空白-16
「伊藤って簿記持ってるっけ?」木下さんは電話を終えると僕を振り返った。
「はい、入社前に取りました」
「やるじゃん。ITコンサルに一番必要な資格は、簿記と言っても過言じゃないからな」
「そうですね」
「じゃあ明日の田辺さんとこの任せるわ。俺別件入っちゃったから、代わりに頼む」
「もちろんです」
「いいね。持つべきものは優秀な部下だな。今度の接待連れてってやる」
「良いところ連れて行ってくださいよ」木下さんは僕の肩を叩くと部屋から出ていった。
僕は時計を見た。夜の九時半。今日は家に帰れそうだ。仕事で一日が埋め尽くされるのは、嫌いではない。仕事以外の目標達成が難しくなってしまったが、仕事では順調に歩みを進めている。この先何十年と、この生活が続いていくのだろう。
パソコンに向き合う。作りかけの資料が映っている。今日はこれを片付けて、家に帰ろう。
目玉焼き、納豆、味噌汁、白米。大学時代から続くいつもの朝食を食べる。
部屋の様子はあの頃とかなり変わった。アパートから都内のマンションに引っ越し、部屋の大きさは1LDK、風呂とトイレも別だ。家電も最新で、家具も値の張るものを購入している。仕事で忙しくなり、目標は消費へと転換された。自分の意に沿わないことの多い仕事で、具体的な目標は立てられない。年収という抽象的な目標を立て、稼いだ金で目標足り得る物を買う。
壁にかけたボードに目をやる。年収1000万、ベンツ、ロレックス、月4人とセックス。
今の案件を取りまとめたら、ボーナスも弾むだろうし、昇進もあり得るだろう。昇進したらその祝いにベンツを買ってしまおうか。ロレックスは杉谷社長がくれると言っていたから、しばらくは買わないほうが良いだろう。月四人とのセックスも、仕事のスケジュールが許せば問題ない。
走り続けるための何かが、僕には必要だ。




