第109話 鍛冶場の白い火花
#第109話 鍛冶場の白い火花
Lunaの指が止まった。
端末表示の端に、白い波形が一瞬だけ跳ねたまま薄く残っている。通常の魔力反応とは違う。火属性でも風属性でもないのに、完全に別物とも言い切れない。精霊が反応した時の揺らぎに、ほんの少しだけ似ていた。
Lunaは端末を持つ手に力を込める。
「……今の、普通の魔力反応じゃない」
その声に、Novaが顔を上げた。
肩のシルフは、鍛冶場の隙間から漏れる白銀の光をじっと見つめている。サラマンダーも同じ方向へ顔を向け、いつもより小さな火を揺らしていた。
「精霊反応?」
Novaの問いに、Lunaはすぐには頷かなかった。
端末の画面を拡大し、波形の残りを追う。白い線はすでに薄れ始めていて、確信できるほどの記録は残っていない。それでも、反応の立ち上がり方だけは明らかに通常の鉱石とは違っていた。
「近い。でも、同じじゃない」
その間にも、鍛冶場からは低い熱の音が続いていた。
炉の中で白銀輝鉱が熱を帯び、赤い炎の奥で白い光が揺れる。Dwalfは槌を握ったまま、炉から目を離さない。
「少し待って」
Lunaが言いかけた瞬間、Dwalfの声が飛んだ。
「止められん」
短いが、鋭かった。
鍛冶場の空気が一瞬で締まる。
Dwalfは白銀輝鉱を火の中から引き出し、金床の上へ置いた。赤熱しているはずの表面に、白い筋が細く走っている。熱の入り方が均一ではない。ここで放置すれば、内側と外側の冷え方がずれて割れる。
「今止めたら割れる」
それだけで十分だった。
調べたい。Lunaの目はそう言っていた。だが、今この瞬間に素材を殺せば、調べるものも失われる。
Arcは鍛冶場の入口へ一歩近づいた。
「Luna、記録だけ続けろ」
Lunaの指が端末へ戻る。
「分かった」
Arcは次にDwalfを見る。
「Dwalfはそのまま」
Dwalfは返事をしなかった。
代わりに、槌が落ちる。
カン。
白い火花が跳ねた。
普通の火花とは違う。赤でも橙でもなく、冷たい光を含んだ白い粒が、空中で一瞬だけ形を保ってから消えていく。
Lunaの端末に、再び波形が走った。
「出た」
Lunaが呟く。
Novaの肩でシルフが羽を震わせ、サラマンダーの火も槌音に合わせるように小さく揺れる。白銀輝鉱が発しているものに、二体の精霊が同時に反応していた。
Cainは鍛冶場へ近づこうとして、Mistに腕を掴まれた。
「近づかない」
「見るだけだって」
「腕、まだ治療中」
Cainは不満そうに口を曲げたが、布を巻かれた腕を見て、それ以上は前に出なかった。
Rainは横から設計図を覗き込もうとして、Crowに目だけで止められる。
「私の防具、軽くなる?」
「見てても早くならねぇぞ」
「分かってるけど、気になるじゃん」
「なら邪魔にならん位置で気にしろ」
いつもの軽口が戻り始めていた。
それでも、鍛冶場の中心だけは別だった。
Dwalfの目は、白銀輝鉱から一度も離れない。槌が落ちるたび、白銀輝鉱の中を走る筋が少しずつ向きを揃えていく。熱で柔らかくするだけではない。叩く角度、力の抜き方、冷え始める瞬間、そのすべてで素材の流れを整えている。
それは戦闘とは違う。
だが、見ているだけで分かる。一手でも間違えれば、素材は割れる。
Arcは自然と全員の位置を確認していた。
Cainは下がっている。Rainも金床の横へ入り込んではいない。Mistは治療道具を片付けながら、消耗したメンバーを見ている。Lunaは記録を続け、Novaは精霊の反応を見ている。
そしてDwalfは、ただ打つ。
Arcは短く息を吐いた。
カン、カン、と槌音が一定の間隔で続いていく。
その音だけが、戦闘の号令のように鍛冶場へ響いていた。
やがてDwalfは、Garmの盾を作業台へ置いた。
洞窟で受けた傷は深い。
縁の金具は歪み、前脚を受けた跡が盾の中央近くまで食い込んでいる。
Dwalfはすぐに補強材を当てなかった。
まず傷の周囲へ鑿を入れる。
削る。
指でなぞる。
白銀の板を当てる。
首を振る。
また削る。
Cainが少しだけ眉を上げた。
「俺の斧槌は?」
Dwalfは盾から目を離さない。
「盾が先だ」
「そんなに急ぐか?」
DwalfはようやくCainを見た。
「盾が折れたら、お前が先に死ぬ」
Cainは口を閉じた。反論できない。
Garmも何も言わなかった。ただ、傷の入った盾へ手を伸ばし、指先で縁をなぞる。
「頼む」
静かな声だった。
Dwalfは短く頷く。
「前に立つ奴からだ」
その言葉に、鍛冶場の空気が少しだけ変わった。
誰も笑わない。誰も茶化さない。
あの洞窟で、Garmが一歩も退かなかったからCainは《重閃》を叩き込めた。盾が砕けていれば、次はなかった。
Dwalfは白銀輝鉱を薄く延ばし、Garmの盾の傷に合わせて形を整えていく。
削る。
合わせる。
外す。
また削る。
白銀の板が少しずつ盾の曲面へ近付いていく。
最後に板を置いた時、今度は隙間がなかった。
吸い付くように、古い盾の傷へ収まる。
そこで初めて、Dwalfは小さく頷いた。
白銀輝鉱は、ただの補強材ではなかった。
槌で打たれるたび、盾の傷へ細い光が染み込むように走る。
Lunaの端末にも、波形が浮かんだ。
「また出た」
Lunaの声は少しだけ低い。
「今度は、さっきより長い」
Novaはシルフを見た。
シルフは怯えてはいない。ただ、白銀の光を見つめている。
「嫌がってない」
Novaが呟く。
「むしろ、近いものを見てる感じ」
サラマンダーも小さく火を揺らした。
火が白銀の光へ吸われるわけではない。風が散らされるわけでもない。ただ、そこにある魔力の通り道を確かめるように、二体の精霊が静かに反応していた。
Lunaは端末へ記録を残しながら、画面から目を離さない。
「武器というより、器に近いかもしれない」
Arcが視線を向ける。
「器?」
Lunaは少しだけ考えてから答えた。
「溜めるんじゃない。流すための器」
Dwalfの槌が、もう一度落ちる。
カン。
白銀の板が、薄く震えた。
Garmの古い盾の横へ置かれたそれは、まだ盾ではない。形も荒く、縁も整っていない。それでも、ただの金属板ではなかった。
白い光が、静かに脈打っている。
Lunaの端末に、再び波形が走った。
今度は、一瞬では終わらなかった。
Dwalfは何も言わない。
ただ、白く脈打つ板を見つめ、もう一度だけ槌を振り上げた。




