第二十六話 観戦者たち
# 第二十六話 観戦者たち
探索者協会中央ホール。
吹き抜けの天井近く。
巨大な魔導モニターが空中へ展開されていた。
映し出されているのは、第八階層。
第二炉アトラス戦。
中央ホールは異様な熱気に包まれていた。
「おい……まだ戦ってんのかあいつら」
「嘘だろ、第二形態行ってるぞ」
「新人PTじゃなかったか?」
探索者たちの視線が、一斉にモニターへ集まっている。
酒場エリアでも同じだった。
昼間から酒を飲んでいた探索者たちですら、いつの間にかグラスを止めている。
「いや無理だろあれ……」
「第二炉暴走個体とか聞いたことねぇ」
「新人PTなんだろ?」
「だから終わりだって言ってんだよ」
「そもそも第二形態の時点で上位レイドだぞ」
探索者たちの声が飛び交う。
顔色の悪い者。
面白がっている者。
既に興味を失ったように酒を飲む者。
だが。
全員がモニターから目を離せなかった。
「俺あの階層行ったことあるぞ」
「第二炉起動した時点で逃げる」
「なのにまだ戦ってる……」
モニターの中。
赤熱した巨人が咆哮みたいな駆動音を響かせる。
その前へ。
巨大盾を構えた男が立った。
「……止める気か?」
「馬鹿だろ」
次の瞬間。
《BOOST IMPACT》
轟音。
観測用魔導機越しでも分かる衝撃。
赤熱した拳が、Garmの盾へ激突した。
「うおっ……!?」
酒場がざわつく。
衝撃波で映像そのものが揺れた。
モニター内。
Garmの足元が砕ける。
石床が陥没し、両脚が地面へ沈み込んでいた。
それでも。
盾が下がらない。
「……止めた?」
「いや、嘘だろ」
「正面で!?」
「いや待て」
「第二炉暴走個体を正面で止める盾役とか聞いたことねぇぞ」
「腕折れてるだろあれ」
「なんで立ってんだよ……」
「盾役ってレベルじゃねぇぞ……」
「あれ、一人で前線作ってる」
探索者たちの顔色が変わり始める。
酒場の空気が変わっていた。
さっきまで「終わった」と笑っていた探索者たちが、誰も酒を飲まなくなっていた。
気付けば、酒場全員が立ち上がっていた。
椅子を蹴る音。
誰かがテーブルへ手をつく。
誰も座っていられなかった。
そこへ。
Fenrir所属の探索者が小さく笑った。
「面白ぇ」
銀灰色のコート。
大型剣。
上位ギルド《フェンリル》所属。
「新人にしちゃイカれてる」
「連携速度が異常だ」
「即席PTの動きじゃねぇ」
男の視線がモニターへ向く。
Garmが止めた一瞬。
その横をRainが抜ける。
Crowが死角へ潜る。
Novaの障壁が割り込み。
Mistが回復を通す。
「誰だ、指揮してんの」
フェンリルの席でも、探索者たちがモニターを睨んでいた。
「いや、Garmヤバすぎるだろ」
槍使いの男が笑う。
「第二炉暴走個体を正面で止めるとか聞いたことねぇ」
「しかもまだ立ってる」
「タンクっていうか壁だろもう」
別の女探索者も呆れたように息を吐く。
「前衛連携も異常」
「Novaの障壁タイミングも噛み合ってるし」
「……いや」
銀灰色のコートの男が笑う。
「あれ、Arcが全部繋いでる」
視線がモニターへ向く。
暴走炉を見据える神官。
「……やっぱりアイツか」
「神官の動きじゃねぇんだよな」
「あれは“知ってる奴”の動きだ」
その時だった。
ホール中央。
別のギルドテーブルでも声が上がる。
「……解析してる」
白ローブの魔導士が目を細めた。
ギルド《白銀の翼》。
中層攻略組。
「第二炉術式を初見で?」
「いや、それだけじゃない」
「冷却タイミングまで読んでるぞ」
隣の女剣士が眉をひそめる。
「あり得るの?」
「普通は無理」
白ローブの男は静かに呟く。
「知識がある」
「しかも異常なレベルで」
《白銀の翼》のテーブルでも、空気が変わっていた。
「いや待て」
女剣士がモニターを睨む。
「なんであのタイミングで背部炉へ行ける?」
「普通なら近付くだけで死ぬぞ」
白ローブの魔導士が静かに答える。
「暴走周期を読んでる」
「冷却の瞬間を狙ってるんだ」
「初見で?」
「あり得ない」
別の魔導士が顔をしかめた。
「第二炉術式なんて、上位でも解析班が必要だぞ」
「しかも暴走移行後だ」
「知識だけじゃない」
白ローブの男が呟く。
「経験がある」
「神官なんだろ?」
「なんで攻略士みたいな動きしてる」
「……不気味だな」
白ローブの男は、停止したアトラスを見つめる。
「放っておけば、いずれ上位へ食い込む」
「しかもPT完成度が高い」
「崩しにくいタイプだ」
同じ頃。
協会外周の露店街でも、人だかりが出来ていた。
空中投影された魔導モニター。
武器屋。
素材商。
行商人。
通行人。
誰もが足を止め、暴走炉アトラス戦を見上げている。
「おい、あれ新人ギルドだろ?」
「マジで第二炉やってんのか?」
「死ぬぞあれ……」
だが。
誰もその場を離れない。
視線が吸い寄せられていた。
赤熱した巨人。
崩壊する遺跡。
命懸けで繋ぐ探索者たち。
その時。
モニター内で、赤熱した背部炉が脈打った。
ゴゥ――……。
巨大炉の駆動音。
空気が震える。
「……なんだ?」
「嫌な感じがするぞ」
次の瞬間。
《OVERHEAT MODE》
広間が爆炎で染まった。
酒場が静まり返る。
「おい……」
「なんだ今の」
「暴走したぞ」
赤熱した魔力が、アトラス全身へ走る。
装甲の隙間から赤光が噴き出した。
「熱暴走してる」
「違う」
白銀の翼の魔導士が顔をしかめた。
「炉心を無理やり回してる」
「そんなことしたら――」
「自壊寸前だ」
だが。
「その代わり、出力は跳ね上がる」
次の瞬間。
アトラスが消えた。
「っ!?」
歓声が止まる。
映像内でRainたちが吹き飛ぶ。
Novaの障壁が砕け散る。
Garmの巨体すら弾き飛ばされた。
「終わった……」
誰かが呟いた。
露店街でも悲鳴が上がる。
「速ぇ!!」
「見えなかったぞ今!」
「なんだあの化け物……!」
モニターの中。
崩壊する広間。
吹き飛ぶ瓦礫。
赤熱した熱風。
探索者たちが、命懸けで踏み止まっていた。
その中で。
Garmが再び立ち上がる。
砕けた盾。
震える腕。
血塗れの身体。
それでも前へ出る。
「まだ止める気かよ……」
「いや、化け物だろあの盾役……」
誰かが呟いた。
次の瞬間。
《GROUND BREAK》
激突。
広間が揺れた。
石床が爆ぜる。
Garmの身体が沈み込む。
両脚が地面へ埋まる。
それでも。
盾が下がらない。
「なんなんだアイツ……」
「腕完全に死んでるだろ」
「なのにまだ立ってる……」
酒場の探索者たちが呆然とモニターを見つめる。
その瞬間。
「今だ!!」
モニターの中でRainが叫ぶ。
同時。
RainとCrowが走った。
「行く気か!?」
「無茶だ!!」
露店街でも悲鳴が上がる。
だが。
二人は止まらない。
熱風。
崩壊。
赤熱した巨体。
それでも前へ出る。
Novaの障壁が割れる。
Mistが回復を飛ばす。
全員が崩れかけながら繋いでいた。
誰も座っていなかった。
全員、モニターへ身体を乗り出している。
「避けろ!!」
誰かが叫んだ。
モニター相手なのに。
「そこだ!!」
「行けぇぇぇ!!」
気付けば。
酒場中が叫んでいた。
さっきまで他人事みたいに見ていた探索者たちが、拳を握り締めている。
その時。
白銀の翼の魔導士が目を見開いた。
「……合わせた」
「え?」
「背部炉へのタイミング」
「暴走周期に合わせてる」
フェンリル所属の男も笑う。
「背部炉狙いか」
「攻略理解してやがる」
「しかも初見で」
「普通は気付かねぇ」
その目が、Arcへ向いた。
「神官の動きじゃない」
「あれは“知ってる奴”の動きだ」
同時。
《CROSS EDGE》
《SHADOW BREAK》
赤熱した炉心へ双刃が突き刺さった。
一瞬。
協会全体が静まり返る。
そして。
ゴゥゥゥゥゥ――――ッ!!
モニター越しでも分かる暴走。
赤光。
崩壊。
噴き出す魔力。
「離れろ!!」
「避けろ!!」
「逃げろ!!」
酒場中が叫んでいた。
だが遅い。
モニター全体が白く染まった。
轟音。
ノイズ。
砂嵐。
露店街でも悲鳴が上がる。
「見えねぇ!!」
「どうなった!?」
誰も息をしていなかった。
そして。
白煙が晴れる。
停止したアトラス。
崩壊した遺跡。
その前で。
探索者たちが、まだ立っていた。
《第二炉アトラス 討伐完了》
一瞬。
誰も声を出さなかった。
本当に倒したのか。
その現実を、誰も理解できなかった。
そして。
誰かが立ち上がる。
「……うお」
次の瞬間。
「うおおおおおおおおおっ!!」
歓声が爆発した。
テーブルが叩かれる。
酒が零れる。
露店街でも歓声が響いた。
「勝った!!」
「新人が倒しやがった!!」
「ヤバすぎるだろ!!」
「どこのギルドだ!!」
武器屋の店主が笑う。
素材商が口笛を吹く。
探索者たちが肩を叩き合う。
さっきまで「終わった」と言っていた探索者すら、興奮した顔でモニターを見上げていた。
「……新人じゃねぇ」
「本物だ」
「Arc……?」
「あの神官か」
「覚えとけ」
「ああいう奴は絶対上まで来る」
「Rainも覚えとけ」
「あの双剣、まだ粗い」
「だが伸びるぞ」
フェンリル所属の男だけは、静かにモニターを見つめていた。
映っているのは、停止したアトラス。
そして。
ボロボロになりながら立つ探索者たち。
「……いいPTだ」
男が小さく笑う。
「無理やり繋いで勝ちやがった」
その視線が、一人へ止まる。
神官姿のArc。
停止したアトラスを見つめる男。
「特にアイツ」
「神官なのに、動きが攻略職だ」
隣の探索者が眉をひそめた。
「知ってるのか?」
「いや」
男は笑う。
「だが面白い」
同じ頃。
《白銀の翼》の魔導士も、静かにモニターを見つめていた。
「……危険だな」
「危険?」
「知識がある探索者は厄介だ」
男は目を細める。
「しかも戦闘経験まで積み始めてる」
その視線が、Arcへ向く。
「放っておけば、いずれ上位へ食い込む」
そして。
協会上層。
個室観測室。
そこでも一人の男が、静かにモニターを見下ろしていた。
黒コート。
鋭い眼光。
机の上には、第十階層以降の未公開資料まで並んでいる。
「……Arc」
男が小さく呟く。
男は停止したアトラスを眺めながら、小さく笑った。
「新人PTでここまで来るか」
「予想以上だ」
男は椅子へ深く座り直す。
停止したアトラス。
歓声を上げる探索者たち。
そして。
ボロボロになりながら立つ、新人PT。
「接触するか」
その一言だけで、背後の秘書が顔を上げた。
男は静かに笑う。
「……面白くなりそうだ」
第二炉アトラス戦、そして観戦編までようやく書き切れました。
今回はかなり「MMOレイド感」を意識していました。
特に書きたかったのは、
“戦っている本人たちは必死なのに、外では大騒ぎになっている”
という温度差です。
協会。
酒場。
露店街。
上位ギルド。
色んな場所で同じ戦闘を見ている。
しかも最初は、
「新人PTじゃ無理だろ」
と笑われていたのに、少しずつ空気が変わっていく。
あの流れはかなり好きでした。
特にGarm。
今回、外部視点が入ったことで、ようやく「どれだけ異常な盾役なのか」を描けた気がします。
普通なら吹き飛ぶ攻撃を、壊れた盾で止め続ける。
腕が終わっていても立つ。
ああいう“前線を維持するタンク”は、やっぱりレイド戦の華ですね。
そしてArc。
今回はかなり「知識持ち」の不気味さを意識していました。
周囲からすると、
「なんで初見でそこまで分かる?」
という状態なんですよね。
神官なのに攻略職みたいな動きをしているのも含めて、少しずつ周囲から警戒され始めています。
Rainも今回はかなり主人公してきました。
まだ未熟。
でも止まらない。
上位探索者たちから、
「あの双剣、伸びるぞ」
と言われるくらいには、少しずつ“前衛エース感”が出てきたかなと思います。
あと個人的に、観戦していた探索者たちが途中から全員立ち上がって叫び始めるシーンはかなり気に入っています。
レイド戦って、ああいう「知らない誰かまで熱狂させる空気」があると一気に面白くなるんですよね。
次回からは、討伐後の影響が本格的に出始めます。
注目され始めるギルド。
接触してくる上位勢。
そしてアトラス素材。
少しずつ世界が広がっていく予定です。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
感想など頂けると、とても励みになります!




