安全地帯探せるか」
「やってみる」
《Arrow Vision Lv1》
矢が熱霧奥へ飛ぶ。
数分後。
Siaが小さく目を細めた。
「……デカい」
珍しく。
Siaが小さく呟く。
「左奥。
Heat薄い」
「擬態反応は?」
「無い」
「行くぞ」
Aegisは熱霧の通路を進む。
そして。
崩れた岩壁の奥。
小さな空洞へ辿り着いた。
周囲よりHeat濃度が低い。
熱霧の流れも弱い。
侵食反応も薄かった。
「……安全地帯か」
Crowが周囲を確認する。
「完全じゃないが、
休むには十分」
Cainはすぐ荷物を下ろす。
「よっしゃ。
休憩だ休憩」
「お前元気だな……」
Rainがその場へ座り込む。
全身が熱い。
装備の内側は汗で張り付いていた。
Siaは無言でテント設営を始める。
Garmが杭を固定し、
Crowが周囲警戒へ回った。
Novaは荷物の奥から、
金属製の小型装置を取り出す。
「Mist製冷却器」
Novaが床へ置いた。
内部の魔石が淡く発光する。
数秒後。
冷たい風が、
テント内へ流れ始めた。
「……っはぁぁぁ」
Rainがその場で崩れ落ちる。
「神かこれ」
「長時間は持たないぞ」
Novaが苦笑する。
「Heat濃度高すぎて、
魔石消耗えぐい」
「でも全然違うな」
Cainも座り込みながら言った。
熱で焼けていた肺が、
少しだけ落ち着く。
装備内へ籠もっていた熱気も引いていく。
「Mistほんと便利なの作るよな」
「魔石エネルギーを熱交換に回してるらしい」
Novaが冷却器を軽く叩く。
「周囲熱を吸わせて、
内部循環で冷風に変えてるとか」
「つまり?」
「よく分からんけど涼しい」
「それでいいわ」
Rainは冷風へ顔を向けたまま呟いた。
《リフレッシュ》
Arcの支援も重なる。
身体へ蓄積していたHeat疲労が、
少しずつ抜けていった。
一瞬だけ。
Arcが目を閉じる。
ほんの数秒。
それだけだった。
でも。
Rainは少しだけ安心した。
こいつも、
ちゃんと疲れてるんだと。
次の瞬間には。
Arcはもう端末を開いていた。
第十五階層。
Heat反応。
侵食濃度。
大型反応位置。
視線だけが、
高速で動いている。
まるで。
それ以外を切り捨てるみたいに。
「お前また見てんのかよ」
Rainが呆れる。
「休めって」
「休んでる」
「どこがだよ……」
Rainは苦笑した。
でも。
攻略している時だけ。
Arcは少しだけ、
生きて見えた。
◇
「Heat反応デカいな」
Novaが端末を見る。
「溶岩系か?」
「多分な」
Arcが頷く。
「反応パターン的に、
溶岩土龍タイプ」
一瞬。
Cainが嫌そうに眉を寄せた。
「……潜行型か」
「しかもHeat拡散型だなこれ」
Novaも端末を見ながら言う。
「地形崩し持ってたら面倒だぞ」
「前衛負荷高いタイプだな」
Garmが低く呟く。
「固定も長くは持たない」
Rainも苦笑した。
「うわぁ……
久々に見たくねぇタイプ来たな」
誰も驚いてはいない。
むしろ。
知っているからこそ、
嫌がっていた。
溶岩土龍。
サ終前中層でも、
かなり嫌われていたHeat系ボス。
高耐久。
地中潜行。
Heat噴出。
長引くほど侵食濃度が上がる。
「正面削りは悪手」
Arcが端末を見ながら言う。
「Heat上がる前に、
核部位を破壊する」
「だよなぁ……」
Cainが肩を回した。
「でもあれ硬ぇんだよ」
「だからお前が必要」
Arcが即答する。
一瞬。
Cainが笑う。
「……ははっ。
やっと暴れられそうだ」
Heatの奥。
第十五階層。
巨大Heat反応が、
ゆっくり脈打っていた。
まるで。
灼熱の心臓みたいに。
第三十四話でした。
今回は、
第十一〜十四階層探索回でした。
ようやく、
「Heat環境そのものが敵」
って空気をしっかり出せてきたかなと思います。
特に今回は、
・Heat侵食
・Heat逆流
・Heat擬態
・固定PT連携
この辺をかなり意識して書きました。
あとやっぱり、
CainとSia加入後のAegisかなり強いですね。
Siaが索敵して、
Cainが即潰す。
その間をArcが支援と指揮で繋ぐ。
かなり“レイドPT感”出てきた気がします。
そしてArc。
こいつ本当に攻略中だけ生き生きしてます。
休息中でも、
一人だけ次の階層見てるの、
かなり壊れてる。
でも、
だからこそAegisが前へ進める。
そんな関係性をもっと書いていきたいです。
次回はいよいよ第十五階層。
中ボス、
溶岩土龍戦です。
Heat環境での潜行型。
かなり嫌なボスになります。
次回もよろしくお願いします。




