空白-10
「伊藤さんが映画に興味あるなんて、知らなかったですよ」ビールを一口飲み、佐々木が言った。二人で映画を観た帰りの居酒屋だ。
「やっぱり美味しくない」佐々木は顔を顰めた。
「いいよ、俺が飲むから」
「ありがとうございます」
「前はよく観てたんだよ。映画とか漫画とか。今日のは、1も2も観てたからさ。丁度観たかったんだ」
「そうなんですね。なんか意外。伊藤さんってストイックなイメージだからそういうの興味ない人かと思ってました」
「別にストイックじゃないよ。割とだらしないよ」
「えーそうなんですか。大学も頭良いし、、身体も鍛えてます?スタイルが良いのかな?なんか肩幅が広いですよね」佐々木は肩幅を強調するよう、胸を張り自分の肩を触った。ニットの下の形の良い胸が盛り上がり、僕は皿に目を落とした。
「家の中で懸垂だけしてるんだ」
「懸垂すごい。私絶対一回もできないですよ。伊藤さんっていつもどんな一日を過ごしてるんですか?なんか全然想像できないんですよね」
「ちょっと運動して、ちょっと勉強して、あとはダラダラしてるよ。それこそ映画観たり」
「ふーん。勉強って大学のですか?」佐々木は横にきた店員にピーチウーロンを注文した。
「大学のは試験期間中だけかな。単位取れれば良いってスタイルだからね。最近はTOEICの勉強を始めたよ」それほど勤勉なイメージを出してはいけない。
「TOEIC何点なんですか?」
「こないだ受けた時は800ちょっとだったかな」正確には835点だ。
「え、すご。やっぱり頭良い人は違いますね。羨ましい」
「はは、すごいでしょ。やっぱり頭が良いから」僕は笑いながらふざけた調子で肯定する。不自然な謙遜は相手にもよるが、あまり良い印象を与えない。不自然な謙遜をするぐらいなら、お調子者の肯定ぐらいが丁度良い。
「あー、なんかムカつく」佐々木は歯を見せて笑った。良い雰囲気だ。店員がピーチウーロンを持ってきた。僕は自分のビールを飲み干すと、ジョッキを店員に渡した。
「それ、ちょうだい」僕は佐々木の前に置いてあった飲み掛けのビールを指差した。
「あ、お願いします」佐々木は頭を下げて、それを渡してきた。僕はジョッキを受け取り、一口飲んだ。
「美味しいですか?」
「美味しくない。格好つけてるだけだから」
「伊藤さんってほんと面白いですよね」佐々木は可笑そうに笑った。
「佐々木さんはよく笑ってくれるね」
「伊藤さんが面白いからですよ」
「どうもありがとう」
「いえいえ」佐々木は顔を隠すようにピーチウーロンを飲んだ。
「佐々木さんは普段どんな一日なの?」
「大学行ってバイトして、SNS見て、あとは映画観る感じですかね。サークルは幽霊になっちゃっているので、高校時代の友達とばっかり基本遊んでます」
「そうなんだ。良いね高校時代の友達と仲良いの」サークルに行っていないというのは、嬉しい情報だ。
「なんか、大学の友達ってあんまり仲良くなれなかったですね、、、」
「分かる。俺も大学に友達いないよ。サークルも幽霊だし。なんか大学の友達って違うよね。密度が薄いというか」
「わかります。大学ってよく会う子でも週に三日、一日数時間とかじゃないですか。高校までって、クラスと部活でほぼ年中一緒の子がいたわけで。そこと比べるとなんか違うなってなっちゃうんですよね。就活とかのこと考えたら、幅広くつながっていた方が良いと思うんですけど。あー就活嫌だな。伊藤さんってもう就活やってるんですか」
「今丁度春休みだからね。インターン行ってるよ。面倒臭いけどねー」
「え、すご。ちょっと私が就活の時になったら、色々教えてください。TOEICもちゃんとした点数取らないとな、、、」
「じゃあ、今度一緒に勉強しよ?」分かりやすいアピールに、僕は乗っかった。緊張も迷いもなかった。




