第110話 白銀の盾
#第110話 白銀の盾
白く脈打つ板を前に、Dwalfは何も言わず槌を振り上げた。
鍛冶場にいる全員が、その手元を見ている。
赤い炉の熱が揺れ、白銀輝鉱の表面に細い光が走った。まだ盾ではない。形も荒く、縁も整っていない。ただの板のはずなのに、その場にいた誰も、それをただの金属とは思っていなかった。
Lunaの端末には、白い波形がまだ残っている。
「消えない」
小さな声だったが、その場にいた全員の耳へ届いた。
Novaの肩で、シルフが白銀の板を見つめている。サラマンダーの火も、いつもより静かに揺れていた。
「まだ反応してる?」
Rainが声を潜めて聞く。
Lunaは画面から目を離さない。
「弱くなってる。でも、消えてない」
Dwalfはそれを聞いても手を止めなかった。
白銀の板をもう一度炉へ戻し、赤く熱を帯びたところで金床へ引き出す。熱の色は赤い。だが、その奥には細い白い筋が残っている。Dwalfはその筋の流れを見ながら、板の端、中央、縁の順に打つ場所を変えていった。
カン。
白い火花が跳ねた。
強く叩く場所と、軽く触れるだけの場所がある。平らにするためではない。盾の曲面へ馴染ませるために、板の反りを少しずつ作っているのだ。
Garmの盾は作業台の横に置かれていた。
前脚を受けた跡が、盾の中央近くまで深く残っている。縁も歪んだままだ。
Dwalfは白銀の板を盾へ当てる。
首を振る。
また外す。
削る。
熱を入れる。
もう一度当てる。
何度も同じことを繰り返しているように見える。だが、そのたびに白銀の板は盾の曲面へ近付いていた。
Cainが腕を組もうとして、巻かれた布に気付き、途中でやめる。
「見てるだけで肩凝ってくるな」
Mistがすぐに視線を向けた。
「腕、動かさない」
「分かってるって」
Cainはそう言いながらも、鍛冶場から目を離さない。
Rainも隣で設計図を覗き込み、首を傾げていた。
「盾って、ただ硬くすればいいわけじゃないんだね」
Crowが壁に背を預けたまま答える。
「硬いだけなら、受けた奴の腕が折れる」
Garmは何も言わなかった。
ただ、自分の盾を見ている。
長く使ってきた装備だ。傷の一つ一つに、これまで受けてきた攻撃の重さが残っている。その盾へ、白銀の板が少しずつ馴染んでいく。
やがてDwalfが手を止めた。
「Garm」
名前を呼ばれたGarmが前へ出る。
Dwalfはまだ完成していない盾を差し出した。
「持て」
Garmは両手で盾を受け取った。
わずかに重い。けれど、ただ重くなったわけではない。腕へかかる重さの位置が変わっている。以前よりも盾の中心が低く、構えた時に肘と肩へ力が逃げた。
Garmは一度だけ盾を持ち上げ、ゆっくり構える。
「重い」
短く言ってから、少しだけ目を細めた。
「だが、振れる」
Dwalfは盾の縁を指で叩き、重心の位置を確かめるように音を聞く。
「重心を落とした」
それだけだった。
Garmが盾を構え直した瞬間、白銀の補強部分へ薄い光が走った。ほんの一瞬だが、Lunaの端末にははっきり波形が出る。
「Garmに反応した」
Lunaは画面を拡大した。
「精霊だけじゃない。装備者の魔力にも反応してる」
Novaの肩で、シルフが小さく羽を動かす。
「嫌がってない」
Novaは前と同じ言葉を繰り返した。ただ、その声はさっきよりも少し確信に近い。
Dwalfは盾をGarmから受け取り、金床へ戻した。
「試す」
Cainがすぐに顔を上げる。
「俺が叩くか?」
その瞬間、Mistの視線が鋭くなった。
「駄目」
「まだ何もしてねぇ」
「しようとした」
Cainは口を閉じた。
Crowが面倒そうに壁から背を離す。
「俺でいいだろ」
Dwalfは短く頷く。
「軽くでいい」
Garmが盾を構えた。
Crowは黒い剣を抜かず、鍛冶場の壁に掛けられていた強度確認用の鉄棒を手に取る。
軽く振ると、カン、と小さな音がした。
盾の表面を、白い線が走る。
衝撃は一点で止まらなかった。白銀の補強部分を伝って薄く広がり、盾の縁へ逃げていく。Garmの腕は揺れたが、肩までは跳ねない。
Garmが盾の裏を見つめる。
「受けやすい」
それだけで、十分だった。
Dwalfは盾の表面を指でなぞり、白銀の線が消えていくのを見届ける。
「もう一度」
Crowが今度は少しだけ強く打った。
カンッ。
白い光が、さっきよりも長く盾の表面を流れる。
Garmの足は動かない。盾の裏で、彼の指だけがわずかに締まった。
「いける。これなら、前に立てる」
Garmの声は静かだった。
Cainが笑う。
「頼むぜ、壁役」
Garmは盾を下ろさずに答えた。
「任せろ」
Dwalfはそこで、ようやく小さく息を吐いた。
「これでいい」
派手な言葉ではない。
けれど、鍛冶場にいた全員が、その一言の重さを理解していた。
白銀の盾はまだ完全な仕上げを終えていない。縁の調整も、持ち手の補強も残っている。それでも、盾としての芯はもう出来ていた。
Lunaの端末には、まだ白い波形が残っている。
「反応、消えない」
Novaはシルフを見る。
シルフは白銀の盾を見つめたまま、静かに羽を揺らしていた。サラマンダーの火も、その横で小さく灯っている。
Dwalfは盾を作業台へ置き、次にCainの斧槌へ視線を移した。
「次はお前だ」
Cainの口元が大きく上がる。
「待ってた」
Dwalfは斧槌を持ち上げた。
白銀輝鉱を、その横へ置く。
斧槌の刃と槌頭を順に見て、柄の付け根で視線を止めた。
「これは削る」
Cainの笑みが少しだけ固まる。
Dwalfは続けた。
「作り直しだ」
白銀の盾が、鍛冶場の灯りを受けて静かに光る。
その表面を、細い波紋のような白い線が一度だけ走った。
Lunaの端末に、まだ波形は残っている。
Cainは斧槌を見下ろし、それからDwalfを見た。
「……面白くなってきたな」




