第二十四話 灼熱の残響
# 第二十四話 灼熱の残響
轟音が消えた。
いや。
聞こえていないだけだった。
耳鳴りが酷い。
キィィィ……という不快な高音が、頭蓋の奥で鳴り続けている。
視界は白かった。
砂煙。
爆炎。
焼けた石の臭い。
熱風が肺へ入り込み、Rainは激しく咳き込んだ。
「……っ、は……!」
呼吸するたび喉が裂ける。
肺へ熱気が流れ込む。
身体中が熱い。
いや、熱いという感覚すら曖昧だった。
皮膚が焼け、感覚そのものが麻痺している。
Rainは崩れた石床へ手をつき、無理やり顔を上げた。
広間が変わっていた。
石床は崩れ、至る所が赤熱している。
天井には巨大な亀裂。
崩落しかけた瓦礫が、今もぱらぱらと降り続けていた。
遺跡そのものが壊れかけている。
OVERHEAT MODE。
あれは単なる強化じゃない。
暴走だ。
空気がおかしい。
熱だけじゃない。
広間全体が震えていた。
石柱が軋む。
天井から瓦礫が落ちる。
赤熱した炉心が脈打つたび、遺跡そのものが悲鳴を上げていた。
胃の奥まで揺さぶられるような振動が走る。
誰も理解していた。
次が来れば、本当に終わる。
「……全員、無事か……!?」
Rainが叫ぶ。
だが声が掠れる。
返事がない。
心臓が嫌な音を立てた。
「Garm! Dwarf!! Nova!!」
「……うるせぇな」
低い声。
崩れた石柱の向こうからDwarfが立ち上がる。
片膝をつき、床へ斧を突き刺しながら無理やり身体を起こしていた。
肩は焼け、腕から血が流れている。
それでも笑っていた。
「まだ生きてる」
「Dwarf!」
「……っは。死ぬかと思った」
Dwarfが血を吐きながら笑う。
だが足元はふらついていた。
もうまともな状態じゃない。
それでもDwarfは斧を離さない。
強敵。
その言葉だけで血が熱くなる。
身体は限界だった。
肩も痛む。
腕も痺れている。
それでもまだ前へ出られる。
だからDwarfは笑っていた。
「Mist!」
「……いる!」
少し離れた場所。
瓦礫を押し退けながらMistが姿を現す。
ローブの端が焼け焦げていた。
呼吸も荒い。
それでもポーションケースだけは、しっかり抱えている。
「Novaは!?」
「分かんない!」
嫌な沈黙。
その時だった。
「……そこまで大声出さなくても聞こえてる」
瓦礫の山が動いた。
崩れた石材を押し退けながらNovaが這い出てくる。
額から血が流れていた。
魔法杖の先端も半ば砕けている。
「生きてたか!」
「ギリギリね……」
Novaが苦々しく笑う。
「障壁を三重展開してなかったら死んでた」
だがその声にも余裕はない。
魔力切れ寸前。
それは誰の目にも明らかだった。
Novaの呼吸は荒い。
魔力が足りない。
障壁を展開するたび、身体の奥から何かが削れていく感覚があった。
頭痛がする。
視界も滲む。
吐き気すらあった。
それでも止められない。
ここで支援を切れば、Rainたちが死ぬ。
残る一人。
Rainの視線が広間を彷徨う。
「……Garm」
返事がない。
嫌な汗が背中を流れた。
「Garm!!」
Rainは崩れた瓦礫を飛び越えながら走る。
熱で石床が赤く変色していた。
靴裏が焼ける。
肺が痛む。
呼吸が浅い。
それでも止まらない。
瓦礫の奥。
巨大な影が見えた。
そこでRainは息を呑む。
Garmの盾が砕けていた。
完全に壊れてはいない。
だが中央が大きく陥没している。
大盾として、もう限界だった。
Garm自身も片膝をついている。
肩で呼吸し、口元から血が流れていた。
「おい……!」
「……騒ぐな」
Garmが低く呟く。
「耳に響く」
その声に、Rainは少しだけ安堵した。
まだ意識はある。
だが。
立っているだけで限界なのが分かった。
腕が震えている。
呼吸も浅い。
もう盾役として成立する状態じゃない。
それでもGarmは立とうとしていた。
「まだだ……」
砕けた盾へ手を掛ける。
腕が震える。
指先の感覚も残っていない。
それでもGarmは無理やり身体を起こした。
「無理するな!」
「無理でも立つ」
Garmが盾を支えながら立ち上がる。
「俺が下がれば、お前たちが死ぬ」
重い。
砕けた盾が悲鳴を上げる。
衝撃が来るたび、両腕の感覚が薄れていった。
押される。
少しずつ。
それでも退けない。
後ろには仲間がいる。
ここを抜かれれば終わる。
だからGarmは、崩れそうな脚を無理やり踏み締めた。
Rainは言葉を失った。
その時。
ゴゥ――……。
再び、あの音が響いた。
全員の身体が凍る。
砂煙の奥。
赤光が灯った。
「……嘘だろ」
Novaの声が掠れる。
アトラス。
まだ立っていた。
全身の装甲は砕けている。
背部炉も大きく損傷していた。
だが。
赤熱した炉心は、まだ脈打っている。
ゴゥ……ゴゥ……。
巨大炉の駆動音が広間へ響くたび、空気そのものが震えていた。
「まだ動くのかよ……!」
Dwarfが笑う。
だがその笑みは引きつっていた。
もう全員限界だ。
回復も少ない。
防御も崩れている。
ここからもう一度あの突撃を受ければ、本当に終わる。
Mistは次のポーションへ手を伸ばした。
だが一瞬止まる。
残数が少ない。
Garmへ投げるか。
Dwarfを優先するか。
Novaも限界だ。
一瞬迷う。
その判断一つで、誰かが死ぬ。
Mistは歯を食いしばりながら、薬瓶を握り締めた。
だが。
悠真だけは、まだアトラスを睨んでいた。
視線は背部炉。
赤熱した巨大炉心。
「……遅い」
「は?」
Rainが振り向く。
悠真の目が細まっていた。
「第二形態より、明らかに遅い」
全員がアトラスを見る。
確かに。
さっきまでの異常な速度がない。
巨体が僅かに揺れている。
背部炉の赤光も不安定だった。
明滅している。
「暴走の反動だ」
悠真が呟く。
「OVERHEATで出力を限界以上に引き上げた」
「つまり?」
「冷却が必要なんだよ」
一瞬。
全員の空気が変わった。
攻略。
それが見え始める。
「今なら止められるのか?」
「完全停止は無理だ」
悠真が首を振る。
「でも動きは落ちてる」
「なら――」
「問題は時間だ」
悠真が続ける。
「冷却が終われば、また加速する」
沈黙。
つまり。
今しかない。
「……やるしかねぇか」
Dwarfが斧を担ぐ。
腕は震えていた。
だが目は死んでいない。
「Crow」
Rainが視線を向ける。
黒衣の男は、静かに短剣を構えた。
「あぁ」
短い返答。
だが十分だった。
全員、まだ戦うつもりだった。
怖かった。
正直、逃げたかった。
全身が悲鳴を上げている。
本能はずっと逃げろと叫んでいた。
だが。
ここで退けば、Garmが崩れる。
Dwarfの時間も無駄になる。
Novaの障壁も。
Mistの回復も。
全部無駄になる。
だからRainは、震える脚を無理やり前へ押し出した。
「作戦は単純だ」
悠真が叫ぶ。
「GarmとDwarfで正面固定!」
「RainとCrowで背部炉を破壊!」
「Novaは牽制!」
「Mistは全員生かせ!!」
「雑すぎるでしょその作戦!」
「他にあるか!?」
「ない!!」
Novaが叫び返す。
その瞬間。
アトラスの赤眼が灯った。
標的を捉える。
殺意。
その圧だけで空気が凍る。
「来るぞ!!」
背部炉が爆ぜる。
赤熱した魔力が後方へ噴き出した。
次の瞬間。
巨体が地面を抉りながら前へ滑る。
砕けた石床が跳ね上がり、熱風が一直線に吹き荒れた。
速い。
だが第二形態直後ほどじゃない。
見える。
Garmは砕けかけた盾を無理やり押し上げた。
両腕が軋む。
肩が悲鳴を上げる。
だが避けられない。
《BOOST IMPACT》
赤熱した拳が盾へ激突する。
瞬間。
遺跡全体が揺れた。
衝撃波が広間を貫き、周囲の瓦礫が跳ね上がる。
天井の亀裂がさらに広がった。
遅れて爆風がRainたちを叩く。
立っているだけで精一杯だった。
衝撃が盾越しに突き抜ける。
Garmの両腕が後ろへ押し込まれた。
踏み締めた石床が耐え切れず砕ける。
両脚が地面へ沈み込んだ。
肺が潰れる。
腕の骨が軋む。
重い。
赤熱した拳が、盾ごと身体を押し潰してくる。
脚が滑る。
砕けた石床が削れていく。
腕の感覚はもう曖昧だった。
それでもGarmは盾を下げない。
ここで抜かれれば終わる。
だから歯を食いしばって、無理やり踏み止まった。
「ぐっ……ぁぁぁ!!」
押される。
だが止める。
後ろへ通せば終わる。
だからGarmは、崩れそうな身体を無理やり踏み締めた。
そして。
止まった。
「今だァァァ!!」
Garmが押さえた。
ほんの一瞬。
だがFenには十分だった。
Dwarfが踏み込む。
砕けた石床が爆ぜた。
肩が痛む。
腕も痺れている。
それでも止まれない。
ここで押し負ければ、前線そのものが崩壊する。
熱い。
赤熱した装甲が、斧越しに熱を伝えてくる。
腕が焼けそうだった。
熱刃と斧が削り合う。
火花が爆発する。
押される。
足が滑る。
それでもDwarfは笑った。
真正面から力比べできる相手。
それだけで血が熱くなる。
まだ押し切れる。
まだ前へ出られる。
だからDwarfは、さらに深く踏み込んだ。
「っらぁぁぁ!!」
Dwarfは咆哮しながら、巨大斧を全力で振り抜いた。
《BREAK HOWL》
空気が裂ける。
赤熱装甲へ斧が叩き込まれた。
火花が爆発した。
衝撃波で周囲の砂煙が吹き飛ぶ。
アトラスの巨体が僅かによろめく。
「Crow!!」
「分かってる」
Crowが床を蹴る。
低く。
滑り込むみたいに。
黒影が赤熱した巨体の死角へ潜り込んだ。
熱風が頬を掠める。
数センチ遅れていれば、顔ごと焼けていた。
それでも速度は落とさない。
止まった瞬間、あの巨腕に潰される。
Crowは低く身体を沈めながら、アトラスの死角へ潜り込んだ。
Rainも続く。
肺が痛い。
熱風で呼吸が乱れる。
それでも止まれない。
Garmが耐えている。
Dwarfが押し返した。
Novaが繋いだ。
今止まれば、その全部が無駄になる。
だからRainは、無理やり脚を前へ出した。
怖かった。
一歩踏み間違えれば死ぬ。
そう理解しているのに、脚だけが前へ出る。
心臓が暴れる。
呼吸が浅い。
喉が焼ける。
それでも止まれなかった。
Crowが先へ出る。
Rainは半歩遅れて追う。
視線を合わせる余裕なんてない。
だが分かる。
Crowがどこへ潜るか。
どこを狙うか。
短い探索の中で、何度も繰り返した連携だった。
止まるな。
止まった瞬間、焼かれる。
Rainは歯を食いしばりながら、熱風の中を駆け抜けた。
その瞬間。
アトラスの赤眼がRainを捉えた。
「っ!?」
巨腕が振り上がる。
「Rain!!」
間に合わない。
そう思った瞬間。
《MAGIC WALL》
Novaの障壁が割り込んだ。
赤熱した巨腕が障壁へ叩き付けられる。
瞬間。
魔法陣全体へ亀裂が走った。
Novaの魔法陣へ亀裂が走る。
維持できない。
魔力が一気に削られていく。
「っ……!!」
歯を食いしばりながら、それでもNovaは障壁を押し込んだ。
頭が割れそうだった。
視界も揺れる。
それでもここで止めれば、Rainが死ぬ。
だからNovaは、砕ける寸前の障壁を無理やり維持した。
次の瞬間。
障壁そのものが砕け散った。
爆風がRainの髪を揺らす。
だが、その一瞬で十分だった。
Rainが滑り込む。
背部炉。
赤熱した炉心が、目の前にあった。
呼吸が乱れる。
肺へ流れ込む熱気が、内側から肉を炙っていく。
まともに目を開けていられない。
違う。
本能が理解していた。
ここにいてはいけない。
皮膚が焼ける。
呼吸するたび肺が軋む。
それでもRainは脚を止めなかった。
「Crow!」
「あぁ」
二人が同時に踏み込む。
《CROSS EDGE》
《SHADOW BREAK》
赤熱した炉心へ刃が突き刺さる。
瞬間。
広間全体が震えた。
ゴゥゥゥゥゥ――――ッ!!
炉心が暴走する。
「まず――」
悠真の顔色が変わる。
次の瞬間。
アトラスの背部炉へ巨大な亀裂が走った。
亀裂の奥から、制御を失った赤光が溢れ出す。
熱風が爆ぜた。
空気が震える。
石床が溶ける。
遺跡全体が悲鳴を上げていた。
赤熱した炉心が脈打つ。
一度。
二度。
三度。
そのたびに、広間全体へ魔力波が叩き付けられた。
石床が内側から弾け飛ぶ。
砕けた瓦礫が宙へ舞い上がった。
制御を失った魔力が、炉心の内側で暴れ狂っていた。
空気が震える。
熱だけじゃない。
広間そのものが悲鳴を上げていた。
石柱が軋む。
天井から瓦礫が落ちる。
赤熱した炉心が脈打つたび、周囲の温度がさらに跳ね上がっていく。
誰も呼吸していなかった。
赤熱した炉心だけが、不気味に脈打っている。
ゴゥ……。
ゴゥ……。
巨大炉の駆動音だけが、静まり返った広間へ低く響いていた。
その音が鳴るたび、床の亀裂が少しずつ広がっていく。
天井から、小さな瓦礫が落ちた。
誰も動かない。
動けない。
本能だけが叫んでいた。
――逃げろ、と。
次の瞬間。
ゴゥン――ッ!!
衝撃。
広間全体へ赤熱した魔力波が広がった。
瓦礫が浮く。
床が軋む。
遺跡そのものが悲鳴を上げていた。
まずい。
誰もがそう理解した瞬間――。
「離れろォォォ!!」
悠真が絶叫する。
だが遅い。
赤熱した炉心が膨張する。
限界。
暴走。
そして――。
次の瞬間。
視界が白に染まった。
第二形態戦、ようやく決着まで書き切れました。
今回は「ただ強い敵」じゃなく、“暴走した炉”みたいなイメージでアトラスを書いていました。
なので戦闘中も、
・熱
・振動
・崩壊
・呼吸しづらさ
みたいな、「その場にいるだけで危険」という空気感をかなり意識しています。
特にGarmは、今回かなり好きな立ち位置になりました。
圧倒的に押されているのに、それでも前へ出続ける。
「自分が崩れたら後ろが死ぬ」
その一点だけで耐え続けるタンクは、やっぱりPT戦の要だなと改めて思います。
Fenも今回はかなり“脳筋前衛”感が出せて気に入っています。
ボロボロでも笑いながら前へ出るタイプ。
強敵相手ほどテンションが上がる戦闘狂って、書いていて楽しいですね。
そしてRain。
今までは比較的冷静寄りでしたが、今回はかなり恐怖を書きました。
逃げたい。
怖い。
それでも仲間が繋いだ時間を無駄にしたくなくて前へ出る。
そういう“主人公らしさ”を少しずつ積み上げられていたら嬉しいです。
次回は、暴走炉の完全決着。
白く染まった視界の先で、探索者たちがどうなったのか。
そしてアトラスは本当に止まるのか。
次話も頑張りますので、よければ感想なども頂けると嬉しいです!




