第112話 再び二十五階層へ
#第112話 再び二十五階層へ
翌朝、ギルドホームの鍛冶場には、まだ昨日の熱が残っていた。
赤い炉の火は落とされている。けれど石床には温もりが残り、鉄と炭の匂いが薄く漂っている。作業台の上には、白銀の筋を通した斧槌が布をかけられて置かれていた。
Cainは鍛冶場へ入った瞬間から、その布の下へ視線を奪われる。
Dwalfが布を外すと、槌頭と斧刃の背へ走る白銀の線が朝の光を受けて細く光った。派手な装飾ではない。昨日の仮組みのように表面へ置かれているだけでもない。白銀輝鉱は金属の奥へ沈み込み、武器の骨として馴染んでいる。
「もういいか?」
待ちきれないCainが手を伸ばすより先に、Dwalfは斧槌を持ち上げ、柄の付け根を指で弾いた。槌頭の中心へ耳を近づけると、鍛冶場に澄んだ音が落ちる。
チン。
音の濁りを確かめてから、Dwalfはようやく斧槌を差し出した。
「持て」
Cainは両手で受け取る。
重い。だが、昨日とは違う。槌頭の重さは手首で暴れず、柄の奥へ沈み、腕から肩へ自然に乗っていく。Cainが何度か握り直して足を開くと、Novaの肩で見ていたサラマンダーの火が白銀の筋に沿って細く揺れた。
燃え広がらない。
ただ、通る。
Cainの口元が上がる。
「……笑えるな、これ」
Rainがすぐ横から覗き込み、「笑ってるってことは、振りたいってことだよね」と楽しそうに言う。Cainは「振らねぇよ」と返したが、Mistは穏やかな声のまま逃げ道を塞いだ。
「ここでは振らないでね」
「分かってるって」
「分かってる人の顔じゃない」
Cainが目を逸らすと、壁際で腕を組んでいたCrowが鼻で笑った。
「鍛冶場が無事でよかったな」
「お前ら、俺を何だと思ってるんだ」
「壊す係」
Rainが即答し、Cainが文句を言いかけたところで、Arcが地図へ手を置いた。
笑いは残っている。けれど、その一動作だけで空気が探索へ戻る。
「今日は二十五階層へ戻る」
Siaはすでに分かっていたように頷いた。
「前回見つけた奥の通路だね」
「ああ」
Arcは簡易地図へ視線を落とす。二十五階層の洞窟。メタルリザードがいた空洞。そのさらに奥、Siaが気付いた細い通路。
ゲームの記憶にはない場所だ。
それだけで、無視する理由はなくなる。
Rainが地図を覗き込みながら、「メタルリザードは?」と首を傾げる。
「前回倒した個体が戻る気配はないはずだ」
Arcは地図から目を離さず答えた。
討伐後すぐに復活しない周期は、現実のダンジョンでもゲーム時代に近い。素材を集めるなら待つ必要があるが、奥の通路を確認するだけなら今でもできる。
Dwalfは作業台に残った白銀輝鉱の欠片を見てから、RainとCrowへ視線を移す。
「次に鉱石が入れば、お前らの分へ回す」
Rainが「順番待ちかぁ」と頬を膨らませると、Dwalfは白銀輝鉱の欠片を指先で転がした。
「盾が先、斧槌が次。お前は速い。まだ避けろ」
「扱いが雑」
Crowは自分の鎖を軽く持ち上げる。
「俺は壊れる前に作ってくれ」
「壊れる前に素材を取ってこい」
Dwalfの返しにCainが笑い、Rainは不満そうにしながらも、すぐに作業台の上の欠片へ目を戻した。
日常のようなやり取りの中心に、次の攻略がある。
机の上には完成した斧槌があり、端には足りない白銀輝鉱が残る。RainとCrowの装備はまだ空白のままだが、その空白を埋めるためにどこへ行くべきかは、もう全員が分かっていた。
出発の準備は早かった。
Garmは新しい盾を背負い、何度か肩の位置を直してから固定具を締める。昨日より重いはずなのに、動きは鈍くない。盾の重心が身体へ近づいたことで、構えた時の姿勢が安定している。
Cainが斧槌を肩に担ぐたび、にやけそうになる顔を必死に抑える。その横でRainが笑い、Mistは困ったように肩をすくめ、Crowだけが「信用がないな」と低く呟いた。
「試し振りは、外で」
「だから分かってるって」
Aegisは再び、二十五階層へ向かう。
足りない素材を得るために。
そして、ゲームの記憶にはなかった洞窟の奥を確かめるために。




