第3話 矢羽根と弦と、地道な話
転生から一月が経った。
光義の日課は決まっていた。夜明けとともに起き、稽古場で二百本の矢を引く。午前中は弓具の手入れと改良の研究。午後は道場で父や兄たちと稽古。夕方からは、この時代の文字や礼儀作法の復習だ。
(十五歳の体の記憶があるから読み書きはできる。でも商社マンの俺には、この時代の「常識」が抜けている部分がある。慎重にいかないと)
文字の読み書き、作法、武士としての礼儀——これらは光義の体に染み付いているが、康介の感覚と微妙にずれる部分がある。たとえば食事のとき、つい箸を左手で持ちそうになる(康介は左利きだった)。そのたびに光義の体の記憶が軌道修正してくれるのだが、ひやりとする。
「光義、また変なことを考えておるのか」
才蔵が稽古場に顔を出した。弓ではなく、槍を担いでいる。次兄は槍の使い手で、弓はさほど得意ではない。
「考えてはおりません。弦の素材を検討していただけです」
「弦?」
才蔵は近づいて、光義が手に持っている弦の材料を覗き込んだ。麻の繊維を何本か手に取り、撚り方を比較しているところだった。
「お前、またなんか変なことやってるな」
「変ではありません。撚り方が均一でないと弦のブレが出ます。そのブレが矢の軌道を乱す」
「……よくわからんが、お前が真剣な顔してるから本当なんだろうな」
才蔵は肩をすくめて稽古場を出ていった。
(次兄は素直だな。助かる)
弦の改良は地味だが効果が大きい。
この時代の弦は麻が主流だが、撚り方と太さが職人によってバラバラだ。同じ弓でも弦が変わると飛距離と軌道が変わる。これを均一化すれば、稽古の成果が本番でも安定して出やすくなる。
矢羽根も同様だ。羽根の角度と形状を統一し、矢の重量を揃える。重心の位置を少し前寄りにすれば、射放した後の矢の姿勢が安定する。
(現代のアーチェリーでは当たり前の話だ。でもこの時代には、そういう「理論的なアプローチ」自体がほとんどない)
光義は弦を撚りながら、内心で整理した。
弓の技術には大きく分けて二つの柱がある。「体の使い方」と「道具の精度」だ。どれだけ体の使い方が上手くても、道具の精度が低ければ成果は半減する。逆に道具が良くても、体がぶれれば意味がない。その両方を同時に改善することが、この時代の弓術を根本から変える鍵になる。
(商社マンとして言えば、これはサプライチェーンの最適化と同じだ。上流の品質が下流の成果を決める)
自分でも笑えてくる比喩だが、考え方は間違っていないはずだ。
三月が経った頃、大きな変化が出始めた。
光義の矢が、以前と明らかに違う飛び方をするようになった。同じ力で引いても飛距離が伸びる。同じ距離でも着弾点のばらつきが小さい。重長がそれに気づき、何も言わず光義の矢を手に取って眺めていた。
「……矢を変えたか」
「羽根の角度を少し調整しました。それと重心を前寄りにしています」
「誰に教わった」
「自分で考えました」
重長はしばらく矢を眺め、それから光義に返した。
「才蔵と又兵衛にも同じ矢を作ってやれ」
(あ、認められた。うれしい)
感情を顔に出さないようにしながら、光義は頭を下げた。「承知しました」。
その夜、才蔵が酒を持ってきた。
「父上が認めたんだぞ。お前のことを『変だが面白い』と言ってた」
「面白いとは、どういう意味で」
「さあ。でもあの父上が『面白い』と言ったのは、俺の記憶では初めてだ」
才蔵は杯を差し出した。
「お前、変わったよな。なんか前と違う」
光義は一瞬止まった。
「そうですか」
「ああ。前はもっと……子供っぽかった気がする。今はなんか、年取った人みたいだ」
(どんぴしゃりだな)
「気のせいでしょう」
「まあ、どっちのお前でもいいけどな。俺の弟に変わりはない」
才蔵は笑って、杯を傾けた。
(この人、いい人だな)
康介には子供がいなかった。弟もいない。兄ひとりがいたが、疎遠だった。この次兄のまっすぐな親しみが、胸に妙に温かく響いた。
「ありがとうございます」と光義は言った。
才蔵は「なんで敬語なんだ」と笑った。
(続く)




