第32話 また固定が揃った夜
#第32話 また固定が揃った夜
Aegisギルドハウス。
共同ホール。
時計は二時半を回っていた。
窓の外。
街灯だけが、
静かに夜道を照らしている。
避難区域が広がってから、
夜の街は静かだった。
電車本数も減った。
深夜営業していた店も、
今はほとんど閉まっている。
コンビニ営業時間短縮。
夜間外出制限。
学校休校。
ニュースでは、
毎日ダンジョン特番だけが流れていた。
夜になると。
避難放送だけが、
街へ響く。
世界は少しずつ壊れ始めていた。
その静けさの中で。
キーボードを叩く音だけが、
共同ホールへ響いていた。
机の上には、
第十一階層用の装備候補が並べられている。
《耐熱布》
《Heat軽減加工革》
《冷却鉱石》
《耐熱ポーション》
Heat対策装備。
今までの階層では、
ほとんど必要無かったものばかりだった。
共同ホールの壁には、
古いスクリーンショットが貼られている。
《Depth 100 CLEAR》
世界で唯一、
百階層へ到達した瞬間。
今より少し若いAegisが、
画面の中で笑っていた。
その横には、
サ終当日の集合SS。
《サービス終了まで 00:02:11》
誰もログアウトしていない。
最後まで、
全員がギルドハウスへ残っていた。
ソファの端。
いつの間にか、
Rainの荷物置き場みたいになっている毛布。
積まれたエナドリ缶。
誰の物か分からない充電器。
使い古されたキーボード。
壁際には、
昔の攻略ノートまで残っている。
配線はぐちゃぐちゃだった。
誰のか分からない上着。
放置された寝袋。
空になったカップ麺容器。
攻略前になると、
共同ホールはいつもこうなる。
サ終前も同じだった。
数日単位で帰らず、
全員で攻略を詰めていた。
深夜三時。
誰も喋っていないのに、
キーボード音だけが響いていた夜。
ボス前で徹夜しながら、
ルートを組み直していた時間。
あの頃と。
空気が少し似ていた。
Novaは昔と同じ場所へ座り込んでいる。
Crowは壁際。
Cainは適当な椅子へ乱暴に腰掛けていた。
Dwalfは壁際で工具箱を開いている。
金属を削る音が、
静かに共同ホールへ響いていた。
誰も決めたわけじゃない。
だけど。
気付けば、
昔の固定PTと同じ配置になっていた。
誰も言わない。
だけど。
この共同ホールだけは、
昔と変わらなかった。
Rainが冷蔵庫から炭酸を取り出す。
開けた瞬間。
ぷしゅっ、と泡が吹いた。
「うわっ!?」
「また雑に置いてたな」
Cainが笑う。
「今回は私悪くないし!」
Rainが慌てて缶を離す。
泡が机へ垂れた。
Crowが壁際からそれを見る。
「さっき思いっきり振ってただろ」
「いやこれは事故!」
「お前の事故毎回危ねぇんだよ」
共同ホールへ、
少し騒がしい笑い声が広がる。
深夜二時半。
昔と変わらない空気だった。
Novaが立ち上がる。
棚からカップ麺を取り出した。
「腹減った……」
「またそれか」
Rainが呆れる。
「深夜攻略の友だぞ」
「お前毎回それ食ってんな」
「昔はArcも食ってた」
「今も食ってる」
Arcが短く返した。
視線はHeatログから動いていない。
Novaが吹き出す。
「食ってる自覚あったんだ……」
「一応な」
ポットの湯気が静かに上がる。
カップ麺の匂いが、
共同ホールへ広がった。
その匂いまで、
少し懐かしかった。
「そういや昔、
Sia寝落ち事件あったよな」
「あー……」
Rainが笑う。
「レイド中に寝たやつ?」
「違う」
Crowが即座に返した。
「VC繋いだまま八時間寝てた」
「しかも寝言付き」
「やめろ」
Siaが真顔で返す。
Cainが大笑いした。
「しかもArcだけ気付いてなかった!」
「攻略見てた」
Arcが即答する。
「怖ぇよ」
「寝ろって言ったよね私」
「未解析だった」
「会話成立してねぇ」
また笑い声が広がる。
Mistはその様子を見ていた。
昔話なのに。
全員が、
同じ場面を見ているみたいだった。
空気だけで通じている。
長い時間を、
一緒に攻略してきた連中だけの距離感だった。
Mistは少し圧倒されていた。
この人達は、
攻略を怖がっていない。
まるで。
昔から死地へ潜り続けてきたみたいだった。
Rainは少し安心していた。
また、
この空気へ戻って来れたから。
もう二度と、
このメンバーで攻略することは無いと思っていた。
だから。
今、
共同ホールへ全員が居ることが、
少し信じられなかった。
Arcは視線を逸らす。
それ以上見ていると、
少しだけ胸が痛かった。
もう二度と、
戻れないと思っていたからだ。
だけど。
Arcだけは違う。
机へ広げられた装備一覧。
Heat耐性。
装備重量。
移動速度低下。
端末画面へ、
赤い数値が並んでいる。
《Heat耐性 +18》
《重量増加 +7%》
《回避低下 中》
Arcの視線が止まる。
指先だけが動いていた。
重量増加。
回避低下。
前衛Heat消耗。
接敵時間。
頭の中で、
全部を組み直している。
共同ホールへ、
騒がしい笑い声が広がる。
Cainの声がうるさい。
Rainが笑う。
Novaがカップ麺を啜る。
Crowも珍しく口元を緩めていた。
久しぶりに揃った固定PT。
サ終したはずの時間が、
少しだけ戻ってきたみたいだった。
一瞬。
Arcは共同ホールを見渡す。
全員が居る。
それだけで、
少しだけ昔へ戻った気がした。
だけど。
次の瞬間には。
Arcの視線は、
またHeatログへ戻っていた。
Rain達が笑っている。
Cainが騒ぐ。
Novaがカップ麺を啜る。
その中で。
Arcだけが、
第十一階層を見ていた。
「Arc」
「ん」
「聞いてる?」
「聞いてる」
返事をしながらも。
Arcの視線は、
Heatログから動いていなかった。
会話しながらも。
Arcの指は、
無意識にHeatログを書き換えていた。
もう癖だった。
「Arc」
「ん」
「お前、
一時間くらい姿勢変わってないぞ」
「そうか」
本当に気付いていなかった。
Rainは少しだけ寒気を覚える。
Arcだけは、
まだ第十一階層から戻ってきていない。
その時。
壁際で黙っていたDwalfが、
机へ小さな赤い魔石を置いた。
「火の魔石だ」
一瞬。
Arcの視線が動く。
「加工終わったのか」
「さっきな」
Dwalfが笑う。
「耐熱装備へ組み込んでみた。
多分、
Heat侵食かなり軽減できる」
Rainが目を丸くする。
「もう試作してたの!?」
「Heat階層見た時点で必要だと思った」
「仕事早ぇ……」
Arcは既に端末を開いていた。
《Heat軽減率》
《装備重量》
《行動低下》
《前衛負荷》
指が高速で動く。
「……行ける」
「前衛重量少し削れば、
実戦投入可能」
「うわ出た」
Cainが笑う。
「攻略始まるとマジで止まんねぇなコイツ」
「……まだやってんのか」
Cainが後ろから覗き込む。
「重量過多」
Arcが短く返した。
「前衛がHeat対策積み過ぎると、
回避遅れる」
「だから軽装寄り?」
「Heat値が足りない」
「面倒臭ぇ階層だなぁ!」
Cainが笑う。
その声が共同ホールへ響いた。
昔と同じ笑い方だった。
「また徹夜する気か?」
Cainが呆れたように言う。
「あと少しで最適化できる」
「やっぱ狂ってんな」
「昔は三日やった」
Crowが壁際から言った。
「百層前だったな」
「七十二時間レイドとか今考えても頭おかしい」
Novaが引いた顔をする。
「お前も居ただろ」
「固定だったからな」
一瞬。
誰も否定しない。
Rainが少し笑う。
「そういや昔、
Cainがボス部屋誤突入したよな」
「あれは事故!」
「お前毎回事故って言うな」
「しかもArc、
その後六時間攻略組み直してた」
「寝ろって言ったよね私」
Siaが呆れたように言う。
「いやあれ初見ギミックだったし」
「普通全滅したら寝るんだよ」
「未解析だった」
「ほら始まった」
Rainが肩を落とした。
一瞬。
誰も喋らない。
PCファンの音だけが、
静かに響いていた。
Arcは少しだけ手を止めた。
端末画面。
Heatログ。
侵食記録。
数字が並ぶ。
「……癖だ」
短い返答。
だけど。
Rainは知っている。
Arcは、
終わると思っていなかった。
終わって欲しくなかった。
だから最後まで、
攻略ログを整理していた。
サ終十分前。
誰も攻略していなかった。
ただ。
ギルドハウスで喋っていた。
意味の無い雑談。
好きだったボス。
好きだったBGM。
次にやるゲーム。
終わると分かっているのに、
誰もログアウトしなかった。
サ終翌日。
Arcは癖でログイン画面を開いた。
当然。
もう繋がらなかった。
フレンド欄だけが残っていた。
灰色のまま。
VCサーバーだけが残った。
誰も入らなくなったまま。
ログイン履歴が止まり、
固定PTの時間だけが終わっていった。
Arcは、
何度も攻略サイトを開いていた。
もう更新されないサイト。
もう追加されないボス情報。
意味が無いと分かっていても、
開いていた。
攻略している時だけ。
Arcは、
昔みたいに息をしていた。
Rainは知っている。
Arcは止まらない。
攻略できる限り、
前へ進み続ける。
だからこそ。
少し怖かった。
「……で?」
Cainが机へ腰掛ける。
「十一階層、
何がそんなにヤバい?」
Arcが端末を操作した。
大型モニターへ、
第十一階層ログが表示される。
赤いHeat波形。
侵食反応。
熱流マップ。
《Heat蓄積開始》
《視界低下》
《水分消耗増加》
「熱霧が問題」
Arcが言う。
「Heatそのものより、
継続消耗が危険」
「長期戦不可か」
Siaがすぐ理解する。
Arcが頷いた。
「Heat耐性足りないと、
三十分保たない」
「しかも霧で索敵阻害」
Crowが続ける。
「擬態持ちもいる」
一瞬。
誰も喋らない。
PCファンの音だけが響いていた。
Heat Resistが薄くなる。
その瞬間。
肺へ直接、
熱を流し込まれるみたいだった。
立ち止まれば死ぬ。
だから進み続けるしかない。
「……楽しそうだな」
Cainが笑う。
「お前絶対そう言うと思った」
Rainが呆れた。
その時。
Siaが目を細めた。
熱流マップ。
侵食波形。
視線が止まる。
「……動いてる」
「ん?」
一瞬。
誰も喋らない。
キーボード音だけが響く。
共同ホールの空気が少し変わる。
全員の視線が、
熱流マップへ集まった。
Siaの指先が、
モニターをなぞる。
「ここ」
八分周期。
僅かにズレている熱流。
Arcの指が止まる。
視線が固定された。
次の瞬間。
端末操作速度が一気に上がる。
《Heat流動再計算》
《侵食周期修正》
《ルート再構築》
攻略中の目だった。
「……本当だ」
Arcが低く呟く。
「Heat流動がズレてる」
「やっぱ気付いてなかったか」
Siaが笑った。
「助かる」
「うわ珍しい」
Rainが驚く。
「Arcが素直に褒めた」
「レアだな」
「明日Heat爆発するんじゃね?」
「縁起悪いこと言うな」
少し笑い声が広がる。
Mistはその様子を見ていた。
秒数。
位置。
熱流。
侵食周期。
全員が、
同じものを見ている。
だから会話が速い。
だから理解が早い。
まるで、
長年同じレイドを繰り返してきたみたいに。
「役割整理するぞ」
Arcが言った。
共同ホールの空気がまた変わる。
「前衛二枚。
GarmとCain」
「了解」
「Heat上昇時は俺が前出る」
「その間は俺が押さえる」
Cainが即答する。
「索敵はSia」
「ん」
「遊撃はCrowとRain」
「了解」
「火力支援Nova」
「任せな」
役割分担が、
迷いなく決まっていく。
Mist達はその様子を黙って見ていた。
「Sia」
「ん」
「三秒くれ」
「了解」
それだけ。
それだけで通じている。
Mistは理解する。
この人達は。
戦闘を怖がっていない。
撤退という言葉も出ない。
Heat。
侵食。
未解析。
普通なら、
恐怖するはずなのに。
Arc達は、
攻略手順を話している。
第四階層。
今はそこへ入るだけで、
配信ニュースになる。
探索者学校では、
第三階層到達が目標。
そんな世界で。
Aegisだけが、
第十一階層を前提に話していた。
Mistは少し寒気を覚えた。
外では、
避難放送が夜の街へ響いていた。
『現在、
第四階層付近で——』
そこで音声が途切れる。
世界は少しずつ壊れ始めている。
なのに。
Aegisだけが、
もっと深い場所を見ていた。
「……ほんと異常だな」
Rainが苦笑する。
「今さらだろ」
Crowが返す。
「いや、
改めて思った」
その時だった。
共同ホールの大型モニターが、
突然ノイズを走らせる。
《WARNING》
一瞬。
全員の視線が向く。
《UNKNOWN HEAT REACTION》
赤い警告文字。
そして。
第十一階層マップの奥。
今まで存在しなかった場所へ、
赤い反応が浮かび上がった。
Arcの視線が止まる。
熱源位置。
侵食濃度。
反応速度。
全部が異常だった。
「……なんだこれ」
Novaが呟く。
赤い侵食波形。
歪んだ熱流。
Heat反応周期。
見覚えがあった。
サ終前。
百階層付近。
初見レイド。
全滅寸前。
あの時のログに似ている。
Arcが小さく呟く。
「……ありえない」
「Arc?」
Rainが振り返る。
数秒。
Arcは黙っていた。
共同ホールが静まり返る。
誰も、
すぐには喋れなかった。
サ終したはずの攻略が。
また動き始めていた。
Arcだけが、
モニターを見続けている。
「……百階層で見た」
第三十二話でした。
今回は、
「また固定が揃った夜」
というタイトル通り、
再集合回でした。
サ終したネトゲって、
サービスそのものだけじゃなくて、
そこで過ごしていた時間ごと終わる感じがあると思っています。
もうログイン出来ない。
VCも動かない。
フレンド欄だけが灰色になる。
でも、
ふとした瞬間に、
またあの空気へ戻りたくなる。
今回は、
そんな“終わったはずの固定PT”をかなり意識して書きました。
あと、
Dwalfの耐熱装備周りみたいな、
生産職込みの攻略感も今後もっと出していきたいです。
そして最後。
Arcが見た“百階層の何か”。
第十一階層が、
少しずつおかしくなり始めています。
次回から、
また攻略が動きます。
ここまで読んで頂き、
本当にありがとうございます。




