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百歩穿貫(せんかん)の再誕  作者: みぎみみ


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第4話 道三、来たる

 転生して二年が過ぎた。光義は十七歳になっていた。


 その二年で、弓の腕はさらに上がった。的中率はほぼ百パーセントに近い。五十歩の的なら目を閉じていても当たる気がするほどだ。百歩の射程はこの時代の常識を超えており、重長は光義を稽古場の外で引かせないようにしていた。他家に知られることを警戒してのことだろう。


 (父上なりの、護り方なんだろうな)


 そして、その日が来た。



 斎藤道三が大島家を訪れたのは、春の終わり、鷹狩りの帰り道だという口実だった。


 大島家はにわかに慌ただしくなった。重長は珍しく羽織を整え、家人たちが庭を掃き、台所では急ぎの膳の支度が始まった。


 光義は離れた縁側から、客人の到着を待った。


 (道三様が来る。教科書でしか見たことない人が、本当に目の前に現れる)


 史書で読んだ人物が現実に存在すると分かっていても、いざとなると緊張した。


 馬の蹄の音が近づき、門が開いた。


 五十がらみの男が馬から降りた。体格はさほど大きくないが、立ち方が違う。石が地に沈むような、じっとりとした重さがある。目が光っていた。人を見るというより、物の値踏みをするような目だった。


 (……道三様だ)


 確信した。全身から「規格外」という気配が滲み出ていた。


 重長が深々と頭を下げた。「斎藤様、遠路ようこそ」。道三は軽く手を振った。「まあそう堅くなるな。わしは今日は弓が見たくて来た。大島の弓は美濃一と聞いておる」



 稽古場に案内され、兄ふたりが射を披露した。


 又兵衛は的中率が高く、才蔵は引きの力が強い。どちらも相当な腕だ。道三は無表情で見ていた。


 そのとき、道三の目が動いた。


 「そこの三男坊も、引かせてみろ」


 光義を指差していた。


 (来た)


 内心で構えながら、前に出た。弓を受け取り、的の前に立つ。五十歩の的。道三が見ている。重長が見ている。才蔵が「頑張れよ」と小声で言った。


 (別にいい。引くだけだ)


 正面打起し。弓を前方に持ち上げ、両腕を開くように引き分ける。息を止める。照準を合わせる——放つ。


 的の芯を射抜いた。


 「もう一本」と道三が言った。

 もう一本。また芯だった。


 「次は、あの木を的にせよ」


 道三が指差したのは、稽古場の端——百歩近い距離に生えた老松だった。重長が息を呑んだ。兄ふたりが顔を見合わせた。その距離は、普通の弓ではまず届かない。


 (これが本番か)


 光義は深く息を吸った。百歩。転生特典があれば難しくない。ただし、見られることには意味がある。ここで実力を示すことが、この先の分岐点になる。


 弓を構えた。引き分ける。風を読む。空気の流れが肌で分かる——転生後から感じる、妙な感覚だった。まるで矢の軌道が透けて見えるような気がする。


 放った。


 矢は放物線を描き、老松の幹に深々と突き刺さった。


 静寂。


 道三がゆっくりと光義に近づいた。腰を屈め、少年の目をまっすぐに見た。


 「……お前、いくつじゃ」

 「十七でございます」

 「そうか」


 道三は立ち上がり、重長に向き直った。「この子を少し借りてもよいか。弓の話がしたい」

 重長は即座に頭を下げた。「もったいなきお言葉」。



 縁側に案内され、二人だけで向かい合った。


 道三は茶を一口飲み、しばらく沈黙した後で言った。


 「わしはな、人を値踏みする癖がある。生まれつきじゃ。油を売っておった頃からの習性でな。人の顔を見れば、だいたいの器がわかる」


 (さすがだ。最初から核心をついてくる)


 「お前は変な奴じゃな」


 光義は黙った。


 「十七の若者の目ではない。かといって年寄りの目でもない。何かに憑かれたような目じゃ」


 (バレてる。この人、本当に規格外だ)


 「弓はいつから」

 「物心がついた頃から引いておりました」

 「射法が独特じゃ。どこで学んだ」

 「自分で考えました。こう引いた方が矢がぶれないと思いまして」


 道三がまた沈黙した。考えている顔だった。


 「わしの弓衆に来い」


 唐突な言葉だった。光義は内心で「来た」と思いながら、表面は静かに頭を下げた。


 「身に余るお言葉でございます」

 「嫌か」

 「——いいえ。喜んで」


 道三は満足そうに頷き、また茶を飲んだ。


 ひとつ、聞いてもいいか、と光義は思った。


 「道三様は——」

 「申せ」

 「油を売っておられた頃と今と、何が変わりましたか」


 少し間があった。道三は光義を見た。不思議そうな顔だった。


 「……変わっておらんよ」やがて道三は言った。「人を見て、値踏みして、先を読む。それだけじゃ。油を量るのも兵を動かすのも、根っこは同じと思っておる」


 (やっぱりそういう人だ)


 康介は、胸の中で微かに笑った。商社マンとして叩き込まれた感覚——相手を読み、先を読み、最適解を探す——それがこの人の生き方と重なった。


 「では、道三様の弓になります」


 言ってから少し大口を叩きすぎたかと思った。しかし道三は声を出して笑った。


 「気に入った。面白い奴じゃ、お前は」



 こうして光義は、斎藤道三の弓衆に加わることになった。


 (道三様……あなたと過ごせる時間は、長くはない。だから今のうちに、できることを全部やっておこう)


 美濃の空は高く、遠かった。



(続く)

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