第9話 弓の改良、本格的に
二十二歳になった光義は、弓衆の副将格として認められていた。
道三の信任は厚く、軍議に同席を許されることも増えた。武将たちが戦の段取りを議論する場に、弓衆の代表として加わる。光義は必要なとき以外は口を開かず、聞いて頭に叩き込むことに徹した。
(この時代の軍議は、現代の会議より情報密度が高い。命がかかってるから当然だが)
弓具の改良は、この頃から本格化した。
光義が集中して取り組んだのは、矢の標準化だ。
この時代の矢は、職人がそれぞれの感覚で作るため、同じ「一束」の矢でも重さと重心がバラバラだった。射手が何本か試して「この矢は使える」「こっちは外れる」と選別するのが当たり前だった。
(それ、完全に品質管理の問題だ)
光義はまず矢の計測から始めた。重さ、長さ、重心の位置、羽根の角度——それぞれを数値化する。尺と天秤を使い、矢一本一本のデータを取った。
次に、「理想の矢」の基準を決めた。重さは何匁、重心は矢の先端から何寸の位置、羽根の角度は何分——これを決めて、その基準に合う矢だけを使うようにした。
これが的中率に劇的な効果をもたらした。同じ引き方をすれば、同じところに飛ぶ。稽古の成果が本番で再現される。
「なんでお前の矢はそんなに安定してるんだ」と松に聞かれた。
「矢を揃えているからです」
「揃える?」
光義が説明すると、松は目を丸くした。「そんな手間をかけるのか」。「最初だけです。基準を決めてしまえば、職人に頼めます」。
(品質の標準化は、最初の設計が八割だ)
この改良の話が道三の耳に入り、光義は呼ばれた。
「弓衆全員の矢を、お前が決めた基準で揃えたい。できるか」
「時間をいただければ」
「どのくらいだ」
「三月ほどで基準の矢を職人に覚えさせます。その後は職人が作れるようになります」
「やれ」
道三の決断は常に速かった。
(この人の「やれ」は本当に気持ちいい。上司としても最高だ)
三月かけて、矢の標準化を達成した。
弓衆の的中率が全体的に上がった。特に年配の仁助は劇的に改善し、「矢が揃うだけでこんなに変わるか」と驚いていた。
光義はその結果を見ながら、次の改良を考え始めた。矢の次は弦、弦の次は弓本体の素材と形状——やることは尽きない。
(ここは研究室じゃないし、戦がある。でも戦があるからこそ、技術の改良が意味を持つ)
光義は夜遅くまで弦の試作を繰り返した。
(続く)




