第二十七話 凱旋
# 第二十七話 凱旋
崩壊した第十階層。
停止した第二炉アトラスの残骸が、赤熱した煙を上げ続けていた。
誰もすぐには動けなかった。
荒い呼吸だけが、静まり返った広間へ響いている。
焼けた空気。
溶けた石床。
崩れ落ちた遺跡。
その全てが、死闘の痕跡だった。
誰も動かなかった。
いや。
動けなかった。
全身から力が抜けていた。
あと一歩遅れていれば死んでいた。
そんな感覚だけが、全員の身体へ重く残っていた。
「……終わった、のか」
Rainが息を吐く。
双剣を支えにしなければ立っていられない。
腕が震えていた。
肺も痛い。
だが。
まだ生きている。
「はは……」
Novaがその場へ座り込んだ。
「もう二度と暴走炉とかやりたくないんだけど……」
「同感だ」
Garmが砕けた盾を見下ろす。
中央が大きく陥没していた。
何度も命を守ってきた盾。
それでも最後まで壊れなかった。
「……よく耐えたな」
小さく呟く。
その横で。
「触んな!!」
突然、Dwarfが叫んだ。
全員が振り向く。
Dwarfはアトラス残骸へ駆け寄っていた。
「先に炉心回収だ!!」
「お前急に元気になったな」
Rainが呆れる。
だがDwarfの目は完全に職人のそれだった。
赤熱装甲。
崩れた魔導炉。
露出した内部流路。
「やべぇ……」
「加工したい……」
「今その感想出る!?」
Novaが叫ぶ。
Dwarfは気にしない。
赤熱した残骸を叩き、素材を確認していく。
「これ第二炉装甲だぞ」
「耐熱加工に使える」
「しかも内部流路生きてる」
「……おいArc」
「たぶん魔導循環装備いける」
「今は後だ」
Arcが苦笑した。
その時だった。
崩壊した炉心中央。
赤黒い巨大結晶が、瓦礫を押し退けるように姿を現した。
ゴォ……と低い駆動音みたいな振動。
「……デカっ」
Rainが目を見開く。
人の上半身ほどある赤黒い結晶。
直径は五十センチ近い。
内部では赤熱した魔力が脈打ち、炉みたいに明滅していた。
熱気が周囲へ漏れ出している。
Arcが慎重に触れる。
「……これが」
「地の大魔石か……!」
Dwarfが興奮した声を上げた。
「マジで残ってやがった!!」
「これだけで装備更新できるぞ」
「耐熱装備も行ける」
Garmが苦笑した。
「本当に元気になったな」
「重っ!?」
Rainが持ち上げようとして顔を歪める。
「おいこれ何キロあるんだよ!」
「だから大魔石なんだろ」
Dwarfが笑った。
「貸せ」
Garmが片腕で大魔石を持ち上げる。
普通なら持ち上がらない重量。
だがGarmはそのまま肩へ担いだ。
「いやお前も大概だからな!?」
Rainが突っ込む。
その時。
協会通知が視界へ展開される。
《第十階層 踏破確認》
《第二炉アトラス 討伐確認》
《ギルド《Aegis》 階層到達記録更新》
「……え?」
Rainが目を瞬かせた。
次々と通知が流れる。
《探索者ランク評価上昇》
《協会注目対象へ登録》
《攻略記録公開》
「公開?」
Novaが顔を引きつらせる。
Arcは静かに通知を閉じた。
「……観測されてたな」
「いや絶対そうだと思った」
Rainが頭を抱える。
「最後のアレ、絶対見られてるだろ」
「見られてるどころじゃないと思う……」
Novaが遠い目をした。
そして。
帰還転移。
視界が白く染まる。
次の瞬間。
探索者協会中央ホール。
転移光が広間へ灯った。
一瞬。
空気が止まる。
「あ……」
誰かが呟いた。
「帰ってきた」
「マジで生還したぞ」
次の瞬間。
ざわめきが爆発した。
「Aegisだ!!」
「第二炉突破PT!!」
「本物!?」
通路が自然に開く。
誰も近付かなかった。
いや。
近付けなかった。
Aegisの全員が、血と煤でボロボロだったからだ。
Garmの盾は半壊。
Rainの装備は焼け焦げ。
Novaの杖は砕けかけている。
それでも。
全員、生きて帰ってきた。
その事実だけで、空気が変わっていた。
誰も声を掛けられなかった。
近付きたい。
話しかけたい。
だが、それ以上に。
Aegisが潜ってきた死線の熱量が、まだ全身へ纏わり付いていた。
「……第二炉突破って」
「マジなんだな」
「しかも暴走個体だぞ……?」
新人探索者たちが息を呑む。
憧れ。
畏怖。
羨望。
様々な感情が、広間全体へ広がっていた。
Rainが引きつった顔になる。
「うわ……」
「めちゃ見られてる……」
「当然だ」
Arcは平然としていた。
だが。
視線の数が異常だった。
「Garmやべぇ……」
「あの盾役マジかよ」
「……いや待て」
「あの神官、回復してただけじゃねぇぞ」
「背部炉のタイミング読んでたよな?」
「指揮してたのアイツか?」
「神官ってあんな動きする職か……?」
声が広間中から飛ぶ。
その時。
協会職員たちが慌ただしく動き始める。
「第十階層突破確認!」
「第二炉討伐ログ一致しました!」
「暴走個体記録も残ってます!」
「マジかよ……」
「新人PTだぞ?」
記録班が騒ぎ。
連絡用魔導端末が次々と光る。
上層への報告が飛んでいた。
その時。
「よう」
低い声。
振り向く。
銀灰色のコート。
大型剣。
《Fenrir》。
酒場で観戦していた男だった。
「派手にやったな」
Rainが少し警戒する。
だが男は笑った。
「そんな構えんな」
「別に取って食ったりしねぇよ」
視線がGarmへ向く。
「お前」
「よくあの暴走個体止めたな」
Garmは静かに答えた。
「止めないと後ろが死ぬ」
男が笑う。
「気に入った」
そして。
少しだけ口元を吊り上げた。
「ウチ来る気ねぇか?」
「断る」
Arcが即答した。
「ははっ、早ぇな」
Fenrirの男が笑う。
「まぁ、そんな気はしてた」
その時。
別方向から声が飛ぶ。
「Arc」
白ローブ。
《白銀の翼》の魔導士だった。
「少し聞きたいことがある」
「面倒事の匂いがする」
Arcが淡々と言う。
Rainが吹き出した。
白銀の翼の魔導士は小さく笑う。
「……確かに厄介だ」
その視線がArcへ向く。
「第二炉術式」
「どこで知った?」
空気が少し張る。
だがArcは表情を変えなかった。
「経験則だ」
「昔、似た構造を見たことがある」
「その経験則が異常なんだよ」
白銀の翼の魔導士が息を吐く。
その時。
協会職員が慌てて走ってきた。
「Aegisの皆様ですね!?」
「協会より正式に呼び出しが――」
「来たか」
Arcが小さく呟く。
周囲がざわついた。
「協会呼び出し?」
「もうかよ」
「やっぱ注目されてんな……」
その時。
協会上層。
個室観測室。
黒コートの男が静かにモニターを閉じる。
「……Aegis」
男は小さく笑った。
「予想以上だ」
机の上には、第十階層以降の未公開資料。
そして。
《Aegis》の新規記録ファイル。
「……成長が早すぎる」
男は《Aegis》の記録ファイルを閉じた。
「才能だけなら、過去にもいた」
静かな声。
だが。
その目には確かな警戒が浮かんでいる。
「だが――」
「知識と攻略速度を両立している探索者は危険だ」
男はゆっくり立ち上がる。
その口元には、薄い笑みが浮かんでいた。
「早めに接触しておくべきか」
「……面白くなってきた」
第二炉アトラス編、ここで一区切りです。
今回は「死闘の後」をかなり意識して書きました。
ただ勝つだけじゃなく、
「本当にギリギリだった」
「周囲から見ても異常だった」
という空気を出したかったので、観戦者や協会側の反応を多めに入れています。
特に今回は、
Garmの盾役としての異常さ。
Arcの“神官なのに攻略職みたい”な不気味さ。
この二つを強めに描きました。
そしてAegisも、ついに「新人PT」では済まされない立ち位置へ。
次回からは、
・協会側との接触
・第十階層以降
・他ギルドの動き
・装備更新
など、世界がさらに広がっていく予定です。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。
感想や評価、かなり励みになっています。
次回もよろしくお願いします。




