第10話 土岐頼芸と、道三の苦悩
二十五歳になった年、光義は初めて道三の政治的な「裏側」を見た。
美濃の守護、土岐頼芸の屋敷に同行した際のことだ。道三は表向き守護の家臣だが、実権は完全に道三が握っている。頼芸は傀儡だ——光義はそれを知識として知っていたが、実際に目にすると複雑な気持ちになった。
頼芸は四十過ぎの、疲れた目をした人物だった。座り方に覇気がない。道三が話すのを、うわの空で聞いている。
(あの人は、自分の立場を理解してて、でも抵抗する力がない……)
光義は廊下で待ちながら、その様子を見ていた。
帰り道、道三が珍しく重い口調で言った。
「頼芸様を見たか」
「はい」
「……楽にしてやれればよいのだが」
(楽にしてやれれば、か。この人、弱い人間への同情心がある)
光義は驚いた。史書では冷徹な奸雄として描かれる道三だが、こういう側面もある。
「道三様は——本当はどういう国を作りたいのですか」
道三は少し間を置いて、答えた。
「飢えない国、じゃ。戦ばかりで田畑が荒れる。作物が育たん。民が死ぬ。そんな国はいかん」
「では、戦は手段ですか」
「手段じゃ。目的では決してない。……お前は変な質問をするな」
「すみません」
「謝るな。変だが、好きじゃ。そういう質問が」
道三は空を見た。夕空が赤く染まっていた。
「わしはな——子供の頃から、力がなければ何も守れないと思っておった。だから力を得ようとした。それだけじゃ。いつの間にか、こうなっておった」
(……この人の本音を聞いた。めったにないことだ)
光義は何も言わなかった。ただ頷いた。それが道三には十分だったようで、それ以上の話はしなかった。
その夜、光義は長いこと眠れなかった。
(道三様は、正しい方向に力を使おうとしている。でも時代が、それを複雑にしている)
戦国という時代の重さを、初めて体で感じた気がした。
(続く)




