第8話 道三の試練
転生して五年が過ぎ、光義は二十歳になった。
弓の腕はさらに磨かれ、弓衆の中では松に次ぐ実力者として認められるようになっていた。射程と的中率では、すでに松を超えていると仲間たちは言う。松本人は「まだ甘い」と言うが、目が笑っている。
その年の秋、道三から呼び出しがあった。
「お前に頼みがある」
「なんなりと」
「一人で、近江の境まで行って来い。あそこに六角家の斥候が出没しておると聞く。様子を見て来い」
(一人での斥候任務か。はじめてだな)
光義は頷いた。「承知しました」。
道三が付け加えた。「戦うな。見るだけじゃ。戦は最後の手段じゃと、いつも言っておるだろう」
「はい」
「もし見つかったら、逃げろ。弓衆の腕は守るためにある。死ぬために使うな」
(この人、部下の命を本当に気にかけてるんだな)
一人で旅をするのは転生後初めてだった。
馬で二日かけて近江との境の山に入る。道はない。木の根を踏みながら、沢沿いに上る。
斥候らしき一団を見つけたのは、三日目の朝だった。五人組。旗はないが、装備と動き方が兵士のものだ。光義は木の陰に隠れ、動向を見守った。彼らは地形を確認しながら、美濃側の道を調べている。
(六角の斥候だ。道三様の読み通り)
一時間ほど観察し、引き返した。
戻って道三に報告すると、道三は詳細を細かく聞いた。人数、装備、移動方向、地形の様子。光義は正確に答えた。商社マン時代の「報告はファクトで、解釈は別に」という習慣が染み付いており、感情や憶測を混ぜずに話した。
「……お前の報告は聞きやすいな」と道三は言った。
「ありがとうございます」
「武士の多くは報告に感情を混ぜすぎる。自分がどう感じたかじゃなく、何があったかを話せばいいのに、それができん奴が多い」
(この人も、ファクトとオピニオンを分けて考える人なんだ)
光義は少し嬉しくなった。
「近江との境は、今はまだ安定しています。ただ、六角家が様子を探っているのは確かです。三月以内にまた斥候を送ると思います」
「なぜそう思う」
「地形の確認の仕方が、一度きりではなく繰り返し来る前提の動き方でした。道の覚え方が、次に来る者へ伝えるための動線でした」
道三はしばらく黙っていた。
「…………お前は何者じゃ」
(この質問、いつかされると思ってた)
「大島家の三男坊です。道三様の弓衆のひとりです」
「それだけか」
「それだけです」
道三はしばらく光義を見つめた後、ゆっくりと笑った。「まあいい。そういうことにしておこう」
(この人、たぶん薄々気づいてる。でも突っ込まない。それが道三様だ)
光義は心の中で感謝した。
(続く)




