第十七話 第八階層
# 第十七話 第八階層
第八階層。
そこは、これまでの石造りの迷宮とは明らかに違っていた。
「……綺麗」
Rainが思わず足を止める。
洞窟全体が青白く輝いている。
壁も、天井も、足元も。
巨大な水晶が幾重にも結晶化し、淡い光を放っていた。
地下であるはずなのに、まるで星空の中を歩いているような感覚。
静かで、幻想的で。
そして少し不気味だった。
「水晶洞窟か」
Fenが周囲を見回しながら呟く。
「デプクロだと人気マップだったな」
「景色だけはな」
悠真は短く返した。
美しい。
だが、攻略しやすい階層ではない。
むしろこういう場所ほど、初見殺しが多い。
「この階層は音が厄介だ」
「音?」
Rainが首を傾げる。
「戦闘音が反響する。下手に暴れると周囲のモンスターを呼ぶ」
「うわ、めんど」
Novaが露骨に顔をしかめた。
「しかも水晶が魔力を反射する。魔法の角度を間違えると跳ね返る」
「最悪ね」
「だから範囲魔法は禁止」
悠真は周囲の結晶配置を確認しながら続けた。
「単体魔法も射線を確認してから撃て」
「了解」
Novaは即座に頷く。
普段なら火力で押し切る彼女も、こういう階層では判断が早い。
それが最前線組だった。
一般探索者は強いスキルを覚えるとすぐ撃ちたがる。
だが、本当に重要なのは“撃たない判断”だ。
「Garm、前は抑えめでいい」
「広域ヘイト禁止か?」
「ああ。必要な時だけ」
「了解」
Garmが大盾を構えながら頷く。
普段なら真っ先に前へ出る彼も、今回は足取りが慎重だった。
その横ではCrowが既に周囲の影を確認している。
「Crow、左側警戒」
「もう見てる」
「助かる」
短いやり取り。
だが、それだけで十分だった。
Crowは無口だが、戦闘中の理解力は異常に高い。
言葉数が少ない分、動きに無駄がない。
「生産組は中央寄り。勝手に結晶触るなよ」
「えー」
Mistが不満そうに声を上げる。
「特にMist」
「名指し!?」
「爆発させそうだから」
「しないよ!」
全員が黙った。
「……たぶん」
「やっぱダメじゃねぇか」
Rainが呆れたように笑う。
だが、Mistの目は完全に輝いていた。
未知素材。
魔力結晶。
錬金術師にとっては宝の山なのだろう。
Lunaも静かに水晶壁へ触れる。
「……魔力が層になってる」
「分かるのか?」
Dwarfが聞く。
「外側は普通の魔力結晶。でも奥の方に違う流れがある」
「深層核と同じか?」
「そこまで強くない。でも少し似てる」
悠真はその言葉へ反応した。
「侵食か?」
「たぶん、まだ薄い」
第八階層。
本来なら初級帯終盤。
それなのに既に深層側の反応が混ざり始めている。
嫌な流れだった。
「Arc」
Fenが隣へ並ぶ。
「この階層、本来こんなんだったか?」
「いや」
悠真は即答した。
「少なくともデプクロの八階層は普通の水晶洞窟だった」
「侵食なんて存在しない?」
「ああ」
Fenが小さく舌打ちする。
「七階層レイドから全部おかしくなってんな」
「深層核が原因の可能性もある」
「ろくでもねぇな」
「同感だ」
その時。
前方の水晶影が揺れた。
青白い結晶の奥から四つ足の影が現れる。
狼型。
身体の一部が透明な水晶で覆われていた。
《クリスタルウルフ》
「来るぞ」
Garmが一歩前へ出る。
だが、いつものような大きな挑発は使わない。
《ヘイトバッシュ》
盾の縁で地面を叩き、近くの一体だけを引き寄せる。
最低限の単体ヘイト。
「上手い」
Siegが小さく呟く。
Fenrirのメインタンクである彼も、Garmの判断へ頷いていた。
クリスタルウルフが飛び掛かる。
その瞬間。
RainとCrowが左右へ散った。
《クロスエッジ》
《ダークブレイド》
二方向からの同時攻撃。
水晶毛皮が砕け、青い破片が舞う。
だが。
キィィィィィン――。
破片が床へ落ちた瞬間、甲高い音が洞窟全体へ響いた。
「っ……!」
Rainが耳を押さえる。
「音でかっ!」
「反響したな」
Novaが顔をしかめた。
直後。
奥側の通路で複数の赤い目が光る。
「増えたぞ」
「言っただろ」
悠真は即座に杖を掲げる。
《ヘイスト》
RainとCrowの速度を引き上げる。
《プロテクション》
Garmへ防御支援。
支援は一瞬。
無駄がない。
「Garm、まだ広域ヘイトは使うな」
「分かってる!」
二体目を盾で受け止める。
だが、三体目が後衛へ抜けようとした。
「Crow」
「了解」
《ヘイトスラスト》
Crowの剣が横から突き刺さる。
抜けかけたヘイトを強制的に戻した。
「Nova、右奥だけ撃て」
「了解」
《ファイアボルト》
小さく圧縮された火球。
水晶壁へ触れない最短角度。
反射しない完璧な射線。
爆発音は小さい。
だが威力は十分。
クリスタルウルフが砕け散る。
「いいぞ。音量抑えろ」
「言われなくても」
戦闘は数十秒で終わった。
だが、誰一人油断していない。
この階層では“倒すこと”より“騒がないこと”の方が重要だった。
「普通の探索者だとキツくない?」
Rainが短剣についた水晶片を払う。
「範囲魔法撃ったら敵呼ぶ。殴っても反響。反射もある」
「だから八階層は探索者の質が出る」
悠真が答える。
「火力だけのパーティはここで止まる」
「なるほどね」
Fenが笑った。
「デプクロでもこの辺から雑な連中減ったな」
「ああ。ここからは準備と知識の差が出る」
その言葉にMistが水晶片を拾い上げる。
「準備と知識……つまり素材研究も重要」
「都合よく解釈するな」
「でもこれ使えるよ」
Mistは青白い破片を光へかざした。
《青晶片》
「魔力保存素材になると思う」
Dwarfが覗き込む。
「装備に混ぜれば魔力伝導率上がるかもな」
「ポーション瓶にも使える!」
Mistが即答した。
「高濃度ポーションって瓶割れる問題あるでしょ? これなら耐えられるかも!」
「なるほど」
Lunaも頷く。
「付与安定材にも使えそう」
「……つまり結構重要素材か」
Rainが呟く。
「ただの綺麗な石じゃないんだ」
「ダンジョン素材は全部金になる」
Dwarfが真顔で言った。
「覚えとけ」
「急に現実的」
「現実だからな」
その言葉で空気が少し変わる。
ゲームでは素材はただのアイテムだった。
だが今は違う。
素材は装備になり、ポーションになり、魔道具になり、金になる。
そしてその金がギルドを動かす。
「マジックバッグ試作品、出す」
Lunaが小型の袋を取り出した。
《亜空収納鞄》試作型。
まだ容量は小さい。
だが普通の鞄とは比べ物にならない。
「青晶片回収しておこう」
「全部?」
「全部だ」
Dwarfが即答する。
「こういう素材は後で絶対足りなくなる」
「分かる」
Mistも真顔で頷いた。
「あとで“もっと拾えばよかった”ってなるやつ」
「じゃあ拾うか」
Rainがしゃがみ込む。
「急に採掘ゲーだね」
「MMOは採集も攻略だ」
悠真が言うとFenが笑った。
「間違いない」
一行はその後もしばらく探索を続けた。
戦闘は必要最低限。
大きな音を立てない。
範囲魔法は禁止。
ヘイトを散らさない。
倒す時は一気に倒す。
そして素材を回収する。
それは派手なレイドではない。
だが、間違いなく“攻略”だった。
「こういうのも悪くないね」
Rainが小さく笑う。
「戦闘ばっかりだと疲れるし」
「探索階層は探索階層で面倒だけどな」
Garmが肩を回した。
「でも素材が美味い」
Dwarfが袋の中身を確認する。
「青晶片、高純度魔石、水晶狼の牙。全部使える」
「魔石も種類違う」
Mistが透明な魔石を掲げた。
《水晶魔石》
「これは魔力を溜めるより整える方に向いてると思う」
「整える?」
「魔力循環安定材。ポーションとか付与向き」
Lunaも頷く。
「マジックバッグの内部空間安定にも使えるかも」
「改良できる?」
「たぶん」
「最高じゃん」
Rainが目を輝かせた。
その時。
悠真が立ち止まる。
「……こっちだ」
「え?」
目の前は壁だった。
だが悠真は迷わず水晶壁の一部へ触れる。
ゴゴゴ――。
壁が横へずれた。
「は?」
「また隠し通路!?」
Novaが呆れた声を出す。
「なんで分かるのよ」
「デプクロだと隠し部屋だった」
「それで開くの意味分かんないんだけど」
通路奥。
そこには小部屋があった。
中央に古びた宝箱。
Mistの目が完全に輝く。
「宝箱!!」
「待て。先に罠確認」
DwarfとLunaが周囲を調べる。
「物理罠なし」
「魔力罠も薄い」
悠真が頷く。
「開けるぞ」
宝箱が開かれる。
中には:
・高純度魔石
・青晶鉱石
・古代金貨
・水晶魔石
そして。
黒い小袋。
「……これ」
Rainが手に取る。
「袋?」
「違う」
Lunaが小さく呟いた。
「内部空間魔力」
その瞬間。
Mistが叫ぶ。
「マジックバッグ!?」
空気が変わる。
「本物か?」
Fenですら近付いた。
Rainが袋を開く。
見た目は小さい。
だが内部は明らかに広い。
「……中、広っ!?」
「完成品に近いな」
悠真も確認する。
容量は小型倉庫ほどではない。
だが現状の試作品より遥かに安定している。
「これ市場出たらヤバいぞ」
Fenが笑う。
「探索の常識変わる」
当然だった。
水。
素材。
装備。
全部持ち込める。
「研究したい」
Mistが即答する。
「分解はするなよ」
「しない!!」
一瞬間が空いた。
「……たぶん」
「やっぱダメだろ」
Rainがマジックバッグを抱える。
「これはギルド管理でしょ?」
「ああ」
悠真は頷いた。
「使い道は慎重に決める」
その後、一行はさらに奥へ進んだ。
だが。
第八階層後半で空気が変わる。
青白かった水晶へ、黒い侵食が混ざり始めていた。
「……雰囲気変わったね」
Rainが小さく言う。
水晶内部へ赤黒い線が走っている。
まるで血管のようだった。
「侵食だ」
悠真が静かに言った。
「第九階層側に近い」
その瞬間。
奥から低い唸り声が響いた。
ゴォォォォォ――。
洞窟全体が震える。
ただのモンスターじゃない。
もっと深い。
もっと嫌な圧。
深層核に近い感覚。
「……来るか?」
Garmが盾を構える。
だが悠真は首を横へ振った。
「まだ遠い」
「遠いのにこの圧?」
「だからまずい」
Lunaが黒い水晶へ手を近付ける。
だが触れる直前で止めた。
「これ、触らない方がいい」
「危険か?」
「魔力吸われる感じがする」
Mistが目を輝かせた瞬間、Rainが肩を掴む。
「触るな」
「まだ何も言ってない」
「顔が言ってた」
少し笑いが起きる。
だが空気はすぐ戻った。
黒い水晶。
赤黒い脈動。
侵食領域。
ここから先は、もう普通の階層じゃない。
「今日はここまでだ」
悠真が言った。
「え、戻るの?」
「行けることと、行くべきかは別だ」
悠真は黒い水晶を見つめる。
「新素材、マジックバッグ、侵食確認。収穫は十分」
Fenも頷いた。
「欲張ると死ぬ。探索の基本だな」
その時。
空中へ赤い警告文字が浮かび上がる。
《WARNING(警告)》
《CORRUPTION AREA DETECTED(侵食領域確認)》
続けて。
《DEPTH 9 ACCESS ROUTE OPENED
(第九階層接続路解放)》
黒い水晶奥。
赤黒い通路がゆっくりと口を開いた。
Rainが小さく息を呑む。
「……次、あそこ?」
「ああ」
悠真は静かに頷いた。
第九階層。
侵食が進む階層。
そして。
第十階層へ続く最後の準備地点。
「次は、もっと厄介になる」
読んでいただきありがとうございます。
今回は第八階層の探索回でした。
戦闘だけではなく、
“ダンジョンを攻略している感覚”を強めたく、
水晶洞窟や素材探索、隠し通路などを多めに入れてみました。
また、《青晶片》や《水晶魔石》など、
今後の生産・装備強化に関わる素材も登場しています。
そしてついにマジックバッグ。
探索効率を大きく変えるアイテムですが、
便利な物ほど世界を変えてしまうので、
今後どう扱われていくのかも書いていきたいと思っています。
第九階層からは侵食の影響もさらに強くなっていく予定です。
もし面白いと思っていただけたら、
ブックマークや評価などしていただけると励みになります!
次回、第九階層。




