第103話 鉱石洞窟
# 第103話 鉱石洞窟
風の草原を抜ける風は、相変わらず柔らかく、足元の草を波のように倒しながら朝露を靴先へ跳ねさせていた。
Novaの肩では、風精霊が機嫌よさそうに羽を揺らしている。
その隣でサラマンダーが、小さな火を細く灯していた。
二体の精霊は少し距離を空けながらも、先ほどより落ち着いて並んでいる。
Arcはその様子を一度だけ確認し、前方へ視線を戻した。
「二十五階層はもう近い」
その一言で、隊列が静かに動き出す。
薬草は採った。
Novaの精霊契約も確認した。
残る目的は、Dwalfが待っている白銀輝鉱だけだった。
草原は、進むにつれて少しずつ姿を変えていく。
膝ほどまであった草は低くなり、背の高い木々が増え、木漏れ日が湿った土へ細かな模様を落としていた。
枝葉の間を風が抜けるたび、葉擦れの音と土の匂いが濃くなる。
景色が変わってきたね、とRainが辺りを見回す。
森になってる、とSiaは返事の代わりに木々の奥へ目を向けた。
「この先だ」
Arcの足取りに迷いはない。
Cainが斧槌を肩に担ぎ直し、ちらりとDwalfを見る。
「お目当ての鉱石、ちゃんとあるんだろうな」
「あれば俺が見逃さん」
Dwalfの返事は短かったが、少しだけ楽しそうだった。
やがて木々が途切れる。
開けた視界の先に、灰色の岩山がそびえていた。
岩肌には大きな裂け目が走り、その奥へ続く洞窟が黒く口を開けている。
入口は広く、Garmが盾を構えたままでも数人が並んで入れるほどだった。
ただ、草原の風はそこで途切れ、洞窟から流れ出る湿った冷気が頬を撫でる。
その奥には、鉄を舐めたような匂いが微かに混じっていた。
Dwalfが入口の岩壁へ近づく。
無骨な指先が岩肌をなぞった。
その動きが、途中で止まる。
「……削られてるな」
Rainも隣から覗き込む。
「誰か掘ったの?」
Dwalfは首を横へ振った。
工具の跡ではない。
深く粗い線が何本も重なり、その周囲だけ銀色の鉱石が抜け落ちている。
Arcも壁へ目を向けた。
記憶とは違う。
Siaが少し先へ進み、湿った土の前でしゃがみ込む。
「足跡」
短く告げる声に、全員の視線が集まった。
土に残っていたのは、爬虫類のものに近い跡だった。
三本の爪が湿った土を深く裂き、中心だけが重みに沈んでいる。
その輪郭を見たRainが、思わず口元を引きつらせた。
「大きくない?」
Cainが自分の足を横へ並べる。
爪先から踵まで、まだ一回り以上余っていた。
「笑えねぇな」
冗談めかした声だったが、笑う者はいない。
Dwalfは腕を組み、削られた岩壁と足跡を交互に見る。
「食って育ったな」
その言葉のあと、洞窟の奥から冷たい風が一つ吹いた。
普通じゃないな、とCrowが洞窟の奥を見据える。
Arcは削られた岩壁から視線を離し、隊列を見渡した。
「隊列を維持する」
Garmが一歩前へ出る。
Siaは弓を構え、入口の暗がりへ視線を滑らせた。
Rainは足音を消し、Cainは斧槌の柄を握り直す。
Novaの肩で風精霊が小さく羽を畳んだ。
洞窟へ入ると、サラマンダーの炎は揺れなくなり、その赤い火だけが薄暗い入口で細い輪郭を描く。
Arcは静かに洞窟へ踏み込んだ。
外の葉擦れが遠ざかる。
代わりに聞こえてきたのは、水滴が岩へ落ちる音だった。
ぽたり。
ぽたり。
足音が湿った石に吸われ、壁の奥で小さく反響する。
洞窟の壁には銀色の鉱石が埋まり、薄暗い中でそこだけが淡く光を返していた。
Rainが思わず足を止める。
「綺麗……」
全部持って帰りたいくらいだな、とDwalfが壁を見上げる。
Rainは期待したように振り返った。
「駄目?」
「岩山ごと持って帰る気か」
さすがに無理か、とRainが肩をすくめる。
Cainは壁の鉱石を見上げた。
「欠片くらいなら土産になるんじゃねぇか」
「中ボスを倒してから言え」
Dwalfが呆れたように返すと、Rainがこっそり肩を揺らした。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩む。
その瞬間だった。
――ゴリ。
何かが岩を噛み砕く音がした。
笑いが消える。
全員の足が止まった。
音は一度では終わらない。
ゴリ。
ゴリ……。
重く鈍いそれは足音ではなく、硬いものが砕けるたび洞窟の空気をわずかに震わせる。
Siaが弦へ指をかけた。
Garmの盾が半歩前へ出る。
Cainの斧槌から、金属の擦れる音が小さく鳴った。
Arcは暗闇の奥を見つめる。
音の間隔は一定だった。
ゴリ。
また一つ、何かが砕ける。
その先で、奥の空洞へ続く道が開けた。
洞窟の最奥、広い空洞の中央に巨大な影がある。
銀色の背中は岩を重ねたように厚く、床へ横たわる太い尾の周囲には、噛み砕かれた鉱石の破片が散っていた。
魔物が口を動かすたび、火花が散る。
ゴリ。
銀色の鉱石が割れる。
砕けた欠片が床へ落ち、薄暗い空洞に乾いた音を響かせた。
Cainが、珍しく声を低くする。
「……マジかよ」
Dwalfもすぐには答えなかった。
壁一面に残る削り跡と、入口の巨大な足跡。
それらが今、目の前の影へ繋がっている。
Arcは静かに目を細めた。
巨大な魔物が、ゆっくりと顔を上げる。
黄色い瞳が、暗闇の中でこちらを捉えた。
洞窟の空気が、一瞬で重くなる。
風精霊がNovaの肩で身を縮めた。
サラマンダーの火が、細く鋭く揺れる。
Arcは斧槌を構えるCainを見た。
Cainの手には、まだ赤い補助契約の光はない。
それでいい。
Arcが指先だけで制すると、Cainは小さく顎を引いた。
巨大な尾が、床の鉱石片を押し潰す。
ぱきり、と乾いた音がした。
巨大な魔物が、鉱石を噛み砕いた顎をゆっくり開く。
金属が擦れるような低い唸りが、空洞の中へ広がった。




