第115話 閉ざされた門の内側
# 第115話 閉ざされた門の内側
門が閉じる音は、思ったよりも重かった。
ゴォン……。
金属の響きが空洞の奥へ沈み、足元に走る白銀の線が一瞬だけ淡く光る。閉じた門は動かず、隙間も残っていない。さっきまで通路だった場所は、ただの壁になっていた。
Crowは背後を見ずに、白銀竜人から目を離さないまま呟く。
「退路なし、か」
Arcも振り返らなかった。
門を見ている余裕はない。目の前の白銀竜人は、退路が消えるのを待っていたかのように剣を構えたまま動かない。
「まずは生き残る」
Arcの声に、全員の意識が戻る。
倒すことではない。
逃げることでもない。
今は、この相手の動きを見極めることが先だった。
白銀竜人が、ゆっくりと左腕を下げる。
Cainが付けた亀裂は、外殻盾の表面にまだ残っていた。だが、さっきまで正面にあったその傷は、今は斧槌の軌道から外れる位置へ逃がされている。こちらの攻撃を受けて、もう立ち位置を変えていた。
Arcはそれを見逃さない。
「攻め急ぐな。癖を見る」
Cainは斧槌を握り直しただけで、踏み込まなかった。白銀の筋に細い火が走っている。行きたいのを堪えているのが、背中の力の入り方だけで分かった。
白銀竜人が次に見たのは、Cainだった。
亀裂を入れた相手。
斧槌。
サラマンダーの火。
黄色い瞳がそれらを一つずつなぞり、剣の切っ先がわずかにCainへ向く。
「次、俺かよ」
Cainが笑うより早く、白銀竜人が踏み込んだ。
大剣が振り上がる。
Cainは斧槌を横へ構え、受け流す姿勢を取った。昨日までの武器なら腕に衝撃が返っていたはずだが、今の斧槌なら流せる。そう判断した動きだった。
Arcはすぐに声を飛ばす。
「受けるな。外せ」
Cainは舌打ちしながら半歩ずらす。
大剣が斧槌の外側を掠めた瞬間、金属音が弾けた。直撃ではない。それでもCainの身体が横へ持っていかれ、靴底が石床を削る。
白銀竜人は逃げた先へ、もう一歩踏み込んでいた。
追撃が速い。
Garmが割り込む。
「《カバー》」
短く告げるより先に、盾はCainの前へ入っていた。
白銀の盾と大剣が噛み合う。
ガァンッ!!
Garmの肩が沈む。だが、盾は正面で止まらず、衝撃を斜め下へ逃がした。石床へ白い火花が散り、Garmの足元に細かな亀裂が走る。
受けられる。
ただし、余裕はない。
ArcはGarmの腕がわずかに震えたのを見て、杖を向ける。
「《リジェネ》」
淡い光がGarmの鎧へ染み込み、盾を支える腕へ薄く広がる。傷を消すためではない。衝撃で削られる身体を、崩れない位置へ戻し続けるための支援だった。
Garmは息を吐き、盾の角度をわずかに直す。
「受けられる」
その声に迷いはない。
けれど、Arcには分かる。
何度も受けられる相手ではない。
白銀竜人は、今度は盾を見ていた。
Garmの盾。
Arcの光。
受け流した角度。
その全てを確かめるように、黄色い瞳がわずかに細くなる。
Rainが横へ回った。
今度は斬り込まない。双剣を構えたまま、白銀竜人の右側へ浅く踏み込み、すぐ離れる。攻撃ではなく、反応を見るための動きだった。
白銀竜人の首が追う。
大剣が動く。
Rainは《Quick Step》でさらに外へずれた。剣は届かない。だが、追ってくる。速い。けれど、完全ではない。
Rainは足を止めずに、もう一度だけ右側へ誘った。
白銀竜人が剣を返す。
その瞬間、ほんのわずかに肩が遅れた。
「右、少し遅い」
Rainの声は小さい。けれど、Arcには届いた。
Siaも同じ場所を見ていた。
彼女は矢を放たず、白銀竜人の肩、肘、膝、尾の付け根へ順に視線を走らせている。外殻が硬いのは分かっている。だから今は、どこが柔らかいかではなく、どこが遅れるかを探していた。
大剣を振り戻す時。
右肩。
ほんの一瞬。
Siaの指が矢羽根へ触れる。
「切り返しの後、右肩が開く」
Crowが白銀竜人の足元へ視線を落としたまま、鼻で息を吐く。
「そこを狙うには、止める必要があるな」
その通りだった。
隙はある。
だが、短すぎる。
Novaはその間、二体の精霊を肩に置いたまま、白銀竜人の外殻を見ていた。
サラマンダーの火は小さい。シルフの風も弱く絞られている。派手な魔法は撃たない。ただ、白銀竜人が大剣を構えるたび、外殻を走る淡い光がどこへ流れるのかを追っていた。
大剣へ光が集まる。
その瞬間、左腕の外殻盾の明滅が弱くなる。
次に左腕を構えると、大剣の光が鈍る。
同時には強くない。
Novaは杖を握り直し、白銀竜人の剣先から目を離さずに言った。
「切り替えてる」
Arcが視線だけを向ける。
「剣と盾?」
Novaは頷く代わりに、サラマンダーの火を小さく揺らした。
「攻撃する時、盾が薄い。守る時、剣が薄い」
それで十分だった。
全部が硬いわけではない。
硬い場所が、変わっている。
白銀竜人が大剣を持ち上げる。今度は横薙ぎではなく、上段から振り下ろす構えだった。
Garmを潰す気か。
それとも、Garmに受けさせて隊列を崩す気か。
Arcは判断するより先に、白銀竜人の視線を見た。
狙いはGarmではない。
Garmの後ろ。
Rain。
「Garm、流せ。Rain、右へ誘え」
Garmは盾を構え直し、Rainは返事をせずに右へ跳ぶ。白銀竜人の大剣が落ちる寸前、Crowの鎖が再び床を走った。
「《ブラックチェイン》」
黒い鎖が足首へ絡む。
だが、白銀竜人は前回より早く反応した。剣を振り下ろすより先に、足をわずかに捻り、鎖が食い込む角度を変える。
ギギ、と嫌な音がした。
鎖が軋む。
Crowの眉が動く。
「次は二秒もたねぇ」
それでも、止まった。
一秒。
あるいは、それより少し長いだけ。
だが、Aegisには十分な時間だった。
Arcの頭の中で、散らばっていた情報が一つずつ噛み合っていく。
Garmは受けられる。ただし長くは無理。
Cainの斧槌なら、外殻盾へ亀裂を入れられる。
Rainは右側の遅れを見つけた。
Siaは切り返し後の肩を見ている。
Novaは剣と盾の魔力切り替えを読んだ。
Crowは一瞬だけ止められる。
勝つ形ではない。
崩す形なら、作れる。
Arcは杖を握り直した。
「次の大振りを誘う」
その声に、全員が動きを止めずに反応する。
「Garmが流す。Rainは右へ誘導。Crowは一瞬でいい、止めろ」
Rainが右側へ回り、Garmは盾の角度を落とす。Crowは鎖を握り直したまま、足元だけを見ている。
「Sia、左腕」
Siaの矢が、まだ放たれないまま弓へ乗る。
「Cain、亀裂を広げろ」
Cainが笑った。
今度は声を出さない。
ただ、斧槌を構える。
白銀竜人も、それを見ていた。
黄色い瞳が細くなる。
こちらが何かを狙っていると、理解している。
それでも、白銀竜人は大剣を振り上げた。
剣へ光が集まる。
左腕の外殻盾が、わずかに暗くなる。
Arcは、その瞬間を待っていた。
「今だ」




