第6話 道三という人
道三は、変わった主君だった。
まず、弓衆に稽古を命じた翌日に「弓の欠点はなんだと思う」と問いかけてくるような人だ。光義が「雨に弱い、製造が手間がかかる、熟練するまでに時間がかかりすぎる」と答えると、「その欠点を潰す方法を考えろ」と言った。そして三日後に結果を聞きに来た。
(元商人だから、PDCAが染み付いてるんだ。この人)
問題を出し、答えを出させ、結果を確認する。まるで上司のやり方だった。
光義が雨天時の弓術について試案をまとめると、道三は熱心に聞いた。
「雨が降ると弦が湿る。湿った弦は伸びが変わり、矢の飛距離が落ちる。だから雨の前に弦を外し、乾いた布で巻いて保護する。それだけで飛距離の低下を三割は抑えられます」
「なるほど。やってみたのか」
「はい。昨日の雨で試しました」
「雨の中で稽古をしたのか」
「必要なことかと思いまして」
道三はまた小さく笑った。この人はよく笑う、と光義は気づいていた。表に出す笑いと、内心でこっそり笑う表情がある。今は後者だ。
「正しいな。必要かどうかを頭で考えるより、やってみた方が早い。儂もそうじゃった」
「油の商売でも、ですか」
「ああ。油は蔵で考えても売れん。客の顔を見に行かんといかんのじゃ」
(完全に営業マンの思考だ)
ある日、道三が稽古場に降りてきた。珍しいことだった。彼は弓は引かない。見るだけだ。しかし今日は光義の隣に立ち、矢を手に取った。
「弓を教えてくれるか」
(え、道三様が俺に弓を習う?)
「……道三様が引かれるのですか」
「試してみたい。お前が毎日あんなに精を出して引いているのを見ておると、少しわかる気がしてきた」
光義は内心で戸惑いながら、弓の持ち方から教えた。構え、打起し、引き分け——道三は見た目より力があり、引き分け自体はできた。しかし的に当たらない。矢は大きく外れた。
「……難しいな」
「体の使い方を揃えるのに、時間がかかります。毎日少しずつ覚えていくしかありません」
「商売と同じじゃ。一日で大きな仕事はできん」
(この人、何をやっても商売に繋げて考えるな。面白い)
それからしばらく、道三は週に一度、光義に弓を習いに来るようになった。一国の主が少年の弟子になるという、妙な師弟関係が生まれた。
「お前は——儂のことが怖くないのか」
ある夜、二人だけで話していた際に、道三が言った。
「怖くないとは言えません」と光義は答えた。「でも、怖い人だからこそ近くにいると学べることがある、と思っています」
「なぜそう思う」
「怖い人は、大抵、本物の力を持っているからです」
道三はしばらく沈黙した。
「……お前、本当に十七か」
「はい」
「嘘をついておるな」
(ぎくっ)
「——歳の話ではありません。ただ、少し前からいろいろ考えるようになっただけです」
道三は笑った。「まあいい。面白い奴じゃ」
その「面白い奴」という言葉が、道三の口癖になっていった。
(続く)




