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3人目のわたし  作者: 無記名
第11章
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第11章 第2話「終わらない」



 気づけば、修二がいなかった。


 さっきまで隣に立っていたはずの気配だけが、綺麗に消えている。


 居間には俺ひとり。


 鏡も、机も、缶も、そのままある。


 何も変わっていない。


 なのに――“一人分だけ足りない”。


 その欠落だけが、異様に浮き上がる。


「……修二」


 呼んでみる。


 返事はない。


 声は部屋の中に吸われて、そのまま消える。


 最初から誰もいなかったみたいに。


 その可能性が、じわじわと現実に近づいてくる。


 否定できない。


 むしろ、そちらの方が自然に思えてくる。


 俺は立ち上がる。


 足が少し重い。


 歩くたびに、床の感触が曖昧になる。


 廊下へ出る。


 静かだ。


 さっきまでの“気配”が全部薄い。


 音がないんじゃない。


 音が“成立していない”。


 奥の部屋の前に立つ。


 襖は閉じている。


 だが、もう違和感はない。


 怖さもない。


 ただ、“そこにあるべきもの”としてそこにある。


 手をかける。


 引く。


 開く。


 中には――


 何もない。


 段ボールもない。


 新聞紙もない。


 写真もない。


 最初から空だったみたいに。


 ただ、畳だけが広がっている。


 その瞬間、理解する。


 これは消えたんじゃない。


 最初から“記録されていない空間”だ。


「……そういうことか」


 声が出る。


 だが、自分の声なのに遠い。


 部屋の中央に立つ。


 そして気づく。


 この家そのものが、少しずつ“薄くなっている”。


 壁の境界が曖昧になる。


 柱の角度がわずかにずれる。


 現実の精度が落ちている。


 そのとき、頭の奥で音がする。


 まただ。


 名前。


 だが今度は違う。


 “呼ばれている”のではない。


 “戻されている”。


 視界が揺れる。


 奥の部屋の景色が、別の景色と重なる。


 庭。


 昼。


 蝉の声。


 子供の足音。


 その中に、


 俺がいる。


 いや――


 “俺だったもの”がいる。


 その横に修二。


 そして、もう一人。


 今度は、はっきり見える。


 顔が見える。


 だが、名前が出てこない。


 その瞬間、確信する。


 あれは他人じゃない。


 “俺の一部”だ。


 切り離された、俺。


 視界がまた揺れる。


 今度は逆に戻る。


 家。


 奥の部屋。


 空。


 現実。


 切り替えが速すぎて、境界がわからない。


 どちらが本当かも。


 そのとき、背後で声がした。


「気づいたか」


 修二の声。


 振り返る。


 いる。


 さっきいなかったはずの場所に、何事もなかったように立っている。


「お前……」


「消えてない」


 修二は言う。


「最初から“ここにはいない”だけだ」


「どういう意味だ」


「お前の認識に入ってない」


 胸の奥が冷える。


「じゃあ今までのは」


「全部、お前の中で成立してた」


 修二は続ける。


「三人も」


「……」


「写真も」


「……」


「全部」


 頭の中がざわつく。


 否定したい。


 だが否定できない。


 記憶は“ある”。


 なのに、“繋がらない”。


「お前は分かれてるんじゃない」


 修二が言う。


 短い間。


「分かれて“残ってる”」


 その言葉で、全てが一つに落ちる。


 過去の俺。

 今の俺。

 認識されなかった俺。


 それぞれが別の層で存在している。


 同時に。


 干渉しながら。


 だからズレる。


 だから消える。


 だから重なる。


「……じゃあ俺は」


 声がかすれる。


「どれだ」


 修二は少しだけ間を置く。


「全部だ」


 同じ答え。


 だが意味が違う。


 統合じゃない。


 所有でもない。


 ただの“混在”。


 そのとき、壁がわずかに歪む。


 線がズレる。


 現実が一段、浅くなる。


「もう戻すな」


 修二が言う。


「何を」


「思い出すこと」


 その言葉で、すべてが静かになる。


 思い出すこと。


 それが進行だった。


 記憶じゃない。


 変質。


 その瞬間、


 奥の部屋に、もう一度だけ影が見えた。


 だが、怖くない。


 むしろ、


 そこに戻るべきだと感じる。


 修二の声が遠くなる。


「お前はもう選べない」


 視界が揺れる。


 家が薄くなる。


 境界が消える。


 そして――


 理解する。


 これは終わりじゃない。


 “切り替え”だ。


 また別の俺が始まるための。


 意識が沈む直前、


 最後にひとつだけ浮かぶ。


 三人目の顔。


 今度は、はっきり見える。


 だが、名前はない。


 ただ、


 それが“俺だった”という感覚だけが残る。


 そして――


 静かに、途切れる。

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