空白-9
「伊藤先生も、今日ご飯どうですか?」
授業が終わった後の講師スペースで、佐々木佳奈に話しかけられた。可愛い顔をした、一つ下の清楚な感じのする大学生だ。女子大に通っていて、バドミントンサークルに入っているらしい。インカレのサークルではないことに好感を覚える。
「もちろん行きます」僕は笑って答えた。先ほどから夜ご飯を食べに行こうという話を、佐々木と小川浩太がしていたのが、僕の耳には届いていた。
「おーやった。とんとん亭で良いですよね?」佐々木が明るい笑顔を見せた。
「もちろん」僕は親指を立てた。僕は佐々木に対して好意を抱いている。佐々木と恋人になることができる状況で、他に良い子がいないなら、僕は佐々木と恋人になるだろう。
授業後の事務が終わり、四人でとんとん亭に移動した。安くてそこそこに美味い、学生に人気の居酒屋だ。
「お疲れ様です」僕らは飲み物を注文し、グラスを合わせた。僕は生ビールを飲んだ。
「伊藤先生って一杯目ビールですよね」目の前に座る佐々木が聞いてくる。佐々木が僕の一杯目の飲み物を覚えてくれていることに、僕は少しだけ高揚する。
「格好つけてるんですよ。ビール飲んでると、大人って感じするでしょ」僕は少しお調子者風に答える。
「え、じゃあ別に好きじゃないんですか?」
「全然好きじゃないよ」
「えー何それー」佐々木が手を叩いて大袈裟に笑う。
「俺は割とビール好きですけどね」小川が口を挟んでくる。痩せたもやしを思わせる体型と、重ための前髪で、これぞ大学生という感じの見た目だ。一浪して大学に入っており、年は僕と同じだ。佐々木と仲が良い、というか佐々木のことが好きなのだろう。日頃見ていると、そうとしか思えない行動が目につく。佐々木がそれを拒絶していないことに苛立ちを覚える。
「そんなこと言って、浩太いつも飲んでないじゃん」
「俺は周りに合わせるタイプなの。佳奈が飲むなら飲んでやるよ」この二人は生徒の前で以外は、下の名前で呼び合う。
「下田君は何が好きなの?」僕は二人の会話を終わらせるため、下田に話を振った。
「僕はレモンサワー」下田が答える。僕と同学年の理系大学生だ。眼鏡をかけ、不健康そうな白い肌をしている。
「あ、分かる。さっぱりしてて良いよね。甘すぎるとご飯と合わないし」
「そうそう。僕、ご飯の時にジュース飲めないタイプだから」
「分かるなー」僕は下田の意見に同意する。
「それは俺も同意見です」
「私は全然甘いもので行けちゃいますけどね」
「ガキだからな」
「学年一緒でしょ」
「俺は浪人してるから。伊藤さんと下田さんと同じ側なの」
「浪人してることを偉そうにいう人初めてだよ」
再び二人の会話が始まってしまった。僕は表面上は笑顔でそれを聞いていたが、苦々しい気持ちを押し殺すようにビールを飲んだ。




