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3-3 予知世界4 → 現実時間9

あれから幾ばくもの月日が流れ、浩太と久々の再開を果たしたのは寧子が30代も半ばになってからのことである。


「お久しぶりです。えーと……。」目ざとく寧子の左手の薬指の指輪を見つけたであろう浩太が微妙に言い淀む。

「松本です。松本 寧子。でもお仕事は旧姓で通しているんです。」そう寧子が説明すると、

「お久しぶりです、田中さん。」と、浩太が改めて挨拶をしてきた。

それから二人してお互いの近況などのとりとめのない話をした。


今の寧子はさる大手コンサルタント会社の提供するビジネスセミナーの講師の仕事をしており、対する浩太はとある食品会社の営業職に就き、社外研修の一環としてセミナーを受けに来ている立場であった。


正史では叔父様の影響を受け理系の大学院を修士まで収め研究職についていた浩太であったが、寧子が介入した現実世界では文系の大学から普通に就職して営業の仕事をやっているらしい。研究員としての浩太しか知らない寧子には今の浩太の様子は奇妙なものに感じられたが、フツーのサラリーマンしている浩太も思いのほか似合っていて、寧子は思わずぷっと噴き出してしまった。


そんな話も交えつつ、10分ほど休憩室で歓談した最後、浩太が妙な事を言ってきた。

「こんな形でお会いできるとは思いもしませんでした。あの頃の私は、もう二度とあなたに逢えないと思っていたから。

お会いできて嬉しいです。けれども出来ればもっと早くに再会したかった。」

「あら? どうしてですか?」寧子が気になって問い質す。

「その……。」浩太は言い淀む。ややあってから「失礼。今のは失言でした。すみません。今の話は忘れてください。」などと、眉尻を下げながらそんな事を言い出す。

「そんな風に言われたら却って気になるわ。何かあったんですか?」寧子が食い下がるも、「大した話じゃないんです。」とか「余計な事を言いました。」などと返され、なんだか煮え切らないままに寧子は浩太とその場で分かれた。



さて、あんな風に言われてしまえばむしろ気になるのが心情というものである。

さて、予知の力を駆使してどう調べてやろうかと腕まくりをしつつ、そこで寧子ははたと気が付いてしまった。


今の寧子は人妻である。松本 隆志という最愛の夫もいる。夫を差し置いて過去にいろいろあった男のあれこれを探るのは、人として、女としてどうだろう?

別に予知能力でうまい事やるだけだから絶対ダンナにバレない自信はある。けれども寧子自身の人としての善性が問われている気もしないでもいない。


なにせ泉 浩太という男性は寧子にとって特別なのだから。


寧子は泣く泣く調査を諦めようとして、



バチンっ!



唐突にこれが100%未来予知による予測世界での出来事であることを思い出した。


実際の寧子は14歳。浩太と別れてからまだ1年ほどしかたっておらず、当然結婚どころか恋人すら出来たこともない、まっさら無垢なフリーの独り身であった。


それならばと改めて考え直し、さあこのまま浩太に会いに行った場合の予知を敢行しようとして、寧子はふと思いついた。


結論を先に予知で知ってしまうのはなんだかおもしろくない。

どうせだから直接浩太に会って確かめてやろう。

よしやろう! さあやろう!


なんだか楽しくなってきた寧子は、意気揚々と一年ぶりの浩太の家へと乗り込んだ。



……いつもならもう帰ってきているはずの浩太がいつまでもやってこない。浩太の家の合鍵は彼に返してしまったから勝手に中に入ることもできない。


かといって、ここまでやってきて何もせずに帰るのもなんだか納得がいかない。

ついでに言うと、未来予知で帰宅時間を確認するのもなんだか嫌な気分なのである。寧子はなんの事前情報もなしに浩太と再会したい気分だったのだ。

そんな訳で寧子は浩太の家のドアの前でうずくまり、ただただ彼の帰りを待ち続けた。


すっかり夜も暮れ午後21時を過ぎた頃、「うおっ!?」という声とともに浩太が帰ってきた。


「浩太ぁーっ! 遅いじゃないのぉーっ!」すっかり涙目になった寧子が飛び上がり、浩太に詰め寄ろうとして、「うおっ!?」浩太が再び声を上げる。


立ち上がった寧子は、浩太の身長を大きく超して、浩太が見上げるほどの高さであった。


「お前、寧子だよな? スゲー背が伸びたみたいだけど、寧子だよな!?」不安そうな声でそう問い質してくる浩太に対し、なんだか恥ずかしくなってしまった寧子は「うん」と小さく返事をし、その場にちょっとだけ屈んで見せた。



1年ぶりの浩太の家は、以前よりもいくつかものが増えていたが、懐かしい浩太の香りに満ち溢れており、寧子は大きく深呼吸して思い出深いにおいを全身で味わった。


なんか目つきがトロンと怪しくなった寧子を訝しみながらも、浩太が1杯のコーヒーを入れてくれる。

何でも新しく始めたバイト先の先輩がドリップコーヒーを教えてくれたそうで、寧子の知らない新しい浩太の横顔に、寧子はなんだかドキドキしてしまう。


そんな寧子の膝元には、1年ぶりのクロ子がうずくまる様にして鎮座しており、みゃーみゃーと可愛らしい鳴き声を上げている。


「で? つまりなに? お前は20年後の未来を予知して、久々に再開した俺の一言が気になって押しかけてきたわけ?」

「ええそうよ!」自信満々で答える寧子に、浩太はなにやら残念そうな顔になる。

「さあ! 私と早くに再開したかった理由を教えなさい!」鼻息も荒く詰め寄る寧子に対し、浩太の返答はにべもないものであった。


「知らんっ!」


「えええええっ……。」寧子はがっくりと項垂れるしかない。

「その……。お前が一番大切だと気付いたとか、かなみより寧子の方がいい女だとか、好きとか愛してるとか、そういうのはないのかしら? ここはそういうラブロマンス的な何かを期待してもいいのではないかしら?」

おずおずと問い質してみるも、「ねーから! 全然そういうの、ねーから!」と取りつく島もない。


「私一体、なにしにこの家に来たのかしら……。」失意の寧子が膝元のクロ子を手で撫でまわしていると、

「あっ!」と浩太が声を上げた。


「分かった、寧子! それだ! クロ子だ!

クロ子は寧子がいなくなってからスゲー寂しがって、いっつも寧子を待ち続けてるんだ。いまでもちょいちょいドアの外に向かってみゃーみゃー鳴くくらいなんだぜ。

多分この先もずっと寂しがるだろうな。


20年も先になったらクロ子はもうこの世にはいないだろ? だからクロ子が生きているうちに会いたかったって、多分そういう話だったんじゃねーかな?」


「えー? そうなのー?」寧子はクロ子を抱き上げ、顔をくっつけるようにしてクロ子に聞いてみる。クロ子はみゃーみゃーと可愛らしい声で鳴くばかりである。


そんなクロ子とのやり取りをひとしきり楽しんだ寧子は顔を上げ、「浩太は私と逢えなくて寂しくはなかったの?」と聞いてみた。


「えーっ……?」浩太は顔を少しばかり赤くして言い淀む。「いや、まあ。確かに俺も寂しいなあって思う事はあるよ。」と、ようやく心情を白状した。

「あら? 浩太。そうならそうと、最初から言いなさいよ。」寧子がからかうようにそう言ってやると、「言えるわけねーだろうが!」浩太はむすっとした表情でそう言い返してきた。

「言えるわけねーだろうが。だってお前、俺は惚れた女と付き合うためにさんざんお前の予知能力を借りたクズ野郎なんだぜ? それで最後、もう会わないって約束して、なのにいなくなったとたんに寂しくなったからまた寧子に会いたいなんて、言えるわけねーだろうが。」

寧子は浩太の独白にあははと笑ってしまった。「真面目ねぇ浩太。かなみにさんざん浮気されてた『浩太さん』が、自分の事について心配するの、なんだかヘンな話だわ。

べつにちょっと女友達とたまに会うくらい、別に浮気でも何でもないんだから気にしなければいいのに。」


だが浩太は真面目な顔のままだった。

「かなみとは別れたよ。」

「あら? そう。」寧子としてはどうでもいい話だ。だから適当に返事をすると、浩太がなにやらおかしな話を始めた。

「かなみはさぁ。なんか知らないけどヘンに鋭いところがあって、それでなんか、俺の浮気を疑われたんだ。それで話が泥沼になって、それでかなみとは別れたよ。

まあ俺も色々頑張ったんだけど、どうしてもうまくいかなかった。寧子の予知なしの俺じゃあどうしようもなかったんだ。」

「えええっ?」これは寧子にしてもちょっとびっくりな話である。だって浩太は『浩太さん』なんだから、性格的に浮気なんてできるはずがない。

「浩太が浮気? いったいどう勘違いすればそんなおかしな話が出てくるのかしら?」


浩太ははあっとため息をつく。

「誤解を与えてしまった点については俺も悪かったんだ。長い黒髪で長身の、モデルみたいなスタイルのすげー美人の女の子。そんな可愛い女の子と俺が二人でいちゃいちゃしているところを友達が見たって言うんだ。他にもいくつか証拠になるものがあるって話になって……。」

「えええええっ! ちょっと何の話よ! そんな女、どこにいるのよ! そんな女……」

ここで寧子ははたと気が付く。きょろきょろあたりを見回して最後に自分の身体を見下ろして。

「もしかして……」自分で自分を指差してみると、こくりと浩太が頷いた。


「えええええっ!」寧子は再び大声を上げた。


「とにかくまあ、そんな訳で話がこじれてさ。まあ、俺は寧子とイチャイチャしてたつもりはねーけど、それなりに仲良くしてた自覚はある。

それで俺は浮気してないって言い張ったけど、全然信じてもらえなかったんだ。で、なんかうまくいかなくなって、半年くらいで別れた。」

「そう……。それはご愁傷様……。」寧子としてははははと笑うしかない。


「けれどもまあ、だからこそ俺はもう寧子と会う訳にはいかなかったんだ。いくら寂しかろうがなんだろうが、寧子と俺は特別な関係じゃなかったんだから、もう二度と会う訳にはいかなかったんだ。」


不器用な人ねぇ。


寧子は思った。浩太は『浩太さん』であった時分から妙に真面目でちゃんとしたがる。こういうときもヘンに意地を張って無理をしたがる。

きっと、20年後に出会った未来の浩太も、ただただ寂しかっただけなのに違いない。寂しいまま20年も月日が経ってしまい、久々に寧子に会えてうれしくなってしまい、もっと早くに再会したかったと、つい本音が口をついて出たに違いない。


だから寧子は、すっかりしょげ返った様子の目の前の浩太にこう言ってやる。

「私も寂しかったわ。あなたは『浩太さん』ではないけれど、それでもやっぱり浩太ではあるから、逢えるだけでも私はとっても幸せな気持ちになれるの。

だからこの1年間、私もとっても寂しかったわ。こうして逢えて、すごく嬉しくて仕方がないわ。

これからもずっとあなたのそばにいたいと、そう考えてしまうわ。」


これを聞いた浩太は絶句した様子である。

目を見開き、口をパクパクとさせ、言葉にならない言葉を口から吐き出そうともがき続ける。


「だから浩太? これからも遊びに来てもいいかしら?」


浩太はたっぷり5分ほども時間を掛けてから、「ああ。」と返事をして、そのすぐ後に首をぶるぶると横に振って、「いや。」と否定の言葉を口にした。


それからやにわに背筋を正すと、真っすぐに寧子へと向き直りこう話をつなげてきた。


「好きだ、寧子。オレと付き合ってくれ。」


えええええっ!? 寧子は心の中で叫び声を上げた。

だってそんな話をしていたつもりはない。寧子はただ軽い気持ちでこれからも会いたいと伝えただけで、その先の事は一切考えていない。


「……どういうつもりなのかしら? さっきはあなた、私の事好きでも何でもないって言っていたように覚えているけれど?」


「いや……。そうなんだけど。」しどろもどろになった浩太が慌てふためきながら弁明をしてくる。「確かにさっきまで好きとかそういう気持ちもなかったんだけど。その、今の寧子を見たら、なんかたった今、お前の事好きになってしまった。

そう思ったらなんか、ちゃんと言わなきゃいけないって思ってしまった。ゴメン。」


寧子は「はあーあっ」と大きくため息をつく。これはちょっとびっくりな展開だ。どこをどうこねくり回せば、浩太が寧子に告白する流れになるというのだ。


だいたい今日の寧子は事前にいっさいの予知をしていない。どう転んでも一局だろうと、敢えて一切の予知をせずにこの場に挑んでいる。

だから浩太の一言にどれだけの重みがあるのかさっぱり予測がつかない。


なんとなくその場の勢いで告白しただけ思いつきなのか、それともこれは本気の愛の発露なのか。


浩太のこの告白は必然だったのか、あるいは運命のくびきを離れた何かの力による偶然の作用によるものだったのか。


過去に戻りもう一度同じ状況を未来視した時、浩太はもう一度告白してくれるのか。

告白を受けた先の未来で、寧子は果たして幸せになれるのか。


今の寧子にはまったく先の予測がつかない。だからすぐさま予知に移行して、先の未来を覗き見してこようと自然に身体が動こうとする。だがこれがうまくいかない。

目の前にある真剣な浩太の表情に心臓が張り裂けそうになり、何万回と繰り返してきた予知の動作が、今に限ってうまく働かない。

寧子は生まれて初めて、予知なしで未来を選択しなければならなくなった。


寧子は……。


「本当に私でいいの?」とえらくポンコツな質問をしてしまった。

「お前こそ俺でいいか?」と、えらくポンコツな質問が返ってきた。

「いいに決まってるでしょう!?」寧子がそう返事をすれば、

「俺もお前がいい。お前と一つになりたい。」と、えらく男前な答えが返ってきた。



こうなれば後はもう、することは一つしかない。

二人はそのまま一つになった。


足元ではクロ子がいつまでもみゃーみゃー鳴いていた。



寧子は思った。目の前にいる浩太はどう見ても『浩太さん』とは違う。かつて未来の寧子は『浩太さん』に向かってさんざん「好きだ」だの「愛してる」だのと言葉を投げかけたものだが、当の『浩太さん』から「好きだ」とはっきり言われたことはただの一度もない。


それがどうだろう? 今目の前にいる浩太は「好きだ」と何度も口にしてくれる。言われるたんびに、寧子の身体中をビリビリと電流のようなものが駆け巡る。


ああ、浩太は『浩太さん』とは違うのだ。

寧子が浩太と出会って歴史改変を行った事により、浩太ははっきりと思いを口にできる男に変わってしまったのだ。

だから浩太は寧子に向かっても、はっきり「好きだ」と言ってくれるようになったのだ。



ゴメンなさい、『浩太さん』。私はずっと、あなたの事を心の底から愛しておりました。あなたと二度と出会えないことが確定した後も、私にとっての最愛はいつまでも『浩太さん』でした。

でも『浩太さん』。今私はあなたよりも好きになれる人に出会ってしまいました。

私はどうしようもなく目の前にいる浩太の事が好きになってしまいました。


今までいろいろとありがとうございました。

けれどもこれでお別れです。


これからは私は浩太とともに歩んでいきたいと思います。

今まで本当にお世話になりました。

ありがとうございました。



寧子はまどろみの中で、『浩太さん』に対する別れの挨拶を何度も繰り返した。



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