第111話 白銀の斧槌
#第111話 白銀の斧槌
Cainの斧槌が、作業台の上へ置かれた。
片側は斧、反対側は四角い槌。二十五階層の洞窟でメタルリザードの外殻を砕いた武器は、役目を果たした代わりに、接合部へ細かな歪みを残していた。
Dwalfは斧槌を持ち上げると、刃、槌頭、柄の付け根を順に確かめ、最後に金具の隙間へ指先を当てたまま少しだけ黙る。
「作り直しだ」
Cainの笑みが、ほんの少し引きつった。
「そこまでか?」
Dwalfは答えず、工具を接合部へ差し込んだ。
金具を緩め、刃を外し、槌頭をずらしていく。斧槌だったものが作業台の上で少しずつ部品へ分かれていくたび、Cainの視線もその動きに合わせて落ち着きなく動いた。
普段ならすぐ軽口を挟む男が黙り込んでいるせいで、Rainが横から覗き込み、少しだけ笑う。
「Cain、顔がすごい」
「いや、自分の武器がバラされるのは落ち着かねぇだろ」
壁際で腕を組んでいたCrowが、部品になっていく斧槌を眺めながら呟く。
「本人より武器の方が繊細だな」
「うるせぇ」
言い返しても、Cainの視線は作業台から離れなかった。
Mistはその横で、まだ布を巻いたCainの腕へ目を向けている。白銀輝鉱を砕いた時の反動は思ったよりも深く残っていたらしく、Cainは何でもない顔をしているが、指を握るたびにわずかに動きが遅れる。
「触らないでね」
「分かってる」
「今、絶対触ろうとした」
「してねぇ」
Rainが小さく笑う間にも、Dwalfは外した刃と槌頭を並べ、白銀輝鉱の細い欠片をその横へ置いた。
盾に使ったものと比べれば、残っている白銀輝鉱は明らかに少ない。細い板に伸ばせば武器の一部には使えるが、防具を丸ごと一つ更新するには量が足りなかった。
Arcは机の上へ視線を落とす。
「RainとCrowの分は?」
Dwalfは小さな欠片を摘まみ、炉の光へかざした。
「足りん」
即答だった。
Rainが分かりやすく肩を落とす。
「えー」
「軽装に回すなら薄く広げる必要がある。だが、この量では胸当てにも届かん」
Dwalfは次にCrowの鎖と防具へ目を向け、しばらく考えるように欠片を指先で転がした。
「Crowの分も同じだ。使うなら、もう一体分は欲しい」
予想していたのか、Crowは大きな反応を見せずに肩をすくめる。
「つまり、また硬い奴を殴りに行けってことか」
Cainの口元が上がった。
「分かりやすくていいじゃねぇか」
「じゃあ、次のメタルリザードは私の防具分もお願い」
Rainがすぐに顔を上げると、Dwalfは欠片を作業台へ戻しながら短く返す。
「素材に言え」
笑いが鍛冶場へ広がる。
その軽さを聞きながら、Arcは二十五階層の洞窟を思い出していた。
Siaが見つけた奥の通路。
ゲームの記憶にはなかった場所。
素材を集める理由はできた。確かめるべき場所も残っている。だが、今は目の前の武器を仕上げる方が先だった。
DwalfはCainの斧槌の柄を持ち上げると、Cainへ一度だけ差し出す。
「持て」
Cainはすぐ手を伸ばしかけたが、Mistの視線に気付き、妙に慎重な動きで柄だけを握った。
「……持つだけだろ」
「振らないでね」
「分かってるって」
Cainが柄を握ると、まだ槌頭を外した状態なのに、手首がわずかに下へ引かれた。本人もそれに気付いたのか、眉を寄せて握り直す。
Dwalfはその手元を見て、柄の付け根へ爪で小さく印を付けた。
「こいつは返る」
「返る?」
「腕へな」
それだけ言うと、Dwalfは柄を取り上げ、槌頭の内側へ白銀輝鉱の細い欠片を当てた。
すぐには固定しない。
角度を変え、光へかざし、槌頭の中央と柄の付け根を何度も見比べてから、ほんの少しだけ金属を削る。
削る。
合わせる。
まだ浮く。
もう一度削る。
その繰り返しの中で、白銀の欠片はただ埋め込まれるのではなく、槌頭から柄へ向かう細い道のように形を変えていった。
Cainはじっと見ていたが、途中で我慢できなくなったように口を開く。
「つまり、もっと壊せるってことか」
Dwalfは手元から目を離さない。
「腕を壊さずにな」
その一言で、Mistが満足そうに頷いた。
Novaの肩では、サラマンダーが小さく火を揺らしていた。
それまで大人しくしていた火精霊が、白銀輝鉱を置いた斧槌へゆっくり顔を向ける。Novaが先に気付き、名前を呼ぶより早く、サラマンダーは肩から飛び降りて作業台の端まで跳ねた。
「おい、こっち来たぞ」
Cainが目を丸くするが、サラマンダーはCainではなく、斧槌へ近づいた。
小さな火精霊は、槌頭の中心に置かれた白銀の筋を見つめるように周囲を回り、ふいに小さく火を吐く。
火は散らなかった。
白銀の筋に沿って、細く走った。
Lunaの端末に、短い波形が跳ねる。
盾を試した時とは違う、細く鋭い反応だった。
「熱が逃げてない」
Novaもサラマンダーの火を見つめる。
「火が、形を保ってる」
Cainの顔が一気に明るくなった。
「つまり、燃える武器か?」
Dwalfは即座に首を振る。
「燃やすな。通すんだ」
Cainは少しだけ考えたあと、結局笑った。
「だいたい分かった」
「分かってない顔だな」
Crowがぼそりと言い、Rainも頷く。
「たぶん、振ったら分かるって思ってる顔」
「実際そうだろ」
悪びれずに返すCainへ、Mistの視線がまた鋭くなる。
「今日は振らない」
「まだ何も言ってねぇ」
「言う前の顔だった」
鍛冶場に小さな笑いが広がる。
その空気の中で、Dwalfだけは手を止めなかった。
槌頭の芯へ溝を作り、斧刃の背を薄く削り、そこへ白銀輝鉱を細い線のように沿わせていく。柄の付け根には、余った小さな欠片を噛ませ、組み直すたびにCainへ持たせては、手首の角度と肩の沈み方を確かめた。
一度目は、まだ重さが手首へ落ちる。
二度目は、肘で止まる。
三度目で、Cainの肩から余計な力が抜けた。
Dwalfはそこで初めて小さく頷き、斧槌をもう一度分解して、白銀の筋を奥まで噛ませた。
やがて、仮組みが終わる。
斧槌は元の形へ戻っていた。
だが、同じ武器ではない。
槌頭の中心には細い白銀の筋が走り、斧刃の背にも淡い線が入っている。派手な装飾ではなく、力の通り道だけを浮かび上がらせたような白い線だった。
Dwalfは斧槌をCainへ差し出す。
「持て」
Cainは待ってましたと言わんばかりに手を伸ばしかけ、またMistの視線を受けて止まった。
「……持つだけだ」
「振らない」
「分かってる」
両手で斧槌を受け取ったCainは、まず重さに眉を上げた。
前より少し重い。
けれど、槌頭に引っ張られる感覚が消えている。
重さは手首で止まらず、柄の奥へ沈み、肘から肩へ抜けていった。
Cainは小さく息を吐く。
「……腕に来ねぇ」
Dwalfは短く頷いた。
「返る分を逃がした」
Cainは斧槌を軽く持ち上げる。
振らない。
ただ、構える。
その瞬間、サラマンダーが小さく火を吐いた。
火は白銀の筋に沿って走り、槌頭と斧刃の背へ細く集まる。爆発もせず、燃え広がりもせず、ただ白い線の上を滑るように通っていく。
Lunaの端末表示に、盾とは違う波形が浮かんだ。
「火に反応してる」
Novaもサラマンダーを見る。
「相性がいい」
Cainは白銀の筋を見つめたまま、口元を上げる。
「これ、いけるな」
Arcが即座に釘を刺す。
「ここで振るな」
RainがCainを指差した。
「今、絶対振ろうとした」
「してねぇ」
Mistも静かに続ける。
「してた」
Cainは少しだけ目を逸らした。
Dwalfは斧槌を見ながら、まだ満足した顔をしていなかった。
「まだ仮組みだ」
「これで?」
「仕上げれば、もっと通る」
Cainの笑みが深くなる。
「早く試させろ」
「完成してからだ」
Dwalfは斧槌を引き取り、赤い炉へ向き直った。
白銀の筋に残っていた細い火が、炉の光へ溶けていく。
Cainは黙ってそれを見ていた。
次にこの武器を握る時を、もう待ちきれない顔で。




